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『アルカナの或る春哉 』
クランクハイト=XIIIka2091)&クリスティーナ=VIka2328)&クレア=Ika3020)&バーリグ=XIIka4299

 厳しい冬は終わりを告げ、麗らかな温もりの季節が今年もまた巡って来た。
 ちょっと近くの街まで買い物に行かないか――と言い出したのは、果たして誰であったか。『懲罰と救済』を名目とすると或る組織の構成員達が四人、春の町の中にいた。
「嗚呼、人が多い。ついでに花粉も多い。ちょっと減れば良いんですけどね」
 春めいた賑やかさと穏やかさの中、それに似つかわしくない毒を吐いたのは『No13/死神』クランクハイト=XIII(ka2091)。
「じゃあ俺がおまえのマスクになってやろう――」
 そんな彼をすぐさま『No6/恋人達』クリスティーナ=VI(ka2328)が抱き寄せキスしようとした、が、それはクランクハイトによる容赦ないつま先ストンピングで阻まれる。
「い゛っ! ……ったくもう、マスクだから口を塞いであげようと思ったのによ〜」
「生理的にキモいです死んで下さい」
 口を尖らせる愛の男に笑顔で毒づく死神の男。いつもの光景に『No1/魔術師』クレア=I(ka3020)はクスリと柔和な笑みを浮かべた。
「仲良しさんね」
「……いつもああなの?」
 と、クレアにそっと耳打ちしたのは『No12/吊るされた男』バーリグ=XII(ka4299)。組織に入って間もない彼にとってはなんともビックリな光景で、彼女が「そうよ?」と応えたので更にビックリ。
「二人とも良い人よ」
「へぇ〜…… ぐべら!!」
 バーリグが感心した瞬間、うざ絡みをするクリスティーナを吹っ飛ばしたクランクハイトの蹴りが、理不尽にもバーリグを巻き添え。おっさん二人がどしゃーと転がる。どさくさにまぎれてクリスティーナがバーリグを抱きしめてごろごろローリングからの何故か地面ドン。
「怪我は無いかい、子猫ちゃん……?」
「到着早々だけどもう心が挫けそうです……」
「じゃあ人工呼吸しないとな」
「はい!?」
「大丈夫優しくするから!」
「ちょっ 待っ アッー!」
 しばらく美しい花々の映像を――と思いきや、「公衆の面前ですよ汚物共!」とクランクハイトが全力サッカーボールキック。
「皆、仲良しさんねぇ」
 クレアはくすくす笑っていた。「ええほんとに」とクランクハイトは苦笑で応えると、話題を逸らすように次の言葉を続けた。
「……で、クレアさんは何処か行きたい場所とかありますか?」
「そうね――」
 そう言えば何も考えずに皆について来てしまった。クレアはしばし考え込むと、微笑を浮かべ。
「私はアクセサリーを見たいわ」
「丁度あそこにアクセサリーショップが。それじゃあ行きましょう」
 友好的な笑み――クランクハイトにしては珍しいそれを浮かべたのは、彼が彼女に対し「何処か己と似通っている」と親近感を抱いているからで。
「クレアちゃん欲しいものあるの? 俺なんでも買うからね!」
 そこへ息も絶え絶えバーリグが顔を出しニカッと笑みを浮かべた。
「ほんと? ありがとう!」
「いいってことよ、俺の女神」
 バーリグにとって、恩人たるクレアが喜んでくれるなら、財布が風邪になるのも辞さないのだ。彼女の笑顔には山ほどの金銀財宝より価値があると男は信じていた。
「わーいいなーぼくもなんでもかってほしいなー」
 それと横目に、物凄い棒読みのクランクハイトがクリスティーナをチラリと見やった。気付いた恋人達は「ふふっ」と満更でもなさそうに微笑むと、
「仕方ねぇな」
(本当にチョロイですねこの男)







