▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『The Valentine's Chase 』
ファーフナーjb7826)&小田切ルビィja0841


 無言でディスプレイを睨んでいた小田切ルビィが、お手上げとばかりに天井を煽いだ。
「うーん……さっぱり分からんな。あのオッサン、一体何者なんだ?」
 画面の片隅で、苦虫を噛み潰したような顔のオッサンがほんの少し口角を上げたように見えた。ルビィはそれに小さく舌打ちする。
 オッサンとはファーフナーのことである。
 数々の依頼で共に死線を潜ってきた撃退士。ただそれだけ。そんな奴なら、学園には他に幾人もいる。
 ルビィにとってファーフナーは必要以上に深入りする相手でもなく。ただ何かの折にその深い皺、広い背中に垣間見える尋常ならざる雰囲気が印象に残っていただけだった。『危険な匂いはするが、戦いでは頼りになるオッサン』、それ以上でもそれ以下でもない。向こうも恐らくはそうだろう。
 だが幾度か顔を合わせるうちに、少し引っかかっていた程度の興味が、いつしか押さえようがない程に膨らんでいたのだ。
 それはルビィ自身がジャーナリストを志望していたためかもしれない。
 人にはひとつやふたつ、知られたくない過去がある。それは重々承知しているのだが。
「妙に用心深かったりするしな……やっぱ、元はどっかの組織の殺し屋とかだったり?」
 依頼で見せた隙のない挙動を思い出し、ルビィの心臓が高鳴る。
「女っ気はなさそうだが、かといって女が全くダメってわけでもねえ感じもするし」
 ルビィの妹が妙に懐いているが、ファーフナーはそれを本気で嫌がっているようでもない。
「そもそもなんで、オッサンが学園に来ようなんて思ったんだ。あのウデがありゃ、フリーランスでも何でもやってけそうなもんだろ」
 腕組みして唸る。
「まさか……ボスの愛人と一緒に駆け落ちして、組織に追われてるとか?」
 色々な妄想が浮かんではまた消えていく。
 妙に渋い写真の額辺りを見つめながら、ルビィがニヤリと笑った。
「やっぱ一度、調査してみるか」
 何、これは将来の為の練習のようなものだ。
 思い立ったが吉日。ルビィは取材道具をかき集めて鞄に詰め込む。
「えーと、この時間のオッサンは……と」
 ルビィは直ぐに出て行こうとして、このまま遭遇すると突撃取材になることに気付いた。
「……流石にまずいか」
 ニットのキャスケットを目深にかぶり、束ねた長い髪を隠すようにジャケットを羽織る。サングラスもかけた。これはこれで目立ってしまうのだが、逆に堂々としていればラフな大学生風になる。少なくとも普段のルビィの雰囲気とは違っているはずだ。
「よし、行くか」
 こういう準備が既に楽しいのだろう。ルビィは意気揚々と部屋を出た。


 斡旋掲示板には、めぼしい依頼は見当たらなかった。
 ファーフナーは受付辺りを眺める。斡旋所を訪れると突発的な依頼に遭遇することも多い。そしてそういう依頼は大抵緊急で、危険で、実入りがいい。
 だが今日の受付は平和そのものだった。
「まあ、平和ならそれはそれでいいのかも知れんが」
 ファーフナーは肩透かしを食らったような気分で、煙草を咥えた。
 ふと、背中に感じる視線。
 ゆったりとした動作で煙草に火をつけながら、ファーフナーは神経を研ぎ澄ます。
 この学園に居る間は、突然命を狙われるようなことはまずない。かつて彼が生きていた場所に比べれば、刑務所並に安全だ。
 傍のガラスに背後が映る。掲示板を囲む学生達。そのひとりの背格好には見覚えがある。
(アイツか、妙な格好して何やってんだ?)
 ルビィ、残念ながらバレバレだった。
 それでもファーフナーは深く気にせず、踵を返す。
 依頼で同行する訳でもなし、今は特に用も無いからだ。

 だが暫くして、ファーフナーは妙なことに気付いた。
 試しに歩くスピードを少し早めたり、遅くしてみたりする。……ルビィはずっとついて来る。
(何だ?)
 用があるなら声を掛ければいいものを。
 そう思いつつ、角を折れる。数歩入ったところで傍の壁に片足をつき、靴紐を直す振りをしながらさっき歩いていた通りに意識を向ける。……ルビィが通り過ぎていった。
(何なんだ、アイツは)
 通りに出ると、そこにルビィの姿は無い。
 だが歩いていると、いつの間にか背後に気配があるのだ。
(アイツ、俺を尾けてるのか!)
 かつて、生死を賭けた追いかけっこをしていたファーフナーから見れば、微笑ましい程に露骨な尾行だった。
 それも仕方がない。撃退士は事件が起きた場所へ出動することがほとんどで、日常生活で襲われることはまずないのだから。
 普段なら鬱陶しいと撒くところだが、ファーフナーの中に珍しく悪戯心が湧いてきた。
 少し考え、今日はバレンタイン・デーだと思い至る。小さな笑いを噛み殺しつつ、とあるストーリーを練り上げた。
(頑張ってついて来いよ)
 ファーフナーは軽い足取りで歩きだす。


