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『風が鳴らす合図 』
羽流矢(ib0428)


 理穴の北東、かつて魔の森と呼ばれた地域のほど近くにある清瀬村。戦乱により住む場所を失った人々により拓かれたこの村も二回目の春を迎える。
 大工仕事などを行う作業小屋にて額を付き合わせる男達。
「この辺りの道は補強をしておいた方が良いと思う」
 広げた手書きの周辺地図を青年が指さす。青年の名は羽流矢。陰穀国のシノビ、そして開拓者だ。仲間と保護した子供達が清瀬村で暮らしている縁もあり、子供達の様子見がてら村を訪れては開拓の手伝いなどもしている。特に去年の夏の野盗襲撃以降は村人の安全を確保するために色々と動いていた。
 今も村人と避難用の抜け道を確認していたところだ。
「隙ありっ!」
 突如梁から飛び降りてきた子供が棒を振りかざし羽流矢を狙う、と同時に卓の下から繰り出される足払い。
「……全く、声を出したら不意打ちにならないだろう」
 溜息混じりに羽流矢は地図を押さえる文鎮代わりの木片で上からの一撃を防ぎ、足払いをひらりとかわす。そして新たに物陰から飛び出してきた子供に足を引っ掛け、転ぶ寸前で襟首を掴む。
 順に早丸、綱人、春兼……かつて羽流矢達が助けこの村に預けた陰穀国出身の五人の子供のうち年長の三人だ。
 ちなみに今日三回目の襲撃である。結果は今のところ羽流矢の全勝だ。
「じゃあどうすればいいの?」
 一番年上の早丸が尋ねる。
「そんなのは……」
 羽流矢の言葉の途中少女が飛び込んできた。羽流矢が早丸達と出会うきっかけとなった同じく陰穀国のシノビの少女佐保だ。
「皆の邪魔をしない」
 小柄な身体に似合わぬ馬鹿力で佐保は三人を抱え連れ去っていく。あっという間の出来事だった。

 昼の休憩、羽流矢の元に早丸が茶と握り飯を二人分携えやって来る。
 昼食を食べながらの他愛もない話しの最中「お願いがあるんだ」と早丸が切り出した。
「とりあえず言ってみな」
「戦い方を教えて欲しい」
 昨年の野盗襲撃からずっと考えていたと言う。あの時は羽流矢達のおかげで皆無事に済んだ。でもいない時に同じようなことがあったら……。
 なるほど、だから何度も自分に襲撃をかけてきたのかと羽流矢は合点する。
「志体持ちでは俺が一番の年長者だ。だから俺が皆を守らないと」
 村には早丸達五人の子供以外志体持ちはいない。佐保には里の外の人間に教えることはできないと断られたらしい。まあ、シノビとしては当然の答えだろう。
「早丸は……」
 小さな膝で握った拳が震えている、その意味を考え羽流矢は「人と戦う覚悟はあるのか」という問いを飲み込んだ。『叛』と呼ばれる陰穀国の内乱により里を失った早丸達に、どのような場所で暮らしたいか聞いたときに「人同士の戦争があった場所は怖い」と言ったのを思い出したのだ。
「この村が好きか?」
 代わりに口にした問いに早丸は「勿論」と答える。
「じゃあ、考えるのはどうやって皆を守るかだ」
「だから戦えないと」
「どんなに強くても一人で戦うには限度があるのはわかるな」
 早丸の言いたいことも焦りもわかる。だが羽流矢の言葉も単なる綺麗事ではない。命を捨てて戦うよりも、皆を守る方が難しいのだ。
「お前が一番したいことは?」
 視線の高さを合わせできるだけ静かな口調で尋ねた。
「俺は皆を守りたい。誰かが死ぬのもそれで悲しむのもやだ……」
「その誰かには早丸、お前自身も入っているんだよ」
 早丸がはっと顔を上げる。
「一番大切なのは速やかに皆を逃がすこと、そして助けを呼びに行くこと」
 羽流矢は早丸が身につけるべきことを挙げていく。諜報活動に秀でた諏訪の支族として学んだことを早丸に伝えるつもりだ。勿論里の掟に反しているのは判っている。
 羽流矢の中にとある道がしかと形になりつつあった。

 柵の補強は村人に任せ羽流矢は佐保と早丸と共に村の外を回る。外からの侵入者を教える鳴子の設置場所を検討するためだ。
「さっき俺が話したことを覚えているよな」
「当然」
 早丸は胸を叩く。
「なら、どこに罠を設置すればいいのか自分で考えてみな」
 元気良く返事をし早丸が駆け出していく。警護のつもりか羽流矢の相棒銀河がその背を追いかけた。
 シノビの技術を外の人間に教えるのか、と驚く佐保に「俺の一番弟子だそうだ」と肩を竦めてみせる。
 護大は消え、世界の脅威は去った。識者が言うには長い時をかけ世界からアヤカシも志体も消えていくらしい。アヤカシに脅かされることのない時代の到来するのだ、と。
 だが現状はどうだ、と羽流矢は早丸が走っていった方へと視線を向ける。アヤカシ、獣、野盗……様々な脅威に人は備えなくてはいけない。
(……俺達も当分食いはぐれ無いってことか)
 苦笑を漏らす。世界は変わった、少なくとも羽流矢にその実感はない。

