▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ステキなデートはスイートに 』
矢野 胡桃ja2617

 お時間よろしいですか? ――そう記した手紙を『彼』の下駄箱に忍ばせた、2月のある日。

 はふ、とマフラーに顎を埋めた矢野 胡桃(ja2617)は白い冬の息を吐いた。お出かけ用の鞄を両手に佇んだ少女の周囲は休日の賑やかさが行き交っている。円らな二つのアップルグリーンが、それらを雑多に追っていた。
 その行為の暫し後、胡桃は細い手首を飾る腕時計をチラリ。約束時間の5分前。まだかなぁ、とそわそわ思う。尤も、予定時間の30分前に来たのは自分だけども。
「オッス、胡桃ちゃん」
 そんな少女の背後から、名前を呼ぶ声一つ。ハッと弾かれた様に顔を上げた胡桃は笑顔で振り返りながら、
「棄棄先生!」
 はぐーと抱き付いた相手は、教師棄棄。
「悪ぃな、待たせちったか?」
「いえ! 全然、です!」
 そーかそーか、と少女の頭を撫でる男はカーゴパンツにダッフルコートというシンプルな装いで、頭には防寒帽を目深に被っている。撃退士としての棄棄は学園でしているあの格好だが、そうでない時はちゃんと普通の服なのである。因みに帽子を目深に被るのは、傷だらけの顔を少しでも隠し悪目立ちを避ける為。
「お手紙ありがとねん。まさか俺にデートのお誘いが来るとは」
「折角のバレンタインシーズン、ですから」

 憧れの、大好きな先生へ。今度の休日、お時間よろしいですか?
 13時に、商店街前の時計台で待ってます。

 そう記されていた可愛らしい便箋の主は「えへへ」とはにかんだ。教師はいじらしい少女の様子に目を細める。
「お洋服、似合ってるぜ。可愛いよ」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
 良かった、と胡桃は上機嫌でその場でくるりと回ってみせる。
 シンプルデザインの白色マフラー、耳当て、手袋に、フリルとファーがあしらわれたガーリーなワインレッドのポンチョコート。その下には冬らしいチェック柄のワンピースを着ており、ポンチョの下から覗く膝上丈のスカートが動きに合わせてふわふわ揺れる。美しいシルエットを描く黒タイツの脚にはファー付きのブーツで温かくも愛らしく纏めていた。
 かつて胡桃の服は黒尽くめだったが、最近は少しだけ女の子らしい服を着るようになった。髪は短くなったけれど、寧ろいっそう女性らしい美しさを感じさせる。
 最初に会った頃は本当に『まだまだ女の子』といった雰囲気であったが。生徒の成長に感慨を覚えた教師であったが、今は楽しいデートの時間だ。
「それでは参りましょうか、お嬢様」
 恭しく、棄棄が手を差し出す。
「はい!」
 胡桃は元気良く、その手を取った。





 世間はバレンタイン。商店街は隅から隅までチョコレートと14日を謳っていた。往来の人々もどこかそわそわと浮き立っている様に感じられる。
 そんな中を、胡桃と棄棄はまったりと歩いていた。
「たまには、こうやってのんびりほのぼのするのも、いいですね」
「ねー。イベント時の外ってのは賑やかで良いな」
「あ! 先生、モモ、あそこのお店に行きたい、です!」
 少女が指差した方向には女性用のファッション店。勿論さ、と棄棄が頷けば、「やったぁ」と喜ぶ胡桃は彼と共に早速店内へ。女の子らしい甘さを持ちながらもふわりと落ち着いた雰囲気を持つ店内であった。
「女の子用のお店って普段入らないからさ、なんか新鮮だわー」
「ですねー、新鮮、です」
「いやアンタ女の子でしょ」
「え? あー、こういう所にはそんなにしょっちゅう、寄らないので」
 服屋に行く回数よりも任務で戦場に赴く回数の方が多い気がする、と胡桃は苦笑を浮かべた。
「何か服でも買うのかい?」
「今日の目的は、お洋服よりも、小物、です!」
 流行の曲がBGMで流れる中、「じゃん」と胡桃が示したのはお洒落なテーブルに散りばめられたアクセサリーの数々。照明でキラキラと光っている。綺麗なもんだ、と棄棄が顔を覗き込ませた。胡桃もまた視線を卓上へ。
「うーん……そうだなぁ……これ!」
 と、胡桃が手に持ったのは黒地に白ドットの可愛いリボンの髪留めで。買ってあげようか、と教師の言葉に「大丈夫です!」と断った彼女はレジに行き、戻ってくると……
「はい、先生っ」
 棄棄の垂れた三つ編みにパチリ。
「先生かわいい」
 こくり。ちょっと冗談交じりに頷いてみれば、ノッた棄棄がドヤ顔でポーズを決めてきた。
「大事にするわね」
 てな訳で、色が反転した同じものを棄棄が贈ってくれた。





