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『ベロニカへの手向け 』
夜来野 遥久ja6843)&月居 愁也ja6837

 桜のつぼみが膨らみ始めた、三月下旬。
 大規模作戦もひとつの決着を見たある日、夜来野遥久は学園内のとある場所を訪れていた。
 長い廊下を進み、目的の部屋まで来ると一旦立ち止まる。
 扉前で一度居住まいを正してから入ると、室内には誰もいないようだった。
 遥久の視線は、部屋の中央に置かれた硝子ケースに注がれている。ゆっくりと歩み寄ってから、ケースの前でじっと佇み。
 深く、一礼をする。
「漸く、ゆっくりこちらへ来ることができました。……お久しぶりですね」
 硝子の向こうには、白銀のロングソードが収められていた。鍔や柄頭の部分に瑠璃がはめ込まれた美しい一振り。高知枝門ゲート戦にて戦死したバルシークが遺し、撃退士へ託したものだった。
 遥久は手にしていた花を差し出すと、穏やかに言葉を向ける。
「この色がお好きかと思いましたので」
 瑠璃色のベロニカを剣の近くにそっと手向け、再び向き直る。
 あの日継いだ彼の人の『魂』。輝きは、変わらない。

 遥久は剣を前に静かな語らいを始めた。
「先日、リネリア嬢とお会いしました」
 彼女と戦い、向き合ったこと。
 騎士団のこと。自分たちのこと。
 思いつくままに、ひとつひとつを丁寧に語る。
 生きているときには叶わなかった、穏やかで柔らかな時間。
 途中、誰かが入ってきた気配を感じ顔を上げる。
「ああ、西橋殿でしたか」
 視線の先に立っていたのは、友人の西橋旅人だった。遥久の姿に目を留めた旅人は、慌てたように。
「あ、ごめん。誰も居ないと思って入ってきちゃった」
 そう言ってきびすを返し、出ていこうとする背中を呼び止める。
「いえ、構いません」
「……え?」
 振り返る旅人へ向け、遥久は微笑を浮かべ。
「西橋殿も何か用があってここへ来たのでしょう」
「あ……うん。高知の件もひとまず落ち着いたし、一度ここに来ておこうかと思って……」
 聞いた遥久は頷きながら視線を硝子ケースに戻すと、どこかおかしそうに呟く。
「考える事は皆同じですね」

 二人は剣を前に、とりとめなく話を始めた。
 学園のことや、日常のこと。
 バルシークについては道後での出会いから研究所での敗戦を経て、ゲート戦で討ち取ったときのことまで。
 互いに共有する経験が多いこともあり、自然と会話も進んでいく。
「予想はしていました」
 遥久がおもむろに呟いた言葉を聞き、旅人はゆっくりと聞き返す。
「……それは、彼があの結末を選ぶだろうことを?」
 遥久は何も言わず頷いてみせる。
 公の決意。対話を望みながらどこかで無理だとわかっていた。
「公の一生は公だけのものですから。きっと、これでよかったのだと思います」
 最期まで自分の生き方を貫き通した。
 その気高さを目の当たりにし、公ならそうするだろうと納得もしたから。
「そうだね……彼は自分の選択を譲る気はなさそうだったし、多分そこには他者が介入できない何かがあったんだと思う」
 それは恐らく、決意や信念と言った類のもので。
 旅人は遥久の方を振り向くと、ほんの少し微笑を浮かべる。
「ただ、僕らが『まだ生きていてほしかった』と思うのだって、自由だよね」
 バルシークがあそこで生の終わりを選んだように、自分たちが彼の死を惜しむこともまた、誰にも介入できないひとつの意志だから。
「ええ。叶わぬことですが、もっと……本当にもっと色々な話をしたかったですね」
 募る感情を堪え、遥久は噛み締めるように呟く。公の選んだ結末に納得していても、心が語る本音は「もっと」と思うばかりで。
 旅人は遥久の隣でしばらく刀身を見つめた後、静かに切り出す。
「これは僕の勝手な考えなんだけど……あの人は敢えて、言葉を多く交わさず逝ったんじゃないかな」
 こちらを向いた遥久へ、ひとつひとつ選ぶように続ける。
「現に遥久君は、対話を通さなくても彼が遺したものをちゃんと受け継いでいるよね。きっと本人もそれがわかってたから……」
 言葉でないものを交わし、その生き様で伝えようとした。
「それとね……言葉を重ねることで僕らに『迷い』を与えたくなかった……そんな可能性もあるのかなって」
 聞いた遥久は言葉を飲み込んだ。
 それは、予想外のことを言われたからではない。彼自身もどこかで気づいていたことだったから。
 バルシークは確信していたはずだ。
 人がいずれ、自分を越える日が来ることも。
 さりとて命懸けで斬り結ぶ瞬間、撃退士側に『迷い』が生じれば自身の剣が勝るであろうことも。