 そのとき風が吹いた。

 まだ冷たい、だが真冬の頬を切り裂く冷たさではなく湿った春の気配を孕んだ風。それに乗って村から運ばれてくる人々の営みの音。
 そうだ、目に見えて世界は変わらなくとも、人は進むことができる。
 羽流矢は風上へと向く。
 きっと自分も……。以前ならば何も変わらないと現状に倦み、諦観していたかもしれない。だが……。
 突然黙り込んだ羽流矢を何事かと覗き込む佐保のまっすぐな視線、かつてこの村で交わした会話を思い出した。
「……里を出ることにした」
 するりと紡がれた言葉に佐保が僅かに目を瞠る。
「確かめに行こうと思うんだ」
 あの時、武天の奉行が自分に言った言葉の意味……。
 「必要とあらば敲け」と告げられた門の閂を。
 自分が守りたいと願った刀匠の親子が元気に暮らしているであろう姿を。
 ともに並び戦い、そして刃を交わすこととなったあの人が治める里を。
「里を抜けるのですね」
 それは確認だった。
「追っ手を捲きながら暫くあちこち見てくるよ」
 羽流矢の言葉に悲壮感は無い。一度言葉にしたら嘘のように気負うものがなくなったのだ。
「尤も里に追っ手を出せる余裕があるかも解らないけどな」
 冗談めかせば佐保に「楽観的だ」と怒られる。
「……俺より先に里を抜けなんてやらかしたのは誰だっけ?」
 大切な人を守るため里を抜けようとした佐保を羽流矢達が助けたのが出会いだった。
「再会するまでどこかで野垂れ死にはやめて下さいね」
「俺もするつもりはないよ」
 最初は口数が少ない少女だと佐保の事を思っていたが慣れてくると遠慮がない。
「まぁ、シノビを辞める訳でなし、何も変わらないが……」
 羽流矢は誰かに心の内の断片を話しておきたくて「それでも……」と言葉を続けた。
 再び吹く風へと伸ばす手。
「何かの風向きが変わったんだ……」
 実際風はいつも通りなのかもしれない。でも自分は風の変化を感じた。
 「佐保さん」改めて羽流矢は少女を呼ぶ。
「ありがとう」
 自分は此処から一歩踏み出す。そのきっかけを作ってくれた少女はやはり理由を尋ねない。
「先に伝えておくよ。元気で」
「羽流矢さんもお元気で……」
 少し躊躇ってから佐保はもう一度口を開く。
「何かあったら私を思い出してください。手を貸します。……私は羽流矢さんたちにそのことを教えてもらいました」
 目を瞬かせる羽流矢に慌てて「主の迷惑にならない範囲でですが」と付け足した。
「佐保さんは変わらないな」
 出会ったときから佐保は心に決めた人に仕えることを貫いている。その一途な姿は少しばかり羨ましくもあった。
「羽流矢さんは変わりましたよ」
 どこが、と羽流矢は聞き返す。自分では何か変わったような気がしないのだ。
「雰囲気が緩くなりました」
「……それは」
 良いことなのか、悪いことなのかと眉を寄せた羽流矢に「にいちゃーん」と早丸から声が掛かる。

 それから数日、羽流矢は抜け道へと続く隠し門の作成などを手伝い、合間合間早丸に自分の技術を教えて過ごした。
 出立の日、朝早くから羽流矢の見送りに村外れへと集まる人々。その中に佐保もいた。彼女はまだ少し村に逗留するらしい。
「早丸、早く一人前になれよ」
 一頻り挨拶をした後、早丸の頭に手を置く。
「……銀河、行こう」
 歩き出した羽流矢を銀河があっという間に追い越した。
 これで晴れて抜け忍として里から追われる身だ。だが不思議と足取りも心も軽い。
「そんな事を言ったら緊張感がないとかまた怒られそうだけど、な……」
 口をへの字にした佐保の顔を思い出す。
 何が変わったか……それはまだわからない。
 何時の日か、今度こそ自らの足で彼の屋敷の門を潜ろうとするとき答えがでるのかもしれない。
(でも今は……)
 立ち止まり、風に向かって大きく伸びる。
 まだ冷たい風に混ざる雪解けの水の香り。
 以前より少しだけ晴れやかに感じる風……。そう今はそれだけで良い。
 少し先、銀河が「早く早く」と言うようにこちらを振り返り尻尾を振っている。
「すぐ行くよ」
 歩き出そう、まずはそれからだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名   / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ib0428  / 羽流矢   / 男  / 19歳   / シノビ】

【NPC/佐保、早丸、綱人、春兼】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼いただきありがとうございます。桐崎です。

羽流矢さんの旅立ちノベルお届けいたします。
次羽流矢さんにお会いするときは「羽流矢くん」ではなく「羽流矢さん」になっているのかな、などと思いながら執筆いたしました。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
MVパーティノベル -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年03月13日

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