▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『暗黒大陸 』
ガイ=ファング3818


 小銭を拾った。そんな気分だった。
「拾った金ネコババするみてえで、あんまり気分は良くねえんだがな……」
 言いつつガイ・ファングは、左肩に担ぎ上げていたものを下ろした。
 ぐるぐる巻きに縛り上げられた、1人の男の身体である。
 人間の男……いや、顔が肉食獣の鼻面の如く突き出ており、歯を食いしばる口元からは牙が覗いている。獣人の血が、どこかで混ざっているのかも知れない。
 そんな男を捕えて担ぎ運び、ガイは今日も賞金稼ぎ組合を訪れた。
 受付で、象の頭の大男が、哀れむような声を出す。
「往来で暴れていたんだって? 子供捕まえて刃物突き付けて、金持って来ないと殺す、なぁんて喚いて」
 喚いていた男を、ガイが叩きのめし取り押さえた。
 子供の両親には大いに感謝され、ガイは無料の昼食にありつく事が出来た。
 縛り上げた男を片足で踏み押さえながらガイは、奢られた昼食を平らげた。
 その飯屋の主から、この男が実は賞金首である事を聞いたのだ。
 この大陸では珍しくもない、ありふれた強盗殺人犯である。
 受付に貼り出された、十把一絡げな手配書の群れの中に、よく見ると確かにこの男の顔があった。
 大した賞金首ではない、とは言え、引き連れて行く先はここしかなかった。
 象頭が、なおも気の毒そうに言う。
「賞金懸けられてるんなら、もう少し大人しくしてるもんだ。息をひそめて目立たないようにしてるもんだよ。派手に悪さをして賞金の額どんどん吊り上げてった挙げ句、このガイさんにぶちのめされちまうような連中もいるけど、そんなのは一握りさ。ああいう輩を見習っちゃあ駄目だって」
「くっ、くそが! どいつもこいつもぶっ殺してやる」
 男が、牙を剥きながら呻く。
 もともと臆病な男なのだろう、とガイは思った。
 縛り上げられたまま弱々しく暴れる男の身体を、組合の係員たちが運んで行く。
 見送りながら、ガイは訊いた。
「あいつ……これから、どうなっちまうのかな?」
「賞金を懸けたのは、ある商家の旦那でね。その人に引き渡す事になる」
 たくましい両手と大蛇のような鼻で、複数の書き物を器用にこなしながら、象頭は答えた。
「ありふれた強盗殺人……被害者ってのが、その旦那の奥さんお子さんでね。まあ、じっくり嬲り殺しにして復讐を楽しむんじゃないかな。よくある事だよ」
「そうか……」
 復讐を否定する事は出来ない、とガイは思う。ただ、こうも思う。
「それなら……俺が、ぶち殺してやりゃあ良かったな」
「まあ、あんたに殺された方が楽に死ねるだろうねえ」
 金持ちが、賞金稼ぎ組合に復讐を依頼する。象頭の言う通り、よくある話である。
 賞金を負担するのは組合ではなく、依頼者たるその金持ちだ。組合は、賞金の負担者と賞金稼ぎの間を、仲介しているに過ぎない。
 ソーン本土ではガイ自身、闇社会の人々に賞金を懸けられた事がある。
 私的復讐者や裏社会の関係者、ばかりではなかった。
 官憲が、もちろん公にではないが、手強い凶悪犯罪者を始末するため、組合に話を持ち込んで来る事も多い。
 組合の管理下にある賞金稼ぎが、その凶悪犯罪者を殺害する。
 官憲はそれを黙認し、賞金を血税から捻出する。それで、ある程度の治安は保たれる。
 この大陸には、官憲は存在しない。本土における聖都エルザードのような、国家権力の中枢がない。
 ガイはしかし、あの女装妖術師や麻薬密造蛮族のような輩を滅ぼし、賞金を受け取っている。
 賞金を出してくれた何者かが、いるという事だ。
 あの妖術師や蛮族を、私的に怨んでいた大富豪がいるのか。
 あるいは官憲とは呼べぬまでも、ある程度の財源を持つ公的組織のようなものがあって、賞金稼ぎを使っての治安維持を行っているという事か。
 この大陸の事を、自分はよく知らない。もう少し詳しく知る事に、意味が全くないわけではないだろう。
 ガイはそう思い、問いかけた。
「この辺りの事、ちょいと詳しく知りてえと思うんだが……教えてくれるような誰か、いねえかなあ」
「……情報屋がいる。お前さんが行けば、まあ会ってくれると思うよ」
 象頭は一瞬、熟考したようである。
「そいつも、まあ全部を教えてくれるわけじゃあない。本当に肝心な事は」
「わかってるって。俺が自力で調べなきゃいけねえ」
