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『再戦・吹雪の刃 』
穂積・忍8730)&伊武木・リョウ(8411)&青霧・ノゾミ(8553)


 空いている席は、いくらでもある。
 だがその男は、店に入って来るなり迷う事なく、伊武木リョウの隣に腰を下ろした。
「1杯おごらせてもらいたいところなんだが、懐具合が寂しくてな」
 くたびれた中年サラリーマン、にしか見えない男である。こんなマティーニを飲ませる店よりも、ビールや油物を出す居酒屋の方が合っているのではないか、と伊武木は思わなくもなかった。
 体格も顔も普通、特徴と呼べるようなものを見出すのは困難極まる。
「あちらのお客様からです、ってやつ? 俺あれ1度やってみたいんだよ。だけど残念、金もないし時間もない。単刀直入に、話をさせてもらうぜ」
「残念だな。酔っ払いの真似、見てみたかったのに」
 伊武木は、マティーニのグラスをいささか気障ったらしく掲げて見せた。
 特徴に乏しい、見た瞬間に忘れてしまうような顔を、しかし伊武木は覚えている。
「俺がおごろうか? 穂積氏……って、そう言えば酒もタバコもやらないんだっけな。あんた」
「素面で話しておきたい事なんでな。ま、もしかしたら嫌ってほど酒の進む話になっちまうかも知れんが」
 言いつつ穂積忍は、伊武木の方を見ようとはしない。
「15、6年くらい昔になるかな……俺、人を殺した事あるんだよ」
「あんたなら何人殺してたって驚きはしないが」
 若い頃から、IO2で様々な汚れ仕事をこなしてきた男であるらしい。
「その人の息子さんがな、とある製薬会社に勤めている。会社のラボで、あんまり表沙汰に出来ない研究を任されてるって話だ」
「ほう。人体実験でも、やらされているのかな」
「人間じゃあない生き物を、わざわざ作って育てて色々と実験しているらしい」
 語りつつ穂積は、カウンターの奥に並んだ酒瓶の列を眺めている。
「人体実験をしてたのは、俺が殺した親父さんの方さ。身寄りのないガキどもを大勢、さらっては弄り回して死なせるような実験を繰り返した結果……とんでもない化け物が1匹、この世に生まれちまった」
「身寄りのない子供たちを一体、何人殺しちゃったんだろうなあ。その親父さんは」
 伊武木はマティーニを呷り、グラスを空にした。
「うん。確かに、酒が進む話だ」
「2杯目を注文するのは待ってくれ。あんたに酔い潰れられると困る」
「その息子ってのは、しかし最低な奴だよな。親父さんが人を殺すような研究をして儲けた金で、のうのうと育ってたんだろう?」
「のうのうと育って、いい大学からいい会社に入って、誰にも出来ない研究を任されている。立派なもんだと思うぜ」
 穂積がようやく伊武木に、ちらりとだけ視線を向けた。
「問題はな、そういう研究の結果として親父さんが作り上げちまった化け物よ。こいつの力ってのはとにかく半端じゃない、だから親父さんは、この化け物にリミッターを仕掛けたらしい。力を完全には発揮できない状態で……その化け物は、まだ生きてるよ。リミッターのおかげで、何とか人間の枠内に収まってる。そこはまあ親父さんに感謝だな」
「なるほどね。そのリミッターが解除されたら、ヤバい事になっちゃうと」
「解除手段は、親父さんが墓の中まで持ってっちまった。まあ殺したのは俺なんだが」
「自分が殺した人間の墓を今更、掘り返そうとでも?」
「はたから見れば、そうなっちまうのかな」
 穂積が苦笑した。
「自分の研究を、誰かに伝えてこの世に遺す。あの親父さんにも、その程度の人間味はあったんじゃないかと思ってな……今、息子さんを捜してるところさ」
「見つかったのかい?」
「優秀な探偵さんがいるんでな。まあ苗字は違うし、戸籍にも細工されてたりで、いろいろ苦労はしたらしいが」
「化け物のリミッターを解除する方法……そんなもの知って一体、どうするつもりなのかな穂積氏は」
「俺が知りたいわけじゃあない。ただ、知りたがってる連中がいる。心当たり、あると思うんだがな」
 ドゥームズ・カルト。
 伊武木の勤める研究施設が先日、彼らの襲撃を受けたばかりである。
「親父さんの研究成果である化け物のデータがな、いろんなところに出回ってる。それを元に化け物を複製しようって連中がいるんだよ。ま、そいつらがいくら頑張っても出来上がるのは、リミッターが組み込まれた状態の化け物なんだが」
「その連中にリミッターの解除手段が伝わらないようにする、にはどうすればいいのかって話だね」
 空になったグラスで、伊武木は軽く、乾杯の仕草をした。
