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『立ち返る日々、道行き。 』
月夜見 空尊(ib9671)&木葉 咲姫(ib9675)

 遙か遠くに見えた寺院は、どこかよそよそしく感じられた。物心ついてから長じて神楽へと旅立つまで、ほぼすべての時をあの寺院で過ごしたとは言っても、月夜見 空尊(ib9671)にとっては文字通り『過ごした』だけの場所だから、というのもあるのだろう。
 自分自身でこうやって、外側からあの寺院を眺めたことなど、記憶にある限りほとんどない。神楽へと旅立ったあの日が初めて、といっても過言ではないかも知れない。
 故に。久方ぶりの帰郷というには余りに静かな、常と変わらぬ平静なまなざしで寺院の、日の光を受けて鈍く銀色に光る屋根を見つめる空尊の傍らで、こちらは僅かに緊張の色を浮かべた木葉 咲姫(ib9675)が、きゅ、と小さく唇を引き結んだ。その様子を気配で察して、ふ、と空尊の口の端に微かな笑みが浮かぶ。
 空尊さん? と思わず問いかけた咲姫の手を、彼がぎゅっと握りしめた。それは力強く、けれども今日は少しだけ何かが違う。
 きゅっ、とその手を握り返した咲姫を見つめ、こく、と空尊は頷いた。そうして再び寺院へと眼差しを向ける。

「――では、参ろうか」
「はい」

 空尊の言葉にこくりと頷いて、咲姫もまた眼差しを彼方への寺院へと向けた。そうして2人、手を繋いだままゆっくりと歩き出した。





 門をくぐる遙か前から、空尊が帰還したという事は寺院の隅々にまで伝わっていたようだった。2人が近づくにつれ、のどかな田舎道にはいかにも僧形といった風情のものの姿が見え始め、ばたばたと走っていく。
 それに、不安を覚えない咲姫ではなかったが、傍らの空尊の横顔を見て何とかその不安を胸の奥に沈めることに成功した。――彼の傍らに立つのに相応しいようにと、自分自身に言い聞かせて。
 そんな咲姫の手を握ったまま、空尊は歩き続けてついに見慣れぬ、けれども長い時を過ごしたことに変わりはない寺院の門をくぐった。途端、寺中の僧侶が全員勤めを放り出して集まってきたのでは、と思えるほどの人波が、あっと言う間に2人を取り囲む。
 2人を――否、空尊を。寺にとっての生神である、長らく失われていた稀人を。

「『月夜見』様‥‥!」
「よくぞお戻り下さいました、『月夜見』様!」
「ようやく‥‥おお、ようやく『月夜見』様が戻られた‥‥!」

 そうして口々に叫ぶのは、空尊でありながら空尊ではない『月夜見』の帰還を喜ぶ声。驚喜にも似た歓喜。
 ふと、それでも自分を案じてくれているのには違いないのだからと、自らに言い聞かせていた幼い日々を思い出す。どこか歪んでいて、けれども決して間違いとは言い切れなかった、頼る場所などどこにも持たなかった頃のことを。
 懐かしいとは、思わなかった。ならば己はどう思っているのだろうと、思いながら静かな眼差しで熱狂する僧侶達を眺めた空尊は、ふいに袖を引かれて傍らの咲姫へと眼差しを向ける。
 それは、咲姫にとっても無意識の行動だった。初めての場所、見知らぬ人々――それも、一種異様な熱狂に包まれている集団を前にして、泰然としていられるのはよほどの大人物くらいのものだろう。
 故に緊張し、なにより雰囲気に気圧されて思わず、頼るように空尊の袖を握り締め寄り添っていたことに、咲姫もまた気付いて「あ」と小さく声を漏らした。そっと袖から手を離し、先刻以上に自分自身を必死に励ましながら、何とか背筋を伸ばして立つ。
 僧侶達の眼差しが、自然、咲姫へと向けられた。値踏みにも似た視線が遠慮なく彼女に注がれ、表情には隠す気もない不審が浮かぶ。
 『月夜見』様、と誰かが言った。

「恐れながら、『月夜見』様。この女人は『月夜見』様の知人でいらっしゃいますか‥‥?」
「うむ」

 違うのならば即座にこの不敬者を叩き出しますが、と言外に漂わせる僧侶に空尊は、こくりと大きく頷いてみせる。そんな事は許さないと、その眼差しが告げている。
 そうして。空尊は僧侶達をぐるりと見回し、告げた。

