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『木漏れ日の下の約束 』
志鷹 都(ib6971)&馨(ib8931)


 青空に浮かぶ白い雲。吹く風も心地良い昼下がり。
 陽気に誘われ志鷹 都は白い花を染め抜いた単衣の着物に着替えた。この絶好の散歩日和、装いも新たにすればますます外にでかけたくなる。都はその瞳より少し明るい萌黄のショールを羽織ると、夫の馨を誘い少し遠くの公園へと出かけた。夫婦でデートだ。
 桜の盛りも過ぎた頃、洗い立てのような眩い緑のトンネルを二人並んで歩く。軽い足取りに、零れる鼻歌。
「水の音かな?」
 ベンチに腰掛け都は耳に手を当て目を閉じた。
「大きな公園だ。小川くらいあるかもな」
 隣に座る馨も都に習って耳をすませる。
「暑くなったら小川で遊ぶのも楽しそうだよね」
 はい、と都は果実酒のコップを馨に渡す。自分にはお茶。バスケットから取り出すのは手作りのクッキーやマフィンにジャムや蜂蜜、そして干し果物。緑の中で午後のお茶会。
 お茶は少し温くなってはいるが、歩いた身体にハーブの香りが染み渡る。
 さくり、とクッキーを一口。
「うん、丁度良い焼き加減」
 満足そうに頷く都に「都の作るものはいつも美味しいよ」と馨がジャムをつけたスコーンを頬張る。
「桜が有名だと聞いたのだが……もう散っているな」
 残念だった、と肩を竦める馨に「ううん」と都は首を振り、柔らかい緑のまだ成長しきっていない葉をサララと揺らし渡る風を胸一杯に吸い込んだ。
「淡い緑がお日様に照らされてとても綺麗だよ」
 桜の季節に比べ、温い風は子を宿している都に丁度良いくらいだ。
「都の目の色と同じだな」
 目じりにそっと触れる指。
「……っ」
 見詰め合う二人の前を子供達が走り抜けていく。一番後ろを遅れ気味についていく小さな女の子が転んだ。
 馨が助けるよりも先に、一人の少年が戻ってきた。
「おにいちゃあん……」
「ほら、泣くな」
 泣きべそをかく女の子の手を引っ張り助け起こす。そして「行くぞ」と手を繋いだまま皆を追いかけ走り出した。
(お兄ちゃんか……)
 その響きに覚える懐かしさ。隣の夫を見上げる。幼馴染の優しいお兄ちゃん、そして初恋の人。

 恭お兄ちゃん……

 聞こえてくる子供達のはしゃいだ声に幼い自分の声が蘇る。
 木々の合間をすり抜け鬼ごっこ、広場でぽんと高く上がる鞠、野原で作った花冠……。
 公園で遊ぶ子供達に重なる幼い頃の風景。
 公園で、野原で、日が暮れるまで一緒に遊んでいた、と在りし日に目を細める。

 お茶の後、都は広場から離れた静かな場所へと馨を誘う。広がる芝生の緑はまだ柔らかくて裸足で歩いたら気持ち良さそうだ。そういえば子供の頃芝生の上で散々転がって髪に草や葉が絡まったりして大変だった覚えがある。
 隣の視線に気付いて都は顔を上げた。
「流石にもうしないよ……」
 何か言いたげな馨にそう返し、先にある大きな樹を指差した。
「あそこでお昼寝しない?」
 樹の根元に二人手を繋いで寝転がる。覆いかぶさるように広がる枝。
(昔も……)
 子供のときも遊び疲れると二人でこうして木漏れ日の下、手を繋いで昼寝をした。朝起きて、ご飯を食べて、一緒に遊んで、お昼寝して、また明日と手を振って、そしてまた朝が来て……あの頃は明日も同じような日がやって来ると信じていた。
 だけどそんなことはないのだ。当たり前だと思っていた日常はとても脆く儚いもの……。
 今でも思い出す度に胸が苦しくなる。
 馨の父が亡くなって間もなく、馨は左目に深い傷を負った。見舞いに行った都には家での事故だから大丈夫だと言っていたが、その日を境に彼から笑顔が消える。
 そして家族が全員亡くなった日、街から姿を消した馨。
 気付かれぬよう彼の横顔を盗み見た。
 14年の歳月を経て再会した彼。優しく穏やかだった兄には悲しみや諦観の影が纏わりついていた。笑顔を失った彼が再び都に微笑んでくれる。だけどその笑みはとても苦しそうで都の胸を締め付けた。
 都の知らない14年の歳月。その間に彼が選んだ道、背負った業。俄かには信じられない話に都は戸惑い、どうしようもできない自分の無力さにもどかしさも覚えた。
 いつの間にか自分達はこんなにも遠くに来てしまったのだろう、と。
 だがそんな時、彼の腕にみつけたブレスレット。幼い頃、彼に贈った……。
 彼がまだそれを身につけてくれている。そう思った瞬間泣きたいほどに嬉しくなった。そして、ああ、自分はこの人のことが好きなのだ、と心の底から実感した。
 幼い頃からこの胸の奥、ずっとずっと輝き続ける彼への想い。
 胸の上に手を置く。
 この想いを諦めることができようか、裏切ることができようか。
 彼の全てを受け入れよう、都はそう決意した。
 彼の生きてきた世界、それは都には想像もつかない世界だ。その世界はあっけないほど簡単に自分達に永遠の別れを齎すかもしれない。
 それでも温かくて大きな彼の手、この手をずっと握っていたいと思う。
 力を込めるとぎゅっと握り返された。
 せめても共にいられる間はもう二度とこの手を離したくはないと思う。
「恭……」
 小さく名を呼び、都は目を閉じた。

