▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『乙女と紳士のバレンタインデー 』
ルチャーノ・ロッシjb0602)&七種 戒ja1267


 暦では春だが、気温は1年で最も低くなる2月。
 バレンタインデーの巷では、暖かな時を過ごすカップルの囁きと、滂沱の涙に濡れる敗残兵の嘆きが、混然一体となって渦巻いているのだが。
 ルチャーノ・ロッシはそんなことにはお構いなしに、いつも通り静かに自室に籠っていた。
 秩序と平穏を愛し喧騒を嫌う男は、最近共に過ごす時間の増えた老眼鏡越しに書類を眺め、葉巻を燻らせながら黙々と作業をこなす。
 余りに集中していたので、控え目に響く音がノックだと気付くのに数秒を要したほどだった。
「おう、入れ」
 反射的にそう応じたが、相手は入って来ない。
「……?」
 同居人の誰かだろうに声を上げることもなく、躊躇う様に間隔を開けてドアをノックし続ける。
「誰だ? なんか手が離せねぇのか?」
 ルチャーノは言葉と共に紫煙を吐き出した。だがやはり返事は無い。
 仕方なく座り心地の良い革張りの椅子から腰を上げ、柔らかなカーペットを磨き上げた靴で踏んで行く。
 ノブに手を掛け、重い扉を開いたその瞬間。
 
 ドン!

 ルチャーノは重い身体ごとドアにぶつかる。だが僅かに遅かった。
 ドアは閉まりきることなく、隙間からは審判の日に鳴らされる終末のラッパよりも不吉な女の声が滑り込んで来た。
「きちゃった☆」
 見れば、ドアの下部にはエナメル靴のピンク色の爪先が挟まっているではないか。
「ふっふっふ……そんなに照れなくてもいいのだよ」
 七種 戒の爪先に力が入り、ぐぐぐぐとドアを開く。エナメルピンクの安全靴か!
 ルチャーノがこの事態に対処する手段を考えあぐねているうちに、爪先から膝、腿、そして戒の肩が現れる。
「てめぇ、一体何しに来た」
 ドアを押さえたまま、低い声でルチャーノは唸る。そうしている間についに戒の顔が覗いた。
(もう殆どホラーじゃねぇか!)
 戒の青い瞳がルチャーノを捉える。そして言った。
「はっぴーばれんたいんでぃ☆」



 その少し前。
 戒は鏡の前で、入念に自分の姿をチェックしていた。
「ふっふっふ……自分で言うのも何だが完璧だな」
 付け睫毛×3とマスカラ盛り盛りの目でウィンク。
 足し算と引き算のバランス。目元に気合を入れた分、他の部分の色使いは控え目に。
 その代わりに、ベースに1時間かけたお肌は毛穴もクマもなくぴっかぴか。ベビーピンクのチークは上気したようにほんのりと。リップはライナーでしっかり形を整えた後、ナチュラル系のグロスでつやつやのぷるぷるに。
 チョーカーのリボンも、繊細なフリルがふんだんにあしらわれたスクエアネックのドレスもピンク。カチューシャのリボンもピンク。白いレースのタイツの足元にも、ピンクのエナメルの靴を合わせた。
 要するに、頭の先から足の先までピンクのひらひらなのである。
「こんな感じかな?」
 小首を傾げると、巻き髪が揺れた。きゃるん☆ とか、きゅぴ☆ とかの擬音が聞こえそうなポーズで、手に持った包みを鏡に向かって真っ直ぐ差し出す。
「うーむちょっと違うな。こっちの方がいいか」
 今度は両手で持ったまま、上目遣いで。
 その次は顔の横に持ち上げて、軽くウィンク。

 他人が見れば何をしているのかと思うだろう。
 戒は今、ルチャーノにバレンタインチョコを渡す準備をしているのである。
 笑うなかれ、物凄く本気だ。
 だがこのチョコレートが本命チョコレートかと言われると、少し違う。何故なら戒は『拒否される前提で』準備しているからだ。
 そもそものなれそめは、友人に誘われて遊びに行った館での遭遇。友人と同じ館に住むルチャーノは、見るからに女子供を嫌っているタイプだった。
 そこで戒に天啓が降りる。
(あっこの人、もしかして……!!!)
 普段、イケメンを前にすると挙動不審になる戒だが、別の意味で挙動不審だった。
 いきなりルチャーノに接近すると、頼まれてもいないのに自己紹介を始めたのである。
「いつもご友人にはお世話になってます。あ、素敵なお屋敷ですね! 遊びに来られて嬉しいです。良かったら一緒にお茶でも如何ですか、お茶菓子も一応持って来たんですけど、あんまりケーキとか食べる感じじゃないですよねそうですよね、でも偶には食べてみるのも」
 以下省略。
 この辺りまで来た時点で、戒は目的を達したのだ。
 つまり、それまで友人の顔を立てるつもりで一応頷いていたルチャーノが、あからさまに嫌悪の表情を浮かべたのだ。
「静かにしてりゃ来るのは勝手だが、俺に話しかけるな。摘み出すぞ」
 ドスの利いた声、冷たい瞳。
 口元を押さえて黙り込んだ戒を後に、ルチャーノが踵を返す。だが戒はビビった訳でも何でもない。口元を隠したのは、笑いを誤魔化すためだった。
(有難うございます、ご褒美です!!!!)
 戒はすっかりルチャーノの反応が気に入ってしまったのだ。

