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『解呪騒動 』
セレシュ・ウィーラー8538


「お目覚めになって、お姉様! ノックしてもしもぉおおおし!」
 そんな事を言いながら少女が、セレシュを乱暴に揺さぶったり、拳を押し付けたりしてくる。
(こらこら、お人形に話しかけたらあかんがな……はたから見たら、ただの痛い子やで)
 セレシュは思った。思った事を念話で伝えるのも、もはや億劫であった。
 さんざん揺すられたせいで、着衣が乱れている。硬く滑らかな肩が、つるりと露わになっている。
(肩紐とか……直して、くれへんかなあ……)
 その思いを、しかし少女に伝える事は出来ない。
 唇も舌も動かないし、念話をする気力もない。自分で直す事など、出来るわけがない。
 何故なら、人形だからだ。
 今のセレシュ・ウィーラーは、自分では何も出来ない人形なのだ。
(ほらほら……お人形に服着せるんは、人間様のお役目やでぇ……ぶっ)
 顔面に、衝撃が来た。
 人間様になっている最中、とも言うべき少女が、平手打ちを叩き込んで来たのだ。
「悪い冗談はおやめになって! でないと暴力振るいますわよ!」
 元々、石像であった少女だ。
 そこに自我と疑似生命が宿り、今では即席の付喪神とでも呼べる状態にある。
 石の力……ストーンゴーレム並の怪力を秘めた繊手が、べしべしとセレシュの顔面を往復した。無論、本気ではないだろうが。
「スカートめくったり、してしまいますわよ! お姉様ともあろう御方が、単なる着せ替え人形に成り下がってしまわれるおつもりですの!? ねえちょっとお!」
(うちは……着せ替え、お人形……やろ? ……ちゃうの……?)
 自分が何者であるのかも、セレシュは思い出せなくなり始めていた。


 ワンピースの裾をめくり上げてやっても、セレシュは何も反応を示してはくれなかった。
 付喪神の少女はその時、気付いた。
 セレシュの人形化した手が、ワンピースの裾を掴んでいる。
 めくり上げられたワンピースが、本棚からこぼれ落ちた書物を受け止めている。
 いや、違う。
 指を上手く動かせないセレシュは、広げたワンピースで本を運ぼうとしていたのだ。
 もう片方の手を、本棚に向けて伸ばしたまま、セレシュはいよいよ本格的にマネキン人形と化し、動けなくなってしまったようである。
 自力で人形化を解呪せんと、努力はしていたようだ。
「その努力……引き継いで差し上げますわ」
 ワンピースで受け止められていた書物を、付喪神の少女は手に取った。そして開いてみた。
 日本語で書かれた本、ではなかった。
 英語でもフランス語でもなく、ラテン語やスワヒリ語でもない。
 地球上から、すでに失われてしまった言語である。
 いくつかの基本的な単語や文法は、セレシュから教わった事がある。学校で習う英語や古文などよりは、まあ覚えやすい。
 なので、何が書かれているのかは大方、読み取れた。
 人形化の呪術に関する書物である。
「まあ……こんなもの読んだだけで解けるような呪いに、お姉様がここまで不覚をお取りになるわけありませんし」
 少女は顔を上げ、ちらりと、恐る恐る、魔鏡を観察してみた。
 自分も、人形になってしまうのだろうか。
 その危険はあるにせよ、魔鏡そのものを調べる作業を、避けて通るわけにはいかない。
「あら……これは? 何ですかしら……」
 鏡の中央辺りに、何か書いてある。
 と言うより、表示されている。魔鏡の内部から、滲み出て来た感じに。
 数式、であろうか。アラビア数字でもローマ数字でもない、だが何となく数字とわかるものと、象形文字のような謎めいた記号の組み合わせである。
「これは……お姉様が……!」
 セレシュが自力で、ある程度までは魔鏡の解析を進めた、その結果であろう。
 人形化を引き起こす魔力の術式を、魔鏡の内部から導き出し、表示させるところまでは成功した。
 そこでセレシュは力尽きてしまったのだ。
「いいですわよ、お姉様……この術式から、解呪に必要な数値を導き出せれば……」
 理数系に偏り過ぎている、と学校の先生に言われた事がある。
 数学は、語学よりは得意なつもりだ。


