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『昔馴染みと、つまずく石は 』
百目鬼 揺籠jb8361)&八鳥 羽釦jb8767


 謂れの真偽は定かじゃないが、気づけば二月のバレンタイン。
 実態を持たぬそいつにチョコレートという飾りを付けて、もてはやされる姿は妖の如く。

 虚実混交、おおいに結構。
 楽しく騒げりゃそれで良い。
 さぁ、今宵も面白おかしく。酒の肴は何にしやしょう?




「やすみ」
 ……休み。
 百目鬼 揺籠は、直面した現実を声に出して確認する。
 季節はバレンタイン。
 年頃の女子が街へ出てソワソワ、年頃の男子はそれを横目にソワソワ。そんな季節。
 正しい謂れがどれであるかはわからないが、チョコレートが尋常じゃなく売れる季節。
 最近ではチョコレート以外にも各種業界が商戦へ乗り出し、もはや何のイベントやらわからない、祭りのようなもの。
 そんな日に――
「バイトのシフトミスだなんて……。イベント日に仕事ねぇって、なんかこう落ち着かねぇ」
 稼ぎ時に仕事に打ち込んでこその百目鬼だ。
 暇を持て余すという事態に腹立ちさえ感じ、路傍の石を蹴飛ばして街を歩く。
 スイとすれ違った令嬢たちが、色彩豊かな包装の菓子を携え去ってゆく。
(……チョコレート、ですかぃ)
 甘いものは好きだ。揺籠は、酒に合わせて飲むタイプ。
「折角、街まで出て来たんだ。手ぶらで帰るのも癪でさぁ。――……ああ、もしもし。釜サン? 今、ちょいと時間ありやすか?」




 『静御前』なる旅館にて。
「あー、ヒマだな」
 のんびり過ごしていた八鳥 羽釦は、磨き終えた釜を前に首を鳴らす。鳴釜の異名は飾りじゃない、釜たるもの釜を大事に。
「ああ、いや、忙しい。すっげぇ忙しい」
 ヒマだなんて誰かに聞きつけられたら、何を言いつけられるかわからない。
 誤魔化すように咳払い、そこへスマホが着信音をさえずった。
「おー、百目鬼。バイトだったんじゃねーの? は? シフトミス? だっせ!!」
 どうやら、愉快な誘いらしい。
『どうとでも言ってくださいよ。せっかく時間が空いたんです、飲みますよ!』
「わかったわかった、付き合ってやらぁ。酒はそっち持ちだろ?」
 昔馴染みの同期へは、羽釦の口調も雑なものになる。反して表情は愉快げだ。
『こっちへ出たついでに、何がしか買って帰りまさ。釜サンも準備しといてくださいよ』
 ぷんすか不機嫌から、上機嫌へ。声を聴くだけで、揺籠の表情が目に浮かぶ。羽釦は喉の奥で笑った。

 通話を切って、さて、と思案する。
 簡単な肴を作るにも……材料が乏しい。
「少し、買い足してくっか」
 上着を引っ掛け、羽釦は近場の店へと足を向けた。


 柄物シャツにサングラス、シルバーアクセで身を固めた男が眉間にしわを深く刻み込んで洋菓子店のショーケース前に立ち尽くしている。
 異様な光景に、他の客たちは遠巻きにしているようだったが、当人・羽釦は意に介していない。
 肴の材料を揃え、帰り際に通りかかったらいつになく彩られた店頭が目に入り、足を止めた。
 昨年、揺籠のバースデーケーキを買った店だった。懐かしく思い覗きこんだら――
(そういや、バレンタインだったか)
 副業としているネット上の占いでも恋愛関係の相談が増えていたので、忘れていたわけではなかったが。
 自身のこととして、実際問題、用意が必要なものなのかどうか。そこで悩む。自然と眉間にしわが寄る。
「一応……買って帰る、か? 野郎同士でどうなんだ、そこンとこ。まあ、甘いモン好きだしな、アイツ」
 大好きなあの人へ。
 お世話になっているあの人へ。
 仲のいいお友達へ。
 ――もう、誰が誰にやったって構わないイベントと化している。
「つーか、種類多いな? チョコで良いんだろ、チョコで」
 チョコレートと言っても、値段もピンキリ。
「高い奴を買ったって、百目鬼なら算盤弾くな。安すぎても拗ねるだろ。……あー、中の下で頼む」
 ラッピングいたしますか?
 おどおどと上目づかいの女性店員へ、やや間を置いてから、『頼む』と羽釦は告げた。
 男性客自体が珍しいし、彼のような外見となるとまた珍しい。
「なにもとって食いやしねぇよ、いちいちビビんな」
 笑ったつもりだったのだが、それもまた相手を怖がらせる結果となった。解せぬ。




