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『無駄に美形で妙な男から複数手段の提案を聞いた後の話。 』
黒・冥月2778)&空五倍子・唯継(NPC0466)

 手段が複数あれば全て当たるのが流儀。

 どう動くか、と軽く自問するまでもなく、黒冥月の頭の中ではすぐさまそう答えが出る。殆ど経験上からの反射に近い。自問の一手間を掛ける事自体が最早無駄と言えるレベルの瞬間的な思考の結果。…目的に至る手段は一つ成功すれば事足りる。だが複数の中から手段を一つ選んで進めたとして、それがスムーズに成功するとは限らない――提示された手段の内、幾つかは潰される、失敗する事を前提とし覚悟もしておくべき。だからこそ、より成功の確率を上げる為に、複数あるのなら全ての手段を予め当たっておく。…目的の為には、打てる手は打っておくもの。
 喫茶店を出て件の男と別れた後。その流れで、私はひとまず携帯を取り出し何処ぞの探偵に対してメールを作成した。…「IO2と縁が深いと言う、奴の『素体』の血縁者。その情報を集めておいてくれ。但しIO2には悟られるな」――それだけの内容のものを送信しておく。
 文面に具体名は出していないが――『IO2』とだけは出してしまっているが――、今私が話を聞いてきた男の言が確かなら、探偵の方でもこれで誰の事を指しているのかすぐに察しは付くだろう。もしそうでなくとも、こちらが何を言いたいのかくらいはすぐに察しが付く筈。即ち、これだけのメールでもそれなりの調べは付く筈だ。…さすがに私でも、そのくらいはこの探偵の能力を信用している。

 …さて、それから。

 次は、あの男に提案された――『今回の件に助力を得る為の条件』を満たす事を考える。…その場合の目的は元霊鬼兵である『奴』との意思の疎通。生まれ変わる、とかその辺の事はさて置いての話だ。もしここで条件を満たす事が可能ならば、確かにそれが『奴』当人の今の希望や言い分を訊くには一番手っ取り早かろう――そう、初めて出て来た、幾分現実味のありそうな具体案。
 と、言っても、そもそもそれが本当に実行可能な事なのかどうかはこれまた結局謎でもある。あの男が無理筋を安請け合いするような輩で無いのなら、まず可能な事なのだろうとは思うが――どちらにしても限りなく他人任せな話になってしまう事には変わりない。

 まぁ、悉く私の専門外な話になっている以上は、何をどうしようと結局他人任せにするしかないのだが。



 次の行動。白王社に――月刊アトラス編集部に取って返す事を選択する。先程あの男から聞かされた、当分編集部に詰めているとの話なライター――確か、名前は空五倍子唯継だったか――との接触を考える。今度の目的は、そちらとの交渉。
 どうも、先程のあの男とはまた違った意味で交渉は面倒そうな相手だが…まぁ、今更な話だ。

 白王社の廊下を歩き、アトラスの編集部室に向かう。その途中で何となく足を止め、中空に視線を上げてみる。それでも『視』える訳では無いのはわかっている――それでも、そうした。…元霊鬼兵である『奴』の魂。その辺に居ると言うのなら――今の私の行動も見ている可能性はあるだろうか? と頭に浮かぶ。
 意志の疎通にはチューニングがどうとかあの男にややっこしい事を言われはしたが、要するにここで私がただ『魂』の方に話し掛けてみたとして、その『魂』が実際にここに居たとしても――その『魂』に私のその言葉が届くとは思えない、と言う事なのだろう。

 が。

 それでも『奴』がその辺に居ると言うのなら、あの小娘が気になって、が第一の理由だろうとは想像が付く。以前『死んだ』時の顛末からしても、他にこの場に来るような縁など特にあるとも思えない――そうなると、私としては言っておきたい文句の一つもある。

「…。…もしかして、自分の為に合法的な方法で動こうとしているあの小娘の事を、微笑ましく見てたりしないだろうな」

 そんな悠長な呑気さでいるのなら、戻って来た時に一発殴るからな。…外野からはろくに聞こえないだろう程度の声で私はそこまでを口に出しておく。…まぁ、無駄に近かろうが、言いたい事は言いたいだけだ。全く、面倒かけさせおって――溜息混じりに悪態を吐きつつ、今度こそ私は再び歩を進める。
 進める先に、また忙しく立ち回っている編集部の有象無象の姿がちらほら見えて来た。戻って来た私の姿を認め意外そうな顔をする者、やや顔が明るくなる者――取材対象が向こうから戻って来たとでも思っている強かな輩なのかもしれない――、とにかく総じて私に興味が向いているのは確か。

