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『銀の旋風 紫苑の刃 2 』
水嶋・琴美8036

異常な空気に包まれていた現場の緊張が一瞬にして緩んだのは、前触れもない人質の解放。
固く閉じられたシャッターの一部が突如、開いたかと思うと、我先にと人質とされていた客たちが飛び出し、バリケードを作っていた機動隊を慌てさせた。
だが、即座に下された保護の命令によって、冷静さを取り戻した機動隊は、人質たちの安全確保と保護を行いながらも、ビルからの狙撃に備えるも、襲撃犯は一発も撃ってこなかった。
代わりに、解放された人質の一人に要求書を渡しており、それを受け取った本部は騒然と化した。

「地下大金庫のロックを全て解除。およびメインコンピュータへのアクセス許可を要求する。期限は24時間以内。なお、この要求を受け入れてもらうため、人質には一切危害を加えないことを誓約する……か」
「ずいぶんと礼儀正しいというかなんというか……存外話をすれば分かる」
「そのような甘い考えは止めていただけますかな?本部長殿」

険しい表情で要求書を読み上げた隊長に本部長は楽観しきった表情で、のんきなことを口走ろうとした瞬間、対策本部に姿を現した特務機動課の上官に鋭くたしなめられ、思わず身を震わせた。

「今回はご協力ありがとうございます」
「いえ、すでに水嶋は潜入したようですね」
「はい。さすがは特務の誇るトップ……わずかな隙を見つけて、中に潜入されるのですから」

凍り付いてしまった本部長を無視して、挨拶をかわすと、特殊部隊隊長と機動課の上官は、すでに銀行内に潜入した琴美のお手並みを拝見と決め込んだ。

平常時なら、行員たちが忙しく立ち回っているだろう通路は恐ろしいまでに静まり返っていた。
通気口ダクトの鉄柵を音もなく外し、体の横を滑らせて、背後に回すと、琴美は身軽な動きで床に降り立つと、剥がれ落ちかけた編上げブーツの裏に張った衝撃吸収パッドを張り直す。
本当なら、はがしてしまっても構わなかったが、内部の状況を正確につかみ切れていない段階で、そう判断するのは早計と思ったからだ。
天井に設置された監視カメラを避け、素早く壁際を移動し、角に身を潜める。

「このブロックには、警備がいないのは事実だったようですね」

潜入する際、監視カメラの映像を完全にチェックし―警戒がなされていないブロックを見つけた琴美は潜入ポイントを当初からここに絞ったのだが、実際に降り立つまで罠を疑っていたのだが、思った以上にあっさりと潜入できたのが拍子抜けだった。
だからといって、気を抜くわけにいかなかった。

「さぁ、任務開始とさせていただきますわ」

小さく微笑みを子簿図と、琴美は一気に廊下を駆けだした。
その背をじっと見つめている一台の監視カメラの存在に気づいていながら、気づかないふりをして。

「ふーん、さすがは特務機動課。こっちに気づいていて行動するなんて、さすがだな」

無数のモニターを眺めて、警備室に居座っていた―亜麻色の短い髪をした青年は楽しげに笑いながら、インカムのスイッチをオンにして、警戒に回っている仲間たちに指示を出す。
―あと1ブロックも進めば、両者は遭遇して、戦闘になる。
それを想像し、青年は一層楽しくなり、笑いが止まらない。
特務機動課の精鋭隊員とこちらが誇る最強兵士たち。さて、どうなることか、と高みの見物を決め込んだ。

通路を曲がった途端、待ち構えていた襲撃犯の男たちが無表情に銃を向けてきたのが飛び込んできたのを見て、琴美はあら、と一瞬驚きを見せるが、動揺は一片も見せない。
トリガーが引かれると同時に、撃ち込まれる数十発の銃弾を上下構わずに身をひねって琴美はかわすと、腰に隠した銃を引き抜き、迷うことなくトリガーを引く。
目に見えるほど圧縮された空気弾が床にめり込んだかと思うと、ヴンッと鈍い音を立てて、炸裂する。
半円状のドームが広がり、襲撃犯たちを包んだ瞬間、周辺の空気をきしませ、凄まじい重圧が彼らをあっさりと押しつぶしてしまう。
だが、床に張り付いて動けなくなったにも関わらず、襲撃犯たちに焦りの色はない―いや、表情というものが存在しない。完全なる無反応、無表情のまま、なんとか立ち上がろうと、あがいている。
その姿は異様で、琴美はわずかに表情をしかめ、やがて大きくため息を零した。

「相手にしてられませんわ。ごきげんよう」

未だ捕えられている人質の救出を行わなくては、自由に動けない。
そのためにも、こんなところで時間を取られている場合ではないと判断した琴美はためらう素振りも見せず、2発目の重力弾を撃った。
ビシリと音を立ててかかる高重力の圧に襲撃犯たちの身体は床にめり込み、そこを中心にクレーターが刻み込まれる。
あっけなく動けなくなった襲撃犯性質を一瞥し、琴美はその場を駆け抜けていった。

「ふーん、なかなか冷静だね」
『重力弾か……面白い武器を使う』
「時間短縮だろ?で、このままだと、俺のいる1階フロアに来るのは決定……ってことで、最初に相手にさせてもらうぜ?」

