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『銀の旋風 紫苑の刃6 』
水嶋・琴美8036

目立たぬように作られたハコモノ、と思っていたが、意外や意外で、中は思いのほか明るく、開放感に満ちた空間だった。
コンクリートの壁と壁の間をうまく利用したのか、耐久性の高い特殊なガラスを一面に嵌め込み、自然光が柔らかく差し込んでくる。
内部も同じ特殊ガラスをふんだんに使い、二階のテラスも透明性の高い造りとなっていた。
ただし、今、戦闘を行う上では何の役には立たないことを、侵入してきた琴美はおろか迎撃している部隊の人間もそのことは十二分に理解していた。
出来うる限り身を隠して、標的に近づき、殲滅させる。
それが基本なのだが、クリアなガラスのために、身を隠すどころか、両者の位置がはっきりと確認できてしまう。
だからといって、戦闘が止まることはない。姿が見えてしまうなら、その不利を生かすか、相手が仕掛けてくるよりも前に倒してしまうかのどちらかだ。
接近戦を主体とする戦闘員たちはそのセオリーに従って、琴美に襲い掛かるのだが、ことごとく返り討ちに遭い、指先一本さえも動かせないほど痛めつけられてしまう。
特異な格闘術を使っているわけではない。
やり口はいたってシンプルだ。襲ってきた敵の攻撃をかわすと、その頸部を容赦なくナイフの柄で殴り飛ばしているだけだ。
しかも、思いっきり涼しい笑顔でやってのけているのだから、戦っていない戦闘員や狙撃手の戦意をあっさりと折ってくれる。

「全く嫌な女だぜ」
「そういうな、『特機』のスーパーエース様なんだぞ? 俺らがそうそう相手にできる奴じゃねーっての」
「気楽に言うんじゃないっ!!こちらの損害が桁外れに多いんだ。視界が開けているからといって、うかつに仕掛けすぎる」
「まぁまぁ、落ち着けよ。無駄な損害を出さずに時間を稼げばいいんだろ? 主任もちゃーんと考えてくれているんだからさ」

ロビーエリアをあっさりと突破され、まもなく研究棟へ踏み込まれそうになったことに、苛立ちを露わにする狙撃隊隊長に第3次格闘戦部隊隊長は通信機越しに、極めてあっさりと、何も考えていない能天気っぷりを強調するかのように笑い飛ばし――口調を改めた。

「さっきも言ったが、相手はいくつもの組織を壊滅させてきた『特機』のトップ、スーパーエース、水嶋琴美だ。勝機を焦って仕掛けなくとも、やられるのが落ちだ。俺たちが奴の足止めしてみるが、突破された場合のフォローを頼む」

突破される確率、100パーセント。要するに、足止めは不可。イコール、部隊が殲滅する可能性も100パーセントということだ。
戦えば、確実にやられる。だが、ボスはともかくとして、組織――いや、会社をここまで大規模な企業に成長させた主任や次席をむざむざと失うわけにいかない。
かなりはっきりとした差別だったが、事実なので、反論はない。
先代が作り上げ、基礎を残した『企業』を継いだボスは絵に描いたようなバカ息子――ではなく、そこそこ真面目で器用という、哀しくもむなしい超器用貧乏。
当初、この組織もお終いかと思いきや、先代が目をかけ、育ててきたボスの補佐二人――主任と次席が桁外れな優秀さと人望を発揮し、ここを支えていた。
それだけでない。実験体にされたとはいえ、学校では劣等生で、社会に目をつけられた不良たちであった自分たちを雇い入れ、表向きはまっとうな会社員にしてくれ、裏では実験で手に入れた力を存分に振るうことが出来る戦闘部隊に入れてくれた大恩がある。
今でこそ、部隊を預けられた格闘戦と狙撃の隊長は実験に成功した直後、好き勝手に暴れ、組織を危険な目に合わせかけた。
何もできず、慌てふためくボスを担ぎ上げ、見事に事態を解決させただけでなく、首謀者であった自分たちをあっさりと許した主任。
だというのに、ふてくされ、尚も反抗的な態度をとり、反乱を計画した自分たちを本気でぶちのめし、再起不能一歩手前まで追い詰め、反省させてくれた次席。
この二人だけはなんとか守り、脱出させたい、と格闘戦部隊隊長は心の底から思いつつ、部下を率いて、琴美の元に向かう。

若干、というか、盛大に斜め上な尊敬というか、調教を施され、今や忠実すぎる配下である格闘戦部隊隊長を生暖かく見送り、狙撃部隊隊長は配置についていた部下たちに研究棟への撤退を命じた。
交流はそれなりにあったが、その斜めというか、かなり曲解した格闘戦部隊隊長の忠誠心には、はっきり言ってついて行けない。
かといって、主任たちに忠誠心がないわけではない。いや、正確には主任への忠誠は厚い。
典型的な二代目のボスと奇人変人の中の奇人変人とまで呼ばれる次席へ、格闘部隊隊長のように、ややというか、超変態っぽい忠誠を示すごく少数の構成員を除き、大半の者たちは主任への忠誠が厚い。ナンバー1と3が変わり者なだけに、余計だ。
悪いとは思ったが、あの直情一直線の格闘戦部隊には捨て石になって貰い、残存部隊には撤退してもらった。
確実に、堅実に、彼らが撤退するまでの時間を稼ぐためには致し方ない。

