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『鏡の中の魔人形 』
セレシュ・ウィーラー8538


『ぬかったわ……まさか、人間じゃないなんて』
 ブティックを経営していた魔族の女が、悔しがっている。
 つい先程までは生身の女悪魔であったが、今は石像である。
 一方セレシュ・ウィーラーも、今はマネキン人形だ。
 肉声による会話は出来ない。意思の疎通は、念話で行わざるを得ない。
『ゴルゴーンとはね……どっちの系列なの? ステンノー? それともエウリュアレー? 2人とも、あの凶暴な妹ちゃんが首斬られて楯にされちゃって以来、すっかり大人しくなったけど』
(どっちともちゃうわ。うちは異世界のゴルゴーンやさかいな)
 念話で、セレシュは尋問を開始した。
(それより、人形になった子らを元に戻す方法……教えてもらうで)
『あるわけないでしょ、そんなの。あの子たちの魂は、私が美味しくいただいちゃったんだから』
 予想通りの答えが、念話で帰って来た。
『貴女の魂だけは、もらい損ねたけど……元に戻してあげる方法なんて知らないわよ。あの鏡はね、私が魔界通販で買った物。取説を何回も読んだけど、解呪のやり方なんて書いてなかったわ』
 映った人間を、マネキン人形に変えてしまう魔鏡。
 魔具職人として気付けぬようではいけない罠に、セレシュは引っかかってしまったのだ。
(……ほんまに知らんの? 隠すと、ためにならへんで。うちは見ての通り動けへんけど、代わりに動いてくれる子がおるんや。あんたの首もぐくらいは朝飯前やで)
「それはまあ……首でも何でも、もいで差し上げますけれど」
 1人の少女が、マネキンと化したセレシュの頭を撫で回している。
(うちの首とちゃうわ!)
「何と言うか……マネキンと石像が念話をしているというのは、なかなかにホラーな光景ですわねえ」
 セレシュの自宅の庭。この場にいる3人の女性の中では、唯一の生身である少女だ。
 元々は、石像であった。そこに自我と生命が宿り、今では即席の付喪神と呼ぶべき状態にある。
 反対に、元々は生身であったセレシュと女悪魔が、今ではマネキン人形と石像だ。
『あの鏡を自分で調べてみる事ね……出来れば、の話だけど』
 魔族の女が、石化したまま念話で嘲笑う。
 付喪神の少女に破壊させる、のは簡単な事である。だがセレシュは言った。
(この石っころ……倉庫にしまっといてんか)
「あら。生かしておきますの?」
(叩っ壊すんは、いつでも出来るさかいな……ああ、それとや。こないだ作った、魔法の布があるやろ? 居間のタンスの、3番目か4番目の引き出しに入っとるはずや)
 悪しき魔力を遮断するための布である。あの魔鏡には、それを被せておくしかない。
(あれ持って……2度手間やけど、もう1回あの店行ってあの鏡、持って来てくれへん?)
「あの鏡……本当に、お調べになるつもりですの?」
 石像と化した魔族の女をひょいと抱え上げながら、付喪神の少女は言った。
「お姉様がしてやられたほど、ヤバいお宝ですわよ。さっさと叩き壊してしまわれた方が……と言いたいところですけど、お姉様も元に戻らないといけませんものね」
(そういうこっちゃ。リベンジの意味でも、あの鏡……きっちり解析したる)
『あんまり、いい気にならない事ね。魔獣族風情が』
 倉庫へと運ばれながら、魔族の女が念話を送って来る。
『私、二千年くらい封印されていた事もあるのよ。石にされて倉庫にしまわれるくらい、何て事ないわ……リベンジするのは私の方。この借りは、必ず返すわよ』


 自分が今、どのような格好をしているのかを、セレシュはようやく思い出した。
 下着売場のマネキン人形、のようなものが、庭に放置されている状態である。通報される事はないだろうが、ウィーラー鍼灸院のイメージに関わる事態ではあった。
 なのでセレシュは、人形化した自分の身体を魔力で動かし、地下の工房へと向かった。
 階段を下りようとして足がもつれ、転げ落ちた。
 そこへ、付喪神の少女が帰って来た。
「あらあら、お姉様。いけませんわよ無理をなさっては」
 布で包んだ魔鏡を担いだまま、階段を下りて来る。そして、セレシュを抱き起こしてくれる。
「……このお家も、バリアフリーが必要ですかしら? お姉様のために」
(アホ言うとらんと、その鏡、壁に立てかけといてや。ああそれと)
 魔鏡は、調べなければならない。同時に、服も着なければならない。
(うちが、あの女に着せられかけとった服……自分、ちゃっかり持ち帰っとるやろ?)
「う……か、可愛い服でしたもので、つい。どうせ潰れるお店の商品ですわ」
 そういう問題とちゃう、とっとと返してきいや。
 セレシュは、そう言おうとした。
 だが口から出たのは、違う言葉だった。
「とっとと持ってきいや……あれは、うちのや」


