▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ガラスのダンス・マカブル 』
セレシュ・ウィーラー8538)&フェイト・−(8636)


「靴繋がり、なぁんて形になっちまったけど、1つよろしく頼むよ」
 あのアンティーク・ショップの女主人が、そんな事を言いながら押し付けてきた仕事である。
 どういう仕事であるのかは、しかし詳しく聞かせてもらえなかった。
 ただ、招待券を手渡されただけだ。
 あんたなら、行けばわかるよ。そんな事も言われた。
「で……久々におめかしして来たわけやけど」
 くるりと身を翻しながらセレシュ・ウィーラーは、着飾った己の身体を見下ろした。
 青いパーティードレスである。大きく開いた背中を、長い金髪がサラリと撫でている。
 こうして回ると、長いスカート部分がふんわりと広がりうねる。それが良い感じではあった。
 こんなものを着るとしかし、胸の膨らみが、普段にも増して心もとなく思えてしまう。
「まあ……そんな事よりも、や」
 さりげなく、セレシュは見回した。
 同じように着飾った紳士淑女が、会場のあちこちで和やかに穏やかに談笑していた。
 芸能人がいる。有名企業の社長など、経済界の大人物もいる。政治関係者も、いるかも知れない。
 そういった人々にのみ、招待券が贈られたようである。
 そんなものを、一介のアンティーク・ショップ経営者が、いかにして入手したのかは不明だ。
 東京湾に停泊中の、豪華客船の内部である。
「セレブなパーティーの真っ最中なんはええけど……問題は、あれやな」
 会場各所に品良く配置された、等身大のガラス像。
 きらびやかな芸能人や大富豪などよりも、セレシュは、それらの方が気になった。
 全て、女性像である。まるで生きているかのような、若く美しいガラス細工の娘たち。
 彼女たちの悲鳴が聞こえた、ようにセレシュは感じた。
 無論、気のせいであろう。実際に聞こえているのは、優雅な音楽だ。プロの楽団による生演奏。
 着飾った紳士淑女が、その音楽に合わせてペアを組み、踊っている。ダンスタイムである。
 ガラスの女性像を、もう少し調べてみたいところではある。だが今、そんな事をしたら怪しまれる。
 とりあえず自分も、適当な男を探して踊るべきか、とセレシュは思った。
「え……っと。女の方からダンス誘うのってNGやったかな」
「あ、あの」
 声をかけられた。若い、男の声。
「踊って、いただけませんでしょうか」
 今一つ、この場にそぐわない青年だった。
 黒いタキシードが、そこそこは様になっている。顔も悪くない。
 それでも場違いなのだ。
 金持ちの集まりに縁のある若者、とは思えない。
「って、まあ……うちも似たようなもんやけどな。それはそれとして、や」
 片手で眼鏡の位置を微調整しながらセレシュは、その若者をまじまじと見つめた。
「生まれて初めてナンパにチャレンジする男子中学生、みたくドギマギしながら話しかけてきたんは……フェイトさんやないか」
「せ……セレシュさん……!?」
 フェイトが青ざめ、息を呑んだ。
「何で、こんな所に……」
「それは、こっちの台詞なんやけどなあ」
 苦笑しつつセレシュは、フェイトの片手を取った。
「踊りながら話そか……どうせ、お仕事で来とるんやろ?」
「ま、まあね」
 固い動きでフェイトは、セレシュのエスコートに応じた。
「あんまり潜入任務の類は向いてないんちゃう? 派手にカチ込んでドンパチやる系のお仕事の方が、フェイトさん向きやと思うわ」
「……IO2も人手不足でね。仕事、選んでられないんだよ」
 小声で会話をしつつ、音楽に合わせて身体を揺らしながら、2人でさりげなくガラス像の1体に近付いて行く。
 まるで生きているかのような、ガラスの女性像。
 全身がガラス細工である。当然、両足も……左右の靴も、ガラス製だ。
「やっぱりフェイトさんも、コレが気になっとる?」
「微弱だけどね、何だかよくわからない力が感じられる……魔力の類、だと思うんだけど」
 フェイトは囁いた。
「お金持ちのパーティー……の皮を被った、人身売買」
