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『死と、生と 』
エアルドフリスka1856


§

「ああ、夢を見たんだ。寝覚めが良くなかったのは、そのせいかも知れんよ」
 眠そうな目の訳を訊ねて、彼からそっけない答えが返ってくる。どんな夢だったか聞いたのは、会話を広げただけで、他意は無い。
「……寝覚めの良くない夢が、良い夢だった試しがあるかね?」
 そう言うと彼は、調合皿から目線を切って、窓の外のずっと遠くを見た。

§

 俺の命は、拾われた命と言っていい。
 拾われて、婆様と、村の連中と暮らす以前の事は、もうさして重要じゃあない。
 どんなコミュニティも、新参者に寛容にはなれない。それはあの村も一緒だった。
 ……いや、大人達は良くしてくれたし、思えば、こちらから拒絶しようとしていたのかも知れんがね。
 知っているだろう? 癇の強い性格ってのは、どこまで行ったって歓迎されん。
 拾い子、巫女、キツい性格と揃ったら、どうしたって好奇の目で見られる。
 それも、血を引かない巫女だ。口さがない連中も居たよ。
 大人達からしたら手を焼く生意気な小僧で、子供達から見たら、近寄りがたい「よその子」だ。実際の所、どう思われていたのかは知らんが、当時の俺は、そう信じていたんだ。
 ゆえに修行に打ち込む訳だ。巫女としてなら、居場所があったからね。
 しかしそう都合良く事は運ばないもんでね。怪我をしたんだ、それも生きるか死ぬかの奴を。

§

 エアは怒りにまかせて、どしどし音を立てて歩いていた。桟道は、谷沿いに上流まで続いていて、そこだけ常緑樹の集まる小さい林の脇を抜けてゆく。彼は何か嫌な事があるとそこへ行って、樹の下でしばらく過ごした。
 怒りを鎮めに行く訳ではない。そこで、巫女としての自分の義務を何度も呟いて、再確認する。
 少し前。
 日課である歌の練習を終えた彼は、喉を癒そうと水場へ足を向けた。
 そこには既に先客が居た。楽しげに遊ぶ幾つもの子供の声は、彼の姿を認めるとひそひそ声に変わり、エアは敏感にそれに気づくと、これ見よがしにごくごく気の済むまで水を飲んで、袖で口を拭ってから、さっさと桟道へ向かってしまった。
 所詮は、と彼は思う。「よそ者」なのが気に入らないんだろう。血を継がぬ者なのが。
 婆様が、巫女は部族のためにあると言っていたのを思い出す。あんなやつらのために、よそ者が部族のために巫女でいるのかと思うが、慌てて思考を打ち消した。
 部族には婆様だって居る。
 足元の桟道がぎしぎし鳴るのが耳について、わざと音を立てるように歩いた。高々十年生きてきた経験では、どこに向けたらいいか判らない苛立ちを発散する方法を、他に思い付かなかった。
 義務を果たせ、と婆様は言う。しかしその義務に対する実感は何も湧いていない。
 ぐるぐるとしばらく考えが巡って、苛立ちをどこへやったのか、いつの間にかどしどし音も立てず歩いていた。顔を上げて、桟道の先を見る。
 突然、左足が空を切った。
 視界が上に流れて、エアは、義務も何ももう果たせないと思った。

§

 遠くから聞こえる声がだんだんと鮮明になってね、目が覚めたら婆様の顔があった。夢を見ていた気もするが、婆様の顔を見た途端に全部吹っ飛んじまって、それを覚えちゃあいない。
 大人達は良かった良かったと泣いてるし、婆様は安心してるのか、泣きたいのか、はたまた俺を叱りつけたかったのか、どうとも付かない顔をしていたよ。
 そんな訳で悪運が強いのか、めでたく命拾いしちまった。
 桟道は、風雨で劣化した足場が抜けていたらしい。どのくらいの高さから落ちたのかはわからんがね。
 それから数日はとてもじゃないが起き上がれず、体を動かそうとしようものなら大人に寄って集って止められたよ。
 寝たきりだった間、婆様の顔は一度も見なかった。
 それから食欲も出て、歩く時の痛みも引いてきた頃、婆様がようやく現れてね。
 婆様は動けるようになった俺の手を引いて、桟道を登って行ったもんだから、こりゃまずいと思ったよ。現場に連れて行かれて、どうして落ちたのかつぶさに聞かれて、しこたま怒られるんだとね。
 こっちは義務の果たさず勝手に死ぬ所だったんだ、怒られる心当たりには充分すぎるほどだ。
 ところが、婆様は現場を通り過ぎて、どんどん桟道を登って行く。
 これははいよいよまずいと思った。年端も行かないガキだったもんでね、知らない所へ連れて行かれて、とんでもない怒られ方をするんだと、それしか思い当たらなかったよ。
 だが婆様は怒るでもなく、桟道を抜けて森を抜けて、一人で行った事もないような高台の上へ俺を連れてった。
 そこは村と、連なる山々と、そこから流れ出る川と、緑の木々と、真っ青な空が一望出来てね。
 目を奪われている俺に、婆様は言ったんだ。今でも一言一句覚えてる。
「坊よ、しかと見ておくのだ。我らは常に、精霊と共に在る。雨は、時に森を潤し土を育て豊穣をもたらし、時に山を伝い奔流となり災厄をもたらす。精霊の前では、我らもこの景色の中のただ一個に過ぎぬ。この景色は、坊よ、精霊への畏怖をもって、そなたの命を対価として、贖うものだ」

