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『笑顔の裏 』
アルヴィン = オールドリッチka2378




 アルヴィン=オールドリッチにとって、愛とは。

 屋敷の庭は、柔らかい日差しとゆったりとした風に包まれていて、アルヴィンは荒れる呼吸に胸を大きく上下させながら、芝の上に大の字になっていた。緑に映えるピーターの茶色がぴょこぴょこ近づいて来て、耳をぱたぱたした後、鼻先をアルヴィンの頬ですんすんと鳴らす。
「では、この辺で終わりにしましょう」
「今日はべヴァレンに勝てると思ったんだけどな……」
 模造刀を片付けるエルフの男を、アルヴィンは呼吸を整えつつ目で追った。
「二本取ったではありませんか」
「勝たなきゃ意味ないんだよ」
 勢いを付けて上半身を起こす。悔しさと楽しさが混ざったような表情で、アルヴィンは侍女が差し出したカップを「ありがとロップ」と受け取り、ごくごくと飲み下す。ロップと呼ばれた侍女もエルフである。
「さ、母君が戻る前に、汗を流して御支度ください、父君のお屋敷で晩餐のご予定、忘れてはおりますまい?」
 そう告げて庭を去ろうとするべヴァレンに聞こえないくらいの声で、「覚えてるよ……」と頬を膨らませ、アルヴィンは不満を示した。
「何か、仰いましたか?」
 足を止めたべヴァレンに、相変わらず耳聡いと呆れ顔を作り、すぐ笑顔に戻す。
「べヴァレンは来るの?」
「ロップとホトがお供致します。私めは別の仕事が御座いますので」
「なんだよ……」
 今度の小声は、聞き取られなかったらしい。足元のピーターを抱き上げ、寂しさを紛らわすように、彼の背中を数度撫でた。
 仕事なんて、後にすればいいのに、とアルヴィンは思う。
 皆で食べたほうが、食事は美味しいに決まっているのだ。





 オールドリッチ家を巡る状況は、混迷していた。
 現皇帝が帝位を簒奪した直後、当主たるアルヴィンの父は、オールドリッチ家の立場を判断し兼ね、家中にその意思を表明出来ずにいた。
 手をこまねいている間にも、オールドリッチ家を取り巻く政治状況は動き、遂には改革が断行され、旧態依然とした帝国内の貴族は地位も所領も召し上げられる、と風聞が伝わる。
 ここまで、混乱と不安の中にあったオールドリッチ家の分裂は、これで決定的となった。すなわち、現帝の改革に同調する革新派と、改革に反対する守旧派である。
 両派の争いが、オールドリッチ家当主の座を巡る後継者争いとなるのは必然であった。
 妾腹であったアルヴィンは、家督から遠い所に居たが、彼に、この不毛な争いに巻き込まれるのを拒否する機会は与えられなかった。
 さらに、彼の母はエルフであった。
 革新派、守旧派に別れた争いは、家督相続問題を巻き込み、さらに人間とエルフ、部族間或いは種族間の対立構造をも取り込んで、今や当主にも止められず、転がり続けている。
 アルヴィンに付く一人の教育係と二人の侍女は、彼の母の私兵である。近辺警護にと、現状に対するせめてもの抵抗として付けたもので、その程度の自由しか認められていないのが、彼を取り巻く実情であった。





 晩餐会は散々だったと言う他無い。
 帰りの馬車で、アルヴィンはまだつまらなさそうに、むすっと膨れている。
 父が何も言わないのを良い事に、どこかの派閥が次期当主候補として担ぎ上げる事を「黙認された」と都合良く解釈した重臣達が次々と追従を述べに来るのを、久しぶりに会った父と会話をする間も与えられず、黙って聞いているだけだった。
 食べたものと云えば、サラダを二口とパンを一欠け。
「アルヴィン」
「はい、母上」
 蹄の音に合わせて流れる夜の森をぼんやり見ていたアルヴィンは、母の声に振り返った。
「……父上を、恨まないであげてください」
 寂しそうに懇願する母を、彼は黙って見ていた。
 元より恨んでなどいない。恨むべきは、母と、父と、幼いころからよく知っている重臣達とが、あの頃の顔で笑えなくなっている今の空気だと、彼は信じている。
「恨んでなどおりません」
 笑顔を作って応え、それから間を置かず言葉を継ぐ。
「父上楽しそうでした、今日の食事は美味しかったでしょう? 皆集まったからですよ、大勢だと、楽しいし美味しいんです」
 母がまた寂しそうに笑うので、作り笑顔はばれているのだと、アルヴィンは思った。





 明け方近くに起こされたアルヴィンは、急いで身支度をするよう促された。
 屋敷の外が、無数の足音と蹄音で取り囲まれているのは、すぐ気がついて、広間では深刻な顔をした母が待っていて、何か良くない事態が進行していると察した。
「アルヴィン、逃げなさい」
 有無を言わさぬ表情で告げられる。
「では母上、母上はアルヴィンが守って共に参ります」
「いいえ、母は残ります。不届き者と話を付けねばなりません」
 固い決意が窺える表情は、揺らがない。
「では、アルヴィンも共に残――」
 不意に頬を張られ、鋭い痛みが走る。
「聞き分けなさい!」
 母の目から涙が零れ落ちているのを見て、彼は何も言えずにいる。
 扉を破ろうと目論む、槌の音が響き始めた。
「ごめんなさい……でも、あなたは生きねばなりません」
 母は優しく笑っていて、涙は幾つも溢れていたけれど、それ以上何かを言えず、彼はベヴァレンに促されるまま、広間を離れた。
 やがて扉が壊された音がして、強い口調で無礼を窘める母の声がして、屋敷は一瞬静まった。けれど怒号と足音はすぐに復活して、アルヴィンは、もう母の顔を見る事は叶わないと悟った。