「単刀直入って割に長い前置きだったけど、要するに穂積氏……あんた、俺を殺しに来たと」
「親父さんが遺したものを、あんたがそっくりそのまま俺に渡してくれればいい。そうすれば俺も、そんな事をしなくて済む」
 言いつつ穂積が、懐から小切手を取り出してカウンターに置いた。
「好きな金額、書き込んでくれよ。金欠病の俺に代わって、IO2が払ってくれる」
「悪いけど俺、お金にはそんなに困ってないんだ。うちの職場、たぶんIO2よりお給料いいから」
 伊武木は、席から立ち上がった。
「親父から受け継いだ、A01の研究資料……リミッター関連のデータも含めて丸ごと入ってるメモリが、俺の家の俺しか知らない場所に隠してある。ついて来るかい穂積氏。罠かも知れないけど」


 罠、と呼べるほどのものではなかった。
 店の駐車場で、1人の少年が待ち受けていただけである。
 伊武木の車の傍らに立つ、ほっそりとした黒い人影。
 衣服は黒く、髪も黒く、肌は白く、そして瞳は青い。
 青い眼光が夜闇を貫き、穂積忍に向かって炯々と輝いている。
 名は確か、青霧ノゾミ。伊武木リョウの、言ってみれば作品である。
「なるほど……そういう事かい」
 隣を歩く伊武木に、穂積はニヤリと微笑みかけた。
「この機会に、親父さんの仇を討っちまおうと」
「まさか。親父は、あんたみたいな人に殺されて当然の事をしたんだ。ま、俺にとっては最高の父親だったけどね……何しろ、鬼畜な研究をいっぱいやって金を稼いで、俺を養ってくれたんだ」
 伊武木も微笑んだ。
 これほど陰惨な笑顔を、穂積は見た事がなかった。
「金を稼ぐ……父親ってものにはね、それ以上の期待をしちゃいけないんだ。その事を俺に教えてくれた、まさに理想の親父だったよ」
「そんな親父の形見なら、手放しても惜しくはないだろう。四の五の言わず、俺に渡してくれんかなあ」
「そうしたいのは山々なんだけど残念。A01の研究データが入ったメモリなんて、実はないんだよ」
 伊武木が言った。
「親父は確かに、データを遺してくれた。俺も興味はあったから全部、見て読んで覚えたよ。頭に叩き込んだ。A01リミッター解除の項目も含めてね」
「つまり、伊武木さんの頭の中にしかない……と?」
「そういう事。覚えた傍から全部、処分したよ。ハードディスクも残っていない。リミッター解除に関しては、だから俺の口から直接、引っ張り出すしかないね。そういう意味では、こないだ殴り込んで来たドゥームズ・カルトの連中……惜しい事したよなあ。あんな役立たずのメモリ血眼になって奪うよりも、俺1人を捕まえた方が手っ取り早く済んだのに。俺、痛いの嫌いだからさ。拷問でもされたら、すぐ喋っちゃうよ?」
 伊武木がドゥームズ・カルトに捕われ、尋問・拷問を受け、『実存の神』完成をもたらす情報を吐いてしまう。
 その事態を確実に防ぐ手段は、1つしかない。
 穂積がそう思った瞬間、風が吹いた。冷たい風だった。
「おっ……と……」
 風の正体を把握する前に、穂積は後方へと跳んでいた。
 冷たく、そして鋭利なものが、凄まじい速度で眼前を通過する。回避が一瞬でも遅れていたら、穂積の首は刎ねられていたところだ。
 氷の刃、であった。
 気温では溶けそうにないほど冷たく固まった氷が、大きめのナイフの形を成している。
 少女のようにたおやかな少年の手が、それを握り構えていた。
「あなた今、リョウ先生を……殺そうとした? よね……」
 青霧ノゾミが、そんな言葉と共に再び、踏み込んで来る。
 懐からクナイを取り出しながら、穂積は後退りをした。
 白兵戦用の、大型のクナイ。それが、氷のナイフをガッ! と受け流す。
 受け流された刃が、すぐさま別方向から突きかかって来る。
 かわしながら穂積は、会話を試みた。
「殺そうとしたわけじゃあない。ただ……伊武木先生がこの世からいなくなってくれた方が何かと面倒がなくて俺は楽出来るかな? なんて少しは思わない事もなかったかな。ああ少しだけだ少しだけ、そうムキになるなって」
「穂積忍……ボクはね、あなたを凍らせて切り刻んで綺麗なダイヤモンドダストに変える、それだけを考えていたんだ。あれから、ずっと」
 考えていた、だけでなく戦闘訓練を積んできたのだろう。恐らく、近接戦闘の実戦も経験している。
「驚いた。また氷柱でも飛ばしてくるかと思ってたんだが、いきなり白兵戦で突っかかって来るとはな……腕を上げたじゃないか、坊や」
 誉めてやったのに礼も言わず、ノゾミは斬りかかって来た。
 冷たい風が一閃、もう一閃。立て続けに穂積を襲う。
 氷のナイフが2本、ノゾミの左右それぞれの手に握られ、斬撃と刺突の形に走ったのだ。