 …。

 さて。
 …直接の邪魔まではして来ないとは言え、さすがにそろそろ鬱陶しい。先程出て行く時に叩き付けた殺気が効いているのかいないのか、恐る恐る私に話し掛けてくる果敢な輩さえ居る。…一応、先程応接室を出てすぐに話し掛けられた時よりは若干の遠慮があるような態度ではあるが、それでもやっぱりかっちり取材には来る方針らしい。…さすがアトラスと言うべきかどうなのか。幾ら放置しても何だかんだで結局しつこく食い下がって来る。
 そんな気合いの入った興味を向けられつつ、私は程無くアトラスの編集部室に到着。まずは部屋に入ってすぐに、再び休憩スペースらしい場所の方に視線を向ける。先程、一度編集部を出る前の時点では目的の相手こと空五倍子はそこに居たと見受けるから、まずそこから確認。
 と、空五倍子の姿はまだそこから動いては居なかった。動くどころか何やらテーブルの上にノートPCを広げて我が物顔で書き物をしている様子ではある。…まるで仕事場のデスクの代わりに場所を使っている様子。時折何か手許で紙の束を確かめてもいる。…編集部に詰めているとの話だったが、雑談相手が居なくなったところで仕事でもし始めたと言ったところなのか。何にしろ、私は先程同様、真っ直ぐにそちらに向かう事をする。
 空五倍子の前に辿り着いたところで、私はまた先程同様に自分が認識されるのを待つつもりでその姿を見下ろした――と、改めて待つまでも無くすぐさま軽く視線を上げられ、こちらの様子を窺うように小首を傾げられた。
 反応が早い。

「…えぇと。俺にも何か用ですかね?」
「ああ。さっき貴方の連れを急に借り出した謝罪と礼をと思ってな。有難う助かった…それと」
「それと?」
「本かTVか…何処かで見た顔だと薄々思っていたんだが、やはりそうだな」
 確か、陰陽師か。…空五倍子唯継。
「…おや、そういう御用がおありで?」
 俺の方にも。
「ああ。…間違っていなければ貴方にも相談したい事があるのだが」
「…。…ひょっとして、師父に何か言われました?」
「いや。…。…師父?」

 軽く疑問が浮かぶ。…が、問い返す形で口に出した側からすぐに察しは付いた。…この流れで、この相手が「師父に言われたか」などと言って来るとなると。
 師父と言うのは、先程私が外に連れ出したあの男の事なのだろう。…だからこいつはあの男にとっての「うちの子」なのか、とここで俄かに腑に落ちた。

「…ああ、あちらの男への相談は別件だ。…先程ここの応接室を借りていた件で、と言えば察してくれるか? …と言うか師父と言うのはあの男の事…で良いのだよな?」

 一応、ついでに確認。
 空五倍子は素直に肯んじる。

「ええまぁ…あー、確かにいきなり師父って言われても誰の事を指してるのかわかりませんよね。黒冥月さんでしたっけ、貴方はもうこちらの事情は御存知だった気がしてしまってまして、つい。申し訳ありません」
「…いや、謝罪される程の事では無いが。…。…陰陽師の師父か…ならこれはついでに向こうに相談しても良かったのかもしれんな。…まぁいい。こういう相談は虚無の名がチラつかない相手の方が良さそうだ」
「? …師父の場合はここで話をする限りは虚無とかその辺気にしなくても良さそうな気がしますが。何か陰陽師が要り用なお困りになっている事でもあるようですね?」
「ああ。…仕事中に悪いが、今可能なようなら話をしたい」



 …怪しまれなかったかどうかは少々自信が無い。

 あの男を外へ連れ出した直後で、あの男の関与を誤魔化せるかどうかは出たとこ勝負と思ってはいたが――今のところ、演技が上手く行ったかどうかはまだ何とも言えない段階になる。ひとまず、あの男を連れ出した理由は「何処かの小娘についての相談」と匂わせ、その話自体も既に終わったものと思わせる。ついでに、私の方でもこのライター自身の顔がマスコミでの露出の心当たりと照らして気になっていた為に、戻って来てわざわざ礼を言った上で、本当はこちらが戻って来た本題だとばかりに新たな相談を持ち掛ける――と言う形にしてみた。…実際、アトラスの雑誌でこのライターの名前のみならず顔を見た事はある。
 そもそも取って返すようにアトラス編集部に戻っている時点で、全然別件の話であるのなら多少不自然になってしまう事は否めない。そこを埋める為の芝居として、比較的自然に話が持ち込み易い形にしたつもりではあるのだが――そして同時に、後々交渉が上手く行ったとして、その時にあの男が同席しても不自然にならないように仕向けても見たつもりなのだが――まぁ、あの男がこいつの師父だと聞かされた時点で、都合良く上手く転がせただけの気もするが――、それで今私はどう見られているか。

