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『さすらいびと 〜師匠と弟子〜 』
エアルドフリスka1856)&ユリアン・クレティエka1664

 時が満ちれば旅立たねばならぬ宿命。
 地に根ざして生きる事と引き換えに、自由と漂泊のさだめに導かれし者たち。
 彼らはさすらいびと――世界の全てが、彼らの大地。

 ***

 窓を閉め切った部屋には、薬草の匂いが漂っていた。
 商品の変質を避けるため常に薄暗い、とある宿屋の二階。冒険都市リゼリオにある其処は、薬師の間では知られた薬局のひとつである。

 閉まった窓の隙間から陽光が差し込む店の奥で、エアルドフリス(ka1856)が火の点いていないパイプを咥えていた。
 咳が出て辛いものの急な階段の上り下りはもっと辛い――という、遣いを終えたユリアン(ka1664)が語る青果店主の母親の話に、彼は真摯に耳を傾けている。
「気遣わなきゃいけない相手に気遣わせてしまっていたとはねえ」
 若い、ましてや冒険者でもある彼らには何て事ない階段も、身体のあちこちに不調を感じる患者にとっては大変な身体活動となる。青果店の老婆のように、移動の難から通院を諦めた患者がほかにもいたかもしれないと考えると、薬師として辛い。
 悪い事をした。そう呟きつつ、エアルドフリスは窓際へ近づいた。
 建物の隙間から差し込むあたたかな陽射しに誘われて、ほんの少し窓を開ける。風に乗って花の香りが入ってきた。
 窓の下には鉢植えの花々。宿屋がある商店街の店々で鉢植えを飾っているものだから、視界のあちこちが花で彩られている。
「春らしい、いい天気だ」
 穏やかであたたかな、何とも気持ちの良い春の日であった。
「昼寝日和だねえ」
「エアルドさん、俺がおばあちゃん連れて来るまで寝ちゃ駄目だよ」
 ユリアンは慌てて返した。
 師匠の知識や経験は尊敬しているが、三大欲求にすこぶる弱い壊滅気味の生活態度だけは信用ならない。
 常に眠たげな灰色の瞳を更に細める師匠に釘を刺すと、エアルドフリスは意外そうに目を見開いて窓際に腰掛けた。
「寝ないよ、今から往診に行くからね」
「え? 往診?」
 そんな予定、あったっけ?
 記憶を辿るユリアンに、エアルドフリスは当然のように外出の支度を始めた。
「そう、往診。ゆえに此処はお休み」
 上着と『午後休診』の札を手にユリアンを促す。師匠の意図するところに気付いたユリアンは笑顔を見せた。
「ありがとう、エアルドさん」
 一存で往診の約束ができなかった弟子は慌てて戸締りを済ませると、師匠から受け取った休診札をドアに掛けた。

「うん、気持ちのいい天気だ」
「エアルドさん、外に出たかっただけじゃ‥‥」
 それもある。なんて遣り取りをしながら師弟は宿屋の外へ出た。
 花の手入れをしていた宿屋の亭主に声を掛けて狭い路地を抜ける。表通りに出ると、そろそろ夕飯の支度を考える奥様方が買い物に来はじめていた。
 検診の名目で目の保養に訪れる奥様方は気さくで遠慮がない。
「あ、先生。今日も休診?」
「明日の午前は開けといてよ、子供の歯がぐらぐらなんだわ」
「あんたんちの坊は、そろそろ生え変わりの時期じゃなかったかねえ。ま、明日来ておくれな」
 女性陣を軽く受け流して、エアルドフリスは急ぐ風もなく歩を進める。
 ちょっと古めかしい口調、掴みどころのない佇まい。上着のポケットに両手を突っ込んだ、ちょっとだらしない恰好で歩く様子は口調も相まって実際の年齢より老けて見える。
「‥‥‥‥」
 薬草籠を抱えて前を行く師の背を追っていたユリアンは、彼が何か呟いたのに気付いた。
「エアルドさん、何?」
「‥‥ああ、何でもない」
 ひらひらと振られる手は、そのままご近所さん方への挨拶へと転じ。
 だからユリアンは再度聞き返しはしなかったのだが、エアルドフリスがぽつり呟いたそれは、さすらいびとならではの感慨であった。

 ――この街にも慣れちまったなあ――

 ***

「ありゃ、先生が来ちまった。バアさん、先生だ!」
 恐縮する青果店の親仁に奥へと通して貰い、エアルドフリスとユリアンは親仁の母親を見舞った。
 幸い、青果店の老婆の咳は一過性のものであった。
「このところ寒暖差が大きかったですし、喉も少し乾燥していますね。ユリアン、痰切りの効果がある薬草を」
 ユリアンは、荷からエアルドフリスの要望に応じられる薬草を見分けて出した。一瞥し頷いた師の反応にユリアンは選択が正しかった事を知る。これも薬草学の勉強のひとつだ。
「これを煎じて、咳が気になる時に飲んでみてください。喉を潤してくれる薬草です」
 ユリアンに一服煎じさせて患者に与えると、薬湯を啜った老婆の唇から感謝の言葉が漏れた。
「先生、お兄ちゃん、ありがとねぇ」
「いえいえ、お歳を召せばどうしても喉が乾燥しやすくなりますからね」
「おばあちゃん、良かったな。暖かくしてお大事に」
 大事なかった事に安堵して、二人は患者の許を辞した。
 接客中の親仁に一礼して店を出る。肩にケープを纏い、老婆がわざわざ店先まで見送りに来てくれた。
「足りなくなったらユリアンに言付けてください。いつでも届けに来ますからね」
「うん、いつでも来るから。親仁さん、後でまた」
 それとなく、いつでも往診するから気遣いなくと匂わせて、二人は青果店を後にした。