 重なった葉の合間から零れる陽光はきらきらと煌き、芝生に、地に、寝転がる二人に降り注ぐ。こうして空を見上げていると馨は子供の頃を思い出す。
 心の奥底に大切にしまってある優しい風景。故郷で幼馴染とともに過ごした日々。故郷を出てからも彼女の笑顔はずっと心の内で輝いていた。闇の中で光るたった一つの宝物。
 目を閉じれば今も当時の笑い声が耳の中に響く。

「恭お兄ちゃん」
「都ちゃん」

 泥団子が上手にできた、つくしが芽を出した、二人でいればほんのちょっとしたことでも大事件でとても楽しかった。顔を見合わせただけで笑顔が浮かんでくる、そんな時間。
 そしてこの時間がずっと続くのだと思っていた。今思い返せばなんと愚かな思い込みか……。
 木漏れ日に向かって手を伸ばし、掴もうと試みる。だが光は手に捕らわれることなくするりと抜けてしまう。まるで幼き日々のように。
 ともすれば今握っている手が幻ではないかとそんな不安に襲われる。
 ゆっくりと身体を起こし、隣で寝ている妻の寝顔を見下ろした。
(あの頃と変わらないな……)
 顔にかかっている髪をそっと退けてやる。
 家族が亡くなった後、逃げるように故郷を旅立ったあの日、二度と会うことはないだろうと思っていた。掃除屋に拾われ、己も同じ道を選んだときは再会を望むことすらも禁じた。
 しかし四年前のことだ、どんな運命の悪戯か自分達は再会してしまう。彼女だとわかった瞬間、素直に嬉しいと思った自分に驚いた。幼馴染にして初恋の少女には日の当たる場所で笑顔でいて欲しい、と願ったのに。
 だからすぐさまその想いを胸の奥に封じ、距離を置こうともした。
 自分と彼女では立場が違う、生きる世界が違う、一緒にいても互いに苦しむだけ。
 だというのに記憶より大人びた彼女の笑顔に心が揺らぐ。
 再会できただけで十分だ、自分には幼いころ彼女から貰った温もりがある、それ以上望むなと繰り返し言い聞かせ、声を聞くたびに顔を見るたびに胸に広がる愛しさを無理矢理押し殺していく。
 自分が望むのは何か、彼女の幸せだ。自分が望むのは何か、彼女だ。鬩ぎあう心。
 何度彼女を求め、手を伸ばしたことか。そのたび己の手は血に汚れているのだ、と自身を諌めた。
(だが都は……)
 馨の現状を知ってもなお、まっすぐな視線で名を呼んでくれたのだ。
 自分が沈んだ闇の中に一条の光のごとく差し伸べられる彼女の手は血に染まった己が手を躊躇いなく掴む。
 彼女の内に秘められた強さ、彼女を守る為に距離を置くなど、とんだ思い上がりだった。
 守られていたのは自分。ずっと彼女は自分を支えてきてくれたのだ。そう、ずっと……ずっと。
 着物の袖に隠れ腕に巻いたモルダバイトのブレスレットが揺れる。
 父を亡くし心を病んだ母によって左目の光を失ったとき見舞いに来た都が「御守りに」と贈ってくれたものだ。あの日からずっと自分の腕にあり、笑うことを忘れた自分に温もりを与えてくれていた。
「おに……ちゃん」
 幼い頃の夢を見ているのだろうか、懐かしい名で呼ばれる。
「都……」
 起こさぬよう頬に触れた。柔らかくすべらかな頬。今彼女の胎内には新しい生命が宿っている。二人の子だ。
 人並みの幸せ――たとえどのような相手であっても命を奪い日々の糧とした自分には無縁なものだと思っていた。
 この穢れた身、多くの者の怨嗟を背負っているであろう自分の背……。それでも彼女は「二人の子が欲しい」と言ってくれたのだ。
(それがどれほど嬉しかったか……君は知っているだろうか?)
 どれほど自分の魂を救ってくれたのか。
 日々募る愛しさは胸に溢れ、自分を満たしてくれる。彼女が自分の生きる意味だ、と改めて思う。
(ありがとう……)
 自分を想ってくれて、子を望んでくれて、救ってくれて……。湧き上がる想いを唇に乗せ、顔を寄せた。
 唇が触れ合う寸前、都が小さく身じろぎをする。