「二刀流、だと……」
 穂積も同じく、2本のクナイを使わざるを得なくなった。
 生まれつき両手利きの人間でもない限り、二刀流の白兵戦技術など、そうそう身に付くものではない。
 なのに氷のナイフは2本とも、凄まじい速度と精度で穂積の首筋に、心臓に、向かって来る。
 それら攻撃を、左右2本のクナイで受け流し、弾き返しながら、穂積はぼやいた。
「おいおい……俺がそいつを身に付けるのに、一体何年かかったと思ってるんだ」
「知った事か……!」
 氷の刃を振るいながら、青霧ノゾミは返事をしてくれた。
 この少年は、あれから今までの僅かな期間で、これほどの二刀流を修得してしまったのだ。
 ホムンクルスである。
 超能力の類ばかりではない。肉体を用いた戦闘においても、人間など足元にも及ばぬセンスを持っていたとして不思議はない。
 一閃する氷の刃を左のクナイで受け流しながら、穂積は言った。
「なあ坊や、IO2に入ってみる気はないか? 俺は見ての通りロートルだし、若い連中はどいつもこいつも無茶ばっかりして、いつ死んでもおかしくない。優秀な人材は、いくらいても足りないんだよ」
「ボクが優秀なものか……!」
 呻きながらノゾミが、左右の氷刃を、ほぼ同時に閃かせる。
 穂積は片方の斬撃を右のクナイで弾いたが、もう片方は左腕をかすめた。
 スーツの袖が裂け、そこから冷気が流れ込んで来る。左腕が麻痺してしまいそうな冷気である。
「現に、あなたに負けた。あの緑色の目をした男、それに片目の女……あいつらと戦っても、勝てるかどうかわからない」
 この氷のナイフ、1度でも直撃を受ければ凍傷は免れない。
 そんな斬撃が、刺突が、間断なく穂積を襲う。ノゾミの叫びに合わせ、まるで猛吹雪のように。
「あなたと、それにあいつらが3人まとめてリョウ先生の敵に回ったとしても! 先生を守れるだけの強さを、僕は身に付けなきゃいけないんだ!」
 暴風雪を思わせる連続攻撃を、穂積はひたすらクナイで防ぎ、受け流し、回避した。
 ノゾミは今、意識の全てを攻撃のみに集中し、穂積を切り刻みにかかっている。
 防御を全く考えていない。穂積の反撃を、全く考慮に入れていない。恐れていない。
 自身が生き残ることを、全く考えていない。
 このような相手に対し、うかつに反撃を行えば、相打ちで命を持って行かれる。
 刺し違える覚悟でノゾミは今、2本の氷刃を振るっているのだ。
「俺を捕まえて拷問にかけるか、さもなきゃ首を刎ねて脳みそから直接、情報を引き出すか。A01のリミッターを解除する方法を知るには、それしかない」
 戦いの場に、伊武木が言葉を投げ込んでくる。
「それをさせないために、ノゾミは命を捨てるだろう。一方で穂積氏、あんたはどうだ? 俺の口を永遠に封じる事に、自分の命を捨てるほどの価値を見出しているのか?」
「わかった、わかったよ。刺し違えてまで伊武木さんの命を狙おうって気になるには……もう少し、あんたを嫌いになる必要がありそうだ」
 穂積は言った。降参の口調に、なってしまった。
「だけど厄介な事に、あんたにはどうも憎めないところがある。まったく……わかりやすい腐れ外道だった親父さんよりも、たちが悪いぜ」
「そこまでだノゾミ。穂積氏は、どうやら俺を見逃してくれるらしい」
 伊武木が言う。
 それだけで、猛吹雪のような攻撃は止まった。
 左右2本の氷刃を油断なく構えたまま、ノゾミがゆっくりと後退して行く。そして伊武木の盾となる形に立ち、穂積を睨み据える。
 そんな少年の肩に、ぽんと左手を置きながら、伊武木は言った。
「A01には、もちろん興味あるけどね。俺はそれ以上にノゾミの方が大事なんだ。刺し違えの戦いなんて、させるわけにはいかない……信じる信じないはともかく、一応は言っておこうか。俺はね穂積氏、A01関連のデータを今更、何かに使ったり頭の中から出したりするつもりはないんだよ。尋問や拷問で無理矢理、引っ張り出そうとする奴はいるかも知れない。だけどノゾミが、俺を守ってくれるし助けてくれる。それは、わかったろう?」
「……あんまり、坊やにプレッシャーをかけるなよ」
 言いつつ穂積は、2人に背を向けて歩き出した。
「あんたを守るためならノゾミ君、虚無の境界にだって魂を売りかねんぜ?」
 俺は常に、あんたを監視しているからな。
 それは言うまでもなかろう、と穂積は思った。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2015年04月20日

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