 ドアの向こうはきんきらきらり、様々な装飾道具が一同を出迎えた。
「わぁ……宝石の森に迷い込んだみたい」
 ダイヤ、ルビー、サファイア、エメラルド、トルマリン、シトリン、オニキス、クリスタル――クレアが丸くした空色の目に、色とりどりの輝きが映る。
 視線が移るままに辺りを見渡していたクレアであったが、ふと歩みを止めたのは青色のアクセサリー達の棚の前。紺、藍、青、空色、海色、水色、青色だけでも虹色だ。その中でも特に、華美なものではなくシンプルなものに彼女の視線は奪われているようで。
 その背後からこっそりと近づく人影がある。
 クランクハイトだ――しかも手には商品棚にあったネコミミカチューシャを持っている。
 更に彼の背後からこっそり近づく人影がある。
 クリスティーナだ――しかも手には商品棚にあったネコミミカチュ略。
「……あんたら何やってんの……?」
 遠巻きからクレアの様子を見守っていたバーリグが何とも言えない状況に何とも言えない表情を浮かべた。
「え?」
 とクレアが振り返れば、丁度クランクハイトも後方を振り返っていたところで、クリスティーナはネコミミ片手に某怪盗三世ダイブでクランクハイトへ飛び込んでいるところだった。
 どかばきぐしゃーと容赦のない殴打音。全部クランクハイトの蹴りが奏でる音である――というのはさておき、「ネコミミつけてにゃんにゃん(意味深)しようぜ!」「お断りします死ね」とか聞こえてくるのもさておき、クレアは再び商品棚へと視線を戻した。
「おっ、おっ? 何か欲しいものあるの? 何でも言ってごらん!」
 彼女の傍で顔を覗かせるバーリグは既に財布スタンバイOKである。
「いいの?」
「いいのいいの〜」
「それじゃあ――」
 これ、とクレアが指差したのは、雫型の真っ青な硝子に太陽と月の様な模様が描かれた小さなお守り。
「遠いどこかの国のお守りなんだって。空の加護が護ってくれるって」
「へぇ〜、綺麗だねぇ」
「これ、皆で一緒に持ちたいわ。私だけ良いことあってもつまんないし」
「四人分だね? よぅし、俺買って来るよ! ちょっと待っててね俺の女神!」
 と、バーリグは会計へ赴く。並んで待っていると隣にクリスティーナがやって来た。ちなみに彼の背中にはクッキリと靴跡が付いている……。
「半分出すよ」
 恋人の男はウインクと共にそう言った。全部、と言わなかったのは、クレアに対するバーリグの面子を立てる為のクリスティーナらしい優しさである。
「あっ……あざぁーっす!!」
 ハッキリ言って心の片隅では「金が足りなくなったらどうしよう」なんて思ってたバーリグにとってはありがたい限り。「いいって事よ」とクリスティーナはニッと笑う。
「ついでに、バーリグ。俺からもプレゼントだ」
 そう言って、スッ……とバーリグに装着したのは、ネコミミカ略。バーリグは真顔になった。

 そしてクレアとクランクハイトの所に戻ってきたら二人共ネコミミだった。

「クリスティーナがくれたのよ」
 クレアはくすくす笑っている。
「……クレアさんが着けて欲しいと仰ったので」
 クランクハイトは仏頂面だった。彼のネコミミもクリスティーナが贈った物で、当初クランクハイトは着ける気など全く無かったのだが……ネコミミを着けたクレアが「貴方のも見てみたいわ」と微笑んで、「どうしてもダメ?」と小首を傾げて期待するので。

 全世界に、ありがとう――恋人達と愚者は心の中で合掌した。今日も世界は美しい。







 クレアは良しとしても、流石にオッサン二人とアラサー男がネコミミで街を歩くのは不審者まっしぐらなので、一同はネコミミを一旦外して再び往来をのんびり歩いていた。
 四人の手にクレープがあるのはクレアが「あれ食べたいわ」と屋台を指でさしたからで。
「美味しい」
 イチゴのクレープを美味しそうに頬張るクレア。ちなみにクランクハイトはチョコ味、バーリグはクレアと同じイチゴ味、クリスティーナはチョコバナナ味。余談だがクリスティーナは店員に「俺のチョコバナナも立派なんだぜ」とか口説いていたのでクランクハイトが断罪(物理)していた。