「この、咲姫と夫婦になる」
「木葉咲姫、と申します。よろしくお願いいたします」

 空尊の言葉に合わせて、咲姫もぴんと背筋を伸ばしたまま丁寧に頭を下げる。彼の妻として隣に立つために、彼の妻として認められるように。
 その言葉に――狂喜していた僧侶達の動きが、止まる。いったい今なにを言われたのかが解らない、と言う表情が一様にその面に浮かび、穴が空くほどに空尊と咲姫を見比べて。
 ――次の瞬間、爆発した。

「なりません、『月夜見』様!」
「『月夜見』様のご伴侶にはもっと、相応しい女人でなくては‥‥」
「『月夜見』様としてのご自覚をお持ち下さいませ! 軽々しくこのような、卑しい市井の女人などと‥‥」
「‥‥ぬしらは‥‥変わらぬ、な」

 そうして矢継ぎ早に投げられる、どこまでも予想通りの枠から外れない反対に、空尊は揺らがぬ静かな眼差しを向ける。それはどこか、哀れみにも似ていた。
 相手が咲姫ではなかったとしてもきっと、彼らはこうして反対するのだろう。『月夜見』を生き神と崇め、それが故に神らしからぬ振る舞いのすべてを封じ、己の見たい物だけを見て、己の信じるものだけで構成された小さな世界しか許さなかった、幼い頃と彼らは何も変わらない。
 きっと、これからも永遠に。花も月も愛でる事なく、あくまで『月夜見』を人形のように扱って――それでも崇め、畏れ、敬意を持って。
 それがありありと想像できて、空尊はため息ですらない息を吐いた。困ったような眼差しで僧侶と空尊を見比べる、咲姫に小さく首を振る。
 ――この者達には、空尊がもう幼く無力だった頃の空尊ではないのだと言うことすら、未だに解らないのだろうか。

「‥‥‥ぬし達に‥‥許可を、貰う気は‥‥ない。我は‥‥咲姫以外の者と、添うつもりはないので‥‥な」
「空尊さん‥‥」

 だから、どこか遠い気持ちではっきりとそう告げた空尊の手を、咲姫が小さく握り締めた。その手をしっかりと握り返して、もはや言うべき事はないと空尊は、咲姫を促し彼らに背を向ける。
 そうして並んで出ていく2人の背に、僧侶達のよりいっそう激しい動揺や反対の声が投げつけられた。――けれども、幼き日のように力付くで取り押さえようという者は、居なかった。





 寺を出てから休まず歩いて、辿り着いた今宵の宿でようやく空尊がほぅ、と大きな息を吐いた。それまでの道中を、彼と共に歩きながら案じていた咲姫はその様子に、ほっ、と安堵の息を吐く。
 慎ましやかな、けれども気持ちの良い部屋だった。荷を降ろして旅装を解き、埃を払ってすっきりしたところで空尊が、咲姫、と彼女の名前を呼ぶ。
 はい、と見上げた空尊の表情はどこか、寺を出る前よりも疲れているように見えた。それにまた心配を深め、案じる眼差しになる咲姫を見て、どう思ったものか空尊が吐息と共に「すまぬ」と告げる。

「‥‥‥寺の者が‥‥非礼を働いた‥‥疲れたであろう‥‥」
「非礼‥‥」

 言われた言葉に少し首を傾げ、寺の者達が空尊を思い留まらせるために投げた言葉の数々だと気付いた。否、それ以外にも値踏みされたりだとか、確かに心穏やかでは居られないことは多々あったけれども。
 それよりも、今の咲姫の心を占めているのは宿に着くまでの間に空尊が浮かべていた、張りつめた表情。触れれば崩れ落ちてしまいそうで、けれども近寄り難いほどに凛としていて――まさに夜空から地上を見下ろす、月のように。
 それが、咲姫には心配だった。心配で、心配で――寺であったことなど、その想いの前では大したことではなかったのだ。
 けれども――思い出して、咲姫は僅かに眼差しを伏せる。

「――あそこが、空尊さんの家なのですね」
「‥‥‥いや‥‥あそこは‥‥我の家、ではない‥‥」
「‥‥空尊さんの家ではないのですか?」

 空尊から返された言葉に眼差しをあげれば、不思議な感情の色を浮かべた眼差しとぶつかった。つい、問い返してしまったのは彼に、答えを求めての事ではないけれども。
 そうだな、と咲姫の言葉に空尊はただ頷いた。あの場所は空尊にとって、家と呼ぶべき場所からはもっとも遠い場所だ。
 生まれてから今までの間で、もっとも長い時間を過ごした場所にも関わらず、寺に対する郷愁は皆無だ。だって空尊にとってあの場所は、例えるなら檻のような場所だったから。
 大切にされた。衣食住、すべてにおいて不自由はなかった。ただ1つ、空尊自身の自由がなかっただけで――

