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『遠き思いを甘さに沈め。 』
スヴィトラーナ=ヴァジムka1376

 ずらりと並べた材料を、さて、とスヴィトラーナ=ヴァジム(ka1376)はぐるり、眺めた。きちんと揃っているか1つずつ、もう1度丁寧に確かめる。
 お菓子作りに大切な第一歩は、何と言っても材料をきちんと揃えることだと、お菓子に限らず料理を得意としているスヴィトラーナは知っている。もちろん、あり合わせの材料でだってなんとか出来る物もあるけれども、お菓子というのは総じて材料の過不足が味どころか成否にまで影響するくらい、デリケートなものだから。
 丁寧に、確実に。だって今日のお菓子は少しだけ、特別なものだから。
 だってスヴィトラーナが作ろうとしているのは、バレンタインデーのお菓子。クリムゾンウェストでは地域や部族の差がありながらも、多くは『お菓子をあげる日』として知られているその行事は、元をただせばリアルブルーから伝わったものなのだという。
 だから、今日はちょっとリアルブルーの文化を準えた気分で。作るお菓子も人から聞いた、やはり元はリアルブルー方伝わったと言われているらしいガトーショコラ。
 聞いた通りに小麦粉をふぅわり振るい、チョコレートを細かく刻んで湯煎にかける。コツはあるかと尋ねたら、スヴィトラーナにレシピを教えてくれた相手は笑って、『渡したい相手の顔を思い浮かべる事』と言っていた。
 渡したい相手、と言われても難しいと、その言葉を思い出してスヴィトラーナは苦笑する。友人、知人、世話になった相手や顔見知りの仲間、そんな相手をいちいち思い浮かべていては、とてもじゃないけれどもきりがない。

(あぁ、でも……)

 リアルブルーではバレンタインデーのお菓子に、特別な意味を込めることがあるのだという。スヴィトラーナにその風習のことを教えてくれた相手は、むしろそちらの方が普通なのだと笑っていたが。
 特別な意味ーー特別な、想い。リアルブルーでは本来、お菓子を作るのは愛しい人に渡すためなのだという。

(愛しい人……)

 その言葉を噛み締めて、きっちりと計った小麦粉を振るいながら零れた笑みはきっと、苦かった。もっとも、それが笑みになっていたかどうかすら、スヴィトラーナには自信がないのだけれども。
 皮肉のような言葉。――どこか、それだけではない言葉。
 その感情は彼女自身にも複雑すぎて、とても一言で言い表せはしなかった。この胸の内を、言い表す言葉がこの世に存在するのかさえ、スヴィトラーナには想像もつかない。
 玉子を卵黄と卵白に分けて、卵白を力強く泡立てメレンゲを作る。初めて作るお菓子でも、すでに身に染み付いた技術が彼女の手を躊躇わせる事はない。
 だからこそ静かに、重く胸の奥底へと落ちていく言葉を想い、何とも言えない表情で手にした泡立て器を機械的に、動かす。動かし、思索に落ちていく。
 ――それは彼女にとって、決して忘れ得ない出来事。





 かつてスヴィトラーナが嫁いだのは、15の歳の事である。
 それが早いか遅いかは国や部族によっても異なるが、決して遅いということはない。世の中にはスヴィトラーナよりも幼い歳で嫁ぐ娘も居なくはないが、どちらかといえば彼女自身も幼妻の類に数えられる方が多いに違いない。
 とはいえ、スヴィトラーナには自身の結婚が早いかどうかなど、関係のない事だった。彼女の結婚を決めたのは彼女自身ではなく族長だった親であり、相手は一族の有力者の息子で――つまりはそこに彼女の意志が介在する余地など、最初からありはしなかったのだから。
 同じ一族、と言ってもスヴィトラーナは夫となる相手の顔を、せいぜい数回ほどしか見た事はなかった。だからそれは、スヴィトラーナ自身の気持ちなど何も関係のない、家の為の結婚にすぎなくて。
 けれども夫と呼ぶことになった人の、赤い瞳がとても好きだったのを、今でも彼女は覚えている。そしてどこか、スヴィトラーナの初恋だった従兄を思わせる雰囲気を纏っていたことも。
 意思も何もなかった結婚に、従ったのはもしかしたらそれも、理由の一つにはあったのかもしれない。逆らうことなどそもそも出来なかったスヴィトラーナは、もしかしたらその瞳に、雰囲気に、与えられた結婚生活に希望のようなものを見出そうとしていたのかもしれない。
 ――もっとも、それは今思えばもしかしたら、という程度のささやかなものに過ぎなくて。あの日々を思う時に彼女の心を占めるのは、きっと幼いなりに抱いていたに違いない結婚生活の夢も希望も何もかも打ち砕いた、不遇の数々でしかないから。
 故郷が滅びた10年前のあの日、夫と呼んだ男を見捨てるのには何のためらいもなかった。迷いすら、あったかは怪しい。もしあったとすればここで見捨てて、万が一にも夫が助かったとしたら今以上の不遇を強いられるだろうという、恐怖にも似た感情。
 けれども彼女は助けを求める夫を見捨て、生き延びた。滅んだ故郷を捨てて、死んだ夫を捨てて――きっと、自由になった。
 湯煎したチョコレートにクリームを混ぜる。続けてメレンゲを加えて、さっくり切るように混ぜていく。

