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『相棒に捧ぐ休日 』
戸蔵 悠市 jb5251)&ルドルフ・ストゥルルソンja0051

●相棒の一言
「チョコが食べたい」
 突然の言葉に、 戸蔵 悠市は細いフレームの眼鏡を指で押さえ、テーブルに上半身を預ける相棒を見やった。
「チョコ……と言ったか?」
「そう、チョコ。甘いのが好きなんだよね」
 ニッと笑ったのは、悠市の相棒であるルドルフ・ストゥルルソンである。椅子に腰掛け、緩い癖のある金髪をテーブルに流し、上目遣いで――男にされても困るのだが――悠市を見上げている。
「何かと思えば……。別に買って来る分には構わないが」
「じゃ、よろしく」
 そんな会話の結末が、“あんなこと”になろうとは。

●まるで伏魔殿だ
 翌日、珍しく焦った声の悠市に叩き起こされたルドルフは、ある場所に連れて行かれた。この辺りで最近オープンしたデパートで、休日とあって大いに賑わっている。
「……で?」
 額を抑えながら言うルドルフは呆れているような、それでいて笑いを噛み殺しているような表情である。
 ――俺はあんなところに入れない。まるで伏魔殿だ。
 一人称が変わるくらい動揺していた悠市を宥めすかして聞くには、昨日、生真面目な彼はここにチョコレートを買いに来たらしい。入口にでかでかと貼られたチョコレートのポスターがあったから、何も考えずにここで買おうとしたのだろう。
 しかし、休前日の夕方以降から、バレンタイン商戦は激化する。女性だらけの売り場を前にして、のこのこ帰ってきたというわけだ。
「あのね、戸蔵くん……」
 ここまで朴念仁だとかえってルドルフも言葉がない。
「売り場に女性だらけで行けないとかどんだけ免疫ないのさ、君……」
「ルドルフ、この光景が見えないのか? 女性だらけもそうだが、人が多すぎて前に進むのも困難だろう」
「そりゃあ、バレンタインだからね」
「バレンタイン……? ああ、そういうことか」
「え、何? 今の今まで気づいてなかった……とか?」
 頷く悠市にルドルフは絶句した。これだけ街がバレンタイン一色になっているというのに気づかないのは、最早鈍感を通り越して才能かもしれない。
「バレンタインならなおさら、男二人で行くものじゃない」
「いやいや、そういう問題じゃないって、相棒……」
 さて、ルドルフは考えた。
 女性に対して免疫の「め」の字もない悠市を一人でこの中に放り込むのは、あまりにも気の毒だ。とはいえ、チョコレートはどうしても食べたい。
 ルドルフ本人が買いに行けば良いのだが、それでは面白くない。
 何より、悠市が買ってくれることに意味がある――はずだ。
「このままじゃ、俺もチョコレート食べられないよね」
「それは困る。約束は果たしたい」
「じゃあ買いに行けば良いんじゃん」
「男が入る場所ではないだろう」
 頑なだなぁと思いながら、ルドルフはふと思いついたことを軽く、本当に冗談のつもりで口に出した。
「じゃあ、君が女の子になれば良いんじゃない?」
「……」
 しまった、という顔になったルドルフが何か言う前に、彼は口元に手を当てて真剣に考えだした。
 どんなことを考えているのか恐ろしくて知りたくもないが、少しして悠市は真面目を真面目に上塗りしたような顔できっぱりと言った。
「いや、私が女装するのは非現実的だろう。確かにルドルフよりも細身かもしれないが、男顔だ。見栄えで言うなら、ルドルフの方がずっと似合う」
「えっ、だって身長的に俺がヒールとか履くと、身長差まずいじゃん……?」
 ぐっと詰まった悠市である。確かに、悠市よりも女性らしい顔立ちのルドルフだが、そのすらりと伸びた背は彼より遥かに高い。
 これ以上見下ろされるのは御免被りたいし、チョコレートを買ってやるという約束を違えるわけにはいかない。
「……分かった。俺が、やろう」
「……」
 あー、ダンナ、テンパってるなぁ。
 普段の悠市なら一笑に付す奇天烈な提案が通ってしまい、若干の罪悪感を覚えるルドルフであった。
 

●“ビッグ”カップル
 感想として最初に浮かんだのは、「我ながら良くできてるじゃん」であった。
「女性は普段からこんな靴を履いているのか?」
「そうだよ。これでも高さのない方なんだけどさ」
 ピンヒールを履く悠市はバランスが上手く取れずによろよろとしている。
 服装にしてもそうだ。どこから調達したのか、レースとフリルのたっぷりついた薄青のシャツに黒のレザー風ジャケット、厚めのベルトに膝上丈のタイトスカートという、ルドルフいわく甘辛ミックスというものらしい。
 ルドルフが「これでお願いしますっ」とスカートを差し出した時は相棒の正気を疑ったが、どうやら本気らしい。
 元々選択肢のない悠市には、着るしかないではないか。
 だが、これで少なくとも女性だらけの売り場に入るという悠市の違和感も薄れるし、何よりルドルフの背に少しでも近づける。
 大丈夫、これで大丈夫のはずだ。
 そう自分に言い聞かせることしかできない悠市である。
「じゃあ、行こうか」
 記念に写真でも撮りたい衝動に駆られながら、ルドルフはごく自然な振る舞いで悠市をデパートの中へと誘った。