 …あの男が出した『今回の件に助力を得る為の条件』。まずはあの男曰く今回の件の霊媒に適する、と言うこの空五倍子と言う男から協力の受諾を得る事。そしてこの男の霊媒体質については外野には漏らさない事。更にはあの男の関与があって話を持ち掛けたとは悟られないようにする事。…そんなところにはなるが――取り敢えず今の時点で当の空五倍子と話をする態勢にまでは持ち込めた。
 話の中で少々あの男との関連を勘繰られた気はするが、これはさっきの今では仕方無い程度の反応だろう。それで済んでいると思う――果たして上手く否定し、流せていたかどうか。そもそもこの手の芝居は、幾ら上手くやろうが効く奴と効かない奴が居る。
 完全に隠蔽したい件は、私の影内で行えば外には漏れない。故に、話を聞いている私が口に気を付けてさえいれば、そこについては問題は感じない。
 マスコミでの露出からして、『陰陽師』としての空五倍子に相談がしたい事が、と攻めれば無視はされまいとは思ったが――ここまでは上手く行っても、そもそもこの「話」をきちんと「交渉」にまで持ち上げるにはもう一山越える必要がある気がしないでも無い。

 ともあれ、今は再び応接室を借りている。先程借りたのと同じ部屋――あの後、どうやら新たに利用されてはいなかったので、ついでのつもりでその辺の記者共に一声掛けた上でそのまま勝手に借りたとも言う。
 空五倍子側ではまず自分が陣取っていた当の休憩スペースで私の話を聞こうとしたのだが、出来れば余人を交えずに話したいと伝えた結果、構いませんよと仕事道具を畳んで私と一緒に応接室に来てくれた。…曰く、広げていた仕事は然程急ぎのものでは無いらしい。

 …ちなみに、私から小娘のネタを引っ張りたくて仕方が無いのだろう周囲の記者共には「今度お前たちの知らないネタを教えてやるから邪魔は一切するなよ」と交換条件を出して漸く黙らせた。



 そして、今に至る。

「…陰陽師は霊魂の類には詳しいか」
「ええ、それなりに。生者と死者、あの世とこの世の仲立ちをするのも役目の一つですからね。…ですが『霊魂の類』と一口で言っても色々とあります…御相談の内容は、御身内か近しい方か…既に亡くなられた特定の何方かの霊魂に纏わるお話でしょうか? それとも、所謂、素性のわからない何者かの霊魂が原因と思われる怪奇現象を解決したい、等のお話で?」

 黒さんがどういった意味で『霊魂の類』と仰っているのか。それによって…俺の方で出来る事は変わってきますから。…空五倍子はそう注釈を付けてくる。
 この時点で、何となくあの男の言いたかった事はわかった気がした。今の発言。裏を読めば「出来ない事もある」と初っ端からこちらに予防線を張って来ているとも言える。
 さて、どう出たものか。

「その二択なら前者になる。悪いが今の時点では誰とははっきり言えないのだが…漂う魂と直接話したい事情があってな。どうやらその辺に居る…のは確からしいんだが、手段の方に困っている」
「居る事を確かめてはあると?」
「私にはわからんのだが、そう話には聞いた」
「何方から」
「貴方とは別の貴方の御同業…とでも言うか、それ以上は勘弁してくれ。だが交霊術…と言うのか、その手の方法でも話すのはなかなか難しいそうでな。可能性のありそうな術者の方々に機会が得られれば尋ねてみている」
 ともかく、その霊魂との直接の対話を成し遂げるか、成功させる為の方法を共に考えて欲しい…のだが。
「…そんな依頼は受けて頂けるものだろうか」
 この霊魂は不遇で亡くなった男のものでな。今でも彼を大切に思う女性が二人いる。
 思い悩む彼女らの心を助けてやりたい。

