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『●閑寂荒涼、長閑と縁無き雛祭り 』
矢野 古代jb1679)&矢野 胡桃ja2617)&ミハイル・エッカートjb0544)&華桜りりかjb6883

 降り注ぐ陽の光の下、そよぐ風にスンと鼻を鳴らした矢野 古代が、活字から目を離して上を仰ぐと、恋する少女の頬のような花が綻んでいるではないか。
 いつから咲いていたのか。
 ベンチに腰掛けた時から咲いていたのかもしれないが、そよぐ風が薫りを運んでくれなければ、気づく事無く活字に没頭していたかもしれない。
「梅の薫りか」
 白と黒の世界から抜けだし、色と薫りが華やぐ世界に意識を向けた古代だが、その視界の中で異彩を放つ巨大な存在に全ての意識が根こそぎ持っていかれた。
 腰を上げると、一歩、また一歩とそれに近づいていく。近づくにつれ、古代の首の角度は急になっていった。
「雛壇……か……?」
 階段のような作りに赤い布。それに艶があり高級感あふれる嫁入り道具。あとは各段に並んでいる人形達――紛れもなく、雛壇である。
 今頃は家で自分の娘が手伝わずに逃げてきた自分へ文句を垂れながらも組み立てているであろう、雛壇。この時期であれば、不思議なものでもない。
 だが身長183センチもある古代が、見上げなければいけない代物であった。
 太陽を背にしている1段目のお内裏様とお雛様に目を細め、そして視線を下げて一番近いところにいる箒を持った笑顔の仕丁をまじまじと眺める。
「等身大の雛壇とはね。今朝にはなかったはずだが……流石は久遠ヶ原と言ったところか。
 こんな所に設置しても、誰も見に来なさそうだがねぇ」
 何かの音は耳に届いていたが、まさか数時間でこれほどの物ができている事に驚きを隠せず素直に感心するが、真っ先に、もっともな事を口に出していたのだった。
 だがそれよりも、気になっているものが。
 ご自由に『お使いください』という謎の立札と、3段目の五人囃子に混じって扇と笛で殴りあっている2人の学生。五人囃子のうち、2体の手には何も持たされていない。
 学生が交差した瞬間、2人ともが倒れる――勝負は決したようだった。
「あれもまた、流石は久遠ヶ原流という他ない」
 それで済ませてしまうあたりだいぶ毒されている事に本人は気づきもしないが、そのかわり片目をつぶっては顎の無精ひげを撫でるように手を当てると、唇の端を吊り上げる。
「いいねぇ。久しぶりに、ちょっとしたおふざけするのも」


「まったく……私に押し付けて逃げ出すなんて、帰ってきたら父さんにお仕置きね」
「えと……ほどほどになの。胡桃さん」
 唇を尖らせ牛車を静かに置いた矢野 胡桃へ、華桜りりかが困り顔でおどおどとしながらも伝えるのだが、強く止めはしない。きっとチョコあられを口に含み、幸せの味を感じているせいに違いなかった。
 アップルグリーンの瞳を丸くして、言葉が出てしまった口を押え振り返る胡桃だが、顔を綻ばせているりりかを前に、つられて顔を綻ばせながら「大丈夫、ほどほどね」と頷くのであった。
 胡桃はきっと今、自分が歳相応の表情を浮かべている事には気づいていないが、空気の心地よさだけは感じていた。
 りりかから重箱と御駕籠を受け取り、それも7段目へと並べると、胡桃は一歩下がって片目をつぶり、顎に手を当てると雛壇をじっくり観察。
 首を傾けては三人官女の位置を少しいじり、再び離れると、満足そうな笑みを浮かべ大きく頷くのであった。
 そして思い出したように時計を見ると、せっかくの満足そうな笑みも消え、唇を尖らせては頬を膨らませる胡桃。
「あの……どうかしました? ……です」
「逃げ出してずいぶん経つのに、ちょっと遅わ」
「どれくらい経ったの、です」
「2時間と17分ね」
 やたらと細かい。
 何をどう言っていいのかわからなかったりりかの目が少しだけ泳ぎ、自信なさげに口を開く。
「んと……映画を観ていたりする可能――」
「父さんが私をのけ者にして、映画に行くはずないわね。
 きっとどこかのベンチに座りながら、本を読みふけってるに決まってるわ。しかも、ふと何かに気を取られて、ふらふらと歩き回ってるのよ。
 ま、大丈夫。あんまりにも遅いようなら首に縄付けて、家の前で『ハウス!』って言ってやるから」
 まるで見ていたかのようにずばずばと古代の行動を言い当てるあたりは、流石自他ともに認める『学園一のファザコン』であるが、その扱いは愛ゆえなのか、ちょっと疑問が残る所である。
 だがそう言いながらも全く落ち着く様子がない胡桃の気を、少しは紛らわせる方法はないかと、りりかは唇に人差し指を当てて目を閉じ、思案する――と、目をぱちくりとさせた。
「そもそも、ですが。何故、矢野さんは行ってしまわれたなの、でしょう。矢野さんなら手伝っていただけるものだと思うのですが」
 小首をかしげるその仕草が可愛らしいと思いつつも、表情をキリッと、誰かのマネをするかのように切り替えた。
「おっさんが、触るべきモノじゃない気がするんだ。壊してしまいそうでね――ですって」
 声も顔も似ているはずはないのだが流石に見ているだけあって、あまりにもそっくりな雰囲気にりりかは小さく笑みをこぼす。
 そこに突如鳴り響く、着信音。
 専用の着信音なのか、表示を見る前から「父さんだ」と笑顔を浮かべ、すぐさま気を取り直して毅然とした表情へ戻すと、電話を取る。
「なに? 父さん――そうだけど。もう終わったわよ、誰かさんのいないうちに。
 スマンじゃないわ、ね――今から? ううん、りりかさんも一緒だけど……一緒に? なにするつも――」
 切れてしまったのか耳を離すと、りりかと向き合った。
「う……?」
「2人して来いってさ。よくわからないけど、ね」
 肩をすくめながら、胡桃は立ち上がるのだった。


