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『愛の戦い2.14. 』
小野坂源太郎(gb6063)


 家族の出払った休日。窓辺の揺り椅子に深く腰掛け目を閉じれば、遠く波の音が聞こえるようだ。
 記憶の中に広がるビーチは、老人にとって聖域だった。
 第一線を退いてからは、自身の衰えと向き合うことから逃げるように、背を向けてしまう程に、大切な。
 ひたすらに、己を鍛え上げることに夢中だった日々に背を向けると、暖かな家族がそこに居た。
 娘、その夫、そして愛らしい孫たち。
 穏やかで暖かな、新しい日常もまた、老人にとって掛け替えのないものとなっていた。
「……バレンタイン、か」
 テーブルの上には、朝一番に家族から贈られたチョコレートが乗っている。
 夜には婿と酒を酌み交わす約束をしていた。
「誕生日でもないのに、こんなに浮かれるなんてのぅ」
 くすぐったくて、ふふりと笑い。ふと思い立ち、老人はゆっくりと立ち上がった。
 ――あの頃の自分が、今を知ったらどう思うだろう。
 過ぎった素朴な問いが、懐かしさを掻き立てる。
 物置部屋を物色し、やがて手になじみのある布地を探り当てた。
「懐かしいのう……」
 それは、手入れの行き届いたポージングパンツ。
 老人がボディビルダー現役時代に着用していたものだ。
「今だって鍛錬は怠っておらん。往時には劣ると言えど――……」
 たまには、元気なおじいちゃんの姿を披露して、驚かせてやろうか?
 茶目っ気を出して、老人はそれを身に着けた。
「む、電話か。なんじゃなんじゃ」
 ポージングパンツ姿で、老人はリビングへと戻って行った。




 2.14. 褌の日。小野坂源太郎は国外に居た。
 マッスルたちの聖地ともいわれる、とあるビーチ。
 日本のこの時期は寒さで筋肉も引き締まるものだが、たまには暖かな場所で鍛え上げるのも良いだろう。
 そう思ってのことだ。
「昨年こそ、大騒ぎが起きたものだが……。起きたからこそ、今年は平和だろうて」
 忘れもしない、悲しき男たちが褌の力に振り回された昨年の事件を。
「何事も、努力を継続した末に実るってやつだな」
「うむ。まったくもってその通り―― ……はて、おぬしは」
「えっ、アンタ、あの時の……」
 源太郎の独り言に乗ってきた男児には、見覚えがある。
 昨年の騒動の、リーダーに違いない。
「アンタに当てられちまって、あれから俺も筋肉の何たるかに目覚めてな。真面目に鍛えたんだ」
「ふむ、無理なく綺麗に付いておるな」
 考えることは同じだったようで、こうして鍛錬へ来ていたのだという。
 思い出話に花を咲かせ、互いの鍛錬に汗を流し、有意義なひと時を過ごしていた。
「ところで、今年も締めるのかい、例の褌」
「そのつもりで、ここへ来たんじゃ。おぬしも……じゃろ?」
「へへっ、バレてら」
 年に一度、この日に締めると決めてある『特別な褌』――それは、場所を選ぶ。
 この地であれば、思う存分に褌の力を引き出せるだろう、そう思っていた。
 盟友たちは笑い合い、それでは日々の鍛錬の成果を披露しよう、そう頷いた時だ。

 ――けたたましいサイレンが、ビーチ近隣に響き渡る。

 ビーチだけじゃない、街全体だ。
『緊急事態発生、緊急事態発生、市街地に巨人が出現! ただちに避難せよ。繰り返す――』
「……巨人?」
「いやな予感がするのう……」
「ああ。まるで、去年の俺や仲間たちみたいだ」
 杞憂であれば良し。
 しかし、最悪の事態が発生していたら?
 二人は神妙な面持ちで、中心街へと走り出した。




