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『枷 』
アンドレアス・ラーセン(ga6523)&空閑 ハバキ(ga5172)


2016/02/14 14:35
Copenhagen/Region Hovedstaden
Danmark

 朝に降り出した雪は、午後になってその強さを増す。
 ワイパーの駆動音だけが響く車内で、男は、フロントガラスの端に追いやられ押し固められる雪を見るともなく見ていた。
 規則正しい音と共にワイパーに掻き集められ、その塊はフロントガラスの端で少しづつ大きくなる。
 不意に、バランスを崩したのか、ピラーの脇を滑り落ちた。
 それで飽きたのか、男は胸ポケットを探り、煙草を取り出す。シガーソケットを押し込んで、その視線の先に、灰皿のキャパシティを超えて崩れんばかりに積み上げられた吸殻を見て、煙草の箱を胸ポケットに戻す。
 助手席のドアが開き、暖房の熱気が浸食する冷気に追い出され、男は顔を上げた。
「早く閉めろ」
「いやー寒いっすね。指先なんかマトモに動かないっすよ」
 年若く、やや軽薄そうな印象の男が助手席に乗り込む。コートの肩に積もった雪を、助手席のシートに納まってから払ったのを見て、運転席の男はやや顔を顰めた。
「どうだった?」
「家に居ますね」
 運転席の男の問いに、助手席の男が答える。
「一人か?」
「みたいです。留守番ですかね」
 少し思案してから、運転席の男は場所を移動する事に決め、キーに手を伸ばす。
「車、出すぞ」
「何とか、出てきてくれないっすかね」
 助手席の男が応じる。シートベルトもせず、窓の外の景色を探るように見ていた。
「馬鹿言え。玄関ノックして訪ねるか?」
 白く染まったアスファルトをぐずぐずと踏み固めながら、タイヤがゆっくりと動き出す。
「ちょい待ち……出てきました」
 運転席の男は、ちらりと視線だけ動かし、さっきまで散々眺めていた家を見る。
 丁度、玄関から出てガレージに向かう所らしい。紫のダッフルコート姿。背中まである金髪を頭の後ろで一つに纏め、寒さに竦めた肩の向こうから、吸いさしの煙草の煙が立ち上る。
 駐車場を出て、運転席の男はハンドルを市街地へ向かう側へ切り、そのまま少しスピードを上げた。
 住宅街のブロック一つ分進んだところで、今度はブレーキを踏んで、ようやく対向車と擦れ違える程度路肩へ寄せると、そこに車を停めた。
「トランク開けるから、チェーン出せ」
 言い置いて、運転席の男は車を降りる。助手席の男も、何をしようとしているのか察した様子で、トランクへと向かう。
 火の点いていない煙草を銜え、コートのポケットに両手を突っ込んでいると、やがてガレージから、ゆっくりとワンボックスが一台出てきた。道の真ん中まで出た所で、立ち往生する車が見えたのだろう、迂回すべきかあからさまに逡巡するように減速し、それから意を決したのか、速度を上げて近づいて来た。
 男達は一度目配せすると、取り出したチェーンと工具をこれ見よがしに雪の上に広げる。
 近づいたワンボックスは、丁度男達の車の後ろに付けるように停まり、運転席から例の金髪の男が降りた。
「どうした? スタックでもしたか?」
 親しげに話しかける金髪の男に、運転席の男は笑顔と困惑と、驚きが混ざった表情を作って見せる。
「いや、ちょっと今のうちにと思ってね」
 答える間に、もう金髪の男は広げたチェーンやらタイヤやらを覗き込んでいる。
 かかった、と、運転席の男は心中でほくそ笑んだ。お人好しと書いて馬鹿と読むと、この男は確信している。

 覗きこんだ先に、古風な金属製のチェーンを見つけて、アスは安堵した。取り付け方が判る事に関して、である。
 近頃増えたプラ製では使い方が判らず、却って時間が掛かりそうだが、その辺りは意識しておらず、しかしこの「救出劇」に思いの外手が掛かれば、彼らと別れた十分後にきっと少しだけ後悔するであろう辺りが、アスの性質であった。
「パッとやって、パッと終わらせようぜ」
「いいのかい? 悪いね」
 男の言葉を聞き流して、チェーンを拾い上げる。アスにしてみれば、ここで手伝う十分のロスと、空港へ迂回して向かう十五分のロスを天秤に掛けただけだった。
 だから、男の素性など気にしていなかったし、手伝うだけで終わる事と信じていた。
「……あんた、アンドレアス・ラーセンだよな?」
 手が止まる。ゆっくり顔を上げた。
 相手が一方的に名前を知っている事はある。マニアが居てアスのCDを買っていて、そういった連中がストーカー紛いの行動に出る事もある。
 だがどうも、この男はそういう手合いではなさそうだ。
 こんな回りくどいやり方で、名前を呼んでくるファンは居ない。