 館の裏手へと続く広い廊下を、アルヴィンは駆けている。
 遠くから幾つもの足音が聞こえ、一緒に走っていたロップが突然足を止めた。彼女は手早く、携えていた剣を抜く。
「アルヴィン様、ご武運を」
 それだけ言うと、彼女は元来た廊下を引き返して、アルヴィンは呼び止める間もなく、また廊下を進む。
 やがて幾つも剣戟の音が聞こえ、そしてあっさりと音は止んだ。
「……待って、ロップ一人じゃ危ない」
 何を言うべきか纏まらないまま、アルヴィンは足を止める。
「そうかも、知れませんな」
 べヴァレンの返事はにべもない。
「……ですが、ロップは若君が援軍に参るのを、望んではおりません」
 そんな。
 そんなことってあるか。
「でも」
「若君」
 何を反論しようとしたのか、今となっては判らない。言葉はべヴァレンに遮られ、母の時と同じ、有無を言わさぬ表情に、彼の言葉は消し飛んでいた。
「我ら、若君の御身を、命に代えてもお守りするよう、仰せつかっております」
「アルヴィン様にお仕え出来た事、嬉しく思います」
 ホトの声。見ると、彼女は懐の短剣を引き抜き、その手に携えている。
 こんなばかなはなし、あってたまるか。
「……早く、戻ってきて、約束」
 何か言わなくてはと思い、ようやくアルヴィンから出た言葉。ホトは柔らかく微笑むと、「承知致しました」と言い置いて、廊下を戻る。
 裏口への階段を降りながら、遠くなるホトの足音を聴いて、アルヴィンは、さっきの約束は守られないと気づいていた。

 扉を開けると、早朝のピンと張り詰めた空気に包まれた。空は白くなり始めていて、遠くで幾つも馬の嘶きが聞こえる。
 どこへ逃げるべきか、ベヴァレンを頼って振り返ると、彼は跪いて礼を執っていた。
「若君」
 途端にアルヴィンの顔が崩れ、涙が零れる。ベヴァレンが何を言うのかは判らない。けれど、何をしようとしているのかはわかる。
「このベヴァレン、長いお暇を頂きたく存じます」
 そんなのは、だめにきまってる。
 言葉にならないまま、ベヴァレンが優しく笑い、扉の向こうへ消えるのを見送る。腕の中のピーターが、涙の伝う頬に鼻先を寄せた。
 アルヴィンは、扉の見える植え込みの陰に身を潜めた。
 ベヴァレンは強いので、すぐに終わらせて、あの扉から出てくると信じている。
 ベヴァレンの見せた決意は、二度とここへは戻らないものだと、理解している。

 涙は止まらないけれど、嗚咽が漏れないよう、彼は必死に堪えていた。
 頭上から兵士の声が聞こえ、心臓が跳ね上がる。
 懐のピーターが、彼の顔を見て、鼻をすんすんと鳴らした後、彼の腕の中からするりと抜けた。
 手を伸ばすより先に、ぴょこぴょこと長い耳が遠ざかる。
 兵士が、足元に現れた動くモノに、咄嗟に剣を振り下ろすのを、彼は見た。
 何か、叫ぼうとしたのかも知れない。
 けれどそれは、声にならなかった。





 アルヴィンの一日は、公園の手入れで始まる。
 遊歩道沿いの鼻に水をやり、朝陽を反射してきらきら光る水滴を楽しむ。
「ヤア、今日も綺麗ダネー」
 花に声を掛けた後、植え込みの下を塒にしている猫に、「あんまり喧嘩しちゃダメなんダヨ」と挨拶をする。
 うざったそうに猫が何処かへ行くのを笑顔で見送ってから、芝生の端にある、大きな一本の木に背中を預ける。午前中は日差しが届いて、彼のお気に入りだった。
 そうして彼は、一日笑顔で過ごす。
 この醜く、救いの無い世界を愛によって「生かされた」アルヴィンにとって、愛とはなお価値のあるモノでなければ、赦されない。

 アルヴィン=オールドリッチにとって、愛とは。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2378 / アルヴィン=オールドリッチ / 男 / 28 / 聖導士(クルセイダー)】
【NPC  / ベヴァレン         / 男 / -- / エルフ / 教育係    】
【NPC  / ホト            / 女 / -- / エルフ / 侍女     】
【NPC  / ロップ           / 女 / -- / エルフ / 侍女     】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます。
アルヴィンの笑顔以外の表情を意識してみましたが、いかがでしたでしょうか。
楽しんで頂けたら幸いです。
MVパーティノベル -
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ファナティックブラッド
2015年03月12日

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