 果たして。
 中心街へ向かいながら、雄たけびを上げる老人の姿がそこにあった。
 輝くポージングパンツを纏う身体は筋骨隆々、拳をかざせば太い血管が浮き上がる。
「轢き逃げ犯はどこじゃぁあああああ!!!!! 無能なポリスめ、見つけなければ都市を破壊しつくすぞぉおおおお!」
 老人は、血涙を流していた。
「娘を、家族を返せぇええええええ!!! 許すものか、許すものか……!!!」
(なんというパワーじゃ…… 怒り、悲しみ…… それらが『伝説のパンツ』と共鳴しておる)
 『伝説の褌』が存在するように、『伝説のパンツ』もまた、存在する。それは、いつ、どのようにして誰の手に渡るかは、解明されていない。
 地の底から噴きだすような老人の怒号に、源太郎は身震いをした。
 かつて、ここまで強烈な『想い』にぶつかったことがあるだろうか。
「仔細は知らぬが、このまま中心街へ行かせるわけにはいかぬ」
「未熟ながら、助太刀するぜ」
 源太郎と男児は、それぞれに己の褌を締める。パワーがみなぎり、老人に負けず劣らずの巨人へと化す!!
「止まれい、そこなもの!! 如何なる理由が在ろうと、無関係の一般市民に犠牲を強いるのは許さぬ!」
「ワシの娘家族が轢き逃げされた! 昼間の街中でだ!! 目撃者がいないわけがない!」
 娘たちは病院へ搬送され、意識不明の重体だと老人は叫んだ。
「許さぬ、許さぬ、看過した街の人間も許さぬ!! この手で、犯人を捉えてやるわ!」
 がっしりと正面から組み合い、老人は叫ぶ。一言ごとに、伝説のパンツの力は呼応して輝きを発した。
 ぐぐぐ、源太郎の足が大地にめり込む。勢いに、押されているのだ。
「せぇい!!」
 逆方向から、男児が老人の足へタックル。しかと掴み、動きを止める。
 その機を逃さず、源太郎は老人の脇下へ腕を差し入れると勢いをつけ地へ転がした!
「ぐぬぅ……!! その為に、無害の死傷者を出して、喜ぶ娘御か!」
 ……倒した。 
 二対一でも苦戦を強いられたが、それでも――……
「叱ってくれるなら本望じゃ……! 叱ってくれぃ……」
 大の字になった老人の双眸から、ボロボロと涙がこぼれる。
 もし、意識が戻らないままだったら、叱られることさえない。
「このまま、老体だけが生きながらえて何となる…… 死んでも死に切れん……!!!!」
「なっ……!!」
(『想い』の力とは…… こんなにも、パワーを引き出すというのか……!)
 更なる巨大化を果たした老人を前に、源太郎は愕然とする。
 怒りと悲しみ、そして深い愛情に満ちた老人を前に、自分が打てる手は――

「待ってください!! 娘さんたちが意識を取り戻したと、連絡が……!」

 万事休す。源太郎が覚悟をした時、足元から拡声器ごしの女性の声が響いた。
「お父様を、しきりに心配なさっています。どうか、早く病院へ……!!!」




 ――筋肉とは、ただ己を飾るのみにあらず
 昨年、愛を求め彷徨う若者へ、源太郎が投じた言葉であった。

「大きな力には…… それに伴った、強き心が必要、なのじゃな。それが在る限り、褌は無限に応えてくれるだろう」

 落ち着きを取り戻した老人が、娘家族のいる病院の前で号泣している。
 少し離れた場所で様子を伺いながら、源太郎は男児と共に、己の未熟さを実感していた。
(そうじゃろう、『伝説の褌』よ……)
 未熟であるということは、成熟へ向かってゆく楽しみがあるということ。
 勝ち負けとはちがう、どこか清々しい気持ちを抱き、そして心を引き締めて。
 源太郎は、異国の空を見上げた。




【愛の戦い2.14. 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【gb6063/ 小野坂源太郎 / 男 / 73歳 / ファイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
昨年からの流れを受けつつ、海外で褌ファイト! お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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2015年04月13日

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