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『牝獣、荒野に吼える 』
レピア・浮桜1926)&斑咲(NPCS012)


 血まみれの石像だった。
 盗賊団が、またどこかの隊商を襲ったのだろう。
 こいつは高く売れる、綺麗にしておけ。盗賊たちは、そう言っていた。
 やはり、売られてしまうのだろうか。
 確かに、そこそこ美しい程度の生身の女よりは、ずっと高い値が付くだろう。
「綺麗……」
 濡れた布で、血の汚れを拭い落としながら、少女は呟いた。
 美しい女性である。石像か生身か、そんな事は問題ではないと思えるほどにだ。
 否、やはり石像で良かった、と少女は思った。
 この女性がもし生身であったら、盗賊たちによって、どのような目に遭わされていたか。
 守らなければならない。命を捨てて、この女性を守らなければならない。
 少女はそう思った。思っただけで、しかし実際、盗賊団の屈強な荒くれ男たちを相手に、戦う事など出来はしない。
 自分は、ただの少女なのだ。
 容姿は並以下で、家事の類は一通りこなせるため、売られもせず、下働きとして使われている。
 今は、血まみれの石像を洗っているところである。
「逃げて……」
 物言わぬ石の美女に、少女は囁きかけた。
「ほんの一時でも、動けるようになって……逃げて、くれたらいいのに」
 囁く唇が、石の美肌に、そっと寄せられてゆく。
「あたしの命を、吹き込んであげられたら……いいのに……」
 唇が触れた瞬間。石像が、柔らかく身をよじった。
「あんっ、もう! くすぐったいってば!」
 柔らかさの塊が、少女に覆い被さって来る。
 石像が、石像ではなくなりながら、倒れ込んで来たのだ。
「あ……ご、ごめん」
 石像ではなくなった女性の身体の下で、少女は応える事も出来ずにいた。
 石の隆起ではない、柔らかくも張りのある2つの膨らみが、顔を圧迫している。
 このまま窒息してもいい。ぼんやりと、少女はそんな事を思った。


 窒息寸前の少女を解放する形に、レピアは身を起こした。
 どうやら、洞窟の中である。
 岩肌の空間の中に、金銀宝石それに値の張りそうな美術品の類が、いささか雑然と置かれている。
 自分も今まで、それら美術品の1つとして扱われていたようだ。つまり、石像と化していた。
 全身に、妙なくすぐったさが残っている。
「え……と、そっか。あたしの身体、綺麗に磨いてくれてたんだね」
 レピアは、少女を抱き起こした。
「どうもありがとう。で……ここはどこ?」
「…………」
 少女が、とある名前を呟いた。
 レピアも聞いた事はある。エルザード郊外の荒野で暴れ回っている、盗賊団の名前だ。
 ここは、彼らの根城である荒野の洞窟であるようだ。
 つまりレピアは今、盗賊団の戦利品として、ここにいる。
「あの……貴女は……」
 少女が、おずおずと訊いてくる。
「だれ……ですか……?」
「あたしはレピア・浮桜。見ての通り……身体が石になったり生身に戻ったり、難儀な呪いにかかっちゃっててね」
 レピアは答えた。別に、隠すような事でもない。
「呪いを解く方法を探して、ちょっと遠出をしてたんだけど。まあ空振りに終わっちゃって、すごすごと手ぶらで帰る最中だったんだけど」
 日が昇れば、石像になってしまう身体である。1人で遠出から帰ってくる事など、出来はしない。
 幸い、とある大商人と親しくなる事が出来た。
 彼が率いる隊商に「由緒ある踊り子の石像」として運んでもらっていた、ところであったはずである。
 なのに石化が解けた今、隊商の荷馬車ではなく、盗賊団の洞窟の中にいる。
 意味するところは、1つだけだ。
「……あたしを運んでくれてた、隊商の人たちは?」
 レピアの問いに、少女は答えてくれない。ただ、俯いただけだ。
 その沈痛な様子が、無言の答えとなっていた。
「そう……つまり、ここの連中は生かしちゃおけないと。そういう事だね」
「あたしも昔……違う隊商で、小間使いをしていました」
 俯いたまま、少女は言った。
「その隊商の人たちは、皆殺しにされて……あたしは、さらわれて。でも見ての通り可愛くもないし胸もないし、売り物にもならないから」
 その声が、震えている。
「ここで……下働きを……」
 下働き、だけではないだろう。この少女が、ここでどういう目に遭っているのかは、容易に想像がつく。
 はらわたが煮えくり返るような、想像である。
「……逃げて!」
 俯いていた少女が顔を上げ、叫んだ。
「こんな所にいたら、レピアさんも……!」
「もちろん逃げるよ。あんたと一緒に、ね」
 レピアは、少女の手を取った。
「あ……あたしは……」
「わかるよ。あたしを無事に逃がした後……あんた、死ぬつもりでしょ?」
「だって……あたし、もう……」
 言わせずレピアは、少女の身体を振り回すように踊った。
 生きる力を、意思を、この少女に注入しなければならない。
 そのために出来る事。踊り、だけしかレピアには思いつかない。
 何故なら自分は、踊り子なのだから。
 頭の中で、音楽が流れる。
 その調べに合わせてレピアは肢体を捻り、ステップを踏み、少女の細身を振り回した。
 呆気に取られながらも懸命に、少女がレピアに付いて来る。すがりついて来る。しがみついて来る。
 愛おしさが、レピアの胸中に満ち、溢れかえった。
 くるくると舞い踊りながら2人はやがて、洞窟内の地面に倒れ込んだ。
 岩肌の固さから庇い守るように、レピアは少女の身体を抱き締めていた。


