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『君知りてより 』
虚神 イスラjb4729)&ジズjb4789

●帰り道にて

 雲に覆われた空は、次第に灰色を濃くしていくようだった。
「今夜あたり雪になるかもしれないね」
 虚神 イスラは白い息を吐きながら、空を見上げる。
「灰色の雲、が、雪、になるのか」
 並んで空を見上げながら、ジズはひとつひとつの言葉を噛み締めるように言った。
「雲が雪になるんじゃなくて。冬に雪を降らせる雲は、あんな色をしているんだ」
 指さすイスラの髪を風が踊らせ、優しい紫色が視界の中で揺れる。
 イスラはいつもこんな風に、ジズの中にある空洞を埋めてくれるのだ。
 けれどその空洞は、イスラの教えてくれた物を入れて行くほどどんどん広くなっていくようにも思える。

 いつもの帰り道、道は二手に分かれる。ここからはそれぞれがひとりになる。
「じゃあね」
 イスラが片手を上げたのを見た瞬間、ジズは不意に不思議な痛みを覚えた。
 耐えられない程ではない。けれど鋭く、身体の奥から響いてくるような痛みだった。
「イスラ」
 思わず呼びとめた。
「何?」
 ジズの表情は読み取りにくい。それでもどことなく異変を感じ、イスラが振り返る。
「イスラ。なぜだろう、胸がいたい」
「え?」
 イスラが僅かに眉をひそめると、心配そうに近付いてきてジズの顔を覗き込んだ。
「いや、けがだとか、そういうのじゃ、なくて。イスラが行くのか、と思うと、急にいたく、なった」
 表情に乏しいジズだが、銀の瞳には困惑の色がありありと浮かんでいた。
「これは、なんだ」
 イスラならきっと教えてくれる。
 そんな驚くほどに無垢な信頼の心に、イスラの方が一瞬言葉を失う。
「たぶんそれは……『寂しい』のが『悲しい』んだよ」
 イスラの目が労わるようにジズを見つめた。


●ひとりの部屋で

 自分が住んでいるのはマンション。
 番号順に並んだ部屋の扉は、鍵が合わないと開けられない。
 中に入ったら扉を閉めてロックを掛ける。
 ジズはイスラが教えてくれた通りに自室に入る。それはどこか儀式のようでもあった。
 自室といっても、部屋の中にはほとんど何もない。
 だがジズはそれを『寂しい』とも『悲しい』とも思わない。あるべき物を知らないからだ。
 冷たいフローリングの床に直に腰を下ろし、ジズは暮れてゆく灰色の空を見上げる。
「灰色の、雲。雪を、降らせる」
 ジズは教わったばかりのことを、胸に刻み込むように反芻する。
 イスラが教えてくれたこと全てがとても大事なことなのだ。

 かつてのジズは何も知らなくて良かった。
 ひたすら主人の命じるまま戦い続けるのが、自分が存在するたったひとつの理由だったからだ。
 主人の盾になり、剣になり、どれだけ傷ついても敵に立ち向かう。それは当り前のことだった。
 だがある日突然、ジズは主人の道具ではなくなった。
 そして得たのは自由。失ったのは存在の理由。
 茫然と立ちすくむジズに、世界を教えてくれたのがイスラだった。
 それはまるで天地開闢のように。
 天地を定めジズの立つ場所を作り、物には名前と意味があることを教え、そうしてジズはようやく自分の、そして他者の存在を認識することができた。
 だがその認識は、新たな空洞を見つける明かりでもあった。
「ひとり、なると。胸が、いたい」
 幼子のように膝を抱えて、ジズは今日覚えた事を繰り返し考える。
 その他にすべきことも、できることも知らなかったから。

 ふと、どこか遠くから響く、明るい音に気が付いた。
 暫くしてそれが『呼び鈴』であることを思い出す。
「呼び鈴。だれかが、きたこと、を、知らせる音」
 ジズはようやく音の意味も思い出し、急いで玄関に向かう。
 呼び鈴に混じって聞こえるのは、ジズの世界を作る声。
 勢いよく開けた扉の隙間から、突然、眩いような赤色が飛び込んで来た。
 灰色の世界を鮮烈な赤が塗り替える。
「メリークリスマス! お迎えに来たよ」
 赤の上に柔らかく揺れる菫色の髪。微笑む顔。それらが見る見るうちにぼやけていく。
「え、ちょっと……ジズ!?」
 ジズの白い頬を涙が伝い落ちていた。
 サンタクロースよろしく赤いケープコートを羽織ったイスラだったが、思わぬ事態に驚きジズの顔を覗き込む。
「イスラ。私、も『寂しい』わかった」
 ジズは涙の流れるままそう呟いた。


●聖夜の宴

 さっき別れた場所まで戻り、今度は一緒の道を辿る。着いたのはイスラの部屋だ。
 イスラが少しおどけて玄関の扉を恭しく開く。
「さあどうぞ」
 ジズは促されるままに部屋に入った。
 廊下を抜けると、ぱっと開けた視界に目を見張る。
 明るいフローリングの部屋は色彩に満ちていた。
 沁みるような緑が美しいツリーに、金銀や赤の飾りが揺れる。
 テーブルには皿やカトラリーが並び、暖かな食べ物の匂いが部屋に漂っていた。
「これは……?」
「今日はクリスマスだからね。折角だからふたりでパーティーをしようと思って」
 コートを預かりながら、イスラが悪戯小僧のように笑う。
「内緒で準備するの、実は結構苦労したんだよ。ジズったら結構勘が鋭いから」
 ジズは訳が分からないという顔で小首を傾げた。