 賑やかな街を行くほどに荷物は増えるけれど、それらのほとんどをバーリグが一生懸命持っている。残りはクリスティーナが「恋人の為なら喜んで」と持っている。
「バーリグ、大丈夫?」
 あまりにも両手いっぱいなのでクレアがバーリグを案じた。彼はにへらと冗句めかして笑いつつ、
「俺にもちょっと恰好つけさせて」
「うーん、でも、無茶しちゃだめよ?」
「だぁいじょーぶだいじょーぶ! まだまだ余裕だからっ! マジで!」
 大きく張った彼の声に「そう」と――重い荷物に白くなった彼の指先からは「見なかった事にしてあげて」目を逸らし――クレアは視線を街に戻した。そしてほどなく、「あ」と立ち止まる。

 その店の名は、ペットショップ。

「あっクレアさん気になるんですかあのお店、では行きましょう是非行きましょう」
 急にソワソワし始めたクランクハイトが「さぁさぁ」と促すのでドアをくぐれば――たくさんの、子犬に子猫が。
「猫」
 特に、子猫の所へとフラフラ誘われる様に神父は歩き出し。
「猫。猫は良いものです。気紛れで自由気儘で……モッフモフでフワッフワで……目も綺麗なんですよ、月の様にまん丸で……全てが美しい、造形全てが素晴らしい……こちらが構って欲しい時は絶対にアプローチをかけて来ないのに、小忙しい時に限って来るんですよね……えぇ……にゃあとか可愛く鳴くんですよ……うちの猫がね……本当……帰ってきたら足にスリスリと……ね……分かりますか……つまりは、つまり私が! 言いたい事は!」
 クランクハイトは眼鏡をクイッと上げ直す。レンズがキラリと輝き光る。

「猫飼いましょうよ! いいえ飼うべきです! 飼わねばなりません!!」

 くわっ。
(凄い……これが猫派の末路)
 クランクハイトの未知なる一面に遭遇したバーリグは圧倒されながらも目を逸らした。
「お前ほんとに猫好きだなぁ」
 クリスティーナはホッコリしている。
「ふふ、とても可愛い子ね」
 クレアは子猫のだっこをさせて貰い、腕の中で小さな毛玉をもふもふしている。彼女は動物好きだ。そんなクレアに子猫も心を許したのか、にゃぁにゃぁと子猫特有の高い声で彼女の指に甘え付いている。
「可愛い! かわいい! カワイイカワイイやばいカワイイ過ぎる!!!」
 一方でバーリグは犬コーナーへ。クレアと同じように子犬を抱っこさせて貰いテンションがヤバイ事になっている。彼はクランクハイトと打って変わって犬派であった。実際、彼は今も黒のラブラドールレトリバーを飼っている。
「うちのこにもこんな頃があったなぁ……」
 同じ黒ラブ子犬を抱っこしながらバーリグは萌え萌え状態。黒くてツヤツヤな子犬は鼻をふすふすさせて、細い尻尾をくりくり回す。これが大人になると、はっはかはっはか舌を出して、立派な尻尾をぶりぶり回して、えさくれーと甘えてくるのだ。可愛い。
「    」
 クランクハイトは最早言葉を忘れた状態、猫という猫を片っ端から愛でていた。抱っこできる子猫は全部抱いた。それから猫グッズをクリスティーナに大量に買わせて持たせていた。クリスティーナは「仕方ないニャー」なんてデレッデレである。
(ペットかぁ……)
 子犬も抱っこしてみながらクレアは思う。家族、……にはあまり良い思い出がない。開きかけた記憶の蓋をギュッと閉じ、彼女は頬を舐めてくる子犬に微笑を浮かべ、優しく優しく撫でていた。







