『ゼロが３倍になった話 』

花見月　レギ（ja9841）＆百々　清世（ja3082）

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　暖かい日差しは金色。寒さに震えていた芝生も、そろそろ元気を取り戻す３月。
　柔らかくそよぐ風に微かな花の香りを感じ、花見月　レギはゆったりと顔を上げた。
　陽光に艶めく烏の濡れ羽色の髪を風に遊ばせる様子は、どこか大きな黒猫のようでもある。
「あれーれぎちん、こんなとこでヒマしてんの？」
　この呼び方で声をかけてくる者はひとりしかいない。レギは僅かに首を傾げ、隣に座り込んだ百々　清世を見た。
「モモ君、か。特に何をしていたわけでもない、よ」
「見たらわかるけどねー」
　あっさりそう言い放ち、清世はごろりと寝転んだ。レギは成程と頷き、また日差しに顔を晒す。
「もうすっかり春、だ。日本は本当に、四季がはっきりしている」
「そうかなーよくわかんないや」
　ふわあ〜っと、見ている方が釣られそうな欠伸で清世が応じた。
　冬の次は春が来る。当たり前のことだ。

　そしてそれと同じように当たり前のことがある。
「ねーれぎちん、なんかお腹空かないー？」
　そう、昼になればお腹が空くのだ。レギは少し考え込むと、まるで重大なことを告げるように言った。
「空腹、だとは思う。だが今日は、少し出費を控えたいと思っている」
「何それー」
　レギは倹約家である。一見異国の王子様のような端正な容貌にも関わらず、その生活ぶりは実に慎ましやかなのだ。
　と言っても、吝嗇家ではない。その証拠に、バレンタインデーにはお世話になった人々に手作りの菓子を配り、くれた人のことはしっかり控えて、お返しも抜かりなくするつもりだ。
　で、今日はそのホワイトデーで。
「少し買い物があるから、ね。それ次第では、昼は控えようかな、と」
「まじかー、それ辛いな？」
　清世はそう言って芝生の上で寝返りを打つ。その時、あるものを見つけた。
　半身を起こしながら、レギをつつく。
「れぎちん、俺いいお財布知ってるよー」
「……おさいふ？」
　意味の分からないレギの腕を持って、清世は引っ張るように立たせた。
「お財布が行っちゃう、ほら早くー！」
「？？？」
　清世が指さす方に、ひとりの男が歩いているのが見えた。


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　ぞわり。
　なにか奇妙な感覚が足元から背中を這い上がる。
「……何だ、一体」
　久遠ヶ原学園大学部准教授、ジュリアン・白川は思わず呟いた。
　いわゆる悪寒。こんなにうららかな良い天気なのに。
「風邪でも引いたかな？　今日早く帰って……」
　そこまで考えたところで、悪寒の正体は判明した。
「じゅりりーん！」
　この呼び方で声をかけてくる者はひとりしかいない。白川は額に手を当て、瞑目するように俯いた。
　直ぐに足音が近付き、背中に暖かい物がぶつかる。清世の遠慮のないダイレクトアタックを、どうにか踏み堪えた。
「じゅりりんてば、声かけてんのにー。もしかしてもう耳が遠いとかー？」
　そう言って耳を引っ張る手を振り払い、白川はなけなしの威厳を保った笑顔で応じる。
「百々君か。君は相変わらず元気そうだな」
　そこでふと、傍にひっそりと立っている影のような人物に気付いた。
「ああ、君は……」
「こんにちは。白川の先生は、モモ君のお財布を持ち歩いているということか、な」
「何、誰が何だって！？」
　思わず目を剥く白川、清世はお構いなしに腕を引っ張る。
「ねー、じゅりりんお昼とかまだっしょ。ひとりのお昼とか寂しいじゃん？　付き合ってあげるしー、何か食べよ」
「ちょっと待て、話を勝手に進めるな！」

　レギはこの掛け合いを、興味深そうに眺めていた。
　実を言うと内心では密かに清世に憧れ、ほんのりと尊敬してすらいるのだ。
　ひとりの世界に籠りがちなレギに、気軽に声を掛けてくれる数少ないともだち。
　だが決して押しつけがましくは無く、ふわりと心地よい空気を漂わせている。
　――気が向いたら、一緒に何かしよう？
　――でも今日はそんな気分じゃなかったら、別にいいよー。
　ボールを投げるけど、受け取るかは君の自由。次また声を掛けるから。
　そんな気遣いがレギにはとても有難かった。
　とまあ、こういう事を突き詰めて考えて、理解しようとするのがレギの性格である。

　おそらく清世は、特に考えずに行動している。
　考えずに他人との絶妙な距離感を把握できるタイプの人間なのだ。
　例えば、レギに対して白川のような態度は取らないだろう。
　空気を読むことに長けた清世が、こんな風に無茶ぶりしていく白川とは、一体どんな人間なのか？
　教壇に立つ胡散臭い笑顔は良く見ているし、幾度か質問に行って会話したこともある。だが飽くまでもそれは教師と学生という間柄だ。
（面白そうな人だな）
　レギはそう思い、とりあえず清世の行動を見守ることにした。