 ――迷うな、夜来野。

 あの時告げられた言葉の重みが、今さらながらにはっきりと輪郭を帯びてくる。
「……本当に、あの方らしい」
 苦笑とも哀惜ともとれる表情を滲ませ、遥久はしばらくの間沈黙していた。その様子を見た旅人は静かにその場を離れ、扉前で一言だけ告げる。
「じゃあ、僕はそろそろ行くね」
「……あ、すみません。色々とありがとうございました」
 その言葉に旅人はかぶりを振ると、いつも通りの穏やかな笑みを見せた。
「こちらこそ。遥久君と話せてよかった」



 外に出ると、既に辺りは夕焼け色に染まり始めていた。
 学園出口までやってきた旅人は、誰かが自分を呼ぶのに気づく。
「おーい、旅人さーん」
「あれ、愁也君」
 出口前のベンチで手を振っていたのは、友人の月居愁也だった。歩み寄りながら、声をかける。
「さっき、遥久君に会ったよ」
「うん、あいつが出てくんのここで待ってるんだ」
 その返事に旅人はなるほどと頷いてみせたが、ふと気づいたように。
「……そう言えば、愁也君は一緒に行かなかったんだね」
 遥久と愁也の間柄を思えば、自然に出た疑問だった。対する愁也はああ、と言った様子で学園の方を見やってから。
「泣きたいときは一人がいいでしょ」
「え?」
「鬼の目にも何とやら……って、おっと今のは聞かなかったことにしてね」
 あっけらかんと笑う姿に、旅人も合点した様子で頷いてみせる。直後、愁也は「あ、そうだ」と口にしながら旅人へ向き直り。
「旅人さん今、時間ある?」
「うん。これから帰るだけだから大丈夫だよ」
「じゃあさ。ここで遥久をただ待つのもつまんないし、たまには二人で話そうぜ!」
「お、いいね」

 空が緩やかに暮れゆく中で、二人はベンチに腰掛け話を始めた。
 気ままな世間話の後、話題に出るのはやっぱり四国での出来事で。
「この間も言ったけどさ、研究所の悲劇は一生忘れない」
 愁也の意志のこもった声に、旅人も頷いてみせる。
「あの時、いつか再び一騎打ちを……って願ったんだけどな」
 血の中で見た蒼い背中。
 その剣で沈められ、悔し涙の中再戦を誓った。あの時選んだコアを壊すという決断を、後悔はしていないけれど。
「やっぱ悔しいって気持ちとか、さっさと逝きやがってーって気持ちはあるよね」
「うん。それは仕方ないよ」
 昇華しきれなかった想いもまた、抑える必要のない真実なのだから。
 愁也はひとしきり記憶を巡らせると、大規模作戦のことを思い出す。
「そういや、高知でのことだけどさ……」
「うん?」
 北部戦域でリネリアに会った時のことを、話して聞かせる。
 恋人であるバルシークの戦死以降、彼女が大きく取り乱していたこと。周りが見えずただ感情の赴くままに刃を振るう姿を見て、放っておけなかったこと。
「あの時思わず水かけちゃったけど、風邪引いてねえかなあ……」
 ぽつりと呟く愁也に、旅人は微笑してみせてから。
「僕は中央戦線に就いてたから、報告書でしか知らないけど……。あの時愁也君達が正面切って向き合わなかったら、彼女は今でも出口が見えずにいたんじゃないかな」
 悲しみと葛藤の連鎖から抜け出せないまま、押しつぶされていたかもしれず。
「うん。俺さ……いつか彼女とバルシーク公の話をしたいって思うんだよね」
 きっと時間のかかることだろう。それでもバルシークを敬愛した者同志として、いつか言葉を交わせられたらと思うのだ。
「そうだね。僕もそう言う機会がいずれ来ると、信じてるよ」
 旅人の言葉に頷いた後、愁也は腕を組みながら空を仰ぐ。
「あとそうだなー、シスやソールとも話してみてえな。……シスとは大げんかになりそうだけど」
 聞いた旅人はおかしそうに。
「そういやゲート戦の時、罵り合ってたもんね」
「あいつ俺のこと単細胞とか言いやがったからなー。いつか絶対面と向かって文句言ってやる」
 笑いながら聞いていた旅人は、そこでふと考え込む表情に変わる。
「ちょっと思ったんだけど、シスってさ……。大天使達を師と仰いでいた感じがあったよね」
「ああ、うん。バルシーク公にも敬意を払ってたもんな」
 愁也の返事に頷いてみせてから、小首を傾げ。
「僕らが彼らの志を継いだってことはさ……」
 言ってから愁也を振り向くと、ほんの少し冗談めいた調子で告げる。
「『これからは貴様らが俺様の礎となるべく貢献すべきだふはははー!』とか言い出したりして」
 その瞬間、愁也の顔が固まる。予想外の反応に旅人はきょとんとした様子で。
「あれ、愁也君?」
「……いや、それすっげえ言いそう」
 脳内で簡単に再生できるレベル。
「えっ……ほんの冗談のつもりだったんだけど」
 焦る旅人の隣で、愁也はいずれ来るであろう嵐()の予感をひしひしと感じるのだった。



