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『巡りて縁の掬ぶ道 』
矢野 胡桃ja2617)&矢野 古代jb1679

 ――それは青天の霹靂だった。

 矢野 胡桃(ja2617)、矢野 古代(jb1679)の父娘は商店街で二人でお買い物。
 父さんあれが良いこれが良い、父さんあれを買ってこれを買って。そんな可愛らしい小悪魔のような大天使胡桃のおねだりを躱し、はたまたうっかり乗せられつつ、古代は父娘水入らずの買い物を楽しんでいた。
 適度にツッコミは入れるものの、何だかんだで古代は胡桃に激甘だ。糖度で言えば純度99%、交える厳しさは優しさの裏返しで、結局の所古代にとっての胡桃は、彼女が悪魔ハーフであれ天使であることに変わりはないのだ。主に概念的に。
「ねえ父さん、福引がある。一杯お買い物したし、一回くらいは引けるんじゃないかな?」
 帰り支度を始めた矢野親子がふと見付けたのは、商店街の福引き。一位旅行のペアチケット、二位は大型テレビ、三位は自転車。夢のない言い方をすれば所謂商店街の在庫処分ないし広告の兼任物。当たりを引く確率など凄まじく絞られている為貰えるのはティッシュやら割引券やらが関の山、そんな代物。
「うむ。モモ、引くか?」
 やるなら愛娘、胡桃。そう考えた古代は胡桃に問い掛けるが、彼女はふるふると首を左右し父の背中を押す。
「父さんが引いてみて。もしかしたら何か使えるものが出るかも知れないし」
 商品のラインナップは様々だ。下はポケットティッシュから、中間辺りになるとお徳用ティッシュボックス、洗剤詰め合わせなど、確率こそ不明ではあるものの中々豪華ではある。普段の父親ぶりから、日常的に使えるものをひょっこり出しそうな古代に頼もうという考えである。元より上位が当たるとは思っていない。
 それならば、と籤引きの列に並んだ古代と、それにひょこひょこついて歩く胡桃。父さんあれ当てて、あれ、なんて冗談めかして指差した一位の旅行は、一足早い花見観光。はいはい、と受け流しながら特別強運でもないと自身では考えている古代が回した抽選器から出た玉は――。

「――――出ました一等、大当たり!」

 がらんがらん、りんごろん。
 転がり出た玉の色は正しく金色。どうせ参加賞の黒玉か、あっても最下位付近の赤玉だろうと考えていた矢野親子は思わず硬直する。
 金色。即ち一等、ちなみに入っている数は一つだけ。
「え?」
「え?」
 思わずハモる二人の気もいざ知らず、店員はベルを鳴らし周囲の人は祝福の拍手をくれる。
 目を白黒させた古代の手に渡されるのは、旅行のチケット二枚分。よくよく見れば新幹線代から宿代まで全部ついたプランで、梅の花を見に行く、といったものらしい。
 梅の花。この季節であれば、恐らく行く頃には満開だろう。学園付近でも鈴生りに実るつぼみが膨らみ始めていたのを覚えている。
「モモー。わが娘……」
 震える古代。正に、激震。
 新年になりそう日が経っていない今日びだが、古代は今年の運勢はどうなるものなのだろうと過ぎる不安に眩暈がした。否、嬉しいことは嬉しい。だが、当たりがツキ過ぎている。正直言って不安でしかない。
「父さんのリアルラックェ……」
「供養しよう」
 胡桃も気持ちは同じ。心配げに言う胡桃を尻目に、何かを悟った遠い目で呟いた父は旅行券を握り締め、確りと頷く。
「お祓いに行く? 父さん」
 半分冗談、半分本気。娘のそんな心遣いに今年一年の平穏を思い内心涙しつつ、古代は胡桃の手を引き歩き出す。
 そうと決まれば善は急げだ。
「準備如何するか。必要なものがあれば買って帰ろう」
「モモ、お菓子が欲しいな。旅行にはおやつがつきもの! おやつは幾らまで?」
「? お菓子? 遠足じゃないんだから好きに買えばいいじゃないか」
 俺の常識の範囲で、という言葉を添えた古代の話を聴いているのかいないのか、胡桃は指折りながら買い揃えるお菓子の数を数えている。
「とりあえず、お菓子は3000円までだよね」
「あの胡桃さん? ……いや、そうだな、任せた」
 思わずツッコミを入れ掛けるも、偶にはそれも良いだろう。
 旅先で甘いものを食べるも良し、チケットに記された目的地から、旨いものには事欠かないだろうということははっきりと判っている。
「そこはばっちりモモにお任せ。任せなさい。任せてください」
「よし、そこは向こうで決めよう、美味しい物も向こうで適当に食べような」
 プランはある意味ノープラン、けれどもそれが心地好い。
 取敢えずは旅先で必要なものを買い揃えようと決意する古代と、持って行く菓子類を思い浮かべ心躍らせる胡桃。