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　観念したように白川が呟く。
「で、何が食べたいんだね」
「んー、つっても食べたいもんって特にねぇかなー、とにかく美味しいものがいいな。じゅりりん何か美味しいところ教えてｖ」
「君の方がそういう事は詳しいんじゃないのか、ガールフレンドから教わったりして」
「えー、だって女の子ってみんなスイーツ好きっしょ？　じゅりりん今日はスイーツの気分？」
「……」
　白川が暫し考え込むと、今度はレギに尋ねる。
「花見月君は何か希望はあるかね？」
「食べられる物なら特に、は」
　倹しい生活とかつて軍人だった経験から、口に入る物に対しとやかく文句をつけないレギだった。
　だがこうなると振られた方は困る。
「うーむ……だがしかし……まあいいか」
　ひとりで唸っていた白川が、学園島内のある地域を口にした。
「ここにある店の焼き菓子が美味しいらしくてね。カフェもあった筈だから、行ってみるかね」
「行く行くー！」
「お任せする」
　清世とレギに異論は無い。

　白川がこんな情報を自分から口に出すのは何故か。
　要は、上司の教授（※女性）から義理チョコレートを受け取り、お返しに何がいいかをストレートに尋ねてみた所、そこを指定された訳で。
「どうせ買いに行くのだからね。ついでに付き合ってくれたまえ」
　そう言って肩をすくめる。
　それからバスに揺られること暫し、目的の店に到着した。
「ああここか。……結構並ぶようだが構わないかね」
「んー別にいいよ。折角ここまで来たし」
「２人が構わないなら」
　と、女性客に混じって３人の大男（身長の平均値、約182cm）が並び、見事に注目を集めることとなる。
「何故ここまでして並ぶのだろう、ね」
　自分のことを棚に上げて、突然レギが呟いた。いや恐らく、自分ひとりでは並んでいないのだろうが。
「ひとつには話題性、かな。仲間内の話題としては、長時間並んだことや、その結果の味の評価は盛り上がるのではないかね」
　白川が飽くまでも真面目に答えた。
「成程。何かこの店の提供する物には、単なる嗜好品を超えた付加価値があるのかと思った、よ」
「ある意味では付加価値かもしれないね。生存に必要不可欠な物だけで、人は生きている訳ではないから」
　レギと白川がぼそぼそと語り続ける内容に、清世が呆れ顔になる。
「もー、何ふたりとも。訳の分かんないこと言ってないで、おいしーもの食べておいしーねーって、それでいいじゃん？」
　真理であった。


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　まあ会話も暇つぶしだったのだが。ようやく案内された席でメニューを覗き込む。
「サンドイッチもあるのか。じゃあ私はそれで」
「あ、じゃあおにーさんがパンケーキ頼むし。わけっこしよｖ」
　言うが早いか、清世は魅力的な笑顔で店員に手を振る。
「いやそれなら最初からセットを頼みたまえ」
「えー、れぎちんもたべるっしょ？　どうせならいろいろ食べた方がお得じゃん？」
「甘い物は、嫌い、ではない」
　レギも頷く。糖分の取りすぎは身体に悪いと思っているが、適量の甘みは精神面でも良い影響を云々かんぬん。
　そんなことを言っている間に、清世の指示通りに料理やコーヒーがが運ばれて来た。
　嬉しそうにパンケーキにナイフを入れ、クリームを程良く乗せたひとくち目。
「はい、じゅりりん。あーん」
「やめんか！！」
　白川が吠えるが、清世の方は慣れっこである。
「えー、せっかく最初のひとくち譲ってあげてるのにー。じゅりりんてば、もしかして俺のこと嫌い……？」
　僅かに眉をひそめ、清世がじっと見つめてくる。
　いつものパターンだ。それは分かっているのだが、白川のナイフを持つ手がをぶるぶる震えている。
「嫌いとかそういうこととは別の問題でだね……！」
「じゃあはい、あーんｖ」
　コロッと表情を変え、フォークを差し出す清世。
　レギはやっぱり、その様子をじっと観察している。
「成程。親愛の情を示すにはこうするのだ、ね。では……」
　何故かレギも自分のひとくち目を差し出した。
「いや誤解だ。そうじゃなくて！！」
　この状況を説明するには『人はなぜ並ぶのか』よりも複雑な解説が必要で。
　結局、店内の各所から集まる視線の中、両手に花状態の白川であった。

「美味しかったー！　また連れてきてねじゅりりん♪　ごちでーす！」
「はいはい」
　レジで財布を取り出す白川が、苦笑いする。
　ホワイトデーには３倍返しというが、この状況は何だ？　元はゼロの３人分？
　まあそれもまた、後日の語り草ではある。
　ところでここに来て、レギがようやく気付いたことがある。
「そうか。貴方がモモ君の財布を管理している訳では、ないのだ、な」
　如何にも納得した、という表情のレギ。
　清世が笑いながら、白川の腕を掴んで引き寄せた。
「うんー、でも俺のおさいふ。ときどきれぎちんにも貸したげるよ」
「待て、どういうことだ」
「うん、時々、貸してもらえると嬉しい、ね」
　流石はモモ君。
　レギは改めてそう思い、小さく笑うのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9841　／　花見月　レギ　／　男　／　29　／　思索系男子】
【ja3082　／　百々　清世　／　男　／　23　／　ふんわり男子】

同行ＮＰＣ
【jz0089　／　ジュリアン・白川　／　男　／　30　／　歩く財布】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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男３人スイーツノベルのお届けです。
多分その場にいたら、私も密かに写メっているだろうと思いつつ。
財布とはいえ、楽しい場にＮＰＣもお誘い頂いてとても嬉しいです。
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ＭＶパーティノベル

樹シロカ

エリュシオン

2015年04月06日