 そうして一同は思いの他、ペットショップを満喫した訳である。
 気が付けば昼の太陽はもうすぐ夕方を迎えようと傾き続けていた。
「こんなに賑やかなのって、何だかとっても久しぶりだわ」
 一休みとして入ったカフェのテラス、クレアはニッコリと仲間の顔を見渡した。今日の一日は時間が経つのが早かったような気すらする。
「では、そろそろ――」
 クランクハイトが一同を見渡した。帰る時間か、とクレアが腰を上げようとしたが、それは皆が笑顔でそっと止めて。
「?」
 なんだろうか、と目をパチクリさせるクレア。の、前に、並べられた箱三つ。大きさもそれぞれ違う。綺麗にラッピングされているそれは、どう見ても――プレゼントで。
「誕生日は過ぎちゃったけど、良かったら」
 照れ臭そうに笑うバーリグが箱を一つ開ければ、そこには誕生石であるアメジストのネックレスが。かなり財布にものを言わせたのだろう、シンプルな造りながら最高級の細工である。
「二月十日だよな。遅れちまったが、誕生日おめでとう、クレア」
 優しく微笑むクリスティーナが箱を開ければ、銀細工でできた花の髪飾りが。クレアの髪に飾れば、花弁の銀が彼女の瑠璃紺色を映し込み、それは見事な青銀色に輝く事だろう。それを考えてのチョイスである。
「私からも。お誕生日おめでとうございます」
 最後にクランクハイトが開けた箱には靴が収められていた。女性らしい、春の花をあしらった落ち着いたデザインである。
「プリンセスには靴を届けるもの、でしょう?」
 三人はこっそりクレアへの誕生日プレゼントを用意していたのだ。
 クレアはきょとんとしていた。それから一間、ようやっと自体を理解すると、はにかむような笑みを浮かべて皆をちょいちょいと手招いた。耳を貸して、の様なジェスチャー。なんだろうかと三人が横顔を差し出す。
 そこへ、ちゅ、ちゅ、ちゅ。クレアから親愛を込めて贈られたのは、頬への接吻。
 代金も、荷物持ちも、そしてプレゼントまで貰って。すぐには何も返せないから、と。
「楽しかったわ。ありがとう」
 と、クレアは悪戯っぽく微笑むのであった。
「いやぁ、いいってことよ」
 バーリグは嬉しそうだ。クランクハイトも「光栄です」と笑みを返す。「どんな宝石より良いものを貰っちまったぜ」とクリスティーナは満足気に目を細めた。
「そうそう、クランクハイトにバーリグ。お前達にもプレゼントだ」
 そう言ってクリスティーナは更に箱を二つ、クランクハイトとバーリグの前に差し出した。
「仲間は全員俺の恋人。だから俺は、皆平等に特別に愛してるのさ」
 愛するお前達の笑顔さえあれば、俺はいつだって幸せなんだ。頬杖を突いたクリスティーナはニッコリ笑んで、二人に箱を開けるように促した。
「……変なものとか入ってないでしょうね?」
 具体的にナニと言わないが、クランクハイトの懐疑的な目。彼がそう言うのでバーリグは一瞬躊躇ったが、それでも贈り物を無碍にするのも悪いので開けてみれば――そこにはシンプルなピアスが。
(……たっ、)
 高そう。ていうか高い。バーリグは固まった。このブランド知ってるんだけど。馬鹿高い奴なんだけど。何で……と思ったが、答を既にクリスティーナは言っていた。そう、『恋人』だから、恋人同士で贈り合うような物を送るのは『恋人達』にとって当然なのである。
(色んな意味でこの人こえぇ……)
 一方でクランクハイトの箱の中身は猫缶だった。愛猫家だから、と。勿論一番良い奴である。珍しく良いチョイスに神父は小さく「どうも」と礼を述べるのであった。
 だが直後。
「俺もお礼にちゅーが欲しいなー!」
 ダイナミックにクリスティーナがダイブしてきたので、お約束通りクランクハイトの膝蹴りがクリスティーナの顔面にのめり込んだ。クレアはそれにけらけら楽しげに笑っていた。

 嗚呼、楽しい一日であった。
 今日は間違いなく、楽しい一日であった。



『了』



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>登場人物一覧
クランクハイト=XIII(ka2091)
クリスティーナ=VI(ka2328)
クレア=I(ka3020)
バーリグ=XII(ka4299)
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2015年03月30日

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