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『〜 永訣の宴は雨を抱いて 〜 』
ファーフナーjb7826)&小田切ルビィja0841




 雨が世界を閉ざすかのようだった。


 次戦の為、高知から一時的に岐路についた矢先の事。陰鬱な空から降る雨は風を伴って吹きつけ、咄嗟に軒下に飛び込んだ時にはすでに服はしっとりと濡れていた。
「嫌な天気だな……」
 小田切ルビィ(ja0841)は顔を顰めた。人を濡れ鼠にしておきながら、軒下に入った途端、最初の激しさが嘘のように雨は細くなった。かわりに僅かな風にも揺らぎ、直下を逃れたルビィ達をさらに重く濡らしていく。
「本格的に雨宿りしたほうがよさそうだな、こりゃ」
 思わずぼやくと、ふいに隣で小さな音がした。オレンジの光が瞬く。
「……時間を潰すのなら、あそこはどうだ」
 この雨から守られたシガリロを手に、どこか鋼の雰囲気を持つ男が呟くように告げた。
 静かな雨の気配を壊さない、不思議な深みのある声だった。本人もまた、雨の静寂に溶け込むような気配をしている。深き闇の縁を覗き見やった時のような、おいそれと壊すことのできない世界の静けさ。そしてそこに宿る不可思議な寂寥感。男――ファーフナー(jb7826)はそういった気配を備えた男だった。
「いい店構えだな」
 示された先を見やり、ルビィは口元に笑みを浮かべる。街路樹の傍らに、瀟洒な店があった。雨に白くけぶる街の中で、雰囲気に溶け込むようにしてひっそりと佇んでいる。
「冷えた体を温めるにはもってこいだな」
 夜を渡る月のような美貌に、屈託のない笑みを浮かんだ。どこか人を寄せ付けない程に整った顔が、笑うと妙に人好きのする風貌に変わる。
 男の美醜に興味の無いファーフナーは、快諾の声に悠然とした足取りで店へと向かった。例え雨に濡れようと、その堂々たる動きには僅かの変化も無い。
 入った店の中は、雨の降る外よりも余程、薄暗かった。
 かといって暗いという程でもない。テーブル毎を照らす橙色の光が柔らかく揺れ、控えめな照明が古めかしい煉瓦調の内装とあわさってどこか異国めいた気配を醸し出している。ゆったりとした落ち着きはそのせいだろう。
「アタリだな」
 雰囲気に満足そうな声をあげ、ルビィは目を細めた。壁中に並ぶ酒瓶だけですら相当な量がある。仄かに鼻腔を擽るのは、蓋の開いた瓶から零れる馥郁とした香りだろう。奥に飾りのように置かれている酒樽も、もしかするとディスプレイではなく実用品なのかもしれない。
 ふと、脳裏に野太い笑みを浮かべる巨漢の姿が思い浮かんだ。

 ――なかなか洒落な店だわい!

「……こういう所で、オッサンとも飲み交わしてみたかったな」
 本当に目に見えるようだった。豪快に笑い声も、背を叩く遠慮の無い大きな掌も。

 ――いっちょ飲み比べといかんか!?

 きっと笑ってそう言っただろう。
 零れた呟きには、深いものが込められていた。だが、その中に焦燥や寂寥感は無い。
 ――なるべくしてなった。
 その全てを真正面から受け止めた者が持つ深さが、そこにあった。
「……騎士団か」
 簡単な注文の後、ボーイが持ってきたグラスに一度視線を向け、琥珀色の液体をゆっくりと回しながらファーフナーは呟いた。

 皓獅子公――ゴライアス。

 先の戦場で死した騎士。その死に様を二人は直接その目にしていた。
 僅かにおりた沈黙の中、カランとグラスの中で氷が揺れた。僅かにこぼれた笑みは、苦笑に近い。
「漢がこうと決めたことを、全部やりきった――自らの使命を全うして」
 自分のグラスを軽く掲げ、ルビィは目を細める。
 思い出は胸にある。交わした言葉も。
 けれどやるせない喪失感は薄い。

