▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『震える予感。 』
春名 璃世ja8279)&藤村 蓮jb2813

 手に取った缶コーヒーに、春名 璃世(ja8279)は戸惑いの表情を浮かべた。

「……なんで?」

 思わず自販機を振り返り、自分が買おうとした商品がコーヒーではなく、そもそも缶コーヒーの並びは璃世が買おうとした飲み物の2段も下だという事を確認する。確認して――途方にくれる。
 自販機のミス、なのだろうか。そういう事はあると聞いてはいたけれども、いざ自分が巡り合ってしまうと頭が真っ白になって、どうしたらいいのか解らなくなる。
 どうしたら良いんだろうと、まとまらない思考の中でそればかりを繰り返していた璃世の背に、あれ、と掛けられた声があった。

「どうしたの。なんか困りごと?」

 その声には、泣きたくなるぐらい聞き覚えがあって。まさか、という気持ちが瞬間、混乱を上回って璃世の中で大きくなる。
 だから。弾かれたように顔を上げ、大きく振り返った璃世を見て、振り返られた藤村 蓮(jb2813)は大きく目を見開いた。
 まさか、と思う。――まさか、通りがかった自販機の前で立ち尽くしていた相手が璃世だなんて、予想もしていなかったのだ。
 呆然と、立ち尽くした。じっと見つめた眼差しの先、久しぶりに会う――努めて会わないよう、気を付けて避けていた璃世の、けれども忘れられるハズなどなかった懐かしい顔が、ある。
 同じく驚いたように、片手の缶コーヒーを握りしめたままの璃世の表情が、僅かに動いて。瞬間、それがどんな感情を浮かべるのか見届けず、蓮はばっと身を翻して逃げ出そうとする。
 会うと判っていれば、幾らでも取り繕いようはあっただろうに。こんなに突然じゃ、感情を隠す事すら出来やしない。
 だから逃げ出した、蓮の背中に璃世は焦った声を上げた。

「……ッ、待って……ッ!」

 そうして缶コーヒーを手に璃世も慌てて、蓮を追って走り出す。難しいことなど考えられなかった、ただ蓮を追いかけなければという衝動だけが、璃世の胸の中にある。
 だから必死に、脇目も振らず蓮を追いかけていた璃世の足元が、不意にごろりと転がった。落ちていた大きめの石を、思い切り踏んでしまったのだ。
 とっさの事に、受け身すら取る余裕もなく璃世は、声にならない悲鳴を上げて勢いよく地面に転がった。そうして走って来た勢いのまま、派手に地面を滑っていく。
 ズササササァ……ッ!
 地面が擦れる音が、鈍く辺りに響いた。それは先を走っていた蓮の耳にも、もちろん届く――本当はずっと後ろの璃世を意識しながら走っていたのだ、聞こえないはずがない。
 故に蓮は何事かと焦って振り返り、地面に倒れている璃世を見て顔色を変えた。

「……ッ、璃世!?」

 つい、かつてはいつもそう呼んでいた、今でも心の中ではいつもそう呼んでいる彼女の名を、悲鳴のように呼ぶ。慌てて彼女の元まで駆け戻り、璃世の傍に膝をついて。
 助け起こそうとして、ハッと気付いて伸ばした手を弾かれたように引っ込める。そうして蓮はじっと伺うように、倒れる璃世に見える範囲には怪我がないことを確かめてから、胸を撫で下ろしつつもぶっきらぼうに声をかけた。

「……春名、大丈夫?」
「い、たた……うん、大丈、夫……?」

 その声に、ジンジンと全身に広がる痛みに呻きながら頷いた璃世は、はた、と言葉を止めて目を見開いた。ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げて傍の人影を確かめようと、する。
 今の、ぶっきらぼうな声は。久しぶりに聴く、この声は。
 期待と不安、両方に揺れながら眼差しを上げた璃世の前に、果たして彼は居た。それを確かめて――璃世の視界が不意に、涙に歪む。
 やっと、という想いが胸に込み上げ、締め付ける。やっと。やっと蓮に会えた、会う事が出来たのだ、と。
 だから嬉しさを堪え切れず、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑う璃世を見下ろして、努めて作った無表情の下で困りながら、蓮はひとまずこう言った。

