▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『花の跡 』
小野友真ja6901


 春が、近い。


 どこかの家の庭先で、辛夷の花が匂う。
 桜の花が咲くまでは、まだ少し。
 冬を抜け、早咲きの花々が存在を主張し始める頃。

「天気予報では、このあと雨やゆうとったけど…… こんなに晴れとるのにな?」
 愛用のビニール傘を手に、小野友真は小首をかしげる。
 窓を開けたら花の香りがして、心をくすぐられて行先不特定のブラリ散歩に出向いたところ。
 見上げた空を、野鳥が飛んでゆく。薄い雲が風にちぎれてゆく。
「平和やー……」
 穏やかな陽光に、すぅっと目を細めれば、建ったままでも眠れそう。なんて。思っていたら。

 ――一筋の雷光

「え」

 ぱら、
 ぱらぱら、
 雹が降り始める、痛い。
「ちょっ、ええええ、雨やないん!?」
 避難場所、避難場所!
 友真は慌てて、古びた商店の軒先へ逃げ込む。
 とん、と先客にぶつかり、慌てて顔を上げた。
「あっ、すみません、止むまで少し――」
 春物のトレンチコート、営業回り中のサラリーマンかと思えば……
 記憶に深く刻まれている、紫の瞳がそこに在った。




「大学生! 学生証! です!」
 この機を逃してなるものかと学生証を突きだす友真へ、米倉創平は口元に手を当てて顔を背けた。
(えっ)
 ドン引き?
 勢い余りすぎたかもしれない、
 サッと青ざめるが、よく見れば米倉の方は小さく震えている。
「それは…… 良かったな。おめでとう」
 声も。
「笑ってくれて、ええんですよ……」
 笑いをこらえているのだと気付いて、友真は菩薩のような笑顔を浮かべた。
「次会えたら、まず最初に答えようってずっと思ってたん! 米倉さん、聞いてくれたでしょ?」
「よく覚えているな」
「それは、もちろん。……大学て、どんな勉強するんやろ」
 胸を張り、それから付け足した最後の一言に、米倉は改めて咽こんだ。
「米倉さんは、推薦入学ゆうてましたよね。小さい頃から賢くて、周りより出来てしまう感じでした?」
「まさか」
 ばらばらと、雹がトタンの屋根を打つ。その音に、自嘲めいた米倉の声は紛れた。
「賢ければ、レールは自分で敷いただろう」


 たとえば。
 米倉が言葉を切りだす。
 雹は止み、曇天は晴れ、眼前にはどこかの中学校らしい門が存在していた。
「この程度までなら、自宅でも充分に学力は付けられる。学ぶべきものは、他が主体だったと、今なら思えるが」
(えーと……小学生の頃から塾通いで)
 冬の会話を思い出す。
 米倉が、この校門をくぐっていた頃には既に『レールの上』だったというのか。
「それでも、今の知識を持って過去へ戻ったとしても、きっと同じことを選んだだろうな」
 そういう風にしか、生きられないように生きて来たから。
「自分で何でもやっちゃうイメージがありますね……。役目とか、押し付けられたんと違います?」
「放課後の文集作りのことか」
 めっちゃ目に浮かぶ。どうしよう。
「そん時、傍におったらなー。俺、絶対手伝うんやけど!」
「一人の方が早い場合もあるし、まあ就職先でも活かせた。悪くは無かった」
「また! そういう!! 断るのが面倒だし大した手間でもないからとかゆうて、サクサクやっちゃって、みたいな! 悪循環!!」
「……その思考パターンで行くと、俺の人生は小学生の段階でほぼ確定しているようなものなんだが」
「なんねんかん、ぶんしゅうつくりつづけとったんですか」