「そうじゃあない。本当に肝心な事は……」
 象頭の口調が、今日はいささか重い。
「ガイ・ファング……あんたでも、知らない方がいいかもな」


 目立たない、としか表現しようのない男である。
 明日になれば自分はもう、この男の顔を忘れてしまっているだろう、とガイは思う。
 それほどまでに特徴のない男が、ちびちびと酒を飲んでいる。
 ガイが拠点としている宿屋の、1階の食堂である。
 行けば会ってくれる、と象頭は言っていたが、彼が連絡するや否や、相手の方から訪ねて来てくれたのだ。
「あんたの噂は聞いている。1度、直に会ってみたいと思っていたんだ」
 情報屋が言った。外見同様、喋り方にも特徴がない。
「この大陸の事、詳しく知りたいんだって?」
「ああ。教えてくれるんなら礼はするよ」
「まずは、ここの住人なら子供でも知ってるような事からいこうか……はっきり言って、ソーン本土よりも豊かな大陸だね。金になる希少金属の鉱脈もあるし、蛮地な分、自然も豊かだ。土壌も水質もいいから、いろんな作物がよく育つ。あんたも知っての通り、麻薬とかもね」
 ガイのこれまでの実績を、いくらかは知っているようであった。
「そういう場所で生きてる動植物の類も、バケモノじみた奴ばっかりだよ。下手な魔界生物よりも物騒なのが、野良犬みたいにうろついてる。まあ、この辺りはさほどでもないけど……あんたが潰した麻薬村。危なくなり始めるのは、あの辺からかな。実は麻薬だけじゃない、あそこには今も言ったけど、少しヤバい希少金属の鉱脈があってね」
 燻製肉をかじり、酒を飲みながら、情報屋は語る。
 どこの酒場にもいる、いくらか大人しめな酒飲み、にしか見えない男だ。この目立たなさも、情報屋として重要な能力の1つなのだろう。
「あの辺りの森林地帯は、長い年月をかけて鉱毒をたんまり吸収しながら育ってきたんだ。光合成をしながら、酸素と一緒に毒を吐き出してる。あの蛮族の連中、仮面を着けてただろう? あの仮面、実はちょっとした魔法の防具でね。毒を防ぐためのものでもあるんだ。あれを着けずに、あの森の空気を吸っていると……1週間もすれば、まともに口をきく事も出来なくなる。2週間目で、手足が動かなくなる。1月経った頃には死人も同然、やがて溶けた脳みそが耳や鼻から流れ出して来るんだ。無事でいられるのは」
 情報屋が、ちらりとガイを観察した。
「ガイ・ファング。あんたたち、大地の巨人族くらいだろうね」
「……おいおい。情報屋だからって、俺の事もいろいろ調べてんのかい?」
 骨付き肉を軟骨ごとかじりながら、ガイはにやりと牙を剥いて見せた。この笑顔を向ければ、大抵の者は恐れ怯える。
 恐れた様子もなく、情報屋は話を続けた。
「あんたが巨人の眷族だって事は、まあ見ればわかるよ。大地の巨人族は、大地からの毒には滅法強い。鉱毒はもちろん、植物毒や蛇毒なんかも平気なんだろう?」
「試した事はねえ」
「ちなみに、あの麻薬も、鉱毒による突然変異種みたいなものでね……要は、その希少金属が、いろいろなものの元凶になってるって事さ。鉱脈の利権をめぐって、血生臭い事も起こっている。あんたが潰した蛮族どもも、鉱脈の副産物である麻薬でしこたま儲けながら、鉱脈そのものを狙ってもいた。あの連中にいなくなって欲しいと思っていたのは、麻薬で苦しんでる弱い人たちだけじゃあなかっただろうねえ」
「そういう奴らが、あの蛮族どもに賞金を懸けていやがった……と」
 肝心な事は、あんたでも知らない方がいい。象頭は、そんな事を言っていた。
 その言葉の意味をガイは、いくらかでも理解したように思った。
「蛮族どもが麻薬で儲けた、莫大な金……あんたが、あいつらを滅ぼした後、鉱脈を狙ってるいろんな連中にばらまかれたって話だよ。あんたのせい、なんて言うつもりはないけれど、ややこしい事になるかもね」
「後始末は、つけるさ」
 ガイは一気に、酒を呷った。
 ここの酒食は当然、ガイの奢りだ。情報の代金も無論、弾む。
 この情報屋のおかげで、自分がこれからやらねばならない事がわかったのだ。
 謝礼を、惜しむべきではなかった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2015年03月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.