 ゴシック・ロリータ調の、ひらひらとしたワンピースである。
 あの魔族の女は、胸を強調しない感じの服、と言っていた。
 その言葉通り、と認めてしまうのは屈辱なのだが。
「あら……いい感じですわよ、お姉様。私が着るより、ずっと似合っておられますわ」
 付喪神の少女も、誉めてくれた。もしかしたら、誉めていないのかも知れないが。
 手足は辛うじて動いても、服を着るような細かな作業は出来ない。だから着せてもらったところである。
(魔族っちゅうても、さすがブティック経営しとっただけあるわ。洋服を見る目は、あるみたいやね)
「でもお姉様……何か、はみ出てますわよ?」
 脇の下のあたりで、何かがヒラヒラと揺らめいている。
「嫌ですわ。これ、ブラジャーではなくて?」
(何か、滑り落ちて来てしまうんよ。うち今、お肌が異様にツルツルしとるさかいな)
 魔力を振り絞って手を動かし、身体を揺すってみた。
 今のセレシュの胸は、人形の胸である。あまり大きくないFRPの隆起物である。叩いても揺すっても、微動だにしない。
(こんなのブラで隠しとく必要もないやろ……取っ払っといてや)
「……よろしいんですの?」
(パンティーの方も頼むで。まとめて洗濯機に入れといてんか)
「す、スカートの下に何もお穿きにならないなんて……マニアックな趣味にでも、お目覚めに」
(そんなんちゃうわ。ブラとパンティは、揃ってへんとあかんやろ?)
「脱が……」
 ごにょごにょと口籠りながら、付喪神の少女は、セレシュの言う通りにはしてくれた。
 脱がせて下さる殿方がいらっしゃるわけでもありませんのに、などと言いかけたようである。


 付喪神の少女が工房から出て行ったところで、セレシュは本格的に、魔鏡の解析を始めた。
 魔力遮断の布から解放された鏡が、目の前にある。
 人形と化したセレシュ・ウィーラーが、映っている。
 黒いゴシック・ロリータ調の装いをした、マネキン人形。眼鏡に合う服と合わない服がある、と魔族の女は言っていたが、これは合う方なのではないかとセレシュは思った。
(何や、うち……けっこう可愛いやん……)
 そんな事も、つい思ってしまう。
 可愛らしい服を着せられて嬉しがる人形の心、であった。
 セレシュは、じっと鏡を見つめた。その魔力の源を見据え、解析している、はずであった。
 鏡の中から、ゴスロリ風に着飾った可憐な人形が、じっと見つめ返してくる。
 解析されているのは自分の方、ではないのか。
 セレシュがそう思った時には、すでに遅い。
(あかん……そういう事、かいな……)
 先程からの自分の言動を、思い返してみる。
 窃盗も同然に持ち出された服を、着せてもらう。脱げてはみ出し、邪魔になった下着を、取り払ってもらう。
 明らかに自分は、着飾った人形になろうとしていた。
 美しい服を着こなす。それが、マネキン人形の使命である。それを自分は、忠実に果たそうとしている。
 心までもが、人形のそれに近付いてゆく。
 人間としての抵抗意思を失った魂を、苦労なく引き出す。そのための魔鏡なのだ。
 こうして解析を始めた事で、人形化の魔力が本格的に再始動してしまった。
 セレシュは魔力を振り絞り、身体を動かした。鏡の中で自分を見つめている人形から、目を逸らした。
 人形化の呪いに関する書物が、工房の本棚にあったはずである。
 本棚の方を振り向くのが、精一杯だった。


 夜通しで魔鏡を解析する、と言われたので、とりあえず放っておくしかなかった。
 食事も、勝手に作って食べておくように言われた。
 そして朝になった。
「おはようございまぁ〜す……お姉様、どんな塩梅ですの?」
 少女は、工房の扉を開けた。ノックをしても返事がなかったからだ。
 セレシュ・ウィーラーは、いなかった。
 ゴスロリ風のワンピースを着せられたマネキン人形が、本棚の前に立っているだけである。
 つるりとした右肩から、ワンピースの肩紐が今にも滑り落ちそうである。
 それを直してやりながら、少女は声をかけた。
「つるつるしたお人形のまま……何も元に戻っておりませんわよ? お姉様」
 返事はない。念話も返って来ない。
「お姉様……ちょっと、寝てらっしゃるの?」
 ストーンゴーレム並の怪力を秘めた細腕で、揺さぶってみる。
 やはり、何の反応もない。
 人形と化したセレシュ、ではなく元から人形であったとしか思えぬほどだ。
「お姉様! ちょっと、冗談はよし子さんですわよ!」
 こんな事を言っても、セレシュは何も突っ込んではくれなかった。
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年02月26日

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