「ギブミーチョコレート!!」
「……また、先に呑んできやがったか」
「素面ですよぅ。今日が何の日か、わかってるでしょう?」
 酒瓶と、何やら紙包みを手に突撃してきた揺籠へ、酒盛りの支度を整えた羽釦は呆れ声を返した。
「今日はバレンタインですぜ」
「……だな。バイト休みンなって、穴埋めてくれるオンナの一人も居ねぇのか」
「そっちはどうなんですか、どうせ釜磨きと占い稼業と昼寝で終わるつもりだったでしょう!」
「うっせ、釜は磨き終わったんだよ、占いは配信設定済みだ」
 禁句に禁句を返すのも、気心の知れた間ならでは。
 どちらともなくふふりと笑い、揺籠は襖を閉めてマイ座布団を引き寄せる。
 かつて一緒に暮らしていたこともあり、同期という気安さもあり、自然と羽釦の部屋に入り浸っていることが多く、揺籠愛用の座布団が置きっぱなしにされて久しい。
「だーいぶ、日暮れも遅くなってきやしたねぇ」
「ひと月もすりゃ春だ。月見酒も美味くなる」
 揺籠が猪口を手にすれば、羽釦がそれを満たしてやり。荒っぽい手つきだが、溢れる前にピタリと止める。
「はー。待ち遠しい。冬のピリッとした寒さも悪かないんですけどね。……そういえば此方に来て一年ですかぃ、早いですねぇ」
「こんだけ妖怪が集まって、平和なもんだよなぁ」
 毎日を、面白おかしく。それだけでやってきた。
 誰から身を隠すでもない、石を投じられるでもない、自身の正体を偽るでもない――同胞と呼べる者たちと、腹を割って同じ釜の飯を食う。
 こんな日常、数百年生きてきたが初めてじゃなかろうか?
「今更学校なんざ、どうなるかと思いましたけど。時が経つのが早ぇって感じんのも久しぶりでさ」
 羽釦へ、揺籠が注ぎかえす。溢れるより随分と前に止める。零れたらもったいないので、用心深く。
「長く生きてりゃ、色んなこともあらァな」
「……これも、いつかは一夜の夢まぼろしとなるんでしょうかねェ」
 妖怪以外の『友』も増えた揺籠は、伏し目がちに言った。
 いつかは――きっと、別れの時が来る。慣れているつもりだが、今は少し、想像できない。
 楽しい現在が、眩しすぎる。
「気になるなら、占ってやろうか?」
「結構でさ」
 意地悪く口の端を歪める羽釦の、頭へ手刀を振り下ろし。
 それから静かに、乾杯を。
 せっかくの酒が、零れないように。




 宿の、別の部屋が喧しい。
 誰ぞが良い酒を持ち帰り、別の誰ぞが美味い肴を手土産に、そして宴が繰り広げられているようだ。
 こちらといえば、火鉢で室内を暖めつつの熱燗へ移行している。
 春も待ち遠しいが、冬の楽しみも名残惜しい。
 網で炙った干し魚を齧りながら、そうだと揺籠は手土産の一つを取り出した。
「真っ先に酒に走っちまって、忘れるところだった。どーぞ、俺からのバレンタインチョコです。三倍返し、期待してますぜ」
「するかよ。こっちだって、ほらよ」
「!? 釜サンが…… チョコを?」
「買い出しに行ったら見かけたんでな」
 渡すものかどうか、それはいつなのか、機を掴めずにいた羽釦は、もらったのをいいことに返す形で揺籠へ。
「ついでじゃないですかー。俺は良いヤツ買って来たんですよ」
「ほほう」
 それもまた、珍しい。
「中の上か。なんだ、俺とそんな変わんねーよ」
「釜サンがどんな顔で買ってきたのかは気になりますね」
「あぁ? そんなん、ふつーだふつー」
「むっ、熱燗とチョコ、合いますよ。熱でチョコがスッと溶けて、こいつァ美味いや」
「……意外だな」
(あ、ペース上がった)
 軽くアルコールが回り始めていたところへ、甘いものという味の切り替えも相まって、揺籠の酒のペースが上がる。
 酔いつぶれるまでカウントダウン。それもいつものこと。
 面倒を見るために、羽釦は悟られないようペースを緩める。
 共倒れして大惨事になったことを、忘れちゃいない。




 ひとり、またひとり、
 酔いつぶれているらしく別室の宴は静かになってゆく。夜は更けてゆく。

「ねーぇ、羽釦さん」
 ふふふー、と卓に突っ伏して揺籠は笑う。
「バレンタインの街も愉快なモンですね。西洋の妖怪みたいでしたよ」
「イベントが、妖怪?」
「それもアリじゃないです? 由縁を聞けば聞くほどわからなくなる、でも確かに存在していて、必要とされてるんですよ」
 それが、なんだか楽しくて!
 突如として起き上がり、両手を挙げて揺籠が叫ぶ。
「!? あんまり騒ぐと皆が起きるだろ」
 その口へ、羽釦は乱暴にチョコレートを突っ込んだ。『あーん』なんて甘さは無かったが、素直に喰らう揺籠七百歳。
「んじゃ、俺からも。ハイ、あーん」
「やらねぇよ」
 酔いの回った揺籠へ、羽釦は反射で容赦なき腹パン。
「ブレない……羽釦さん、ブレない……」
 付き合ってくれてもいいのに。
 付き合ってやってんだろうが。
 ごろりと横たわり蹲る揺籠。
 見下ろし、笑う羽釦。

「楽しいですねェ」

 それを最後に、揺籠はスイと眠りに落ちた。


 やれやれと羽釦は慣れた手つきで毛布を掛けてやり、酒盛りの後を片付けて。
「水……」
 飲みに行こうと、部屋を出ようとして。
 何かにつまずく。揺籠だ。
「……」
 振り返り、半眼で睨み。

 ――昔馴染みと つまずく石は 憎いながらも あとを見る

 何処ぞで聞いた都都逸を思い出し、笑いに変えて今度こそ、部屋を出た。




【昔馴染みと、つまずく石は 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb8361 / 百目鬼 揺籠 / 男 / 25歳  / 鬼道忍軍 】
【 jb8767 / 八鳥 羽釦 / 男 / 25歳  / ルインズブレイド 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
楽しくバレンタイン酒盛り、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
MVパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月06日

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