 ファーフナーを追いながら、ルビィは襟元に仕込んだマイクに経過を語る。携帯のレコーダーに記録し、後で整理するのだ。
「対象の移動を確認。これより追跡を開始する。調査報告その一。対象は明らかに、いつもより足取りが軽い」
 ファーフナーの姿がある店に消えた。
「対象は理髪店に入った。髪を整える模様」
 辺りを見回し、理髪店が見える小さなコーヒーショップに入る。その窓際の席で店内を観察。
「対象、意外と髪型に凝っていた模様。襟足をもう少し短くするよう追加注文」
 それから髭をあたり、ブローまでしっかり。
 勘定を終え店を出てくるファーフナーを確認し、ルビィも急いで席を立つ。

 次に立ち寄ったのは大人びた雰囲気のある洋品店。ルビィの格好では浮いてしまいそうな店だったので、またもや少し離れた本屋から観察する。
 ファーフナーは吊りのサマージャケットと明るめの色合いのスカーフを買い求めるとその場で身につけ、店員に形を整えて貰っていた。
「おいおい、オッサン……どうしたんだよ、随分とめかしこんで」
 思わず素の発言が漏れる。
 ルビィはファーフナーのいつもより軽い足取りを思い返し、ある結論に達した。
「まさか……これから誰かと会うのか!」
 誰かとは言うまでもないだろう。ルビィ、世紀のスクープの現場に立ち会うか!?

 店を出て時計を覗くと、ファーフナーは足を速めて歩き出した。反対側の道路を並行して歩きながら、ルビィも後を追う。
 ファーフナーが足を止めたのは、なんと花屋の前だ。
「え……」
 流石のルビィも驚いた。ファーフナーは真っ赤なバラの花をシックなリボンで束ね、軽く肩に担いで歩きだしたのだ。まるで映画俳優の様に。
「どうしちまったんだよ、オッサン……いや、もしかしたら俺が知らなかっただけで、プライベートは案外派手だったのか?」
 夕暮れが迫り人の多くなった通りを、ルビィはファーフナーを見失うまいと必死に追う。


 ファーフナーは危うく鼻歌を歌い出すところだった。
(よしよし、しっかりついて来いよ)
 可哀そうに。弄ばれているとも知らず、けなげに追って来るではないか。
 一見斜に構えているようで、敵に対しても身内に対しても、真っ直ぐ向き合うルビィ。
 それなりに複雑な生い立ちらしいのに、赤い瞳は前を見つめて情熱的に輝いている。
 ――自分とは大違いだ。
 何処か羨ましいような気持ちと、珍しい物を見る気持ち。
 恐らく探偵ごっこにも、彼なりに真面目な理由があるのだ。
 彼の将来の夢。相手を深く知り、その人生をも映すように写真に収めること。
 その真摯な想いを垣間見たからこそ。
(頑張れよ、若造)
 ファーフナーはこの追いかけっこに、付き合ってやろうと思ったのだ。


 看板にはけばけばしい文字が踊り、店先の照明は妖しく点滅している。
(おい、ここは……)
 ルビィは帽子をかぶり直した。
「あら〜ボウヤ、迷子? ママなら一緒に探してあげよっか?」
「やだー、そう言って変なとこ連れこんじゃうんでしょ」
 女たちの笑い声がけたたましく響いた。歓楽街の真ん中で、青年は途方に暮れる。
(オッサン何処へ消えちまったんだ?)
 この界隈でファーフナーの姿が消えてしまったのだ。
 様々な修羅場を潜ってきたルビィだが、このような場所にお世話になる歳でもない。
 どの店も小さな入口に店員が控えていて、仮にどの店に入ったか分かっても、中の様子は窺えない。
「今日はここまでか……クソッ!」
 悔しげな呟きが漏れる。どうせならあの花束を渡した相手を確認したかったのに!
 帽子を取り握り締めたルビィは、突然背後から聞こえた声に身体を強張らせた。
「Hey, what’s up, man? 何かスクープは撮れたか?」
 振り向かなくても分かる。この声は……。
「オッサンこそ、こんな所で何やってんだ?」
 観念してルビィが振り向くと、視界がバラの花に塞がれた。
「何、情熱的に追っかけてくるブン屋さんに、ちょっと激励をと思ってな」
「……チッ、バレちまってたか」
 ルビィに花束を放り投げ、ファーフナーが小さく笑った。
 それは僅かに口角を上げただけの笑いだったが、彼が長年築き上げてきた分厚い壁を超えて、外に出て来たもの。
 本来尾行には過去を思い出し、強烈な不快感を感じる筈。今、こうしてルビィをからかっている余裕のある自分が不思議で、またどこか恐ろしくすらある。
 だが、悪い気分ではないのは確かだ。
「こっちの戦場は、まだまだ修行が必要みたいだな」
「そのうちにしっかり現場を押さえて見せるぜ!」
 挑むように笑う若者の目が心地よい。
 誰かに興味を持つこと、誰かに興味を持たれること。それを拒み続けて来た男の心に、赤い瞳は暖かな光を投げかけてくるようだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb7826 / ファーフナー / 男 / 52 / 疑惑の男】
【ja0841 / 小田切ルビィ  / 男 / 19 / 尾ける男】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせしました、『バレンタインに男2人で何やってんの』ノベルのお届けです。
今回はお二人の意外な一面が見えたようで、とても楽しかったです。
ご依頼、誠に有難うございました!
MVパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月03日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.