『Chase the Chocolate！ 』

小野友真（ja6901）＆加倉　一臣（ja5823）

●
　３月も半ばを過ぎて、昼間の気温こそ緩んでいるが、夜は未だ冷える。
「書類整理だけでも疲れるなー……」
　コキッと首を鳴らし、小野友真は目を伏せる。
　淹れたてコーヒーの香りが、キッチンを満たしていた。
　年度末進行も抱えた恋人の、仕事の手伝いをしてみたけれど、予想以上に大変なもので。
　それもようやく落ち着いて、一息つこうかと立ち上がったところ。
「お疲れさん、コーヒー入ったで」
　短いノック。カップ二つを手に、友真は仕事部屋のドアを開ける。
「…………」
「一臣さん？」
「……………………」
「あかんやつやった。生きとる？　起きとる？」
　デスクに伏した加倉　一臣の口の端から、魂のようなモノがはみ出している。慌てて友真はその肩をゆすった。


「お疲れさーん」
「ん、サンキュな」
　今年はしぬかと思った。
　息を吐き出す一臣の頭を、友真がぽふぽふ撫でて労う。
　コーヒーカップでの乾杯は昨年と同じだけれど、今年は友真にも手伝えることが増えた。少しでも、大変さを肩代わりできてよかったな、と思う。
「一臣さんが忙しいと寂しいけど……だったら、一緒に仕事したらええやんなっ」
　普段のデザイナー業そのものは無理だとしても、書類整理だったり資料の準備だったり。

　遊んでると楽しい。
　構ってくれなきゃ拗ねる。
　一緒に居られるだけで嬉しい。

　友真はそう感じるから、『一緒に居られるため』の方法をアレコレ考える。
　ただ待っているだけ、見守るだけ以外の選択肢を模索する。
「友真の、って言うと……　バレンタインが、クライマックス過ぎたな」
「科学室特製のヤツな……。愛情が暴走したアレな……」
　どちらからとなく、笑いが零れた。
　


●恋するバレンタイン〜俺（の作ったチョコ）を捕まえて・2015〜
　それは、２月のことだった。
　久遠ヶ原学園バレンタイン事情に激震が走った。
　激震というより、チョコレートが走った。
「一臣さーん、見て見て開けて開けて食べて食べて、俺からの想いチョコー！！」
　なんでも『移動力が上がるチョコ』なのだそうだ。
　帰宅すると、友真が頬を紅潮させて両手ほどの大きさの箱を差し出した。
　ダークブラウンの包装紙に、ワインレッドのリボン。大人な雰囲気のラッピングだ。
「ぎっしり、愛を詰めましたからね！」
　鬱憤ではありません。愛です。
「じゃ、俺からも」
「えっ」
「ちゃんと、用意してたよ。渡すタイミングがな、どうも」
　家で渡すか、学内で渡すか。
　一緒に暮らしていて、昨年の秋からは友真も大学部へ進学し、棟も同じになったわけで。
　撃退士以外の仕事が忙しくなっていた一臣だから、大切なイベントごとといっても行動の縛りが増えていた。
　それでも、こうして準備していて、考えていて。
　嬉しくて照れくさくて、友真がふふふと笑う。
「嬉しいな！　じゃ、せーので開けよ？」
「オッケ」
　しゅるり、リボンをほどく。
　長い指先でテープをはがし、包装紙を綺麗に外し、箱を開ける、チョコレートが走る。
「待って。最後待って」
　友真が用意したのは、思い出の2013年・ウェディングイベントで一緒に乗った車のミニチュア。それに、上品な香りのラム酒ボールチョコを二つ乗せたもので。
　ミニチュアカーは実際に走るものを選んで、机の上で走らせて一緒に遊ぼうって思っ、　思……
　友真の用意したミニチュアカーと、一臣の用意したチョコレートが仲良く並んで走り出した。
「…………」
「…………」
「いや、放っとくわけにはいかんでしょ！」
「ハッ」
　おちょくるように、チョコレートが運転するミニチュアカーが二人の間をすり抜けて走ってゆく。
　あまりに予想外の事態。
　茫然としていた両者だが、友真が先に我へ返った。全力ダッシュで追い始める。
「おーい、友真。全力移動より、……俺たちはこれだろ？」
　小回りの利くボディを最大限に駆使するチョコレートに翻弄される恋人へ、一臣がウィンク一つ。愛用の狙撃銃を構えて見せた。
　くるり、友真が振り返る。無言の半眼。
「あ、砕けますよね。ハイ」
（追いかけるから逃げるんじゃないのか……？）
　どうもチョコレートに遊ばれている感が否めない。が、追掛けるしかないのだろう。
「よっし、元陸上部員の脚力を見せてやるぜぇ！」
　結局は一臣も全力ダッシュ。
「あいつらの移動力って俺らの何倍……？　やだめっちゃ凄い、あいつに乗って移動出来たら超っょぃ」
「『走ること自体が間違ってる！』と述べる生徒が少ない久遠ヶ原、マジ魔窟だよな」
「一臣さんから貰ったやつと一緒に走る俺チョコ、イケメンやないです？」
　決して広くない室内なのだが、走れど走れど追いつかない、既に三周半のリードを許している。
　ふっと、友真が遠い目をした。
（……追いかけられてやんのあいつ……）
　一臣さんに、あんな真剣に。
　去年はオランジェットに嫉妬しましたが、今年は自分で作ったチョコに微妙な気持ちになるとは思いませんでした。
（俺が貰ったチョコまで連れて、何逃げてくれてんの逃がすと思ってんのかこの野郎……）
※相手はチョコです
「なーんて、直線で追掛けるから追いつかないんだよな」
　一臣が、そこで反転。
　同じところを走りながら、床へ僅かにトラップを仕掛けておいた。ミニチュアカーにとって、小さな段差こそが脅威となる。
「さ、俺の胸へ飛び込んでおいで」
　キラリ、背景に星を飛ばし、イケメンスマイルで一臣は腕を差し伸べる。
　ちょうどジャンプ台となるはず――