 セレシュに引き回される感じに、踊りながらだ。
「そっ、そんなものが、この船の中で行われると。IO2に、そういう情報が入って来たんだ」
「なるほど」
 まるで今の自分たちの如く踊りながら、ガラス細工に変えられてしまったかのように、躍動感溢れる女性像たち。
 皆、ガラスと化して静止したまま踊っている。踊らされている。そして、無言の悲鳴を発している。
 セレシュは、そう感じた。
「人身売買なら、商品のお披露目があるはずやな……黒幕ちゃんも、一緒に出て来ると思うで。それまで、もう少し踊ってよか」
「踊ってる場合なのかなあ……」
 心配そうな声を出すフェイトを、セレシュはまたしても振り回した。
「ダンスパーティーやで。踊らな怪しまれるやろ」
「し、社交ダンスなんか、やった事なくて……セレシュさんは、慣れてる感じだね」
「まあ、一通りの事は出来るで」
 長生きしとるさかいな、という言葉を、セレシュは飲み込んだ。
 突然、凍り付くような寒気を感じたのだ。
 しなやかに露出した背中が、ゾクッと震える。
「……セレシュさん、どうかした?」
「見られとる……」
 としか表現し得ない感覚である。
「うち、見られとるわ……」
「え……まさか黒幕!?」
 フェイトが、いくらか童顔気味の顔を緊迫させ、周囲を見回す。
 セレシュを、まるで庇うように抱き寄せながらだ。
 寒気が、強くなった。
 とてつもなく冷たい眼光を、セレシュは感じていた。
「ちょう変な事訊くけど……フェイトさん、アメリカで何か拾って来はった?」
「え…………」
 フェイトが息を呑む。
 説明し難い感覚を、セレシュは無理矢理に説明した。
「何かが、フェイトさんの中から、うちの事じぃーっと見つめとる……そんな感じするんよ。わわわわ、あかんあかん。ごっついメンチ切っとる」
 澄んだ、冷たいほどに澄みきった、アイスブルーの瞳。
 そんなものをセレシュは、フェイトの内部に感じ取っていた。
「かっ堪忍や、ちょう踊っとるだけやんか。別に、フェイトさんを寝取ろうっちゅうんやないさかい……な?」
 この場にいない何者かに向かって、セレシュは必死に弁明をした。
 突然、音楽が変わった。
「はい。これより本日メインのダンスショーを始めさせていただきまぁす。レディースアンジェントルメン、さあご注目」
 燕尾服で男装した1人の女性が、マイク片手にそんなアナウンスをしながら軽やかに身を翻し、片手を掲げる。
 導かれるように会場の中央へと躍り出て来たのは、華やかに着飾った、若い女性の一団である。
 女子高生や女子大生、20代のOL。皆、美しく可愛らしいが、芸能人の類ではない。一般人の娘たちである。
 そんな彼女たちが、プロのダンサー顔負けの見事な踊りを披露していた。
 セレシュは、声を潜めた。
「始まったで……商品の、お披露目や」
「……そうみたいだね」
 フェイトの両眼が、淡いエメラルドグリーンの輝きを孕む。
 その眼光は、踊り続ける娘たちの足元に注がれている。
 彼女たちは全員、シンデレラさながらの、ガラスの靴を履いていた。
 踊りの素人を、プロ顔負けに美しく踊らせる、魔法の靴。
 そんなものを履かされ、有頂天になって踊り続ける娘たち。
 踊り狂った結果どのような事になるのかは、会場のあちこちに置かれたガラス像たちが、無言で明らかにしている。
「履いた人間を、ガラスの像に変える靴……」
「無抵抗のガラス細工に変えてから、オークションにでもかけるつもりやろ」
「本当……そういう事する奴らって、いなくならないよなっ。日本でもアメリカでも……!」
 フェイトの両眼が、緑色に燃え上がる。
 正義感が強い……と言うよりも、女性が被害者となるような事件を許せない少年だった。高校生・工藤勇太であった頃から、彼はそうだ。
 父親が母親に、日常的に暴力を振るう。そんな家庭環境によって作られた性格なのだろう。
「どうどう……割と切れやすい所は、あんまり変わってへんみたいやね。けど、もうちょっと我慢やで」
「べ、別に切れてないよ」
「どこぞのプロレスラーみたいな事言うとらんと、ほら敵はしっかり見極めなあかんで。あの男役気取りが多分、黒幕ちゃんや。ドス黒い魔力が、溢れ出しとるでえ」