「しかしいい天気だねえ、こんな気持ちのいい天気に外に出ないのは勿体無い。いや、俺じゃないよ?」
「そうだね。俺、今度おばあちゃんを散歩に連れ出してみるよ」

 本音を患者にすり替えて言い繕うエアルドフリスの様子に笑いつつ、ユリアンは話を合わせて応える。
 折角午後を休診にしたのだからと、二人は宿へ戻るのを少し延ばして散歩を続けていた。
「先生、若先生、お散歩かい?」
 行く先々で、顔馴染みの皆から声が掛かる。
 どこか人目を惹く二人という事もあったが、それ以上に二人は年配者の多いこの街にとって必要不可欠な存在となっていた。
「ここで先生に会ったってぇ事は、今日は休みか」
「小父さんまた呑み過ぎましたか? 道具は持ち歩いていますから此処でよければ診ますよ」
 重篤な状況でないお馴染みさんには簡単な臨時診療を行ってみたり。
 引っ切り無しに話し続け陽気かつ臨機応変に対応する師の様子を、ユリアンは尊敬を以って蒼の瞳に焼き付ける。
(この人の、湧き出る言葉と知識を、俺はどれ位汲み取れるだろう‥‥)
 一緒に居る内に気付く事だってある。
 生活面の駄目っぷりとか仄暗い気配とか時折垣間見る事もあるけれども――それでも、尊敬の念は変わらない。
 背を追うユリアンの前を行き、種を蒔き続けるひと。薬師としても、男としても、眩しいほどに遠い目標。
(俺は、それらをどれくらい連れて、どこまで行けるだろう‥‥)

 ――風の匂いも変わってきたなぁ‥‥薬草も、そろそろ芽吹くかな――

 ***

「おっと花芽が出ている。寄り道していくかね」
 いつしか二人の足は商店街を抜けて街外れの公園へ向かっていた。
 公園に着くなりしょっちゅう立ち止まっては止め処なく薀蓄を語るエアルドフリスの言葉を聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾けているユリアンに彼は言った。
「ユリアンは本当に良い子だね」
 未だユリアンを弟子と呼ぶ勇気はない。
 自身が人を導く器でないと思っているから師匠を名乗る勇気も弟子を取る勇気もなくて、手伝いを頼んでいるのだと己に言い聞かせている。最近では生活面の焼かれていたりで、ある意味家族のような想いもあった。
「エアルドさん、これは?」
 即席植物学講座の受講生は質問熱心でもある。答えてつつ、彼はユリアンの何か物言いたげな様子に気付いて問うた。
「ユリアン、どうしたんだい?」
「‥‥‥‥」
 少し口ごもったユリアンは、やがて「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。

「‥‥一週間位出たいんだけど良いかな」

 それは、風の愛し子ゆえの宿命であった。
 ユリアンは風の呼ぶまま世界をさすらう。ひとところには居られない質だ。
 それが解っていたから、エアルドフリスは快諾した。

「多くを見、多くを知るといい。‥‥己の本性と《義務》からは逃れられん」

 彼らは、さすらいびと。
 世界の全てが彼らの大地であり、決して根付く事はない。

「エアルドさんの言葉と知識、一緒に持っていくよ」
「ああ」

 幸せだと思った。
 エアルドフリスが識る事物がユリアンの往く手を拓く、それはとても幸福な事だと思った。
 その自由な本性のまま羽ばたいてゆくがいい――だが、今は。

「但し帰ってきてくれよ」

 師匠の言葉に弟子は頷いた。
 エアルドフリスが何故流浪の生活をしているのかユリアンは知らない。
 しかし過去何らかの事情があったのだろうという事は推測できるし、きっと彼と同種の漂泊ではない――だから、師の分も世界を広げたいと思う。
(俺がエアルドさんから貰ったものの‥‥少しは恩返しにもなるかな‥‥ってさ)
 ユリアンが歩いた跡に師の言葉と知識が残されて、彼が歩いただけそれら事柄が広がってゆく。次代へと繋がってゆく。

 彼らは、さすらいびと。
 しかしユリアンの漂泊とエアルドフリスの漂泊は――違う。
 旅立ちの時を待つ風の愛し子を、愛する場所と人々を護れなかったが故に流離う男は眩しげに見つめる。
 宿に戻る途中、ユリアンはまるで日帰りするかのさりげなさでエアルドフリスに言った。

「何か面白いもの見たら話すよ」
「楽しみにしているよ」

 それぞれに想いを抱え――師弟は再会の約束を交わした。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka1856 / エアルドフリス / 男 / 26 / 漂泊の薬師 】
【 ka1664 / ユリアン / 男 / 16 / 薬師の弟子 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 おばあちゃんの小さな我侭が、こう続くとは!

 エアルドフリスさま、此方の世界では初めまして。
 ユリアンさま、先日はありがとうございました。
 またお会いできました事、嬉しく思っております。周利でございます。

 さて、今回は先日の患者さんを見舞っていただきました。
 お二人が内包する『漂泊』の形は似て異なるもの、それぞれが抱えた運命。
 詳しい事は存じませんが(齟齬ありましたらご遠慮なく!)それとなく匂わせる事ができておりましたら幸いです。
MVパーティノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2015年04月06日

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