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『人形使いセレシュ・ウィーラー 』
セレシュ・ウィーラー8538


 今までファッション雑誌など、買った事はなかった。
 服飾関係の出費というものは、始めてしまうと際限がないからだ。高い服を1着買えば、靴やハンドバッグなども、それに合わせなければならなくなる。
 雑誌自体も、決して安いものではない。
「700円やで700円! 1ヶ月でチリ紙になってまう本が! ありえんやろ。同じ700円ならコンビニ弁当でも買うた方がマシや。腹の足しにもなるさかいな」
「とか何とか言いながら結局、買って来てしまわれましたのね」
 付喪神の少女が呆れながら、セレシュの買って来た雑誌をパラパラとめくっている。
 石像の付喪神である。見た目は細身の美少女だが、たおやかな身体は芯まで石の属性を帯びており、その細腕でストーンゴーレム並の怪力を発揮する。
「アウター21135円、ワンピース11890円、バッグが14655円でシューズが17895円……お姉様、これ買って下さいますの? それならもちろん喜んで着ますけれども。お洋服に7万円使って下さるくらいなら私、徐々園の特上ヒレと特選カルビ焼きとタン塩と壺漬ハラミとホルモン盛り合わせと」
「だぁあれが買うかいな。高いお洋服っちゅうんはな、買って着るもんやない。見て妄想して楽しむもんや」
 セレシュは少女から雑誌を取り上げ、開いたページを鏡に向けた。
 先日、ちょっとした騒動を引き起こしてくれた魔鏡である。
 この少女を相手に、こんな服飾関係の話をするようになったのは、あの騒動がきっかけであると言えない事もない。
 とにかく鏡には、セレシュ・ウィーラーに似たマネキン人形の姿が映し出された。先日のセレシュと、同じ有り様だ。
 そのマネキン人形が、11890円のワンピースを着用し、その上から21135円のレディースアウターを羽織り、17895円の靴を履いて、14655円のハンドバッグを片手に佇んでいる。
 鏡の前で雑誌を開いているセレシュは無論、マネキンではなく生身で、もっと安物の服を着ている。
「ほぉら、似合うとるやろ? 7万円払わんでも、こうやって高いお洋服着た自分っちゅうのを堪能出来るんや。見て堪能しとるうちに飽きてきて、別に欲しゅうなくなる。そうゆうもんやで」
「シミュレーター、みたいなものですの? まったく、おかしな機能を後付けなさって」
 付喪神の少女が、呆れ果てている。
「こんな鏡は即刻、叩き壊してしまうべきですのに……ちょっと、お貸しになって」
 そんな事を言いながら少女が、セレシュの手から雑誌を奪い取った。そして同じページを鏡に向ける。
 鏡の中、合計65575円のコーディネートを施されたマネキン人形のモデルが、セレシュから付喪神の少女に変わった。
 雑誌内のファッションモデルと同じポーズ、同じ角度でしか、鏡の中では再現されない。
 そこにさえ目を瞑れば、まあ地味に便利なのではないかとセレシュは自画自賛している。
「ん〜、確かに……こういう胸を強調しないタイプのワンピースなら、お姉様の方がお似合いですかしらね」
「……なら思いっきり胸強調するタイプの服着せたるわ」
 セレシュはまたしても雑誌を奪い取り、違うページを開いて鏡に向けた。
 付喪神の少女をモデルとするマネキン人形が突然、裸になった。
 いや全裸ではない。胸と腰に、いささか派手な柄のブラジャーとショーツが巻き付いている。
「ちょっ……な、何をなさいますの!?」
「この雑誌、何かランジェリー特集とかやっとるわ。おぉ〜……こら下手なエロ本より刺激的やないかい」
「そんな雑誌! 即刻、破り捨てて差し上げますわ! およこしなさい!」
「もったいない事したらあかん、700円の月刊誌や。700円分、一ヶ月間、堪能せな……ほらほら、これなんかモロに勝負下着やでええ」
 この少女と、こんな馬鹿話をする機会が増えたのは、まあ悪い事ではない。
 雑誌を奪い合いながら、セレシュはそんな事を思った。


