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『To The One I Love. 』
ファーフナーjb7826

 バレンタイン。

 ではあるが、ファーフナー(jb7826)にとっては普段となんら変わらないただの一日である。
 朝、家のポストを確認するのだっていつもの日課。入っているのは新聞と、学校に関するなんやかんやの書類ばかりと。それらを朝食を摂りつつ目を通すのもまた日課だった。
 が。
 今日ばかりは、そうではないらしい。

『Happy Valentine's Day』

 等と書かれた小包一つ。けれどそんな文字<Happy>とは対照的に、ファーフナーは思わずと溜息を吐いた。手に取ってすぐに理解する。臭い、重さ、感触……どこからどう考えても爆発物だ。耳を近づければ「カッチカッチ」なんて、ドラマか映画の観過ぎじゃないかなんて音が鳴る始末である。
 さてどうしようか、なんて考えつつ、しかし焦る様子は一切ない男はふと小包の宛名に目を遣った。

『To The One I Love, R.A.Kauffman』

「……ふむ」
 その名には覚えがあった。
 それもその筈、己の名だ。アンダーカバー時代に使っていた偽名である。
 マフィアに潜入していた当時は、彼等の信頼を得る為に実に様々な悪事に手を染めたものだ。殺し、盗み、拉致、違法取引……そして手が黒く染まるほどファーフナーはあらゆる恨みを買っていった。そんな日々ばかり過ごしてきたものだから――心当たりが多すぎる。
(とはいえ……、もうかれこれ何年前の話だ?)
 人によっては恨みの根が深すぎるのかもしれないが。にしても、今頃になってわざわざ日本まで追ってくるとは、随分な執念である。
(そのわりに稚拙なやり口……恐らくは素人。一体誰が……?)
 犯人は様子を窺っているに違いない。そしてもし本当に素人ならば、放っておけば後先考えず学園に脅しをかけるなど馬鹿を始めるかもしれない――そうなれば非常に面倒臭い。厄介ではないが、面倒臭い。
 ならば誘き出し、かの犯人の正体を暴かねばならぬ。

(……その前に『コレ』の処理だがな)

 カチカチと音が鳴るチョコレートなんて、嗚呼、愉快だ。愉快すぎて溜息も出ない。
 道具は何処に仕舞っていたかな。捨ててはいない筈だけれども、埃を被ってはいそうである。







 取り敢えず起爆だけはしないよう簡単に手早く処理をして。爆弾処理なんて何年ぶりだ? 今朝から蘇り続ける「R.A.Kauffmanの記憶」に辟易しながら、ファーフナーは足早に歩いていた。
 春は近いがまだ冬の勢力が強い日、コートの中には件の小包が無言で蹲っている。ファーフナーが向かっている先は人工海岸だった。爆弾を綺麗に分解して一つ一つ分別して指定されたゴミの日に善良な市民らしく出すのも馬鹿らしいので(普段はゴミの分別ルールは守るけれども今回ばかりは話は別だ)、起爆装置は止めたこの『プレゼント』は海にでもくれてやるつもりだ。
 海は近い。冷たい潮風が正面から吹きつけ、ファーフナーは瞳を細める。

(さてどうしようか)

 本日何度目かの思考。斜め後方、尾行者の気配。隠しもしない視線と殺意。成程、「素人」と下した予想は外れていなかった訳だ。
 どちらにしても、放っておく事は出来ない。よくあるニュースみたいに街中で銃を乱射されても困る。無関係な誰かが死ねば後味も悪い。ましてや己の責任にされるのもお断りだ。
 なので、ファーフナーは唐突に路地へと曲がり入った。この辺りの地形は完全に頭に入っている。人通りの少ない、迷路の様な路地。土地勘の無い者ならあっという間に迷うだろう。
 ファーフナーが尾行者を撒くのに時間はかからなかった。彼が物陰から様子を窺えば、イラついた様子で周囲をキョロキョロ見渡す犯人の姿が彼の目に映った。

 金髪の若い女、白人だ。サングラスにコート。唇には赤いグロス。
 物騒にも隠そうともせず拳銃を持っている。だがヒヒイロカネではない。
 つまりは……アウル覚醒者ではない、ただの人間か。

