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『二人だけの時間 』
ウルシュテッド(ib5445)&ニノン(ia9578)


 日付の変わる少し前。子供達が寝静まったのを確認し、ウルシュテッドとニノンはそっと館を出て敷地内の龍舎へと向かった。
 静まり返った龍舎の中、聞こえてくるのは規則正しい龍の寝息。
 ウルシュテッドが龍の名を呼びながら、その身体を軽く揺する。大きな翼を震わせてむずがる龍は面倒そうに目を開く。
「夜遅くにすまんのう」
 すかさずニノンが龍の身体を大きく撫でてやりながら差し出すのは好物の燻製肉。背後でウルシュテッドも「頼む」というように手を合わせた。
 仕方ないと思ったのかはたまた燻製肉に懐柔されたのか龍は肉を一口で平らげ、身体を起こす。
「良い子じゃ。戻ってきたらまた肉をやろうぞ」
 逞しい首をニノンに撫でられ龍は少し得意気に翼を広げた。

 ふわり、と龍が二人を乗せて飛び立つ。春とはいえ上空の空気は冷たい。頭からすっぽりとストールを巻くニノン。耳元でビュウビュウと風が流れ、眼下に神楽の都が見える。
 ウルシュテッドたちの暮らす館辺りは真っ暗だが、中心部は月明かりに負けず明るい。
「天の川みたいだな」
 妻を腕の中に抱きとめ、ウルシュテッドは龍の手綱を強く引く。ぐいんと急旋回する龍にニノンが「おぉ」と声を上げ「子供のように遊ぶでない」と非難した。
 ……とはいえ声音は怒っているわけではなく寧ろ弾んでいる。二人とも夜のお出かけに年甲斐もなくはしゃいでいたのだ。
 真夜中の外出というのは各地を結ぶ精霊門の開門を思えば開拓者にとり珍しいことではない。だが今宵は違う。仕事ではない。二人きり、夫婦水入らずの大人の夜遊びなのだ。
 ウルシュテッドはもう一度、龍を旋回させた。

 星を地図に神楽の都から北上していく。暗がりに浮かび始めた山の稜線に高度を落とす。うっすらと見える灯、風に混じる硫黄の香り。
 そこが今宵の目的地、山間の小さな温泉郷である。龍は根雪を巻き上げ里の外れに降りた。
 二人が向かったのは小さな温泉宿。古いが静かで何より梅が見事だ。今だ雪の残るその地は今が梅の盛り。旅人を導く灯篭の灯に紅白の梅が浮かぶ。
 宿の露天風呂は時間帯のせいか貸切状態であった。
「そなたは良い宿を知っておる」
 ゆっくりと湯に身を沈めながらニノンが深く息を吐く。伸ばした腕の上、湯の質を確かめるように手を滑らせた。
 月明かりの下、晒される腕の白さにウルシュテッドが見惚れる。その視線に気付いたニノンが少し意地悪い笑みを唇に浮かべた。
「何処の誰と来ておったのだか……」
 含みを持たせた視線、だがそれも湯の中距離を詰めたウルシュテッドに何かを察し、「ふっ、冗談じゃ」と早々に種明かし。
「俺には君だけだ……」
 しかしそんな言葉は聴かなかったことにしてこれ幸いとばかりにウルシュテッドは背後から妻を抱く。
「……っ」
 固まる妻に「知っているだろう?」と擽るように耳元で囁き、止めとばかりに耳朶を軽く食んだ。湯に浸かったばかりだというのに肩が首が頬が耳がみるみる赤く染まっていく。
「ニノ……んがっ!!」
 このまま腰を抱いてしまおうかと手を伸ばした刹那、ウルシュテッドは顎にものすごい衝撃を喰らった。目の前で飛び散る星。
「ちょっと近過ぎじゃ」
 緩んだ腕から逃げ出すニノン。露天風呂の縁で向けた背まで赤い。
「あまり可愛いとキスをするぞ」
 最近頭突きの衝撃からの復帰が早くなったウルシュテッドは顎を摩りつつ軽やかな笑みを浮かべる。それに対し一度だけ肩越しに胡乱な視線を向けられた。
 拗ねてしまった小さな背中にさて、どうしようと腕を組むウルシュテッド。
 実際大して困った様子は無い。寧ろ子供達の前ではみせない妻の可愛らしさに喜びを噛み締めているほどだ。
 ニノンは良き妻であり、良き母である。子供の頃から親戚の幼子を面倒みてきただけあって、その手腕は見事の一言に尽きる。
 だからといっていきなり四人の子の母をやるというのは生半可なことではないし、労力もいかほどのものか。
 それでもニノンは一度も弱音を吐いたことがない。頑張り過ぎじゃないかと心配にもなる。
 だから弥生十四日の今日、バレンタインのお返しにと息子達と開催した手作りのお茶会とは別に彼女に少しでもゆっくりしてもらおうと温泉に連れ出したのだ……が。
(ニノンを独り占めしたかった……というのもある)
 普段は子供達にとられ気味な奥さんと二人きり、父と母ではなくウルシュテッドとニノンとして過ごしたい。
「まぁ……」
 大人気ないかな、と思わなくも無いが正直な気持ちだ。良き父でいたいと思うと同時に一人の男なのだ、ウルシュテッドも。