「春名……とりあえず、起きれば?」
「う、うん……」

 蓮の言葉にようやく、自分がまだ地面に転がったままだったと思い出して璃世は、途端に恥ずかしさに頬を染めながら頷き、ゆっくりと立ち上がる。『璃世』と呼んでくれたあの声は幻聴だったのだろうかと、心の中で少しがっかりしながら。





 傍に小さなベンチを見つけて、2人並んで腰掛ける。心持ち、端寄りと端寄りに離れて座ったのが今の、2人の距離を如実に表しているようだ。
 それがもどかしいような、ほっとするような、寂しいような、複雑な気持ちで璃世は両手で缶コーヒーを抱きながらちら、と蓮を見た。

「ぁ……」
「――……ッ」

 その視線が絡んだ瞬間、蓮はつい璃世を見ていたことを気付かれまいと慌てて、大きく目を逸らす。振った相手に見られたって、気分は良くないに違いない。
 そう、頑なに思って強ばった表情で目を逸らす、蓮はだからその横顔を見た璃世が少し、寂しそうに息を吐いたのに気がつかなくて。頑なに張りつめた横顔に、璃世は眼差しを手の中のコーヒーに落としてから、今度はもう1度そっと隣へ視線を向ける。
 今度は、視線がぶつかる事はない。それにどこかほっとして、どこか寂しく璃世は再び、コーヒーへと視線を落とした――蓮と会えなくなってから、璃世はコーヒーが飲めなくなったのだ。
 コーヒーは、蓮を思い出させるから。彼に会えなくなってからぽっかり心に空いた穴が、どうしようもなく疼いて璃世を締め付けるから。
 あの部室で蓮が淹れてくれたコーヒーが、それほどに自分の中で大きかったのだと、その度に思い知った。だからコーヒーを見るたびにあの時間を、蓮を思い出さずには居られなくて――胸が空虚さに締め付けられるばかりで、どうしても飲めなくなって。
 ふぅ、とため息を吐く。

「蓮くん、最近どう? 元気?」
「まぁ、ぼちぼち」

 努めて明るく紡いだ言葉に、帰ってくる蓮の言葉は短く、つっけんどんだ。そっか、と頷きながら璃世は三度、確かめるように蓮を見る。
 たくさん、話したい事があった気がした。話さなければならない事も、もしかしたら。
 ――けれども今、璃世が気にかかるのは疲れた様子の煉の姿。よく見たら目の下のクマも、ちょっとやそっとの徹夜ぐらいじゃ到底出来そうにないほど、濃い。
 きっと会わない間に何かあったのだと、解った。それがどうにも気にかかって、けれどもどう聞き出したものか方策が解らなくて、結局口に出来るのは他愛のない近況報告んかばかり。
 それでも――嬉しいと、思う。会いたかった彼が、すぐ隣にいてぶっきらぼうながら璃世の言葉に頷き、相づちを打ってくれることがただ、嬉しい。
 だから自然と表情も柔らかく、声色にも喜びがにじみ出てくる璃世を眩しく思いながら、だが蓮は努めて素っ気なくするしかない。目を逸らし、当たり障りのない回答を素っ気なく紡いで、璃世を出来るだけ見つめないように気をつけて――それでもふとした表情に見惚れそうになるのを、必死に堪えて。

(だって)