(あの女……、俺の住所まで調べたという事は、久遠ヶ原学園に在籍している『覚醒者』だという事ぐらい知っているだろうに)
 あんな銃<モノ>、覚醒者の前では豆鉄砲にもなりやしないのに。爆弾ならばそうはいかないが、それもあんな拙い手口では。
(覚醒者である事を知っていて尚、俺<R.A.Kauffman>を殺しに?)
 それだけ殺意が高い、憎んでいるという事か。
(……俺はあの女に何をしたんだ?)
 ファーフナーはあの女に見覚えが無い。彼がR.A.Kauffmanだった時代を考えれば、当時彼女はまだほんの幼い子供である筈だ。……遠目で見ているのと、女は化粧で化けるという事もあるけれど。とはいえ、何処ぞのマフィアの愛人という訳ではなさそうか?
(なんにしても、)

 遊びに付き合うのもここまでだ。

 スルリ、影の様に動き出したファーフナーはあっという間に犯人の背後。
「その銃では殺せない」
 彼のその声で犯人が気付いた時にはもう、彼女の手に銃は無く。
「っッ!」
 驚きと反射、飛び退いた女がR.A.Kauffmanを見遣った。彼は手の中で奪った銃をクルクル回しながら、飛び退いた拍子にサングラスが外れた女の顔を眺めていた。
 冷たい印象を受けるアイスブルーの鋭い瞳。顔立ちとしては女性らしく整っている。化粧ではなく本当に若いようだ。そしてやはり、ファーフナーは彼女に見覚えなどなかった。
 そんなファーフナーの視線の先、女の青瞳が驚きから憎悪に変わる。数歩後ずさる足が物語るのは恐怖。人間がバケモノを前にした時に向けるそれだ。良く知っている。
「あんたは母さんの仇だ」
 震える唇で吐き捨てられたのは憎悪の詰まったそんな言葉。女にはもう武器は無く、覚醒者に素手で抗うのも不可能で。精一杯の怒りを視線でぶつけるや、彼女は踵を返して走り去った。

 その、ほんの刹那に――ファーフナーは目を奪われる。

 冬風に翻った金に揺蕩う長い髪、そこから覗く白い横顔、長い睫毛。
 フラッシュバックする記憶。見た事がある、記憶。

 ――かつて愛した女の面影。

 セピア色から掘り起こす。目だけは少し違ったけれど。そうだ。あれは。世界でたった一人、最初で最後、己が愛した、愛してしまった、『彼女』の横顔……。
「まさか、な」
 浮かんだ思考を振り払う。思い出したくない血生臭いビジョンまで這い上がってきそうで。
 そうして我に返った時はもう、女の姿はそこにはない。追いかけようかとも一瞬思ったが、ファーフナーの足は鉛の様に重たくて、何故かその場から一歩も動けなくて、結局は諦めた。
 女が落としたサングラスを拾い上げる。そこに反射して映った己の目と、視線が合った。

(……まさか、な)

 脳内で反芻する言葉。風が吹く。冬の風は冷たい。冬の冷たさは好きではない。良い思い出が無いから。溜息を吐いた。何度目だろう。まだ白い。瞬きを一つ。どうやらここは夢ではなく現実のようだ。

 結局、犯人は何だったのか分からず仕舞い。己が犯人の母親の仇である事だけは分かったが。
 彼女はまた来るのだろうか?
 また己を殺しに、稚拙な武器を振り上げるのだろうか。

 などと思うけれど――根拠の無い直感がファーフナーに告げる。もう彼女に会う事は二度とないと。会う事は出来ないと。分からないが、そんな気がする。

 思いを馳せて辿り着いた人工海岸。整然と並んだテトラポット。ファーフナーの手の中には「ハッピー」だなんてバレンタインを祝う小包があった。
 少し振り被り、テトラポットの向こう側までそれを投げる。弧を描いたそれは呆気なく、控えめな飛沫を上げて海の中に落ちていった。浮かんでくる事はなかった。
 踵を返し、男は告げる。独り言つように。

「さようなら」



『了』



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ファーフナー(jb7826)
MVパーティノベル -
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エリュシオン
2015年04月01日

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