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『Bad Bishop 』
トライフ・A・アルヴァインka0657)&響ヶ谷 玲奈ka0028

「なんの用だい?」
 呼び鈴に、玄関を開けて。尋ね人を一目確認するなり響ヶ谷 玲奈(ka0028)が発したぞんざいな言葉に対して。
 トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)はしかし。
「お誕生日おめでとう、と思ってね」
 気にした風もなく、恭しく玄関先で一礼すると、そっと手にした花束と白い箱を差し出す。
 腕組みし睥睨する玲奈とは対照的な、柔らかな声音と、丁寧な物腰。そして穏やかな笑顔。
 それらに対して。
「――……胡散臭い」
 玲奈はわざとそう答えて、笑いながら玄関の扉を更に開く。
「ただ、誰から貰おうが美味いものは美味いと割り切る人間だけどな、わたしは」
 それから彼女は、背を向けて家の中へと引っ込んでいった。
 開け放した戸をそのままにして。
「情け深さに感じ入るよ」
 トライフは、一層笑みと声を爽やかにして、遠慮がちにその後へと着いて行く。
 ……そうした、殊勝な態度が、全て嘘だと。見抜けぬ女と思っているのか? ――否。見抜いてると分かった上で巫山戯ている。
 上等だ。
 ただケーキと誕生祝に免じてやったなどと思うな。
 そちらがそうくるなら、こちらもただつっけんどんに追い払うなど芸のないことをしてやれるか。
 その嘘を、その秘密を、暴いてやれたらさぞかし気持ちいいだろうと。
 こうして玲奈はトライフを招きいれ――……そして、ゲームは始まった。




 テーブルには、トライフが持参したケーキと、そして、玲奈が「わたしの淹れる紅茶が飲めるのだから感謝したまえよ?」といいつつ用意した紅茶が置かれている。
 その前に、三人がけのソファ。両端にトライフと玲奈が腰掛け、そして二人の間には、白と黒に塗り分けられたチェスボードが置かれている。
「妖精チェスをしないかい?」
 トライフの提案に、玲奈は興味と怪訝、両方の意味を込めて片眉を上げた。
 変則(フェアリー)チェスとは。一体どんなルールを取り入れるつもりなのか。目線だけで続きを促すと、トライフは再び口を開く。
「……兵士以外を取ったら、相手に一つ質問が出来る。敗北条件は通常通り、王を取られるか――女王を取られたときの質問に、答えられなかった場合」
 ややもったいぶって語られたルールに、疼く感情が悦びなのか不快なのか、玲奈は咄嗟に判断し損ねた。
 この挑発に乗るべきか? 少し考えて、玲奈は応じた。知的遊戯は嫌いではない。目の前の男は気に入らない相手ではあるが、そうしたゲームや会話を楽しむ相手としては悪くないという認識ではいる。なにより……益体もない世間話や、甘ったるい言葉などを囁き続けられるよりはチェスでもしていたほうがましだ。
 そうして、互いの思惑を乗せた駒が、盤面をくるくると滑り始めた。
 コトリと小さな音を立てて、玲奈の白い駒がトライフの黒い駒を倒す。
「『あの子』のことどう思ってるんだい?」
 質問権を得て、名前も出さず玲奈が問うたのは、共通の友人のことだった。玲奈から見たら親友と思っている、案ずる友のこと。
「……彼女ね。引っ張りまわされて、難儀しているよ」
 肩をすくめたトライフの言葉に、玲奈は不服そうに鼻を鳴らす。はてどこまでが本音だろう。あくまで質問が出来るというだけで、回答は誤魔化してもいい、と明言されている。
 この一手では、済ました顔を崩すには足りないか。
 まあいい、まだ序盤だが、形成は玲奈に有利。続く質問で見えるものもあるだろう。
 遊びに興じるうちに、玲奈の機嫌は少し上調子になっていた。たわいのないおしゃべりなどもはさみながら、二人は手を進めていく。
「――ん? そう言えば、食べないのかい?」
 二口ほどしか手を付けられていないケーキに目を落とし、玲奈が聞く。
 これは、権利を得ての質問ではない。雑談の中でふと生まれた疑問をつい口にしただけ。
「僕はあまり好きじゃないんだよ。甘いものは」
「ふぅん。持ってきておいてそれかい? ……そっちは、やけに甘ったるいくせにね」
 顔の向きはチェスの盤面に向けたまま。目線だけを玲奈は、トライフの煙草にやる。
「……。ふふ、そう言えば不思議だね。香りと味覚は別物なのかな」
 なんて事ない返事に見せて。何かに触れたような手ごたえを、感じなくもなかった。攻め口はそこか。玲奈が思うと共に。
 ――……そろそろいいか。
 トライフはひそかに、そう心の中でひとりごちた。