2016/02/14 22:07
LAST HOPE
Pacific Ocean

 戦後、民間転用された高速艇は、世界の所要時間を縮めた。
 だが当然の如く高価な運賃で、アスのような傭兵が利用出来る訳は「恩給」或いは「特権」といった言葉で説明できる。
 救出劇から数時間後、バレンタインの日に男二人、アスとハバキは他愛も無い話をしつつ、ラスト・ホープの小さなバーでグラスを傾けていた。これで二軒目。
 会って話すのは五ヶ月ぶりだ。シャルル・ド・ゴール空港の喫茶店で、お互い移動の合間の三十分ほどを使ったのが最後で、ゆっくり話したのはもっと遡る。
「それで、車停めちゃったんだ?」
 空閑ハバキは、ニコニコしつつ親友のお人好しエピソードを聞いていた。
「あのやり方は汚ねーよ。誰でも停めるって」
「アスなら、停めるね」
 答えて、ハバキはニコニコしつつ、グラスに口を付ける。
 アスのお人好しは、青臭くてロマンチストな親友が、見聞きしたどうしようもない現実と折り合いをつけるためのお人好しだと、ハバキは知っている。
 カウンターに座る二人の間には、アスがその時受け取った名刺が、肴として供されていた。
 フリーライター、松沼修一。携帯の番号とメールアドレスが書いてあるだけの簡素なもの。
「最前線に居た人間の今を伝えるとか何とか……質問もマトモだったし」
「だったし、取材受けちゃいました?」
 うん、とああ、の中間くらいの返事をするアスが、視線を落としたグラスのもっと先を見ていたので、ハバキは親友が何か考えているのを悟って、黙っていた。
 灰皿の上の吸いさしが燃え尽きるくらい、時間を置いたろうか。
「……なんか、色々思い出しちまったな」
 ようやく出てきた親友の言葉がそれだったので、ハバキはまた答えず、グラスを手にする。
 忘れてなどいない癖に、思い出したと言葉を選ぶ辺りに、不器用な親友は変わっていないと安心するのだ。



2016/03/25 08:31
Nanba sta./Midosuji Line
Osaka

 ハバキの傭兵稼業が、何でも屋か探偵の様相を呈してきて、しばらく経つ。
 調査だの報告だのがコンプライアンスとかいう横文字に絡め取られて、こうして契約先のオフィスに「通勤」する事は増えてきた。
 丁度、バレンタインから五日後の週末、金曜日だった。アスからの「割とマトモじゃん」というメッセージに、乗換駅の売店で買い求めたのが最初だった。
 随分早く記事になるんだなと思ったし、おっさんが買うような雑誌を買うおっさんに自分もなってしまったと、ちょっと可笑しくなったが、アスから聞いていた通り、あの戦争で得たもの失ったもの、そしてこれからと、ハダカを売っている雑誌にしては、良い記事になっていて、何人か当時見知った名前も見つける事が出来た。
 翌週の金曜、それまでハバキはすっかり忘れていたが、駅の売店を通り掛かった時に思い出して、足を止めた。
 内容は、潰しの効かない「傭兵」という職について。
 ハバキには随分身につまされる内容で、どうせこれからある事無い事書き立てて落とすのだろうが、それにしても問題点を突いていてよく出来た記事だった。
 三週目は、戦後何らかの事件に関与した傭兵について。話題の流れとしては妥当だろう。
 満員電車の中、苦笑いで読んでいたハバキは、地下鉄の車窓に、水着グラビアの表紙と自分の――苦笑いとは云え――にやけ顔が映り込んでいるのに気づいて、紙面を立てて顔を隠すようにした。
 四週目。『作戦に口出し都市一つ壊滅を許した軍幹部と美人傭兵の「下半身」醜聞』
 五週目。『戦後ラスト・ホープを腐敗させた政府高官と傭兵の「既得権益」』
 苦笑いも消えたハバキは、アスの反応が気になっていた。しかし初回のメッセージ以降連絡は無く、もしかすると、興味を失って、読んではいないのかも知れない。