 どれほど救いようのない輩でも、楽に死ぬ権利はある。
 だからレピアは盗賊たちの、胴体ではなく頭を狙う事にした。
 踊り子の肢体が、薄手の衣装をはためかせながら跳躍する。
 しなやかで強靭な左右の美脚が、旋風の速度で弧を描き、盗賊たちを上空から打ち据えた。
 武装した荒くれ男たちが、首から上の原形を失いながら座り込み、倒れ伏す。
 この蹴りを胴体に食らえば、破裂した臓物を体内にぶちまけつつ苦しんで死ぬ事になる。頭であれば、激痛は一瞬にも満たない。
「誰の死体なのか、わかりにくくなっちゃうけどね……」
 少女を背後に庇う形で着地しつつ、レピアは微笑んだ。牝豹が牙を剥くかのような微笑。
「死んだってお墓を作ってもらえない、誰からも悲しんでもらえない連中……せめて、雑草の肥やしにしてあげるよ」
「こ……このクソアマ……!」
「石か人間かもハッキリしねえ、バケモノ女が……!」
 盗賊たちが、決して間違ってはいない事を口走る。
 どうやら買い手が付いたらしく、石像レピアは売られる事となった。
 少女の手引きに従って逃げている最中、荒野の真ん中で、盗賊団に追い付かれてしまったところである。
 深夜……否、そろそろ夜が明ける。勝負を、急がなければならない。
 襲い来る盗賊たちを回避しながら、レピアは左右の爪先を、交互に離陸させていた。
 むっちりと力強い太股が跳ね、鉄槌のような膝蹴りが繰り出される。盗賊の1人が、顔面を破裂させながら吹っ飛んだ。
 見事な脚線が高々と舞い上がり、鋭利な踵が振り下ろされる。盗賊の1人が、頭頂部から額にかけてを思いきり凹ませながら座り込み、両耳から様々なものを噴出させる。
「ひぃ……ま、待ってくれ……」
 怯えているのは、盗賊団の首領である。巨大な鎚矛を携えた大男だが、筋肉太りしたその巨体は、一切の戦意を失い、震え縮み上がっている。
 命乞いを聞かず、レビアは駆けた。大型の鎚矛を飛び越えて蹴りを叩き込む。そのために、跳躍した。
 ……否。跳躍しようとした全身が、固まった。
 東の空から、容赦なく朝日が降り注いで来る。
 跳躍寸前の、躍動感溢れる踊り子の石像が、そこに出現していた。


 怯え縮んでいた盗賊団の首領が、勢いを取り戻し、鎚矛を振るう。
 石像と化したレピアが、打ち砕かれた。
 希望が全て打ち砕かれた、と少女は感じた。
「ストーンゴーレム、みてえなもんか……バケモノ女が!」
 首領がなおも鎚矛を振り上げ、石像の生首を粉砕しようとする。
 次の瞬間しかし、砕け散ったのは首領の方だった。
 砕け散ったと言うより、切り刻まれていた。
「処刑を決行する……お前たちには、法の裁きを受ける資格すらない」
 若い女が1人、傲然と言い放ち、佇んでいる。
 傷だらけ、としか言いようのない女性であった。その両手で、鋭利な刃が冷たく煌めいている。
 少女は、呆然と問いかけた。
「貴女は……」
「私は斑咲。王命により、この盗賊団を偵察……と言うか結局、殲滅になってしまったわね」
 斑咲の仲間あるいは部下と思われる複数の人影が、生き残った盗賊たちを始末にかかる。
「どうして……!」
 なじる言葉を、少女は飲み込んだ。
 どうして、もっと早く助けに来てくれなかったのか。
 もう遅い。レピアは、砕かれてしまった。
 少女の心を見透かしたかのように、斑咲は微笑んだ。
「レピアは死ねない……貴女のキス1つで生き返ってしまう。それが、咎人の呪いよ」


 柔らかな唇を感じながら、レピアは目を覚ました。
「レピアさん……!」
 少女が泣きながら、すがりついて来る。
 その身体を、レピアはそっと抱き締めた。
 抱き締めた腕、だけではない。砕かれたはずの全身が、繋ぎ合わさりながら生身に戻っている。
 泣きじゃくる少女を抱き締めながらレピアは、傍らに立つ女性に声をかけた。
「斑咲……また、面倒かけちゃったみたいだね」
「面倒な事になるのは、これからよ」
 斑咲が、溜め息混じりの声を発する。
「もちろん王女殿下に言いつけたりはしないけど……その子、どうするの」
「どうしよう……」
 すがりつく少女の背中を撫でながら、レピアは途方に暮れた。盗賊団の事など、もはやどうでも良かった。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年03月18日

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