 振られた男が一体、振られた相手に何を言えというのだ。そんな事をしたって、璃世には良い迷惑に違いないのだから。
 話したいことは、本当は色々あった。あの部室でどうしても作ってしまう、璃世のためのコーヒー。3人で過ごした季節がまた巡ってきた時、街で見つけた璃世が喜びそうな物、こんなとき璃世ならどう言うだろうと何回も考えて。
 そんなことを――どうやって言えと、いうのだ。否、それよりも何よりも本当は会いたかったのだと、こんな風に璃世と話したかったのだという単純明快な想いすら、彼女に見せてはまた困らせてしまう、から。
 どうしてあの時立ち去らなかったんだろうと、本当はとっくに答えの解っている問いを心の中で繰り返しながら、蓮は頑なな思いをしっかりと抱きしめる。ダメなのだと、いけないのだと繰り返す。
 それに、胸が痛んだ。璃世は会いたくて仕方がなかったのに、彼との再会をこんなにも焦がれていたのに、蓮はそうではなかったのかと、苦しくなった。
 大事な、大事な人。この想いが恋なのかと聞かれれば否だけれども、ただの友人なのかと聞かれればそれも否だと強く想う、大切な存在。

(もし)

 何か1つでも状況が違ったらあの時、自分は彼に頷いたのかも知れないと、思う。もし、大親友が彼を好きじゃなければ。好きでも、それを知らなければ。――或いは、もしかしたら。
 けれどもそれは仮定に過ぎなくて、実際には璃世の大親友は蓮の事が好きで、璃世はそれを知っていて、だから彼のことだけは好きなってはいけないのだと自分に言い聞かせていた。だから、彼から告白されたあの日にはどうやっても、彼の想いを受け入れる事が出来なかった。
 嗚呼、けれども。今は――今は?
 璃世の思考はそこで止まる。それ以上を、積極的には考えないようにしている自分がまだどこかに、居る。
 ふる、と首を振った。今、大切なのは自分自身でも解らないまま、解ろうとしないまま持て余している恋情にも友情にも成り切れない気持ちではなくて、彼にまた会えて嬉しいという素直な気持ちだから。
 鞄の中を探って、持ち歩いていた包みを取り出した。もしかしたら会えるかも知れないという僅かな期待と、きっと徒労に終わるのだろうという虚しさを抱えながら、持ち歩き続けたバレンタインチョコは幸い、先ほどの転倒のダメージはないようだ。
 それを確かめて、ほっと息を吐く。今日会えたのが何かの運命だというのなら、今日がバレンタイン当日だというのも何かの巡り合わせだろう。
 そう考えて自分自身を勇気づけ、璃世は蓮に向き直ると、心から微笑んだ。

「これ、チョコレート。蓮くんに会いたいなって思いながら作ったの。受け取ってくれるかな……」
「え……ッ!! 璃世の……?」

 そうして差し出された包みに、蓮は驚きのあまり言葉を失う。丁寧に、そして可愛らしくラッピングされた包みに、目を奪われる。
 彼女と会うことを想定していなかった蓮である。まさか璃世からバレンタインチョコを貰えるなんて――それが彼女の手作りだなんて――しかも自分に会いたいと思っていてくれただなんて、もちろん想定の範囲を遙かに超えていて。
 動揺が瞬間、手を滑らせた。ベンチに置いていた鞄がどさりと落ちて、中から荷物がどさどさと滑り落ちる。
 ペンケース、幾つかのテキスト、レポート用紙――それに紛れて持ち歩いていた、チョコレートの包み。あ、と思う間もなくそれは地面を滑って、璃世の足下へと転がっていく。
 璃世の視線が、確かにそれを捕らえた。これ、と彼女の唇が紡ぐのを見て、覚悟を決める。