 お買い物を満喫したら、近くのカフェでオヤツタイム。
 バレンタインシーズンらしく、期間限定のチョコレート商品が並んでいる。
「胡桃ちゃん、好きなのお食べ。先生が好きなだけ奢ったる」
「わーい! 先生すてきー! えと、じゃあ……これ!」

 チョコとベリーのココアパンケーキ。
 
 窓際の席、それが運ばれてきたのは間も無くであった。棄棄も同じものを頼んだので、二つのチョコ色パンケーキがテーブルに並ぶ。
「わぁ……! それじゃ、いただきます、ですっ」
 両手を合わせて早速一口。ほろ苦いココア生地に、甘いチョコと甘酸っぱいベリー達が絶妙だ。
 それを頬張りつつ、胡桃は窓硝子に映った自分と目を合わせる――色々な経験をして、初めて棄棄と会った時よりも、少し性格も変わって、髪も短くなって、身体も心も大人にちょっぴり近付いて。人の視線、人の声……人の心が怖いのはそのままだけれど、
「先生。先生から見て、私は……少しは『強く』なれた、ですか?」
 ふと、教師に問うた。パンケーキを頬張りかけていた彼がフォークを下ろし、生徒を見遣る。少女は教師へと視線を向けていた。
「『強い』って、なんなのです? ――前に、一度聞いた事があるの、覚えてくれてますか? モモは、あの頃より強く、なれた、かなぁ?」
「俺の思う『強い』ってのは、思いやりを忘れない優しさかな。自分も他人も大事にする奴だ――俺はあの時、そう言ったな」
 棄棄がニッと笑みを浮かべた。
「『強い』よ、胡桃ちゃんは。何度も大変な事が起こっても、負けずにこうして俺の前で笑っている。色んな人の笑顔に囲まれている。それはお前の『強さ』の証明だよ。
 これからも色んな事があると思う。でも、一緒に頑張っていこうな。俺はお前の先生だから、いつまでもお前の味方だ」
 ぽん、と棄棄は胡桃の頭を柔らかく撫でる。
「ありがとうございます、先生」
 人の心は恐ろしい。けれどこの掌は温かくて好きだ。
 さぁ冷めない内にと教師に促され、胡桃はパンケーキの続きを頬張る。甘くて、あったかくて、幸せな味だった。
「美味しいかい」
「美味しい、です!」


 ――そしてお皿が空になる頃、窓の外を見遣れば、そろそろ夕暮れの時間だった。
「あんまり遅くなるのもいけないからね。『お父さん』も心配するだろう」
 近くまで送っていくよ。そう言って立ち上がりかけた棄棄を、胡桃は「ちょっと待って下さい」と呼び止める。そして彼女が鞄から取り出したのは、可愛らしくラッピングされた袋だった。中身は、胡桃手作りのパウンドケーキ。

「先生、ハッピーバレンタイン、です!」

 それを受け取った教師は、嬉しくて思わず涙が出そうになったそうな。
 勿論、美味しく楽しく頂きました!



『了』



━━OMC・EVENT・DATA━━

>登場人物一覧
矢野 胡桃(ja2617)
MVパーティノベル -
ガンマ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年03月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.