 晴れたことだし、と踏み出せば、季節には早い桜の花びらがひらり降ってきた。
 ひらり。ひらり。
 それは雪のように量を増し、嵐のように視界を遮り――……


 賑やかな、春の公園。
 子供連れの若い母親、犬の散歩をする男性、ランニングをする若者――命の芽吹きが、そこかしこに。
「あったかくて、ええとこですね」
「人として生きていた頃、一番憎んだ場所だ」
「え」
「八つ当たりだ」
 遠くには、噴水も見える。
 こんなにも楽しそうで。明るくて。何ということが無くても、気持ちが浮上しそうなものなのに。
「屋内で、花火の音だけを聞いたことがあるか?」
 ふと、米倉は話題を変える。
「見えなければ、騒音にしか過ぎない。楽しげな声も、匂いも、全て」
「……」
「この公園は、そういったものの塊だ。春も。夏も。秋も。冬も。人は絶えず訪れ、楽しそうに憩う」
 近くに住んでいたのだと、それから続けた。
「自分の意思を前面にしたのは、あれが初めてだったのだろうな」
「仕事を、辞めはった時です?」
「ああ」
 ――トラブルを起こした。
 深くは触れず、米倉は短く言った。
 10年以上、勤めた会社だった。理不尽にも慣れたつもりだったが――それでも、擦りきれる程度の心は、持ち合わせていたようだ。
「……理由が気になるか?」
「えっ、いや、そんな、プライベートな」
「顔に出ている。まあ、話せたことじゃない。くだらないことだ。くだらなくて――それが、限界だった」
(地道に努力して、地味な仕事も引き受けて、積み重ねて、そんで)
 それは――……
「使徒になってからも、あんまり変わらない感じです?」
「そちらは辞めなかったがな」
 米倉の口元に薄く笑みが浮かぶ。どこか悲しい、と友真は感じた。
(俺が、傍におったら。皆でやろーて、わーって、それも楽しい事の1つにして……)
 何処かで、接点があったなら。そう思う。
(怒らしたり呆れたりされつつ、最後には笑ってくれるような、そんな、そんな……)
 それは、きっと楽しいはずだ。
 擦り切れる前に、心に元気を注入して、くだらないことに落胆するんじゃなくて笑う活力に変えて、そんで、

 ――だって。
 こんなに、外は暖かくて。
 周りの誰もが幸せそうで。
 色とりどりの花が咲いて。
 なのに、全てに蓋をして、背を向けて、憎んで、閉じこもって居た?

(悲しい)
 彼が選んだこと。戻っても、きっと繰り返すだろう過去。
 使徒になって悔いはないと、いつだってこの人は言うけれど。
「小野? ……泣いているのか」
「くやしい」
(沢山、俺に刻んでおきたい)
 人間を諦めたから、使徒を諦めなかった。
 そんな歩みのようにも、見えた。
 自ら敷いたレールを、全うしたのだと。


 桜の花弁が降る、雨のように降る、それはやがて本物の雨となり頬を打つ。雨と涙が入り混じる。
 米倉は手を伸ばし、友真が握っていたビニール傘を開いた。
「濡れるぞ」
 何を考えて涙しているか察しているのだろう。そこへ、彼が何を言えるでもなかった。
「……米倉さん」
 ず、鼻をすすり、涙声で友真は問いかける。
「もっと。色々、聞きたいです。知りたい。あと何回こうして会えるんか分からへんけど、会える奇跡があるうちは次もまた、――」
「…………物好きめ」
 笑い交じりの声が、耳元で響く。
 風が唸る。
 雨粒が激しく傘を打ち付け、全ての感覚を麻痺させる――




 古びた商店の軒先で雨宿りをしていた友真は、晴れた空をボンヤリ眺めた。

 
 春は、近い。
 京が封じられた時から、三年の月日が経とうとしている。




【花の跡 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja6901/ 小野友真 / 男 /19歳/ 自由な道の上】
【jz0092/ 米倉創平 / 男 /35歳/ 選んだ道の果て】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
米倉主体のお任せノベル、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
MVパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月02日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.