「その……落ちたのでアレだけど。俺もチョコ、あげる」

 拾い上げ、はい、と愛想なく渡したチョコの箱は、けれども思ったよりも汚れていなくてほっとした。見られたらあげないのも変だし仕方ないと、自分に言い聞かせる言葉はどこか、免罪符に似ている。
 だって。あの日から蓮はちっとも、ほんの少しだって前に進めていやしない。璃世を想う気持ちはあの日のまま、僅かだって損ねてやしない。
 このままじゃいけないと、何とか彼女を忘れようと学園の斡旋する戦闘依頼を受けたりもしたけれど、そこで抱えたちょっとしたトラウマがむしろ、蓮の心を苛んで。進めもせず、どうかしたら後退してしまった今は眠れない日々によってもたらされた、慢性的な寝不足で目の下のくまが濃くなるばかり。
 一体、自分は進みたいのか。留まりたいのか。進みたいのなら、一体どこに向かいたいのか。
 答えはきっと知っていて、でも考えてはいけないと己を戒めて。結果として進めないまま、日々だけが無為に過ぎていく。
 そんな日々の中で、作ったチョコはけれども、惰性の産物ではなかったはずで。もしかしたら璃世と同じく、彼女に会いたいという気持ちが蓮を突き動かしたのかも知れなくて。
 この期に及んでもそんな自分の気持ちを掴みあぐね、持て余しながら璃世がチョコの箱を受け取るのを、待つ。待って――箱を持つ手に落ちてきた、暖かな滴にはっとする。

「り……璃世……?」
「あり、がと……すごく嬉しい……」

 故におろおろと声をかける、蓮の前で璃世は堪え切れず、嬉し涙に咽んでいた。震える手でチョコを大切に受け取って、宝物のように胸にそっと抱きしめる。
 自己満足かも知れないと、想いながら作ったチョコだった。彼に渡すことが出来たらラッキーだと、渡せなくても仕方ないのだと自分自身に言い聞かせていた。
 けれども、こうして出会えて、渡すことが出来て。おまけに蓮からのチョコまでもらうことが、出来て――
 嬉しい、以外の言葉が見つからなかった。人は喜びでこんなにも涙が流せるのだと、思った。
 大切に、大切に蓮のチョコを抱き締めて、涙を拭うことも忘れて璃世は、蓮をそっと見上げる。

「蓮くん、また……会えるよね……?」

 恐る恐る、期待を込めて、どこか懇願するような響きで。――会えるよね、と。
 会いたかった彼に、会おうと思えば本当はきっと、色々な方法があった。けれどもどんな方法も選べなかったのは、自分からどうしても連絡をすることが出来なかったのは、それが蓮の気持ちを踏みにじる事になると知っていたからだ。
 自分が傍にいたら璃世や璃世の親友が幸せになれないと、自ら去っていった優しい人。その優しさを無駄にすることは、許されないことだと思った。
 けれども。こうして偶然出会えた今なら、それを願っても良いのだろうか。彼への、恋でもなく友情でもない、曖昧で複雑な気持ちがはっきりするまではせめて、それを願って良いのだろうか――?
 惑い、けれども今だけはただ素直に、また彼に会いたいと願う気持ちを音に紡ぐ、璃世の言葉に蓮は瞳を揺らした。無表情が、繕い切れなくなるのに焦りを覚える。
 だから、自分でも解らない何かの感情が浮かびそうになるのを抑えるように――誤魔化すようにガシガシと頭を掻いて、答えるべき言葉を探した。蓮の唇がどんな答えを紡ぐのか、じっと見つめる璃世の視線を感じながら。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 /    職 業   】
 ja8279  / 春名 璃世  / 女  / 18  / ディバインナイト
 jb2813  / 藤村 蓮   / 男  / 17  /   鬼道忍軍

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

初めまして、そしていつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そしていつもご覧下さっているとのこと、本当にありがとうございます!

お嬢様と息子さんの、何やら両片思い(!)にも思える物語、如何でしたでしょうか。
いつもながらお言葉に甘えて、かなり自由に書かせて頂いてしまいましたが……お嬢様は初めてお預かりさせて頂きますが、その、大丈夫でしょうか……?(汗
バレンタインのチョコは、きっとお嬢様も息子さんもそれぞれの痛みを胸に作られたのだろうな、と想像してほっこりしておりました。
何か、少しでもイメージの違う所がございましたら、いつでもどこでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お二人のイメージ通りの、胸に宿り続ける痛みを抱き締めるノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
MVパーティノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.