 ――全てを賭けて全部を出し切った。
 ――命を賭すに値する相手と認められ、未来を託すに値すると認められ、
 真実、それを渡された。

 その上での死という結末だった。
 その相手が自分達だったことの意味を――ルビィは確りと受け止めていた。
 だから――
「『想い出話でもしながら飲んで騒ぐ』事が、オッサンへのせめてもの手向けだろうよ。辛気臭いのは嫌がられるぜ。絶対な」
 豪快に笑う姿が思い浮かぶ。
 一度も膝をつくことなく、仁王立ちで逝った男の死に顔は、子供のような笑顔だった。どれだけの武人が、あんな大往生を遂げられるだろうか。
「きっと今頃、向こうで酒盛りしてんだろうなぁ」
「混ざりたい、と?」
 ファーフナーのそっけない声に、ルビィは半瞬だけ黙り、すぐにニヤリと笑った。
「いーや。まだまだ混ざりには行けねぇな。こっちにゃ、やり残したことが山程ある」
 フン、とファーフナーは鼻を鳴らした。その口元には苦笑めいたものが零れている。
「どのみち、百年やそこら、向こうの連中はどうとも思うまい」
 死の川の向こう側には、時は流れていないのだから。
「……まぁな」
 静かなファーフナーの声に、ルビィはほろりと苦笑を零した。
 事実を語るが如く、淡々とした声だった。だからこそ、感情に流されない男の言葉には、不思議な重みがある。
 ゴライアスからも言われていた。
 ――生きていけ、と。
「…オッサン、いつの日かあの世で飲み明かそうぜ」
 掲げたグラスの中で、飴色の液体が小さく光る。
 それを見やってから、ファーフナーは自身のグラスを呷った。口腔から抜け、鼻腔をくすぐるのは長い年月が生んだ心地よい香りだ。長く長く、下手をすれば自分達よりも長き時の向こうからやってくる酩酊の使いは、今は琥珀色の輝きを纏ってグラスの中で微睡んでいる。
 小さく苦笑を零すように鼻を鳴らした。
「相変わらず、酔狂な男だな」
 ――殺し合う相手にいちいち情を抱いては面倒だろうに。
 そう思う心の中で、冷静なもう一人の自分が己を客観的に見据えていた。
 敵を敵としてとらえ、感情に左右されることなく任務を遂行する。揺らがぬことも、また、強さ。
 だが同時に理解している。隣にいる――感情を抱いて尚、前を向いて進むことの出来る男の、その強さを。
 それは自分には無い『強さ』だ。
「お前は敵の尻ばかり追いかけて、浮いた話の一つもないのか」
 ついからかいが口をついて出た。
 思ったよりも場の雰囲気に浸されたらしいと、苦笑めいたものが零れそうになる。
「俺の夢はピューリッツァー賞を採る事と、メー様(メフィストフェレス)のヌードを激写する事なんで、女なんかに構ってる暇は無ぇーんだよ!」
「おかしな男だな」
 堪えたはずの苦笑が口の端を震わせる。かの大公爵を相手に、その裸身をカメラに収めようなどと考えるとは、酔狂と言うべきか、男として健全だと揶揄するべきか。どちらにせよ、不快ではない。
 上手く言えないが、そう――『悪く無い』。
「…つーか、俺の事よりダンナはどうなんだ?」
「……なにがだ」
「実は美人のカミさんが家で待ってたりすんじゃねーの?」
 にやにやと笑いながら切り返したルビィに、ファーフナーは鼻を鳴らした。
「枯れた男のことはどうでもいい」
 小揺るぎもしない男に、ルビィは笑みを深くした。
 幾度となく同じ戦場を駆け抜けてきた。未だ謎も多いが、背中を任せられる数少ない相手だ。だからこそ、その素性については興味があり――同時に、同じぐらい、軽々しく踏み入れ過ぎまいという思いもある。
 時と場を共有しようとも、決して踏み込んではいけない領域というのがあるのだ。――相手側が扉を開かぬ限り。
「ここらでもう一花咲かすのも粋ってなもんだぜ?」
 嘯くルビィに、ファーフナーもまた、先のルビィと似た思いを抱いていた。
(……自制せねばならんな)
 相手に対し、『興味深い』と、そう思う気持ちに、ファーフナーは僅かに目を眇めた。
 己に無い強さを持つ相手というのは、刺激になる。認めると同時に、チリと胸にはしるのは僅かな嫉妬だ。
 戦場でビジネスと割り切ってつきあっていた日々から、いつのまにかプライベートでも顔を合わせるようになった。理解が深まればこそ、信頼と同時に生まれる漣のような感情。
 ――それが不愉快でないのが、不思議と言えば、不思議。
 第三者がいれば、互いに認め合ったが故の心情だろうと評しただろう。だが生憎、生身で彼らに同席していた者はいなかった。
 ただ、なんとなく暖かい。酒のせいか、この場の空気のせいか。
「何れにせよ、浮ついた話は不要だ」
「ま。まだまだ戦いも厳しいしな。色気のない日々が続く、か」
 静かなファーフナーの声に、ルビィが笑う。
 二月半ばから三月半ばまで。恋の話に盛り上がる人々も多いだろう。ルビィは目に入った店の客にニヤリと笑う。戦いの中であっても、恋心を育てる者もいる。敵であれ、味方であれ。

 幸いあれ、と心から思う。

 心が喜び得る出会いというのは、一生の宝だろうから。
「まぁ、色気無い出会いもまた、別の意味で宝っちゃ宝だからな」
「フン」
 笑うルビィに、ファーフナーはグラスを軽くあげる。
「お互い様だ」
 ルビィも笑って自分のグラスをあげた。


 ほろ酔いにも似た穏やかな温もりの中、店内にグラスと合わさる小さな音が響いた。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7826/ファーフナー/男/52/静寂なる死の演者】
【ja0841/小田切ルビィ/男/19/明朗なる生の撮者】
【??????/?????/?/??/????】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございました。執筆担当の九三壱八です。
静寂の中にある深奥を僅かでも出せれていれば幸いです。

皆さまの元に、いつも良き風が吹きますように。
MVパーティノベル -
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エリュシオン
2015年03月13日

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