 日中だというのに遮光カーテンをほとんど閉めきり、隙間から洩れる光だけに照らされた薄暗い部屋で引き締まった上半身に汗を伝わせながら、ただひたすらに鍛えているミハイル・エッカート。
 世間が浮ついていようが、関係ない。これが彼の日常だ。
(世間はどうであれ、俺達に休みなんぞ無いのだ。それに、ここは子供ばかりだと思っていたが、上には上がいすぎて参ったぜ)
「もっと……強くならねばな」
 手を休め、ドリンク片手に水分を取りながら椅子に掛けてあったタオルを首にかけ、額と口元の汗をぬぐう。
 そしてこれも職業病というか、この学園内であるとは思えない狙撃に警戒して、ギリギリしか開けていないカーテンの隙間から外を静かに覗き込む。
 長閑な日差しに、はしゃぐ子供達。
 目の前には平和な日常が広がっているが、そこから目を逸らす。ぬるま湯に浸かって、自分までぬるくなる趣味はないと言い聞かせたのだが、一瞬だけ視界の端に捉えた姿が気になり、確認するためにも再び外を覗き込んだ。
 ほぼ無表情と呼んでいいが毅然とした態度で、内心の怯えを隠しつつも道を歩く見覚えのあるピンクプラチナの癖毛の人物に、人の視線が不安なのか頭からかつぎを深く被って顔を隠している人物――胡桃とりりかであるのを確認すると、カーテンから離れた。
 そしてふと、薄暗い室内でほのかに存在感を示す淡い光が目に入る。
 テーブルに投げっぱなしだった派手なイルミネーションもバイブレーションも切ってある携帯が、周囲を僅かに照らしていた。携帯には『古代』と、表示されている。
「……俺だ。どうした、古代――今か? 時間はたっぷりある……戦場で待っている? どういう――」
 事だと続けたかったが、先に切られてしまった。
 少しの間、切れてしまった携帯を眺めていたが、やがて放り投げると、誰に吹き込まれたのか謎だがバスタオルを腰に巻いて、シャワールームに向かうミハイルであった。