 ――とある早春の暖かい休日。

 矢野父娘は見頃の梅の花を見に、小旅行に出ることとなったのであった。



 当日、朝早く。
 新幹線を経て、辿り着いたのは梅の名所が多くある、某県。
 駅にて中々大きな旅行鞄を引き提げた胡桃と、それより一回り大きなカートを引く古代。
 因むと胡桃の鞄の中にはお菓子が沢山詰め込んであり、古代の鞄の中には胡桃の分の旅行用具が詰まっていたりする。THE・溺愛精神、奉仕精神。滅多にない旅行の機会だ、愛娘の頼みごとを聴いてやらなければ男――否、父が廃る。
「先ずはチェックインしに行こうか。割と近くだし、荷物も置きに行こうな」
「えー。お菓子は持っていくよ?」
「俺が持つからそこは宜しい」
 ナチュラルな甘々父娘のやり取りを交わしつつ、バスに乗って旅館に向かう二人。
 観光客用のバスだが、田舎道ということもあり、車体はやや揺れる。それにあやかり隣の座席の古代にぴとりと寄り添う胡桃は、隠しもせずに表情を弛めて猫のように父に懐く。
「ねー父さん」
「ん?」
「甘いものいっぱいあるかな?」
 口から出る言葉は他愛無い。こうして肩を並べて二人きりで会話を交わす、それだけで十二分に幸福だった。そんな娘の様子に父古代もどこか呆れたように、けれど滲む気配は嬉しげで、ぽんぽんと胡桃の頭を撫でる。
「きっとあるさ、地域限定甘味とか。旅館の料理も楽しみだな」
「……うん!」
 胡桃がこうして年相応、少女らしい姿を見せるのは友人と、それから家族にだけだ。それは様々な事情が折り重なって経た今であり、けれど、全てを喪っているわけではない。彼女は少女で、父である古代に絶対の信頼を置いた、娘であるのだ。
 暫く走ったバスが到着するのは、やや古びた旅館だった。古いと言ってもそれは情緒風情を伴ったものであり、マイナス面は一切感じられない。
 旅行券様様といった形で二人は宿に入り、女将に迎え入れられると部屋へ向かう。その道中で梅の見られる名所や、地元で有名な甘味所について聴いた。世話好きなのかただの話好きなのか、女将は父娘二人に色々なことを教えてくれた。旅館の出で立ちであるとか、この土地の風潮であるとか、役立つものから世間話まで様々。
 部屋に着いて一息つき、暫く。
 未だ日は高く、旅行の日数は一泊二日。そうであるなら、することは決まっている。