 燕尾服姿の男装女性を、セレシュは眼鏡越しに見据えた。
 相手も、こちらを見据えている。目が合ってしまった。
「はい。お客様の中に、ネズミちゃんがいらっしゃいまぁあす……薄汚い、ドブネズミがねえ」
 男装の女が、そんな事を言いながら指を鳴らす。
 屈強な、とても堅気には見えないウェイターが2名、何かを引きずって来た。
 ぐるぐる巻きに縛り上げられた、1人の男。
 セレシュも、顔と名前は知っている。経済誌などで時折、偉そうな高説を垂れ流している、経営コンサルタントだ。
 このようなパーティーに招かれたとしても、まあ不思議ではない人物である。
 そう思いつつ、セレシュは気付いた。
「フェイトさんは……ここ、どうやって入ったん? 招待券は?」
「……持ってるよ。俺のじゃないけど」
 当て身か何かで気絶させ、縛り上げ、懐から奪い取った。そういう事であろう。
「やけに貧乏臭い奴が紛れ込んでるから、おっかしーなぁとは思ってたのよ」
 男装の女が、嘲笑いながら怒り狂う。
「貧乏人に招待券あげた覚えはなし……よくもまあ下ッ手くそなダンスで、私のパーティーに貧乏臭さ振りまいてくれたわねえええ」
 招待客たちが、悲鳴を上げた。
 芸能人が、企業経営者が、逃げ惑っている。
 何か凶暴なものたちが、彼らを追い立てるように会場を駆け回っていた。
 何匹もの四足獣、のようである。狼、いや猛犬か。
 ドーベルマン、シェパード、マスティフ……特に戦闘的な種の、犬たちであった。
 生身の犬ではない。ガラスで出来た、猛犬たち。
 鋭利なガラスの牙を剥いて駆け回り、跳躍し、そして襲いかかって来る。
「振りまくなら鮮血! 臓物! あんたたちみたいな貧乏人はねえぇ、派手にブチ殺されて私たちセレブを楽しませる! そこにしか存在意義がないのよッ!」
「……俺の知り合いにも1人、お金持ちがいる」
 フェイトの両手に、いつのまにか拳銃が握られている。
「一癖も二癖もある奴だけど、あんたみたいなのよりはマシな人間なのかな……おい逃げるんじゃない、全員そこを動くな!」
 グリップ部分ではなく銃身を、フェイトは握っていた。
 そして2丁の拳銃を、まるで手斧か棍棒のように振り回している。
「じきにIO2が来る! 人身売買とわかってて、こんなパーティーに参加したのなら……覚悟しておけよ」
 2丁拳銃のグリップが、ハンマーの如く、ガラスの猛犬たちを粉砕してゆく。
 凛々しく躍動するタキシード姿の周囲で、キラキラとガラスの破片が舞い散った。
「芸能人だろうが金持ちだろうが、まともな裁判なんか受けさせてもらえると思うなよ!」
「くっ……IO2が、こんなに早く動くとは……」
 男装の女が、逃げる体勢に入っている。
 その背後に、セレシュはすでに回り込んでいた。
「ああ、うちはIO2とちゃうで。ただの鍼灸医や」
「お前……!」
 男装の女が、振り向いた。
 燕尾服をまとう身体から、邪悪な魔力がセレシュに向かって溢れ出す……寸前で、止まった。
 男装の女の、何もかもが止まっていた。
 その細い首筋に、鍼が1本、突き刺さっている。
「安心せえ、死ぬ経穴とちゃう……そのドス黒い魔力、封じただけや」
 倒れ、痙攣している男装の魔女に、セレシュは微笑みかけた。
 会場のあちこちで、ガラス像が倒れていた。倒れながら、生身の女性に戻ってゆく。
 全員、意識は失っているが、命に別状はないようだ。
「さすがだねセレシュさん……俺、いらなかったかな」
「フェイトさんが雑魚のお掃除してくれはったおかげや」
 1対1なら、こんな2流の魔女に不覚を取ったりはしない。
 ちらり、とセレシュはフェイトの方を見た。
 彼は今、1流の魔女、などという表現すら生温い何かに、取り憑かれている。
 アイスブルーの瞳が相変わらず、フェイトの中からセレシュをじっと見つめていた。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年03月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.