 全く持って、油断も隙も無い……ニノンは心の中で声を大にする。
 聊かくさいとも取れるウルシュテッドの愛情表現。ある程度心構えをしている時はかわすこともできようが、不意打ちされると流石に心臓に悪い。つい跳ねる心臓のままに自分の背より高いところにある顎目掛けて頭突きをしてしまう。
 手を伸ばし雪を掴む。そして頬に当てた。冷たい雪が心地良い。
「ニノン、ちょっと離れ過ぎじゃないかな?」
 おーい、とわざとらしく口元に手をやってウルシュテッドが妻を呼ぶ。
「丁度良かろう」
 背を向けたまま返す。頬も耳も逆上せたように熱い。
 どんな顔をして振り返ればいいのか……。はふ、と冷たい空気を肺に取り込もうと空を仰ぐ。
 しっとりとした湯煙に宿る梅の香り。
 一年前、風花の舞う夜、梅の里でのことを思い出す。夫がまだちょっと変わった友人という域を出ていなかった頃だ。
 自分を宿に送り届け、仕事があると立ち去ろうとするウルシュテッド。ニノンもそれを見送る。
 逞しくて大きな背だ。だというのに宵闇に紛れていくその背をみているうちに、
(ああ、この男は悲しいのだ)
 と唐突に感じた。そして次の瞬間にはニノンは自分のマフラーを外し彼を呼んでいた。

『明朝、また迎えに来てくれるのじゃろう?襟巻きはその時に返してくれればよい』

 あの時の己の声が蘇る。
 彼が何に悩み悲しんでいるかまで分からなかったが寒さは悲しみを増す、だからマフラーを貸したのだ。そこに恋慕は無かった。でも……。
 マフラーを巻いた彼の背中に漠然と予感を覚えた。
 この男を好きになるかもしれぬ、と。
 目を閉じ息を深くする。胸に満たされる梅の香り。それはあの夜と同じ……。
(いや、今宵は……)
 あの夜以上に香りが濃い。それは果たして気のせいだろうか、ちらりと視線を向けた夫はなにやら真剣な顔をしていた。