 ベロニカの花は、奇跡とも呼ばれた瑠璃色をその花弁に湛えている。
 遥久は旅人が出ていった後も、しばらくの間その場に留まっていた。
 主を失ってなお輝きを失わない『騎士の魂』。その前で、静かに告げる。
「改めて、ありがとうございました」
 魂を継いだ。
 迷わない、と誓った。
「公が望んだ未来を、公が託した次世代と共に叶えてみせます」
 折れない志を胸に、祈り、誓う。
 やがて遥久は剣に向かって一礼をすると、「対話」を終える。
 硝子越しに見える瑠璃は、一層その色を深くしたように見えた。

 学園出口までやってくると、ベンチで話し込んでいる愁也と旅人の姿が目に入ってくる。
「お、やっと出てきた。遥久ーこっちこっち!」
 手を振る二人の姿を見て、どうやら自分を待っていたらしいことを知る。
「ここでぼーっとしてたら旅人さんが通りがかったからさ。ちょっと話に付き合ってもらってたんだ」
「……西橋殿にまた余計な事吹き込んだりしてないだろうな」
「言ってねえよ! なあ旅人さん?」
「うん。鬼の目にもとか言ってないよ」
「ちょ、旅人さんwwww」
 一瞬遥久の目が鋭く光ったが、すぐに元の表情に戻り。
「まあ、いい。もう陽が落ちてきたし、こんなところにいたら風邪引くぞ」
 気づけば、すっかり空気が冷え込んで来ている。
 ちなみにそっけない態度を取りながらも、遥久は愁也が敢えて自分を一人にしてくれていたことはわかっていた。
 今更気遣いなど不要の間柄。それでも時折見るこんな細やかな気遣いは有難いと思う。敢えて口には出さないけれど。
(さて、晩飯くらいは奢ってやるか)
 遥久は愁也達を振り返ると、いつも通りの調子で切り出す。
「そろそろいい時間だし、晩飯にでもいくか」
「晩飯!喜んで! 旅人さんと半蔵も行こうぜー!」
「西橋殿もどうです?」
「あ、じゃあ僕も行こうかな」
 春先の夕暮れ。
 帰り道には、三人の影が長く伸びている。

 ひとつの魂を継ぎ、またひとつ季節がめぐる。

 桜の季節は、もうすぐに。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/シス視点】

【ja6843/夜来野 遥久/男/27/面影】
【ja6837/月居 愁也/男/24/同族臭】

 参加NPC

【jz0129/西橋旅人/男/28/印象薄】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。
あいかわらずのぎりぎり納品で申し訳ありません(顔を覆う)。
とても書き甲斐のある内容をいただき、ありがとうございました。
それぞれのキャラクターが語る言葉ひとつひとつを、うまくお伝えできていれば幸いです。
お二人に、ベロニカのはなむけを。
MVパーティノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年04月20日

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