 そして今日。
 満員電車に体を押し込んで一息ついて、何となく首を巡らせた所で、中吊りが目に入る。
 例の雑誌だ。
『ULTがひた隠しにする大規模作戦に乗じたエミタと傭兵「抹殺計画」』
 見出しが躍る。六週目の発売日だった。アスは読んだだろうか。
 どちらにせよ、買って中身を確かめて、アスに伝えておかなくてはならない。
 聞いたらきっと嫌がるだろうが、知らないまま教えられずにいるのはもっと嫌がるだろうから、ハバキはそれを伝えるのだ。
 扉を閉めると繰り返すアナウンスが、ホームにやけに響いている。



2016/03/28 11:55
Pilsudski Square/Warsaw
Polska

 アスは、声を上げて歩くデモ隊の掲げるプラカードを見ていた。
 そこには「能力者はいらない」だとか「エミタ摘出義務化」といった言葉が書かれていて、三十人程で始まったデモは、今や二百人に膨らんでいる。
 傭兵たるアスが、この警備に駆り出された訳は、一ブロック先の公園で「能力者差別反対」のデモも行われているからに過ぎない。
「ラーセンさん?」
 立っているだけの警備はする事も無く、人の波を眺めていたアスは、声を掛けられ我に返った。
 見たことのある顔だと感じて、すぐにあの時の記者だと思い当たる。
「先日はどうも。取材の続き、させて貰いたくてね」
「続き?」
 アスは男を言葉を飲み込もうと、ゆっくり反芻する。
「あんた、松沼とか云ったっけ?」
 日本名なのに、日本人らしくない、何の特徴も見て取れない顔をした男が「名前を覚えていてくれた」と、日本人らしくお辞儀をし、謝意を示す。目だけは、表情を変えていない。
「大事な話がある。ご同道願いたい。あんたと、あんたの――」
 そこまで言うと、男はアスのジャケットの腰辺りを指差す。ジャケットの下には非常時に備えたSES搭載の銃があり、場所と状況を鑑みて、隠すように持っていたもの。
「ソレに関わることだ」
 エミタは要らないとヒートアップする群衆のすぐそばで、エミタに関する取材をしたいと云う。マスコミってのはどこまで自分の職務に「忠実」なんだ、とアスは思っていた。……次の瞬間までは。
「それに、ここは危ない」
 アスの心臓が早鐘を打つ。デモ隊が居るから危ないという意味ではない。確信出来る。



2016/03/28 12:04
Saski Park/Warsaw
Polska

 仕事上がりに時間を取れるからと、アスと同じ警備仕事を請け負ったハバキは、半ブロックほど離れた場所を担当していた。
 眺めるだけの仕事だった筈が、厭に乱暴な運転でピルサドスキー・スクエアの方向へ走る黒いバンを見たのが、五分程前。
 それから一分もしないうちに、銃声がしたかと思うと、悲鳴と怒号と共に、混乱が広がった。
 ハバキ一人では混乱の波を押し止める事もままならず、群衆に落ち着くよう声を掛けながらも、現場から走り去ろうとする車を一台一台確認してゆく。
 職業的な癖と云ってもいいその行動は、黒いバンを見つける事は無かったが、その代わり、アスを助手席に乗せた白いセダンを捉えた。
 何故車に乗っているのか。
 何故持ち場を離れているのか。
 運転していたのは誰なのか。
 幾つも疑問が沸く。親友の巻き込まれ体質に、またかと笑っている場合ではない。
 少し逡巡してから、ハバキは意を決して、警備会社のパトロールカーに乗り込みエンジンを掛けた。
 何人かの「同僚たち」が、帰宅に困ることになるだろうが、仕方ない。
 クラクションを鳴らして群衆を散らすと、ハバキはアクセルを踏み込んだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ga6523 / アンドレアス・ラーセン / 男 / 28 / エレクトロリンカー】
【ga5172 / 空閑 ハバキ      / 男 / 25 / ハーモナー    】
【NPC / 松沼 修一       / 男 / -- / フリーライター  】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます。
お任せ頂いたので自由に書かせて頂きました。
御所望の通り続き物で、デルタのメンバーも登場させます。
硝煙の匂い、したでしょうか。
MVパーティノベル -
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CATCH THE SKY 地球SOS
2015年03月04日

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