「いいや、やっぱり離れ過ぎだね」
 手が届かないじゃないか、ニノンの手前で止まるウルシュテッドの手。
「湯煙の向こうに垣間見る……風情があるのう」
 真面目な顔をして何を言うかと思えば、としれっとニノンが石に寄りかかり湯の中で手足を伸ばした。
「垣間見る? とんでもない。ほら、湯煙で君が見えない」
 漸く振り返った妻に喜んだウルシュテッドは湯を手でばしゃばしゃと跳ねさせ、互いの間にわざと湯煙を巻きたてる。だが少々調子に乗り過ぎた。勢いあまった腕が打ち身の痕を擦る。軽く息を詰め、僅かに顰める顔。
 それを悟られないように空を見上げた。
 夜空に浮かぶ下弦の月……。
(近くて遠い……)
 ぽかりと夜空に浮かぶ月はウルシュテッドにとって寂しくみえた。だけどあの日……。
 一年前、風花の舞う梅の里。奇しくもウルシュテッドが脳裏に浮かべたのは妻と同じ日のこと。バレンタインの贈り物を渡すために彼女を呼び出したあの日……。
 風花が舞う中、彼女が貸してくれたマフラーを巻いて一緒に見上げた月は不思議と寂しくなったのだ。
「なあ、奥さん……」
 妻から返事は無い。「ニノン、ニノーン」と繰り返し呼ぶと「聞こえておる」とだけ返事がきた。
「……そっちへ行ってもいいかい?」
「よかろう」
 少し偉そうな口調に「では失礼して」とウルシュテッドも胸に手を置き頭を下げる。
 妻と並び月を見上げる目を細める。
 湯の中でそっとニノンの指がウルシュテッドに指先にふれ、そして握られた。
 今日も月は寂しくは無い。
 彼女はいつもそうだ。ウルシュテッドの心の機微を、少しの変化を感じてくれる。そしてそっと心の隙間を埋めてくれるのだ。
 あの日マフラーを貸してくれたように。体調の悪い日に言わずとも食事を合わせてくれるように……。
 まるで何十年も連れ添っているようにウルシュテッドのことを分かってくれる。
 心にも身体にも多くの傷を負った。身体の傷は癒えるが心の傷は癒えることはない。
 多分一生痛み続けるのだろう。その痛みをニノンと、家族と過ごす時間だけが和らげてくれる。
「……」
 握られた手に、身体の力を抜いた。ふわりと身体が軽くなる。身に染みる湯の温もり。そういえばあの時も仕事を終えた後、冷えた身体を温めようと温泉に入ったなと思い出す。だが朝マフラーを返すという名目のもと、再び会う約束を貰っていたがためにゆっくりと楽しめなかったなと、小さく笑う。
「どうしたのじゃ?」
「今度ゆっくり家族で訪れたいものだ、と思ってね」
 妻を独占したいと思ってもやはり子供達のことも忘れられない。家族と過ごす時間もウルシュテッドにとって得がたい大切なものなのだ。

 そうじゃのう、と返事をしてからニノンは黙り込んだ。暫く湯の流れる音だけが響く。
 ウルシュテッドは誇り高く、信念を持った男だ。登ることが困難な山が立ちふさがったとしてもそれが必要なものだと思えば、文句一つ言わずに登るだろう。
 もう一度空を見上げて呼吸をする。冷たい外気に凛と香る梅。
 あれから一年……。彼の悲嘆、彼の苦悩、それは和らぐことがあっても決して無くならないものだとニノンは知っている。
 きっと今も彼は傷を抱え立っているのだろう。その痛みも弱音も吐くことはないまま。
 せめても……。ぱしゃん、と先ほど彼がしたように湯を跳ねさせた。頬に掛かった湯にウルシュテッドがニノンへと向く。
「そなたは完璧な父じゃが、完璧な夫でなくとも良いのじゃぞ」
 そうせめても、自分の前では弱さも悲しみもみせていいのだ、と。彼の背中に感じた悲しみに、二人こうなる予感を覚えたのだから……。
「……」
 沈黙の後「うん」とウルシュテッドが頷く。
「君もね……」
「わかっておる」
 指を絡めたまま、そっと互いに肩を寄せ合った。

 温泉から上がり、部屋へと戻る途中。
「子供達に温泉饅頭を買って帰ろうか」
 饅頭目当ての客がいるほどに美味しいとウルシュテッドがいえばニノンも目を輝かせる。
「温泉饅頭が。良いのう……。朝食には温泉卵を食べたいものじゃ」
「それもいいな」
「そうじゃ……」
 手を叩くニノンは悪戯を思いついた子のようだ。
「帰る前に二人で蒸かしたての饅頭を頂てしまおうか」
 勿論子等には内緒じゃ、とニノンが翡翠の双眸を細めて笑う。
「二人の秘密か、な?」
「裏切るでないぞ」
 小指を小指を絡めて指きり。饅頭をこそりと食べる。なんて小さな秘密だろう。だが子供達の知らない二人だけの秘密。
 心が浮き足立つのがわかる。
 ニノンはどうやら彼女を独占したいというウルシュテッドの想いにも気付いていたようだ。
「かなわないな……」
 笑みを漏らしウルシュテッドは肩を竦める。
「流石に廊下は寒いのう。部屋に戻って温かいお茶でも飲もうぞ」
 どちらともなく寄り添い歩き出した。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名     / 性別 / 年齢 / 職業】
【ib5445  / ウルシュテッド / 男  / 32歳 / シノビ】
【ia9578  / ニノン     / 女  / 29歳 / 巫女】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼いただきありがとうございました。桐崎です。

ご夫婦水入らずのデートいかがだったでしょうか?
きっとお二人はお子様達が目を覚ます前に帰ってくるのだろうなあ、などと思いながら執筆させていただきました。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
MVパーティノベル -
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舵天照 -DTS-
2015年04月14日

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