「こちら第2次防衛ライン、狙撃部隊コマンダー。ターゲット、尚も健在。現在、格闘戦部隊が数に任せて、侵攻を阻止しているが、突破は時間の問題と判断する。我々は研究棟入り口付近にて、ターゲットを迎え撃つ。出来うる限り時間を稼ぐ。その間に脱出ルート確保を急がせろ」

格闘戦部隊のように、当初から玉砕覚悟の攻撃を仕掛けず、素早く狙撃位置につき、迎撃し、時間を稼ぐ。
この研究棟はロビーエリアと違い、コンクリートの壁が多く、死角も多い。
狙撃にはうってつけのエリアだ。勝てないと分かっているが、時間を稼ぐには十分な空間である。
その覚悟を持って、狙撃部隊隊長は精鋭部隊へと一方的に通信を繋ぐと、それだけ伝えて、切ろうとした瞬間、耳に届いたのは、呆れたと言わんばかりのため息だった。

「こちら最終防衛ラインの特別編成部隊だ。玉砕覚悟は止めろ、との主任の言葉だ。ある程度のところで切り上げろ」
「……了解した。全メンバーに通達しておく」

責任感の強い主任らしい一言に、狙撃部隊隊長は苦笑し、通信を切ると、ライフルのスコープを覗いた。

目の端に捉えたスナイパーの影に、琴美は小首を傾げ、音もなく、階段を駆け上がり、背後を取る。
この研究棟へ踏み込む際、待ち構えていた数十人の接近戦専門と思われる戦闘員たちに突撃をかけられ、その単純明快な行動に呆れるとともに笑いが止まらなくなってしまい、困ってしまった。
グローブで固めた拳で殴り掛かってくる者、ナイフや刀、中には背丈ほどの大刀で切りかかる者、物珍しいところでは、吹き矢に中国格闘技まで使う者など、様々だったが、相手にはならなかった。
振り下ろされる武器を全て余裕でかわし、殴り掛かってくる拳を受け止め、そのまま掴んで投げ飛ばすと、殺到していた戦闘員たちを蹴散らす。
完全沈黙させるまで数分。
最後に残っていた、琴美の数倍の背丈はあった隊長格など、一分と掛からなかった。
ナイフで急所を正確に狙ってきたが、いかんせんその動きは単純明快過ぎて、琴美は一歩で間合いに踏み込むと、そのまま数十発、拳を叩き込み、動けなくなったところで、背後に回り込みながら、首筋に肘鉄を食らわし、地に這わせた。
死屍累々と横たわる男たちに背を向け、ようやく研究棟に踏み込めた琴美に、いきなり銃弾の洗礼。
先ほどまでいた透明性の高いロビーエリアと違い、死角が多い研究棟だけあって、狙撃手が隠れる場所は至る所にあった。

「やれやれ、今度は狙撃攻撃ですか。でも、問題はありませんわね」

誰ともなく、琴美は余裕の表情でつぶやくと、床や壁にめり込んだ銃弾から弾道を瞬時に解析し、影に隠れていた狙撃手たちを割り出す。
現在いる位置が、吹き抜けの一階フロアで、中二階、二階、三階が見えるも、目隠しとなるコンクリートの壁が視線を遮り、狙撃手たちを隠しているも、大体は絞れてしまう。

「中二階に五人。二階に四人。三階に七人ですわね。でしたら、各個撃破させていただきますわ」

呟くが早いか、琴美は狙撃手たちの死角を素早く移動して、階段へと移動をする。
その間も、琴美を炙り出すかのような威嚇射撃が浴びせられているが、すでにターゲットである彼女は階段を上がると、あっという間に背後を取っていた。

「ちっ、もう一階にはいないか」
「そのようだな。さすが、としか言えないな」
「隊長命令だ、撤退するぞ!」

予想通りライフルを構え、武装した狙撃手たちは悔しげに互いを見合すと、撤退準備を開始しようとしていた。
その姿に琴美はあら、と小さく感嘆の声を上げる。
あくまで殲滅を呼びかける連中が多いというのに、あっさりと撤退を命じる隊長がいるとは意外と優秀だ、と感心したが、そのままにしておくわけがない。

「優秀ですわ、あなた方は。でも、ここまでですわ」
「なっ!!」
「くそ、迎撃を」

気配もなく、背後に回り込んでいた琴美に穏やかに声をかけられ、撃手たちは慌ててライフルを構えるも、間に合うはずもなく。
瞬時に閃いた拳の残像を目に焼き付け、男たちはその場に崩れ落ちたのだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
緒方 智 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年04月20日

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