　まさかのドリフトターン。

「行場のない手をどうしたら」
「前進守備でこっちも詰めとるで！　任せーぃ！！」
　ダイビングキャッチとばかりに横っ飛びをする友真の、指先を掠めてチョコレートは駆け抜ける。
　記録はエラー。
「遊ばれてませんかこの野郎」
　……ゆらり、立ち上がる友真の背に、黒いアウルが立ちのぼる。

「止まれボケェ！　お前は俺のモンやろがァァ！！！」
※相手はチョコです

　その体からは想像のつかぬ、鬼気迫る一喝。
　さすがの一臣も、笑顔のままで凍り付く。
　チョコレートたちも、飛びあがって硬直した。
「わかったなら、おとなしゅうせぇ！　手ぇ焼かすな！」
　ぽぽぽい、友真が残さず全て、サクサク捕縛。
「……一臣さん」
　回収を終えて。
「走り回られたけど……、これ食べていい？　逃げるならば尚の事、俺の血潮にしておかねばなるまい……？」
　ハイライトの消えた瞳で問いかける友真へ、一臣が持ちうる答えは一つだった。

「あ、はい、召し上がっていただければ嬉しく……！」



●
「衝撃的やったなー」
「ほんとに」
　色々と思い出し、一臣は遠くを見て笑った。
　あんなバレンタイン、きっとこの先にもないだろう。
「なぁ一臣さん。もしも俺が全力で逃げたら、あんな真剣に追っかけてくれる？」
　カップを両手で握りこみ、友真がヒョイと恋人の顔を覗き込む。
　無邪気な質問だが、日頃抱えている寂しさの裏返しにも思えた。
　そうだな、と一臣はコーヒーを一口飲んで考え込む。ストレートに答えたって、面白くないだろう。
「罠に落として捕獲かな……。タコ焼き屋の屋台を開く、傍らにはコーラをケースで詰む」
「あ、それめっちゃ引っかかる。なにそれ悔しい」
「で、屋台で焼きたてのタコ焼き食べてコーラ飲んで乾杯。完璧なプラン」
　自分で屋台で焼けちゃうんだぜー。
　それはきっと楽しいやつ。
　論点がずれている気もするが、きっとそれが二人の答えなのだと思う。

　友真が、全力で一臣から離れるなんてことも、
　一臣が、大人しくそれを是とすることも、
　ビジョンとして見えてこないのだから。

　力づくで止めるより、好きなものを一緒に分かち合うよう努力する方が、よっぽど『らしい』。
「あ。ストックのクッキーも食べよ、食べよ」
　コーヒーのおかわりとお茶請けお菓子を取りに、パタパタと友真が立ちあがった。
　その背中を見遣って、一臣は心にジンワリと温かいものが広がるのを感じていた。
（忙しくって、遊びに行くどころか一緒の時間を作ることもなかなかできなかったけど……）
　一緒に暮らし始めて、距離が近くなるということ。
　距離が近いからこそ、『遠く』感じさせてしまうだろうこと。
　一臣なりに、申し訳ないと思っている。
　拗ねてみたり、寂しがったりしながら、それでも友真は待ってくれている。愛想を尽かさずにいてくれる。
（……逆らえないなぁ）


　太陽のような笑顔。
　追掛けているのは、いつだって。
　ねぇ？




【Chase the Chocolate！　了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5823／　加倉　一臣　／　男　／２８歳／　トラップ派】
【ja6901／　小野友真　　／　男　／１９歳／　追いかける派】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました！
明るくコメディタッチのバレンタイン＆穏やかなひと時、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。

ＭＶパーティノベル

佐嶋　ちよみ

エリュシオン

2015年04月02日