 そう続けた時点で、そうですか…と空五倍子はもっともらしく頷いている。…先程まだこの応接室に来る前、私が陰陽師と口に出した時点から空五倍子の態度がやや切り替わっているようには感じた。ならば、これが彼の陰陽師としての貌と言う事か。

「…そういったお困り事ならば俺の方でも何かお役に立てればとは思いますが…その場合、まず、何方の霊魂とお話をしたいのかをお伺い出来ないと何とも言えないんですよ。はっきりとは言えないとの事ですが…祭祀を行うに当たってお名前や生年月日に没年月日はまず必要になります。必須とまでは言いませんが、それらの情報が無い場合、他の霊魂や雑霊を喚び込んでしまう恐れもありますから…そう言った事情で上手く行かない場合も出て来ます」

 それに、と空五倍子はやや語調を変え、私を見る。

「…恐らくは、貴方がわざわざ俺に相談を持ち掛けてきたのは――この程度の返答が聞きたかったからな訳じゃないでしょう?」
「…まぁな」
「やはり。既に他の同業者も尋ねていると言う事は――既に幾つか手段は検討・実行された後だとお見受けします。それでも無理だったもしくは難しいと判断された…何か特別な事情もおありのようですね?」
「…ああ。当の話をしたい相手の霊魂なんだがな…存在する力が強くて特殊な霊魂らしいとも聞いているんだ。それで現世とのチャンネルが合わせ難いのだとな」

 霊魂の素性が元霊鬼兵だった、とまでは言わない。…ここでそう言ったら、私がこれまでここで動いていた話が全て繋がるとまず悟られる。…あの男の提示した条件から外れてしまう。
 まぁ、現時点で私の話がどう受け取られているか――も微妙な気がしてはいるが。諸々察した上で知らないフリをしている可能性すらあるかもしれない。どうもこの空五倍子とやら、その手の腹芸は意外と得意そうな感触がある。

「チャンネルが合わせ難い、ですか。…そうなると情報が揃っても俺一人の招魂じゃまず難しそうですね。タンキー――所謂、神降ろしをするシャーマンのような存在が要ります」
「よくはわからんが。例えば貴方がその役割に回って貰う訳には行かないのか?」
「俺はそっちの才能ありませんから」
「…。…そうなのか? 同じ霊魂を扱う技術者と言うのなら、それ程はっきり違った素質が必要と言うものでも無いのでは、と思うのだが…違うのか」
「確かに、シャーマン的な…霊媒と言うのですが、御自身で兼ねている術師の方もいらっしゃいます。俺も可能ならばよかったんですけれどね。もし俺で試してもがっかりさせてしまうのが関の山ですよ。…ああ、黒さんはさっき師父とも何かの相談をしてらっしゃったようですが、何ならこの件についても、そちらに話を振ってみていいかと思いますよ?」
 先程御自身でも言っていたように。…俺が一枚噛んでさえ居れば、あの師父でも虚無関連の心配は不要ですし。
「…」

 何やら話が戻って来てしまった。
 …空五倍子は「何かお役に立てれば」とは確かに言った。更には「可能ならばしてもよい」と受け取れるような発言もした。が、あの男の言う通り、霊媒としての自覚は完全に無いどころかやんわりと否定された上に――あの男へも相談したら、とまで逆に提案されてしまった。…これは先程の件で私とあの男が知り合いと承知しているからこその話の流れだったのだろうが…これは『今回の件に助力を得る為の条件』を満たした事になるのだろうか。取り敢えず親身にはなってくれてはいるのだが――これは、OKを出して貰えたと見て良いのかどうなのか。
 俄かに悩んでいる間にも、空五倍子は何やら名刺を取り出し裏に何やら書き付けている。書き終えたかと思うと私に差し出し――曰く、御存知かもしれませんが師父の携帯番号です、と手渡された。そして、俺の名前を出してくれれば話聞いてくれると思いますんで、とまで親切に言って来る。
 取り敢えず、礼を言って有難く受け取りはした。

 したが。

 …こうなると。
 ひとまず、あの男から聞いた――と言う件は隠す形のままで、空五倍子からも協力を得られて、あの男をも自然に巻き込める形――にはなった気はするが。

 どうも釈然としないと言うか、余計な一手間を掛けさせられた気がしないでも無い。

【無駄に美形で妙な男から複数手段の提案を聞いた後の話。何やらブーメランの如く話が戻って来ました】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年03月31日

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