§

 大人達の神妙な空気に当てられて、いつもは騒がしい子供らも、今日は大人しい。
 桟道を登った先、そこだけ常緑樹の林を抜けた先、沢に流れ落ちる小さな滝を望む場所に、祭壇が設えられていた。
 精霊が宿るとされる小さな社と、広い舞台の四隅には篝火が焚かれ、夜闇にそこだけ明るく浮かび上がっている。
 舞台の前には酒と料理が供物として捧げられ、村人達はその前に傅いて、しんと静まっている。
 供物は、まだ一つ足りない。
 やがて、桟道の方向から、礼装に身を包んだ一団が現れ、彼らは村人達の間を抜けて、しずしずと舞台へ向かう。
 エアは、その中心に居た。
 あれから、エアは口さがない雑音も気にならなくなっていた。自分が巫女の血を継いでいないなど、大した事ではないと思った。そんな事より、今こうして巫女として儀式に臨んでいる事が重要だった。
 ちっぽけな、大人げない大人のためではない。村と、この山と森と、空と、川と、それら全てのための犠牲。
 そう思うと、自分の死も、価値のあるものに思える。
 つまらない事で命を使わなくて良かったと思える。
 自信に満ちた表情で、エアは舞台に一人昇った。
 彼の歌と舞いと、それから彼自身が、供物の最後の一つとなる。
 篝火が空気を揺らして、エアはその向こうに村人達の顔を見渡した。婆様が安堵と不安の混ざった顔で見ている。看病していた大人が、感慨深げな表情を浮かべる。一緒に歌の稽古を付けられていた子供らが羨望の眼差しを送る。
 何も怖くないとエアは思った。
 すうっと息を吸い込み、右足を引く。
 一度動き始めたら、後は練習で散々叩き込んだ通りに体が動いた。声が夜の森に吸い込まれて、それから滝に反射して、自分の声がよく通っているのが自分でも聞こえた。
 舞台の上でくるりと舞うと、時折村人達が視界に入って、彼らが息を呑んで見守っているので、エアは自分が歌えている実感を得た。
 額から流れ落ちる汗も気にならない。
 精霊に捧げる歌と舞は、夕刻に東の空に現れた一際明るい星が、夜空のてっぺんに来るまで続いた。
 舞台を降りると、エアは喝采で迎えられ、血を継がないなどと言う者も居なくなっていた。やがて宴が始まり、皆が歓談する光景に、エアは言い様のない充足感を得る。
 それから、エアは村の中心にある別の祭壇で祈祷を行うため、そこを離れた。
 犠牲のための歌を終えて、エアはまだ生きている。しかし、犠牲のためにこの命を使う事は、怖くない。
 エアはこの日、一番巧く歌えた。

§

 エアはその後、血を継がない者が巫女となれば災いが起こる、という伝承の意味を知る。
 犠牲のための巫女であるのに死ねず、一人生き延び、彼は罪を抱えながら、部族全員分の墓を建て、村を離れた。
 辺境を離れてから、生きる糧を得るため、何人かに師事し薬と魔術を会得する。
 しかしどの師も、覚えたてのキセルも女の味も、どれも彼に、許しの言葉を掛けてはくれなかった。

§

 窓の外のずっと遠くを見たきり、彼は何も喋らない。たっぷり一分ほど黙って、私が声を掛けると、「ああ、すまん」と短く謝って、薬師の仕事に戻った。
 沈黙の間に語られるべき事は何だったのか、私には知る由もない。


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【ka1856 / エアルドフリス / 男 / 26 / 魔術師(マギステル)】
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2015年04月15日

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