警備室で、その様子を観戦していた亜麻色の髪の青年がコロコロと笑うと、タブレットで、その映像を眺めていたスナイパーライフルを抱えた男は危険極まりない冷やかな笑みを口元に作り、ライフルを抱え込む。
戦ってみたいと言いたげな様子を察知した1階窓口を警戒していた―額から頬にかけて、大きな切り傷を持った男はサバイバルナイフを片手で回すと、残された人質の行員たちを威嚇するようにカウンターに突き刺した。

受付窓口へと向かう道筋は分かり易く、廊下をまっすぐに通りに向かって歩けばいいだけで、もちろん敵もそこに待ち構えている。
無駄な戦闘は避けたかったが、このブロックの通気口ダクトは細く、ネコの子さえも通れないほどの狭さ。
いくら優れた戦士である琴美でも、そんなところを通るは不可能で、仕方なく、待ち構えていた襲撃犯第二部隊と戦闘を開始する道を選ぶしかなかった。
受付窓口まであと1ブロックというところで、待ち構えていた―無表情で大ぶりのサバイバルナイフで突いてくる二人の男。
一見、息の合っているような連携攻撃に思えたが、卓越した戦闘センスを持つ琴美から見れば、何のことはない。
互いが相手のことなどお構いなしに琴美を倒さんと切り付けてきているだけで、よくよく見れば、仲間に切り付けられた肌から朱く染まっているのに、攻撃の手を緩めないのだから、脱帽ものだ。
頭、腰、足、顔面をものすごい速さで攻撃してくる二つのサバイバルナイフを、琴美は紙一重でかわし、優雅にステップを踏んでみせる。
普通の男なら、馬鹿にされたと思い、いきり立ってくるところだろうが、全く動じないから大したものだ。
ほんの一瞬、腰をかがめ、彼らの視界から消えたように見せた琴美は一気に間合いを詰め、一人の男の鳩尾に拳を叩き込む。
その衝撃で息がつまり、男が白目をむくと同時に、背後からナイフを降り下ろそうとしたもう一人の方に琴美は振り向きざまに強烈な蹴りを側頭部に炸裂させた。
無表情のまま、ぐらりと身体を揺らがせ、ナイフを持ったまま倒れ、男はそのまま動かなくなる。
まるで人形のような男たちの姿に琴美はわずかに眉をひそめると、そっと眼球の動きを見て、完全に意識を失っているのかを確かめようと、身をかがめた瞬間、数発の銃弾が撃ち込まれる。
とっさに床を蹴って、背後に飛びのき、避けきれなかった銃弾を素早く抜き去ったナイフで叩き落とす。
一瞬の空白。その一拍を外さず、気配を消して背後から大ぶりのサバイバルナイフを振り下ろす傷の男。
だが、振り向きもせず、琴美は左手のナイフを背後に回し、その刃を受け止めると、右足を軸に身体を半回転させながら、漆黒のスパッツに包まれた左足で蹴りつける。

「危ない、危ない。ぜんっぜん隙がねーの」
「遊んでいる場合か?さっさと終わらせる」

琴美の強烈な蹴りを片腕で止め、受け流すと、狂喜の輝きを目に浮かべた傷の男はべろりと手にしていたナイフをなめ上げ、物陰から姿を見せた男はスナイパーライフルに弾を詰め直しながら、無表情に照準を琴美に合わせる。
前後を挟まれ、逃げ道はない狭い廊下。
完璧に追い詰めた、と油断は微塵も見せず、傷の男はナイフを逆手に握り、無形の構えをした琴美に切りかかった。
唐竹、横一文字、突き、袈裟がけ、逆袈裟……無数の切りを湖面に浮かぶ木の葉がごとく、流水の動きで琴美は全ての攻撃をかわしていく。
完全に切った―と思ったのに、その姿は蜃気楼のように消え、琴美は嫣然とした笑みを浮かべて、見下ろされ、傷の男はわずかに苛立ちを覚えて、サバイバルナイフを両手で握り、思い切り脳天に向かって降り下ろそうとした瞬間、一発の銃声によって断ち切られた。
胸を染めていく真紅。身体を貫く激痛と共に傷の男は視線の先にいた―銃口から煙を上げたスナイパーライフルを構えた男に手を伸ばし、琴美は目を見開いて、その光景を愕然と見つめた。

「テメッ……外すんじゃねーよ」
「すまんな。邪魔なんだ」

ぐらりと身体を揺らがして、倒れ伏す傷の男。仲間を手にかけながら、毛筋ほども表情を動かさず、男はライフルを琴美に向ける。
だが、それよりも早く琴美は床を蹴ると、スナイパーライフルの男の懐に飛び込み、両の手に握り絞めたナイフを閃かせた。
閃光のような鋭い斬撃。
目にも映らない攻撃に男は全身をあっという間に切り刻まれ、ライフルを落とすと、そのまま仰向けに大の字になって倒れ伏した。

「敵とはいえ、仲間を手にかけるなど……許されませんわ」

研ぎ澄まされた刃のような目で動かなくなった男を一瞥すると、琴美は背を向ける。
その様子は監視カメラに捉えらえ、対策本部で状況を見守っていた特殊部隊隊長は即座に突入を指示した。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年03月16日

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