 トライフの駒が、トン、と前に進められる。
 受ける玲奈の表情ははっきりと不快を滲ませていた。
 一体、形勢が逆転したのはいつからだったのか。
 トライフの攻める手と、駒を取られる度に投げかけられる質問の内容が、徐々に鋭さを増していき、玲奈のほうは焦りが募るばかりだった。
 かろうじて、のらりくらりとかわしてはいるが、このままでは、盤面も、心情も、追い詰められるのは時間の問題か。
「……ここでさあどうぞ、とばかりの笑みを浮かべるな。まったく、嫌なやつだよ」
「別にそんなつもりはないんだけどね……。まあ、お気づきの通りこの1手はサクリファイスだ。かといって、この位置のルークは無視できない」
 つまりどう動かしても不利な状況。曰く――
「ツークツワンク……か。否、きみと遊んでいる時点でどう転んでもそうなると、初めから気付いておくべきだった……」
 深く溜息をつきながら、玲奈は呟く。
「愉しめてない?」
「きみ相手に愉しいと思うことこそが、悪手以外の何物でもない」
 コトン、と少し強めにルークを倒しながら、玲奈は八つ当たり気味に言う。
「『この1手は』か。これまで取らせた駒全て、きみにとってはそうだったんだろう?」
 ほう、とそのときトライフの目が――作り物ではなく心から愉しそうに――笑った。
「……僕は、貴女ともっと親しくなりたいだけだよ」
 回答を誤魔化していい、なんて逃げ道も全てダミー。目的は玲奈にトライフに対して質問「させる」ことにあった。
 権利を得て発した問いに対する答えを得て、それで玲奈が満足するわけでもなかった。盤面の形勢は相変らず不利――それでも、キャスリングの権利がまだ残っている事に気がついて、危機を脱する。
 いや。
 分かっておくべきだったのに。
 冷静でいられれば忘れなかったはずだ。あんなルールが提示された時点で、彼の本命は王などではないということは。
 だが、感情の処理を苦手とする彼女は、この劣勢の中でその冷静さを完全に失っていた。そして。
 そっと進められたポーンの駒。その斜め前に、玲奈の女王の駒があった。
 気付けば隅の方にいたその駒に、どう探しても逃げ場はない。
 ふう、と、溜息ではない、今度は深呼吸をして、玲奈は再び、盤面を見下ろした。
 逃げ場がないことは認めている。
 だから、ならばせめてと玲奈が思うのは、「どの駒に女王を取らせてやるか」だった。
 トライフは静かに頭を垂れ、女王の次なる言葉を待つべく佇んでいる。
 孤高を尊ぶ、無慈悲な女王の傍に立つのは、ただ前に進むしか出来ない兵士。ただ一歩一歩、誠実に歩みを進めてきただけの――
「――……嗤わせるよ」
 その兵士の駒を、玲奈は蹴倒すように女王の駒で弾き、それが居た位置に乱暴に女王の駒を置く。
 そうして今、玲奈の女王に届く位置に居るのは、僧正の駒だった。まだ味方の駒の影に隠れほとんど動ける場所のない、それ故に意識から逸らされていた、駒。
 それをトライフは、すっと女王の立つ位置へと近づける。倒すのではなく、同じ升目に寄り添うように。
 そして。
「――僕では駄目?」
 ソファを降りて跪き、恭しく手を取ると上目使いで、そう、問うた。
 回答を拒否すれば敗北となる、女王の駒への権利でもって。
 玲奈はそれを見下ろし、笑う。
「……純真無垢な聖職者のごとき顔をして言うものだね。――……嗤わせる、と言ったんだよ、この悪徳僧正(バッド・ビショップ)」
 吐き捨てるように玲奈は言った。おまえの誠実さなど認めるものか、一歩一歩ゆっくりとなんてタマじゃない、奇策を用いて無遠慮に、一気に距離をつめようとするのがおまえのやろうとしてることだろう? と。
「……やれやれ、手厳しいね、本当」
 そんなところも魅力的だけど。そういいながら、大人しく引き下がるように立ち上がる……と、見せかけて。
「……!?」
 俯き気味になっていた事で、無防備に突き出されていた玲奈の額に。ふとした悪戯心で行きがけの駄賃とばかりに唇を寄せる。
「き、さ、ま、は〜〜〜〜……!」
 代償は、思っていたよりは安くなかった。
 問答の後、完全に機嫌を損ねた玲奈に腹パンされ、「二度と家に上げるものか!」と彼女の家をたたき出されたのは……それからそう後ではない。




「やれやれ……」
 腹部をさすりながら帰り道を往く、トライフの唇の端からは、しかし抑えきれない笑みが零れていた。
 なかなか楽しめた一日。その中で。
「……しかし、バッド・ビショップ、とはね……」

 ――行く手を塞がれ役立たずとなった哀れな駒。

 今日の会話の中。彼女は何処まで自分を見通して「それ」を口にしたのだろうか。
 もしも偶然でないのならば、今回の試みは想像以上の効果を上げてしまったのかもしれない。
 それを思うと、愉快さとも自虐ともいえる、なんとも言えない笑みが、浮かばずにはいられないのだ。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0657 / トライフ・A・アルヴァイン / 男 / 23 / 機導師】
【ka0028 / 響ヶ谷 玲奈 / 女 / 18 / 聖導士】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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すいませんたいっへんお待たせいたしましたぁあ!
……いえあの。すみません白状します。調べてみましたところ、自分思っていた以上にチェスのこと全然知らなくてですね?
ぶっちゃけポーンが目の前の駒を取れない事を今回はじめて知ったレベルでして?
そんなわけで……正直少々拾え切れなかった部分とか、あると思います。
ていうか、はっきりとチェス的におかしい部分とかあるかもしれません……
すいません! 今はこれが精一杯です! ですがおかしな部分とかは指摘してくださって構いませんので!
あの……今回は本当……わざわざありがとうございました……ほんとすいません。
MVパーティノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年03月27日

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