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『貴方と私の回旋曲 』
矢野 胡桃ja2617


 木々の芽が膨らみ始める頃。
 踊るような、春の足音。
 肩上あたりで揺れる髪も、心なしか楽しそう。
 矢野 胡桃は路上販売のクレープを三種ほどオーダーし、トッピングのアイスクリームが溶けないうちに公園内のベンチを探す。
 休日は何処も賑わっていて、休息場所を探すことにも一苦労。
 噴水の傍では、派手な音楽を背景にしたパフォーマー。反対側では、誰かが鳩へ餌を撒いている。
 ようやく空いてるベンチを見つけ、座ると足を伸ばしながら一つ目のクレープを堪能。
 甘酸っぱいベリーソースと、レアチーズアイスが絶妙だ。
「ん〜〜〜、幸せって、こういうこと、ね」
 焦らなくても、クレープはまだ二つもある。ゆっくり、ゆっくり……

 気づけば最後の一つ、最後の一口。
 時の流れとは、なんて残酷なのかしら。
 先まで詰まったチョコレートソースを味わっていると、不意に鳩の群れが一斉に羽ばたいた。
 自然と、胡桃はそちらを見上げる。
 薄灰色の鳩の群れ、その中に真っ白な一羽だけが、群れとは違う動きをしている。――否、鳩ではない。
 飛び立った群れの奥に、黒い人影があった。
 黒いロングコート。黒い革手袋。黒いスーツ。
 黒髪の間から、金の眼だけが色彩を持っている。
 白い鳥を腕に止め、何事か会話をするように顔を近づけ、空へ放つ。
「……ヴェズルフェルニル」
「おや、こんなところで奇遇だね」
 人々の間に完全に紛れている天使は――カラスは、友人にでも逢ったかのように片手を挙げた。




 彼は、天使だ。
 サーバントを使役し、人を襲い、傷つけ、搾取する、紛うこと無き『敵』である。
 胡桃は、幾度となく銃口を向け合ってきた。
 互いの名を交わしあい、呼び合っても、そこは常に戦場で、互いに躊躇なく引き金を引いた。
 人界ではカラスという通り名を使う彼を、しかし胡桃は真の名である『ヴェズルフェルニル』或いは自身でつけた呼び名『濡羽の君』と呼ぶ。
 『長いのに』と当人が苦笑しても、胡桃が彼へ『カラス』と呼びかけることはあまりしなかった。
「今日は、どんな御用事?」
「見ての通り、散歩だよ。春の陽気につられてね」
「嘘」
「まあ、嘘だけど。事を荒立てるつもりはないさ」
「だったら」
 どこまでがほんとうで、どこまでがフェイク?
 紳士然とした笑顔もきっと、フェイク。
 そして彼は見抜かれていることを、知っている。
 扱いにくいったら。
「一緒に、お散歩しましょう?」
「……休日、ね。成程」
 右の革手袋を外し、カラスの指先がツイと伸びる。
「これはまた、甘いものを存分に堪能していたと見える」
「!!!!!!!!」
 唇の横に付いていたチョコレートソースを軽く拭い、男はぺろりと舐めた。
 胡桃は顔を赤く染め、3mほど後ずさる。
「ずいぶんと可愛らしい反応をするね?」
「だっ、なん…… ……ッッ」
 だって。なんで。そんなこと。
「時間は日が暮れるまで。それでよければ、デートのお相手を務めさせていただこうかな」

 おかしい。
 誘ったのは、自分の方なのに。
 気が付けば、主導権を握られている。気がする。気のせい?