「‥‥それでも‥‥1度は、おぬしを連れていくべきだと‥‥思ったのだ‥‥」

 あそこは空尊の家ではなかったが、空尊を作った場所ではあった。郷愁を抱く場所ではないが、それでも長い時を過ごした場所ではあった。
 だから、なのか。――彼の今を作った場所を、確かに彼の一部分でもあるあの人々を、咲姫に知ってほしいと、知らせるべきだと思ったのか。
 だが、と空尊は瞳を伏せる。僧達の言動は決して予測出来ないものではなかった。けれども、それがもしかしたら咲姫を傷つけるかもしれないとまでは、きちんと想定出来ては居なかったから。
 慈しむように咲姫の髪に触れ、すべらかに撫でながら空尊は、故に悔恨を口にする。

「‥‥不快な思いをさせてしまったのならば‥‥すまない‥‥」
「――謝らないでください」

 そんな空尊をまっすぐ見上げて、咲姫はゆぅるりと首を振って微笑んだ。取り繕うためでも、自分を案じて止まない空尊を安堵させるためでもない――澄んだ水のように穏やかな微笑み。
 空尊が咲姫を傷つけようとして連れていったのではないことくらい、咲姫はちゃんと知っている。――あの人達だって、咲姫を傷つけてやろうとああ言ったのではないことも、解っている。
 だから。何より、今まで知らなかった空尊のことをまた1つ知ることが出来て、寄り添うことが出来て、本当に嬉しいから。

「連れて行ってくださり、ありがとうございました」

 花のように微笑んでそういった、咲姫の肩をそっと空尊が抱き寄せた。伝わる温もりが、力強く抱きしめられる腕が、何よりも雄弁に彼の感情を伝えてくるように感じられる。
 それは、咲姫を抱きしめる空尊にとっても、同じで。――もしかしたら、幼き日々を思い出した今日は常よりもなお、咲姫が恋しい。
 本当の『家』のことを、家族のことを空尊はあまりよく覚えてはいない。物心着く頃には寺に引き取られた彼には、決定的に家族の思い出という物が乏しい。
 それでも、生まれた家が非常に貧しかった事だけは、とてもよく覚えている。食うにも困る暮らし、父や母であった人の顔もよく覚えてはいないけれども、きっと笑顔を見たことは少なかった。
 場所ももう、覚えてはいない。幼い頃の記憶などそんなものかもしれないが、それでも覚えていないという事実はどこか、寂しい。
 ――そんな、朧ろな記憶を空尊は思い出し、その端から腕の中の咲姫に、語る。それを静かに聞く咲姫の表情は穏やかで、そうしてとても嬉しそうだ。
 それが、見ずとも空尊にも解った。咲姫の肩を抱く腕に、力が籠もる。

「‥‥我は‥‥家族が、できた‥‥」
「妻として、空尊さんの傍に‥‥ずっと」

 そうして嬉しそうに目を細め、呟く空尊の体を抱き締めて寄り添い、咲姫は誓うようにそう呟いた。――誓いを、告げた。
 ずっと。今はまだ想像もつかないほど遠い未来まで、ずっと空尊と共に、空尊の傍らで、彼の妻として在れたらこれほど幸いなことはないと、思う。
 そうして2人は寄り添い、抱き合ってただ静かに、夫婦になれる喜びを――これからの永き時を共に過ごすことが出来る幸いを、ただ噛みしめていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 / 職 業  】
 ib9675  / 木葉 咲姫  / 女  / 16  /  巫女
 ib9671  / 月夜見 空尊 / 男  / 21  / サムライ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

息子さんとお嬢様の、婚前のご挨拶旅行な物語、如何でしたでしょうか。
執筆させて頂きながら、なぜだかご結婚のご挨拶ではなくてご報告に行かれているような錯覚がありましたが、ある意味では間違ってないのでしょうか(
何というか、これからもこんな感じで過ごして行かれるのだろうなぁ、という気が致します。
ちなみに途中、息子さんがもっとお嬢様とイチャイチャ(その表現……)したがっておられたのですが、流れに割り込む隙がなかったのが残念です(色々待て

お二人のイメージ通りの、過去と未来を共に見つめるノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
MVパーティノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年04月10日

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