(あの頃は)

 思い返すたびに暗い気持ちにしかならない、あの結婚生活は。生まれて初めて、そうして今まででただ一度だけの、夫と呼ぶ人と暮らした日々は。
 誰に言われるまでもなく、散々で、良い思い出など一つもなくて。だからこそスヴィトラーナは、こんな瞬間には考えずにはいられない。
 『恋』とは? 『愛』とは一体、どんなものなのだろう……?
 彼女が抱いていたはずの初恋の想いは、その後の結婚生活のせいだろう、もう思い出せない。話にはこの、今作っているお菓子のように甘い物だというけれども。
 甘い、甘い恋。ある日現れた素敵な男性が、貴女が好きだと愛の言葉を囁く――

「お伽噺のお姫様のように……そんなわけ、ないのにね」

 そこまで考えてスヴィトラーナは、ふと小さく喉の奥で笑った。出来上がったガトーショコラの生地を型に流し込み、まきオーブンの温度を確かめて押し込む。
 何も知らない子供じゃないんだから――そう、浮かべた微笑みに込められたのは、隠しきれない絶望。そうして、そんなあり得ない『夢物語』を一瞬でも想像した自分自身への、どうしようもない自嘲。
 愛だの恋だのがまったく信用出来ないことを、スヴィトラーナは誰よりもよく知っている。身を以て知り尽くしている。
 優しい言葉、甘い言葉、そんなものはその場限りの幻想だ。本心など、そこには一欠片だって存在してはいないのだ。

(あの人がそうだったように……)

 結局は己の欲望のまま、彼女を所有し、傷付け、虐げた亡き夫。そんな夫でも形ばかりに、愛の言葉を囁かれた時もあったのだ。
 でも、偽りだったでしょう? とスヴィトラーナは自分自身に言い聞かせる。言い聞かせ、少しでもそんなものに期待しようとしている愚かな自分を、心の奥底に注意深く仕舞い込む。
 忘れてはダメ。信じてはダメ。――期待しては、ダメ。
 いい匂いの漂ってきたまきオーブンからガトーショコラを取り出して、冷ましながらスヴィトラーナは何度も、何度でも繰り返す。その端から、そうではないのだと、ただ彼女は不幸な巡り合わせをしてしまっただけで本当は違うのだと、言われた言葉が蘇っては来るけれど。
 こんな自分に、求愛してくれる従兄を思い出した。もしかしたら今度は本当かも知れないと、どこかで小さく疼く心から目を逸らす。
 だって。

「……手に入れてしまうと……いつか、いらなくなるでしょう……?」

 ぽつり、零れた呟きは諦念と、隠しきれない絶望に満ちていた。それは恋だの愛だのという存在そのものへのそれであり――どこか、自分自身に対するそれのようにも、思える。
 今は求めてくれたとしても、自分のものにしたらいずれは、スヴィトラーナを要らなくなる。それが男という物なのだと、彼女はちゃぁんと知っている。
 知っているのだから――期待しては、ダメ。
 期待なんて、抱いてはダメ。
 スヴィトラーナ、あの日々のことを忘れてはいないでしょう……?
 そう、疼く心に言い聞かせながら、冷めたガトーショコラを袋に入れてリボンを結んだ。同時に、自分の気持ちも心の奥底に仕舞って、ぎゅっとしっかり蓋をした。
 信じない。信じてはいけない。
 おまじないのようにそう呟いて、ずらりと並んだお菓子の袋へと目を向ける。そうして気持ちを切り替えるように、意識してにっこり、微笑んだ。

「さって、配りに行こうかしら?」

 楽しげに呟いた言葉は『いつも通り』で。努めていつも通りに、いつも以上にいつも通りに振る舞いながら、スヴィトラーナはお菓子の袋を持って外に出る。
 ――そうして明るい日差しに目を細め、彼女は『いつも通り』に歩き出した。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 / 職業  】
 ka1376  / スヴィトラーナ=ヴァジム / 女  / 28  / 霊闘士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注、本当にありがとうございました。

お嬢様の胸に秘めた想いを紡いだ物語、如何でしたでしょうか。
ご発注文がとても切なく、そのイメージで執筆させて頂いたのですが、行き過ぎていないかが心配です;
ちなみにガトーショコラのレシピは色々ありますが、お嬢様は何となく簡単系レシピはやらなさそうだなと、ちょっと凝った感じにしてみました(こく
イメージが違うところなどございましたら、ご遠慮なくリテイク頂けましたら幸いです。

お嬢様のイメージ通りの、期待と絶望の狭間で動けないどかしさを紡ぐノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
MVパーティノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年03月31日

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