 どちらも雲鬢にて桜唇で、まさしく桃の花が如き可愛らしい容姿の胡桃とりりかだけあって、道を歩けばそれなりに人目を引いてしまう。
 そしてどちらもその視線に表情を硬くして固唾を飲み、背中を伝う冷たい汗のせいで小刻みに震える。
 胡桃はただひたすらに「大丈夫」と小声で繰り返し、りりかはかつぎをキュッと握りしめ、さらに深く被るばかりであった。
「よう、お2人さん。古代に呼び出されたクチか」
 胡桃とりりかの肩がビクリと大きくすくみゆっくり後ろを振り返ると、息を殺して近づいたのか、いつの間にかいつものダークスーツにトレンチコートのミハイルがすぐ後ろにいた。
 りりかの表情が少し和らぎ、かつぎを握る手の力も少し緩む。
「んぅ……そうなの、です」
「なるほどな。だが戦場に向かうのには、少し不向きな服装だぜ」
「戦場なの、ですか」
 りりかは普段のかつぎの他、雛祭りにちなんで着物である。のんびり過ごす予定だったので仕方ないというか、これから向かう先が戦場だというのを初めて聞いたという顔をしていた――無論、胡桃も。
 途端に胡桃の表情は剣呑としたものとなり、自分の拳をパシンと叩く。
「そっか……もうお仕置きどころか、処刑確定ね」
「いたぶるなら、死なない程度にだな――さて、ここが待っているという戦場か」
 見上げるミハイルと胡桃。りりかに関しては、お供えのように置いてある大量のチョコあられを前に両手を頬に当てて幸せそうな表情を浮かべると、一粒口に運んではまた一粒と、止まりそうになかった。
「よく来たな、諸君!」
 男雛の背後から現れた古代が大仰に両手を広げる。
「久遠ヶ原のひな祭りは殴り合いと(どこかで)聞いた……!
 集え諸君! ささやかながら景品も用意し――あっぶ、あっぶなぁっ!?」
 飛んできた湯呑を古代が避けると、6段目で舌打ちする胡桃。そしてミハイルと共に1段1段、登っていく。
「まだ話は途中だぞ!? いいか、雛祭り由来の物だけを武器として、気絶したら敗――うぉぉぉっ!」
 今度は食器ごと懸盤膳が古代を襲い、範囲が広いだけに横へ跳んで何とかかわしてみせた。
「くっ、いい度胸だお前ら……雛流し(物理)してやらぁっ!」
 男雛の腰に差してある柄へと手を伸ばす古代。ミハイルがその間に雰囲気合わせなのか、懐から烏帽子を取り出し被ると、2丁のマシンガンを弄り始めた。
「なるほど、女子供の祭りかと思わせて油断させようという魂胆だな! ふっ、そうはいかないぜ」
 今この瞬間でどういう改造を施したのか、マシンガンの弾倉に雛あられを流しこみ装填完了するのと同時に、古代が「刀身がない!」と、引き抜いた飾剣の柄をミハイルにぶん投げていた。
 それを近くの菱餅で畳替えしする様な要領で立てて防ぎ、ミハイルのマシンガンが古代を狙う。
「火を噴くぜ、ファイヤー!」
 放たれる雛あられ――男雛の後ろに逃げ込む古代を追いかけ、男雛の豪華絢爛な装束は無残なほど散らばっていった。いきなり始まった戦いに胡桃は一度、瞬きをする。
「よく分からないけれど……つまり、桃の節句に関連するもので殴る。そしてチャンピオンを決定する、っていうこと、よね?
 了解。分かりやすいわ、ね」
 事態を把握したのか、マシンガンが火を噴いている間に駆け上がると雪洞を握りしめ、男雛の後ろに隠れている古代めがけて横へと振る。
 古代が頭を傾け避けると、男雛の頭部が飛んだ。
「今のは! 殺意を! 感じた!」
「愛が殺意に変わる事もある、よね――大好き愛してるわ、父さあぁぁぁあん!」
 二度目の危険を察知した古代が、銃散弾雨改め、銃散雛あられ雨の中、男雛を盾に突っ切ると跳躍し娘の追撃をかわす。
 追いすがる雛あられにはひたすら男雛で防ぎ、流れ雛あられが五人囃子を次々と打ちのめしていく。転がる太鼓と笛が雛あられにより、戦いのBGMを強制的に奏でさせられていた。
 地上に降り立った古代の前に、不思議そうな顔のりりかが手を止めていた。
「チョコあられをぱくぱくしてたらいつのまにかたいへんな事に、です」
 そんなりりかへ、もはや頭部すらない裸のマネキンと化した男雛で、新手の変態かと言われそうだが問答無用で襲い掛かる。
「なんでこうげきしてくるの、です」
 落ちてきた橘の枝で足を払うと、武器のマネキンが視界の邪魔をして古代はあっさりと転ぶ。そして上に気が付いたりりかが、古代の顔の前で枝を振り、花を散らしてはすり足で下がっていった。
 顔についた花びらを払ったその瞬間、目の前に振り下ろされる雪洞。
「ぬぐぅぅぅ!」
 男雛と抱き合う形で転がった古代のいた地面に、雪洞が突き刺さり、ぼっきりと折れてしまった。
「ちぃ……りりかさんナイス目隠し、ね」
「そらそら、灯りをつけましょ、爆弾にっ♪ それ!」
 ミハイルが歌いながら胡桃とりりかが向かい合ったその真ん中に、もう1つの雪洞を投げ込み炸裂させる。派手な爆発音に煙――2人が爆風の中に消えていった。
「女子供でも、戦場では容赦しない。それが俺だ!」
「手加減は無用という事だな!」
 雪洞を投げている間に駆け上がってきた古代がプラスチックの塊となった男雛を振り回し、それをミハイルはマシンガン本体で受け止める。
 力での押し合いは古代のが上のようで、ミハイルは壁にまで押しつけられた。
 しかし、それでもミハイルには余裕の笑みが。
「もちろんだ――勝つのは俺だがな。
 この戦いが終わったら白酒で一杯やろうぜ。つまみは塩辛いのがいいな。雛あられで構わんか」
「ああそうだ――っ!?」
 会話を振り意識が向いたその瞬間、ふっとミハイルが力を抜き、力の行き場を失った古代が前のめりになったところへ下から蹴り上げる。
 だが手応えが生身のそれではなく無機質な物だった事に舌打ちすると、床を転がりすぐに反転してマシンガンを構えた。
 一歩、遅かった。
 女雛に勢いよく抱きつかれたミハイルがたたらを踏み、そして襲い掛かる浮遊感。
 落下の気配を感じたミハイルだが、それでも古代へ向けて白酒の瓶を使った火炎瓶を投げつけた――が、それは空中で矢に貫かれ不発に終わってしまった。
 受け身を取ろうとしたが、男雛を失った恨みなのか、女雛の装束が生き物のように手足に絡みつき、数メートルの高さを受け身もとれず、背中から落ちる羽目となった。
 衝撃に息がつまり、すぐに起き上がれそうにもない事で、負ける事を悟った。
「く……せめてもの救いは、いい女に抱かれて死ねる事か……」
 覚悟を決めたミハイルの顔面に、もの凄い勢いで振り下ろされた着物の裾――やたら硬くて重いその一撃で、完全に昏倒するのであった。
「んぅ……せっかくのお雛祭りなの、ですよ?」
 ミハイルの開いた口へとチョコあられを抛りこみ、手にした弓を雛壇にとりあえず戻し、裾から砕けた菱餅を一生懸命に振り落していた。
 そこに、上から飛び降りてきた古代。
「まず1人脱落! お次は――」
「いい加減、帰るわ、よ!」
 鈍い音に砕け散る音。派手な水飛沫と衝撃が古代の後頭部から襲い掛かり、ふっとばされて雛壇に激突し、崩れ落ちた。もはやピクリともしない。
 口だけとなってしまった一升瓶を先ほどの恨みと言わんばかりに気絶しているミハイルに投げつけ、胡桃は仁王立ちで腕を組むと声高らかに宣言した。
「優勝、私! 以上!!」