 頬に触れる優しい熱。ふわりと近づく懐かしい匂い……。
「ん……」
 ぼんやりとした視界一杯に映る愛しい人の顔。
「恭?」
 暫くして覚醒と同時に焦点が馨の顔の上で結ばれる。互いに吐息のかかりそうな距離、わずかに鼻の頭が触れた。
 流石に何が起きようとしていたのかわかる。かっと耳の辺りまで熱くなった。
「……っ。 え……と、その……」
「都……」
 自分にしか聞こえない声で彼が囁く。視線を上げれば白銀へと変わってしまった馨の左目が目に入った。昔は優しい琥珀だった瞳。
(ああ……)
 あの頃のお兄ちゃんじゃない、と思う。幼い頃から自分達はどれほど遠くきてしまったのだろうか、と。
(それでも、この人は……)
 私の愛する人だ。もう、二度と手を離したくはない……と繋いだ手の指を絡め口元を綻ばせる。
 僅かに上向かされる。触れる指は優しいけれど硬い。
 視線が絡み合う。互いの心音が聞こえる距離。
 どちらともなく瞳を閉じて、唇を重ねた。
 口付けを終えたあと、離れがたく互いに見詰め合う。
「……」
 唇の動きだけでそっと告げる言葉。
 愛しいという気持ちのままふわりと微笑むと、都は馨の頬に手を添え優しく撫でる。

 ずっと、ずっと……そんな声が馨の耳に聞こえたような気がした。頬に触れる柔らかい温もり。鼻の奥がツンとしたかと思うと彼女の笑みが滲む。
「愛してる……」
 頬を撫でる手に己の手を重ねた。

「子供の頃一緒に昼寝をした大きな木覚えてる?」
 二人で木漏れ日を見上げながら、都が馨に問いかける。
「都が登って降りれないって泣いた木だろう」
「おかしなことばかり覚えている」
 拗ねたような口調に「悪かった」と馨が笑う。
 遠くから聞こえてくる子供達の楽しそうな声。芝生の上を走り回る幼い都と馨が見えた。
「あのね……いつかでいいから、またあの公園に行きたいな。今度は子供達も一緒に」
 それで皆でお昼寝しよう、都が目立つようになった腹に手を置き馨の肩に頭を預ける。
「ああ、子供が生まれたら家族で行こう」
 家族、その言葉が馨には少しばかりくすぐったい。
「約束だよ」
「約束だ」
 肩に乗せられた頭に馨は頬を寄せた。
 永遠に続かないと分かっていてなお優しい時間が続けばいいのにと願いながら。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ib6971  / 志鷹 都 / 女  / 23歳  / 巫女】
【ib8931  / 馨    / 男  / 28歳  / 陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。桐崎です。

ご夫婦の春の昼下がりのできごと、いかがだったでしょうか。
互いにいずれ来るかもしれない終わりを思いながらそれを胸に秘めていらっしゃるのかな、と思いました。
お二人にとって日常とはいつ崩れるかわからないあやういものなのかもしれません。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
MVパーティノベル -
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舵天照 -DTS-
2015年04月14日

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