 こんな鏡は即刻叩き壊してしまうべき、という彼女の主張は至極、真っ当なものである。
 セレシュは先日、この魔鏡を相手に不覚を取った。
 そのせいで、あの少女は、とんでもない苦労をする羽目になったのだ。
 それがわかっていながら、叩き壊す事など出来ない。有効活用の道を考えてしまう。
 魔具職人の、本能のようなものであろうか。
「……って、出来るわけないやろ。人をマネキンに変える鏡やで? どう有効活用せいっちゅうねん。どうやって人様のお役に立てろと」
 付喪神の少女は、とうの昔に寝てしまった。
 セレシュは工房で1人、魔鏡と向き合っている。
「とりあえず……マネキン人形になると、どうゆうメリットがあるか。そこから考え直してみなあかんね」
 セレシュは鏡から、魔力遮断用の布を取り払った。
 そして己の姿を映す。注意深く、首から下だけをだ。
 セレシュは、頭部のみが生身のままの、奇怪なマネキン人形と化していた。
 体内から、神経が消えて失せた。FRP製の手足は、生身の脳とは繋がっていない。魔力で動かすしかない。
「うん、この時点で魔力のない一般ピープルにはアウトやね。有効活用も何もあらへんわ」
 呟きつつセレシュは、人形化した体内に、血液の如く魔力を循環させた。
 手足が動いた。関節部分だけが、上手い具合に柔らかくなってくれた。
 歩き方がぎこちないのは、人形であるから仕方がない。
 ぎこちなく5歩10歩と動いているうちに、身体から衣服が下着もろとも滑り落ちてゆく。
「動く事前提に作っとるわけやないしなあ、マネキン人形っちゅうんは」
 胸の辺りを、叩いてみる。人肌ではなく人形の表面を叩く、硬い音がしただけだ。
 まとわりついている衣服を、セレシュは全て脱ぎ捨てた。
 露わになったのは、勿体つけて隠すような若い娘の裸ではなく、単なるマネキン人形の表面だ。
 肌色のウェットスーツか何かを着ている、ように見えなくもない。今この工房にはセレシュ以外誰もいないが、誰かに見られて気になるようなものでもなかった。
「いやまあ、この格好……見られたら、別の意味でアウトなんやけどな」
 ぎこちなく不気味な人形の動きで、セレシュは作業エプロンを身にまとった。
 胸も尻も、今は単なる繊維強化プラスチックの隆起物でしかない。その硬質の膨らみが、エプロンによって包み隠される。
 すらりと固く滑らかに伸びた手足が、枚数の少ないアニメーションのようにカクカクと動く。
 手足は動いても、エプロン内の膨らみは全く揺れない。微動だにしない。脂肪ではなくFRPの塊なのだから、まあ当然ではある。
 生身の時もほとんど揺れない、などとセレシュは考えない事にした。
「マネキンに裸エプロンとか、誰得やねん……」
 そんな独り言を呟きながら、作業机に向かう。
 魔力に頼ってぎこちなく、とは言え手足は動く。指も、動かせない事はない。
 慣れれば、細かな作業も出来るようになるかも知れない。
 机の上には、作りかけの品物が、完成間近の状態で放置されている。
 神聖力が練り込まれた特殊樹脂製の、スマホケースである。
 スマートフォンを、近年急増中のサイバーゴースト被害から守るための神具だ。
 今は灰色の地味で小さな箱でしかないそれに、聖なる紋章を彫り込めば完成である。
 人形を魔力で動かし、作業もさせる。こういう、さほど難しくはない作業で慣らしてゆく。
「魔法の練習にも……ま、ならん事ないやろ」
 ぎこちなくしか動かない人形の五指で、セレシュは危なっかしく彫刻刀を握った。


「ちょっとお姉様、いい加減に朝ご飯を作って下さらないと……」
 付喪神の少女が、工房に入って来た。どうやら朝になってしまったようである。
 作業机に突っ伏しているマネキン人形を目の当たりにして、少女は息を呑みながら悲鳴を発した。
「なっ、何をしておられますの!?」
「……しんどかったわ……まさか、徹夜になるとは……」
 スマホケースは先程、どうにか完成した。生身であれば、1時間で終わる作業なのだが。
「朝ご飯は……お金あげるさかい、何か適当に済ませてや……」
「お姉様、寝る前に元に戻って下さいませんと……あの、もちろん戻れますわよね?」
「アレがあるやろ……ちゃっちゃっと、頼むわ……」
「あの解呪システム、まだお手軽に使える形にはなっておりませんのよ? 数値から何から全て、最初から打ち込まないといけませんのよ? ねえちょっとお姉様」
 少女の文句を聞きながら、セレシュは意識を失い、寝息を立てた。 
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年04月14日

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