 ジズを席に座らせ、イスラは手早く最後の仕上げに取り掛かる。
 テーブルの蝋燭に火をつけ、オーブンに入れておいた料理を皿に移し、冷えた飲み物を運ぶ。
「イスラ、きいてもいいか」
 忙しく動きまわるイスラを目で追いながら、ジズが尋ねた。
「くりすますとはなんだ」
 澄んだ瞳が、真っ直ぐに見つめて来る。
 どう説明すべきか。イスラはほんの一瞬、迷う。
 勿論、本来の意味は知っている。だがイスラは別に人間の信仰に倣った訳ではない。
 ただほとんどの人がそうであるように、一番大事な人と、優しい時間を過ごしたいと思っただけだ。

 ジズは別れが辛くて、胸が痛いと言った。
 寂しさを知って、涙を流した。
 イスラはもうずっとそうであると、今ここで教えるべきだろうか?

 だがイスラはそうしなかった。
「クリスマスは元は人間の宗教行事だったんだけど、今ではご馳走を食べて楽しく過ごす日になってる。だからジズと一緒に過ごしたかったんだよね」
 そう言って、黄金色の液体を満たしたグラスをジズに手渡した。
「乾杯しよう。今日は『メリークリスマス』って言うんだよ」
 メリークリスマス。
 あわせたグラスの立てる涼しげな音が、ふたりの間で優しく響く。

 明かりを落とした部屋に、蝋燭の灯が暖かい。
 サンルームから見える外に、いつしか白い物が舞い始めていた。
「やっぱり雪になったね」
「雪、ふってる」
 ジズが席を立ち、窓に額をくっつけるようにして雪を眺める。
「やっぱり、イスラの言った、とおりだ」
 飽きることなく雪を目で追うジズに、イスラも寄り添って並ぶ。
 暗い窓には、部屋のツリーが映っていた。
 赤いガラスのオーナメントボールが、蝋燭の光を受けて艶やかに光る。
 あれは、智慧の樹の実。
 人間はそれを食べて無垢な心を失い、死を与えられたのだという。
 知ることは罪なのか?
 ――イスラはそうは思わない。
 生まれたばかりの雛鳥のように全てを吸収しようとするジズに、罪があるとはとうてい思えない。
 ただ、まだ教えていないものもある。大切すぎて伝えられない自分の想いだ。
 イスラがそれを伝えれば、おそらくジズは無条件に受け取るだろう。
 だがそれは違う、と思うのだ。
 ジズが本当にその意味を知った時にこそ伝えて、ジズの意思で選んで欲しい。
 だからイスラはその日まで親鳥のように、ジズを見守っていようと思う。

「ジズ」
 呼びかけた声にジズが振り向いた。
「これはプレゼント」
 小さな包みを手に受けたジズは、不思議そうにイスラを見る。
「プレゼントを貰ったら直ぐに開けていいんだよ」
 ジズはその言葉に納得して、リボンをほどく。
 箱の中から出てきたのは、金属製の懐中時計だった。
「時計」
「そう。こうして使うんだよ」
 ネジを巻くと、ガラスを透かして見える幾つもの歯車が噛みあって、カチカチと微かな音をたてて動き出す。
 ジズは目を見張り、手の中の懐中時計を幾度もひっくり返す。
「時計。中が、歯車」
 そうしているうちに蓋裏に、ある物を見つけた。
「なにか、かいてある」
「うん」
 イスラが微笑む。
 刻まれていたのは『your sight, my delight』の文字。
 ――あなたの存在そのものが私の喜び。

 ジズには文字の意味が分からない。
 けれど指でなぞると、胸の空洞に光が満ちるような気がした。
 それを上手く言葉で説明できず、ただ呟く。
「きれい」
 イスラがくれた贈物。今、胸にあるものは、痛みではなく優しい想い。
「……これからは寂しい、は無いからね」
 イスラはそう言ってジズの柔らかな光を放つ髪を優しく撫でた。
 籠めた想いをジズが知るのはいつだろう。そう遠くない日のようにも思う。


 今日という日の思い出が、ジズが明日を生きる支えになるように。
 懐中時計はずっと傍で、鼓動のように時を刻む。
 だから無垢な魂よ、恐れないでほしい。
 僕はずっと傍に居る。
 これまでも、これからも――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb4729 / 虚神 イスラ / 男 / 18 / 見守る者】
【jb4789 / ジズ / 男 / 21 / 無垢な魂】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご指名いただき、誠に有難うございました。
タイトルには「君が知る」「君を知る」、「知ってから」「知ったから」などの意味を籠めてみました。
他にも色々と膨らませてしまいましたので、ご依頼のイメージから大きく外れていなければいいのですが。
今回のエピソードがお気に召しましたら幸いです!
snowCパーティノベル -
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エリュシオン
2015年03月16日

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