 その後もルチャーノにとっては不幸な、戒にとっては幸せな遭遇が続く。
 心底迷惑そうな反応、冷たく拒否する言葉。全てが戒のツボを突いた。
 何だかんだ言いながらも、戒を本気で追い出したりしない辺り、一層ポイントが高い。
 今度絡めばどんな反応を見せてくれるのか、戒の胸の鼓動は高まる。
 そして究極の絡みを狙うはバレンタインデー。
 戒は何日も前から入念に計画を練り、科学室に通ってチョコレートを鍛え、この日に備えていたのだ。
「ふっふっふ……待っておれルチャーノ氏よ。清純乙女の真心を籠めたチョコレートを食らうが良い」
 バレンタインチョコレートって何だっけ。
 そう思わなくもないが、乙女心は色々と複雑なのだった。



 そしてドアを挟んだ攻防に至る訳だが。
「バレンタインデーだと?」
 ルチャーノはドアを完全に開かないように押さえている。
「そう、乙女の真心を受け取ってもらうまでは、引き下がる訳にはいかないのだよ」
「わかった、そういうことならさっさと置いて行け」
 その間も息詰まるような攻防は続いている。
「やだ、ちゃんと渡したいの。お願い、このドア開けて?」
 戒のおねだり目線に、思わずルチャーノの力が抜けた。まさしく脱力である。戒がうきうきと部屋に入ってくる。
「おーバレンタインデーにもお仕事かね。そんなルチャーノ氏の寂しいお部屋に愛をお届けに来た私はマジ天使、いや女神かな」
「その辺勝手に触ったらぶっ殺すぞ」
 ルチャーノはあながち冗談でもなさそうな口調でそう言いながら、デスクに戻った。
「んでは改めて」
 デスクの正面に立った戒が、鏡の前で練り上げたポーズをとる。

 ルチャーノは諦めたように灰皿の吸いさしの葉巻の灰を落とし、口元に運んだ。ピンクのふりふり娘はリボンで飾られた小箱を顔の前に掲げ、潤んだ瞳で自分を見ている。
 ……相手が男なら、胸に吸い込んだ煙を思い切り顔面に噴きかけてやるところだ。
 だが彼の流儀がそれを許さなかった。女子供は嫌いだが、大人の男としての常識はわきまえなければならない。この辺り、ルチャーノと言う男は実に生真面目なのである。
 戒は上目遣いで小箱を差し出した。
「はっぴーばれんたいんでぃ☆」
 ルチャーノは軽い眩暈を感じつつ、包みを片手で受け取る。だがちらりと一瞥しただけでデスクに置き、そのまま顔を横に向けると紫煙を強く吐き出した。
「これで用は済んだな。さっさと帰れ」

 その面倒くさそうな顔。
 なのにここまで自分の縄張りに押し込まれても、煙を戒にかからないように脇に吐く気遣い。つれない態度に垣間見える、ごくごくごくごく(中略)ごく稀に見せるデレ。
 これこそが戒の胸をキュンとさせるのだ。
(もう最高……ッ!!)
 戒は今、猛烈に感動していた。頑張って良かった。心の底からそう思った。

 だが当然、そういうポイントはルチャーノには分からない。分かりたくもないとは思うが。
 ルチャーノから見れば、ピンクの塊が乱入して来て、プレゼントを手渡した後、何故か顔を赤らめている、という有様である。
 ルチャーノは舌打ち寸前の表情で、椅子から立ち上がる。
「……俺は忙しいんだ。これ以上お前に付き合ってる暇はねぇ」
 そう言って戒の肩を掴み、くるりと向きを変えさせた。
「え、あの、ちょっと」
 抗議の声は無視し、ぐいぐいと背中を押して入口の方へ。
 そのまま戒を玄関先に押しやったルチャーノは、ふと廊下の窓に目を遣った。
 冬の弱々しい太陽はもう木々の向こうへと隠れていて、夕暮れの気配が漂っている。
 手元を見れば、戒のピンクのワンピースは余りにも寒々しかった。
「おい、上着はどうした」
「あー急いで来たから忘れてた。……くしょん!」
 廊下の冷気にあてられたか、戒が小さくくしゃみした。
 ルチャーノは自分で決めた流儀に対し、今日ほど異議を唱えたかったことは無い。
 だが薄着の女を、冬の夕暮れの外へ放り出すのは気が咎めたのだ。
「……ったく」
 大きな溜息。ルチャーノはクローゼットからショートコートを取り出し、不本意極まりないという表情で戒の肩に掛けた。
「馬鹿は風邪引かねぇとはいうがな」
 微かに葉巻の香りの漂う、厚手の黒ウールの上質なコート。戒はまたしてもキュン死に寸前だった。
「あの……」
「何だ」
 戒の瞳がうるうるとルチャーノを見上げる。
「ありがとう。これ返しに来るから、待っててね☆」
「!!」
 ルチャーノの後悔はいかばかりか。
 そんな彼を尻目に、戒は玄関扉の隙間から投げキスを放ち、軽やかに館を後にした。

「ふふふ……次は何を仕込むかな」
 乙女の楽しい謀は、尽きる事を知らないようだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb0602 / ルチャーノ・ロッシ / 男 / 44 / 矜持に懸けて】
【ja1267 / 七種 戒 / 女 / 19 / ピンクの乙女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせいたしました、乙女()と紳士のバレンタインデーのエピソードをお届けします。
かなり好きに書かせていただきましたので、大きくイメージを損ねていないことを祈りつつ。
これからもおふたりには仲良く(?)して頂きたいと密かに願っております。
ご依頼、誠に有難うございました!
MVパーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.