 ◆

 戦場のような売り場で、真剣にチョコレートを選んでいた女性たちは、突然現れた高身長の二人を無視せずにはいられないようだった。二メートル弱の長身で流れるような金髪の美男子、やや硬い表情でぎこちなく歩く、これまた身長の高い細身の女性。
 これで目を引かないわけがない。
「足は大丈夫? 休もうか?」
「問題ない。このまま進む」
 床を打つヒールの音が不規則に響く店内で、ルドルフは心配そうに悠市をエスコートしていた。いつもより歩く速度が遅い分、二人の歩みはゆっくりだし、その分注目もされる。
 悠市が居た堪れなくなるのに、そう時間はかからなかった。
「ルドルフ……」
「ん?」
「いやに視線を感じるんだが、女装はバレていないんだろうな?」
「大丈夫じゃない?」
 本人に自覚はないが、悠市の女装姿はちょっと気の強い知的な女性という雰囲気を醸し出していた。また前を行くルドルフの軽い空気と相まって、周りからは嫌々彼氏に連れて来られた彼女という光景に見えていることだろう。
 モデルさん、俳優さん、という単語しか聞き取れないが、悠市は今更やってきた羞恥心に俯くしか無い。女装している人間は学園でも稀に見かけるが、思ったより恥ずかしい。 
 そんな悠市の悶々とした状態を楽しみながら、ルドルフは悠市の細い手を引きながら、売り場を縦横無尽に歩きまわった。女性たちが自然と避けてくれるので、二人にとっては歩きやすいのだ。
「どれにしようかね、ダンナ」
「その呼び方をするな、今」
 陳列されたトリュフやホワイトチョコレートを眺めながら言うルドルフに、低い声で悠市が返す。大声を出そうものなら一発で女装とバレるし、女装癖のある男などという噂を立てられてはもう学園には通えない。
 必死に声を殺して呟く悠市に、ルドルフは口元が緩みっぱなしだ。
「あ、これにしようかなぁ」
「ブランデー入りだな。随分と甘そうではあるが……」
「それが良いんじゃないか。……食事制限とか言わないよねぇ」
 ちらりと悠市を見下ろすルドルフは無類の甘党で、何故太らないのか悠市には不思議で仕方がない。
 本人の健康上、少しは控えた方が良いのだろうが、言って聞く相手でもない。
「好きにしろ。今日は何も言わない」
「優しいねぇ、相棒」
 溜息をつく悠市に苦笑して、ルドルフは元々目をつけていたという甘いブランデーがたっぷり入ったトリュフチョコを買ってもらうことにした。


 慣れ、とは恐ろしいものだ、と悠市は思う。
 数時間前は歩くのすら苦痛であったヒールでも、帰る頃には転ばずに何とか歩けるほどになっていた。
「それにしても、戸蔵くん。その姿、やっぱり記念に撮っておきたいんだけどさ」
「断固拒否だ」
「えぇー」
 頬を膨らませるルドルフに悠市はげんなりとした。
 チョコレートを買うのに数時間もかかり、女装までして周りを欺き、相棒には面白がられ、これで疲れるなというのは無理な話だ。
「チョコレート、それだけで良かったのか?」
「うん? ああ、欲しかったらまた買うし、大丈夫だよ」
「そうか。それなら良かった」
「それに、ダンナに買ってもらうチョコレートは格別だしさ」
「……」
 柄にもなく、まじまじと相棒を見つめてしまうのは、チョコレートの甘い香りで酔ってしまったからなのか。
 何も言い返せなくてもごもごとしている悠市に吹き出したルドルフは、目尻に溜まった涙を拭う。
「やっぱりさ、戸蔵くん。一枚だけ!」
「断る」
 そこを何とか、と拝むルドルフと、絶対に嫌だと突っぱねる悠市。
 見栄えのする二人の“ビッグカップル”は、他愛のない言い合いをしながら、充実した休日を送ったようだ。

 End.


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5251  /  戸蔵 悠市  / 男 / 28 / 人間 / バハムートテイマー】
【ja0051 / ルドルフ・ストゥルルソン / 男 / 22 / 人間 / 鬼道忍軍】
MVパーティノベル -
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エリュシオン
2015年03月02日

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