 広い公園の散策ルートへと入れば、早咲きの花や緑、野鳥のさえずりが響いて心地よい。
 柔らかな土を踏みしめながら、何を話すでなく二人は並んで歩く。身長差を配慮した男の歩調が、なんだか妙に腹立たしい。
 天使は、案外と植物の名に詳しかった。
「でも、花言葉までは、知らないでしょう」
「花言葉?」
 胡桃は、ふと視線を足元へ落とす。
 色とりどりに咲き誇る、クロッカス。自主学習の息抜きに開いた、花の図鑑はなかなか面白かった。
 ――信頼
 ――青春の喜び
 ――私を信じて
 ――切望
 ……愛したことを、後悔する
「…………」
(う、ううん、違う、これはそうじゃなくて)
 そもそも、愛ってなんなの、愛って。花言葉だから。ただの花言葉だから。
 『かわいさ余って憎さ百倍』とか『殺したいほど愛してる』とか、どっちかといえばそういう どういう……
「コモモは?」
「え」
 ぐるぐると、言葉に詰まった少女の頭上に声が降る。
「桃の花にも、花言葉はあるんだろう」
「あっ、ええ。それは―― …………『天下無敵』よ」
「それは頼もしいな」
 含みのある笑いは、『他の』花言葉を知った上での所業か。誰が言うものか。
「そういうの、よくないと思う、わ」
 むぎゅ。
 うんと背伸びをして、目いっぱい手を伸ばして、胡桃はカラスの頬をつねった。
 ひやりとした感触に、思わず心臓が跳ねる。
「はは。……人間は、面白いね」
「……そうかしら」
「ああ。実に飽きない」
 胡桃には、複雑な過去がある。事情がある。その身に流れるのは人だけではなく、半分は悪魔のものだ。
 『人』を怖い、と思うことすらある。
 素の自分をさらけ出せるのは、心を許した特定の相手だけ。
 それでも……彼にとってみれば、全て一括りの『人間』とされる。
(……撃退士、だもの。あたりまえ、なのに)
 見えない線を、引かれた気がした。
「ヴェズルフェルニル。あなたの名前は?」
「花のような、綺麗な物じゃない。『風を打ち消す者』、ユグドラシルに止まりしフレースヴェルグの、眉間に止まるちっぽけな鷹さ」
 世界のあらゆる風を起こすのがフレースヴェルグなら、その風を止めて見せるのがヴェズルフェルニルである。神話は謳う。
 柔らかな春風が吹き、男の黒髪を揺らす。長い指で、額からかき上げてカラスは苦く笑った。
「実際には、こんな風すら止められないけどね」
「止めさせたりなんか、しないわ」
「そうか」
「そうよ」




 公園の広場へ戻れば、主を探していたのか数羽の白い鳥が舞い降りてきた。
 カラスの肩へ腕へ、止まりに来る。
(こうして見れば、ごく普通の……)
 金の眼の一般人がいるかはともかく、悪目立ちをしないことは確かだった。
 伝令の鳥たちは、再び何処ぞへと飛んでゆく。
「さぁ、そろそろ時間だね、お姫さま」
「……その呼び方は厭だと言ったわ」
 決めた人にしか、許していないと。
「魔法が掛かっている間は、女の子は誰だってお姫さまさ」
「それじゃあ、貴方が王子様なの? 濡羽の君」
「僭越ながら、そうなるね」
 傾く日を背景に、王子様は憎ったらしくも優しく笑う。
「お手をどうぞ、お姫さま」
「……とったら、どうなるの?」
「後ろを向いて、三つ数えたら魔法が解ける」
「…………また、会えるかしら」
「そうだね。いずれ、戦場で」
「――そう、ね」
 要所要所で、天使は線を引く。
 甘くぐずぐずに溶かすこともできるだろうに、律儀なことにそれはしない。
 互いの信条へ、踏み込むことはしない。
 差し出された手へ、胡桃の小さな手が重なる。
 金の眼が伏せられ、小さくキスが落とされる。


 それから三つ、数えて。




 鳥たちが飛び立った方向を、星が瞬き始めるまで胡桃は見つめていた。
(どんな答えへ進んでも…… 後悔だけは、しないわ)

 いずれ、また会えるだろう。
 ――戦場で。




【貴方と私の回旋曲 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2617 / 矢野 胡桃  / 女 / 15歳 / ダアト】
【jz0288 /カラス(ヴェズルフェルニル)/男/28歳/天使】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
ほのぼのお散歩エピソード、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
MVパーティノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月13日

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