 ハッと目を覚ました古代の後頭部が痛くて熱いが、冷たくて心地よくもある。
 身を起こしてみれば氷枕があり、自宅だった。
 すぐ隣で、濡れタオルが顔にかけてあるミハイルが、息苦しそうに寝ている。りりかは景品に用意してあったチョコを次々、口に運んでいた。
「起きた?」
「ああ――参ったね。まさか敗けるとはな」
「父さんが私に勝つわけないじゃない」
 そう言われて、そう言えばそうかもしれないなどと、今更ながらに思い至る。物理的には無理だが、目に入れても痛くない娘をどうこうできるはずがなかった――娘の方は殺意に溢れていたが。
 そんな古代の前に、一升瓶が置かれる。
「飲むんでしょ?」
「うむ、まあ……その前に、飾ったばかりだけどお雛様を片付けないといけないな」
「いいわ、片づけなくて」
 少しぬるくなった氷枕を持ち上げると、胡桃が背を向けた。
 その背中に「婚期が遅れるぞ?」と古代は声をかけるのだが、胡桃は少しうつむき、耳を赤くする。
「ずっと……ずっと、父さんの傍にいたいから――」




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb1679 / 矢野 古代      / 男 / 36/ / 武器は選べ      】
【ja2617 / 矢野 胡桃      / 女 / 15/ / 父さんダイスキー   】
【jb0544 / ミハイル・エッカート / 男 / 30/ / カッコイイのは最初だけ】
【jb6883 / 華桜りりか      / 女 / 14/ / チョコスキスギー   】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はい、お雛様の大きさの指定はなかったので、アドリブでこんなストーリーとなりました。予想をいい意味で裏切れたのならば、やった甲斐があるというものです。
ご満足いただけたら嬉しい限りですが、PCのイメージと違う等ご不満があればお申し付けください。
それではまた、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
MVパーティノベル -
楠原 日野 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月01日

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