 魔力ケーブルで魔鏡とパソコンを接続し、解呪の術式を何パターンも入力してみた。
 全て、エラーが出た。
 かつてセレシュ・ウィーラーであったマネキン人形は、本棚に手を伸ばしたまま微動だにしてくれない。
 何の変化も、見られない。
「本当に……本当に、どこも変わってはおられませんの? お姉様……」
 自分の目が疲労でギラギラと血走っているのを、少女は自覚した。 
 その目で、セレシュの全身を眺め回す。本当に、何も変わっていないのか。
 着崩れのワンピースをまとわりつかせた、マネキン人形。セレシュは相変わらず、そんな有り様だ。
 生気の失せた、絵画的な青い瞳。物言わぬ、FRP製の硬い唇。まさに人形の美貌である。
 硬い、だが滑らかな背中の曲線は、むしろ生身の時よりも美しく見えるようだ。
 つるりとした感じに可愛らしく隆起した胸を見ていると、大きければ良いというものではない、というセレシュの日頃の負け惜しみが、いくらかは説得力を帯びてくる。ようにも思える。
 胴から尻にかけての膨らみは、柔らかそうだが当然硬い。すらりと露出した左右の太股は、その硬さの中に、ささやかな肉感を内包している。
 それら各所に、少女は触れてみた。怪力を秘めた優美な五指を、這わせてみた。
 生身の柔らかさはどこにもない。硬く冷たく滑らかな、マネキンの感触しかない。
「綺麗……ですわよ、お姉様……」
 疲労だけではなく欲望で、己の両目が血走ってゆくのを、少女は止められなかった。
「……っと、いけませんわね。お姉様が元に戻って下さらないせいで私、おかしくなりそうですわ……」
 少女は溜め息をついた。その溜め息が、微かに震えている。
「ねえ、お姉様……いい加減、悪ふざけは……お止めになって?」
 嗚咽だった。


(……この子、何で……泣いとるんやろ……)
 ぼんやりと、セレシュはそんな事を思った。
 自分が何者なのかも、今はわからなくなりかけている。
 否、自分が何者なのかはわかっている。人形だ。
 人形の役割とは何か。人間の慰めとなる事、ではないのか。
(……ちゅうても、お人形やしなあ……この子のために、うちが出来る事なんて……何も、あらへんわ……)
 セレシュはよろめいた。こんな不安定な姿勢では、泣きついてくる少女の身体を支える事は出来ない。
 伸びていた手が、本棚に当たった。
 セレシュが元々、棚から取り出そうとしていた書物なのかどうかは、もう思い出せない。
 とにかく本棚から1冊、書物が落ちた。
 催眠術や幻覚など、精神に影響を及ぼす魔法の、入門書である。
 当然こんなものを読んだだけで解けるような呪いであれば苦労はない。だが。
「……これですわ……そう、精神!」
 入門書のページをめくりながら少女は、泣き腫らした目を輝かせている。
「私とした事が! お姉様の身体を元に戻そうとするあまり、精神すなわち心の方をすっかり失念しておりましたわ! 肉体と心は、どちらが欠けてもいけないもの。心は肉体に、肉体は心に、影響を及ぼし合うもの! 元に戻すのならば双方、同時でなければ!」
 少女が、倒れたセレシュの身体を放り出し、パソコンのキーボードを叩き始める。精神に関する数値を組み込んだ上で、解呪システムを構築し直しているのだろう。
(まあ……色々やってみるのは、ええねんえど……)
 本棚の前に倒れ、放置されたまま、セレシュは心の中で呟いた。
(起こして……出来たら、服もきっちり直してくれへんかな……うち、マネキンやさかい……)


 エンターキーを叩いた瞬間。セレシュが、くしゃみをした。
「……うー……何や……うち、何でこんな格好しとるねん……」
「お姉様!」
 付喪神の少女は、抱きついた。そしてセレシュの全身あちこちを、つまんで引っ張った。
「柔らかい! 胸小さい! 元通りのお姉様ですわ!」
「あだだだだだだ、やっやめ! 皮膚がちぎれる肉がちぎれる、やめんかぁあああい!」
「痛いのは、お人形ではなくなった証拠ですわ」
「ああ……うち、マネキンやったんやな」
 セレシュは、頭を掻いた。
「……面倒かけてもうたな。何か、好きなもん買うたる。ああ飲酒は駄目やで」
「うっふふふ。じゃあ殿方でも紹介していただこうかしら? 優しくてイケメンで年収5千万円以上の」
「男の金をあてにしたらあかんよ」
 セレシュは微笑んだ。
「今回ので、ようわかったわ。あんたなら、自力でバリバリ稼ぐ……仕事の出来る女に、なれるでえ」
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年03月09日

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