 ――教えられた観光名所を巡りに、いざ出発だ。

 先ずは、徒歩で行ける近場の甘味所一件目。胡桃の為に、数件の店を女将からリサーチ済みだ。
 老舗といった風貌の店構えを前に、胡桃と古代はおおと声を上げる。立てられた看板は相当古いものなのだろう、経た月日相応の年季が見える。
 中に入ると、そこには和菓子の類が陳列されていた。それに加えて、別段には洋菓子と和菓子を組み合わせたコンセプトの菓子がずらり。
 目を輝かせ菓子に釘付けになる胡桃と、それを眺める至福を味わう古代。
 子が幸せなら親は幸せである。それは摂理で、真理で、胡桃を天使とまで謳って可愛がる古代であるなら当然だろう。
 小さいながらも、その店には飲食スペースがあった。和菓子類を粗方買い込み、二人分の飲み物を頼むと二人で並んで腰を下ろす。
「ふわ、これすごくおいしい」
「うむ。……完璧だな」
 胡桃が食べたのは口に入れると同時にほろほろと崩れ融ける砂糖菓子。古代が食べたのは、可愛らしい梅の細工が丁寧に施された練切。
 甘過ぎず、それでいて口当たりは良くくどさがない。安物の菓子とは比べ物にならない程味も見目も良く、二人は楽しんでそれらを食べる。
 そうして、その最中に店員に勧められ、二階席へと向かった。曰く梅の花がよく見えるそうで、丁度席が空いたらしい。
 階段を上り、部屋に案内され、窓の外を見て二人は言葉を失う。

 ――そこは、正に絶景。

 色美しく咲き誇る梅が、窓から見える風景を彩っていた。
 紅いもの、白いもの、薄い桃色のもの。様々な種類の梅が植えられた店の裏庭とも呼べるその場所は、女将に一番に勧められたのも納得、最高の景観だ。
「……きれいだね」
 咲き誇る花々に見惚れていた胡桃は小さく呟き、古代をちらと見た。すると目が合い、互いに見遣っていたことに気付き、思わず笑う。
「去年は、父さんの故郷で見たよね。あっちより、ちょと白い?」
「ああ、茨城のな。おう、確かに白い気がする」
 純白とも呼べる白さを湛える花弁が、風に吹かれてざあと舞った。
 紅色、桃色、色取り取りの花嵐に目を奪われる胡桃を尻目に、古代は言う。
「――モモの色みたいだな」
 穢れなき純粋な白。清廉で、淡く、そうして儚いけれども強か。
 梅は剪定に強い。よく伸び、よく育ち、そうして沢山の花を咲かせる。
 そんな姿は、未だ幼いけれど、成長しつつある彼女に似ていた。
 胡桃は暫し梅の花に見入っていたが、同じく古代が窓枠に身を凭れ茶を啜り始めると、その背に声を掛ける。
「ね、父さん。あーんして」
「あーん?」
「違うの、言うんじゃないの。ほら、口開けて?」
 肩越しに怪訝ながらも振り返った古代に対し、胡桃は小さく口を開けてみせる。
 それに従い素直に口を開いたそこに――胡桃は白い饅頭を詰め込んだ。
「むぐっ」
 何をする、と言いたげな父の視線を気にも留めず、胡桃は小首を傾げて悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「ふふ、バレンタインのプレゼント。ちょとだけ遅いけど、ね」
 押し込んだそれは、チョコレート饅頭。先程こっそり胡桃が買ったもの。
 ――父の幸せを願う、ひとりの娘。古代が幸せであるなら胡桃は幸せで、だからこそ、目一杯、有り余る程の愛情を伝えるのだ。
 詰められた饅頭を頬張りつつ目を細めた古代は、少しばかり笑って胡桃の頭を撫でた。ありがとう、まるでそう告げるように。



 春の初め、二人きりの小旅行。
 短いようで長い旅は、未だ始まったばかり。
 揺れる梅の花を眺めながら、父娘は暫し穏やかな時を過ごした。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2617 / 矢野 胡桃 / 女 / 15歳 /  娘】
【jb1679 / 矢野 古代 / 男 / 36歳 / 父】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております、相沢です。
 受注についてお待たせしてしまい申し訳ありませんでしたが、今回は早めにお届け出来て良かったです。
 仲良し娘と父の小旅行。楽しんでいただけましたでしょうか? 割とお任せなムードでしたので、時節ものも少しばかり絡めて描写してみました。楽しんでいただければ幸いです。
 それでは、ご依頼有難う御座いました! また機会がありましたらどうぞ是非宜しくお願い致しますっ。
MVパーティノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年03月11日

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