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『壁の奥のミステリー 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)

 カリフォルニア州の某所に、幽霊屋敷と呼ばれ今や観光施設と化している豪邸がある。
 世界中のミステリー好きにも広く知られているスポットだ。
 その昔、この屋敷の主人である女性が胡散臭い霊媒師の言葉を鵜呑みにし信じきってしまったことで、奇特な行動を起こした彼女は、死ぬまで財産を使い続けて『それ』を行っていたとされる。
 豪邸の増改築であった。
 屋敷は悪霊に呪われている。宥めるためには屋敷を増築しろと霊媒師に言われたとおり、彼女は自分の住居を増築させ続けた。24時間365日休まずにである。
 彼女の奇行こそが呪いだと言う者すらいた。
 自室から始まり、何処にも繋がらない扉に廊下。床が抜けたフロアや先のない階段など、様々に異様な増改築が繰り広げられ、数十年。女性が誰も辿りつけなくなってしまった部屋でひっそりと亡くなった時、建設を担当していた業者などは解放感からか持ち場で歓喜したという。
 その後、数年に渡り放置され、間に地震に遭い建物の一部が崩れたこともあり、取り壊しが決まった。
 だが、その解体作業が難ありであった。
 作業員が行方不明になったのだ。
 その彼らを探しに来た警察や軍の部隊なども、屋敷に入る度に誰も戻ってくることはなかった。
 屋敷周辺でも行方不明者が続発し、これ以上の作業を続けられないと業者も逃げ帰り、今に至る。
「俺の同級生が何人か、夏に肝試しに此処来てたな」
 ふーっ、と唇から紫煙を吐き零しつつそう言うのは、クレイグであった。
「まさか、その人達も行方不明?」
 隣に立つフェイトが資料に目を落としつつ、問い返す。
 IO2から支給されている真っ黒な車を背後に、彼らは件の豪邸前を訪れていた。
 観光名所とされているので豪華な看板があり、『ミステリーハウス』と名されている。
「入場料取るだろ、ここ。しかも安くない。それで冷めちまって入らなかったってさ。まぁ、俺の学生の頃の話だけどな」
「なんか、現実的な展開だったんだね」
「そうだなぁ。さて、行くか」
 苦笑交じりのフェイトの言葉に、同じように苦笑を浮かべつつクレイグが背を預けていた車から距離をとった。
 そして内ポケットに仕舞ってあったサングラスを掛けて、受付へと歩み寄せる。
「ハロー、マダム。ちょっと入りてぇんだが、いいよな?」
「……なんだいアンタら。ここに入るには金を払いな。別け隔てなくそういう決まり事だよ」
「そうだよなぁ。ところでマダム、ちょいとこれを見てくれないか」
 クレイグは受付台に肘を付きつつ、窓口の女性にそう言って右手を小さく上げた。
 その手のひらの中には記憶操作の為の術具が収まっている。
「……っ」
 一瞬だけ、赤い光がパッと散った。
 それをまともに見た女性は、数秒体の動きを止めてしまう。
「――美しいマダム、俺達は貴女の要請を受け捜査のために此処に来た、そうだっただろ?」
 クレイグが少し湿った声音でそう囁く。サングラスをゆっくりと外し、青い目が女性を射抜いていた。
 彼の得意分野の一つであるが、それを彼の背で聞いていたフェイトにとっては、あまりよろしい事ではなさそうだ。
 甘い囁きを受けた女性はとろんとした表情で「そうだったね、お入りよ」とあっさり彼らを通してくれた。
「……クレイの浮気者」
「馬鹿言うなよユウタ。俺はいつでもお前だけだ」
 ポンポン、と頭を撫でられる。
 いつも通りの大きな手のひら。
 そんな事だけでは誤魔化されない、とは思うが、フェイトの心はすっかり穏やかになっている。
 時間を重ねる度に自分がクレイグに絆されている、と言う自覚があったが、それは自分の中で受けとめて馴染ませていくしか方法が見当たらなかった。
「……やっぱり、何か居るなぁ」
「霊圧が凄いね」
 扉の前に立ち、改めての気配を読む。
 門を潜る前から感じ取ってはいたが、薄暗いマイナスなオーラが屋敷中を纏っていて、どんよりとしていた。能力者じゃなくとも、多少の霊感があるものなら気づくかもしれない、と言うレベルである。
「霊波も凄い……奥までの気配は探れないや」
「あんま無理するなよ。取り敢えず通信機は使えるようにしておかねぇとな」
 フェイトがテレパシーを使って周囲のサーチをしてみたが、弾かれるようにして遮られる。
 何かが奥で意図的に妨害を行っているようだ。
 クレイグの言葉を合図に二人は耳の傍に手を当てて、通信機を起動させた。
 そして扉を開けて、侵入を始める。
「うわ……最初からコレなんだ……」
 思わずの声が漏れた。
 扉の奥にはエントランスホールと見取り図にはあったが、実際には近距離にまた扉があった。それを開けると今度は階段があったが、登っても先がない。
「こっちのはフェイクだな」
 コツコツ、とクレイグが壁を叩きながらそう言った。
 次の扉に見せかけたそれは壁に描かれた絵である。
「完全な迷路だね……あ、ナイト、こっちに繋がった道があるみたいだ」
 フェイトもクレイグから少し離れた位置で、壁に手を当てつつ言う。
 するとクレイグは壁の一つに何かを貼り付けて、その場をフェイトの傍に寄った。
「えっと、あれ何だっけ」
「まぁ、目印みたいなもんだな。まだ試作品らしいんだけどな、使うべき場所に来ちまったし、どんだけ役に立つか試してみようぜ」
 小さな黒い箱のようなものだった。側面に接着部分があり、貼り付けた瞬間から角に小さく緑色の光が点滅し始める。数十個持たされていたクレイグは、その半分をフェイトに手渡して、次のポイントを指差した。
「取り敢えず、明かりで辿れるだろ。後は通信機にシグナルが鳴るようになってる」
「便利アイテムだね。活用していこう」
 フェイトも頷きながらそう答えて、次の扉を開けた。
 少し開けた部屋があったが、窓がない。そして先に繋がる道も、想像にはないものであった。
「これ、どうやって向こう側に行くの?」
「……屈んで、跨ぐしかねぇだろ。ったく、なんつーセンスだよ」
 空間の角にあるそれは、真横に設置されていた。しかも足元の高さではなく、腰辺りの位置である。
 方向感覚が狂いそうだと素直に思った。
「迷路は右手の法則だっていうけど……これは、当てはまらないのかな……あれっ!?」
「ユウタ!」
 進む前に、とその空間内を調べていたフェイトだったが、右手を壁に置いた瞬間に壁が回転して、あっという間に向こう側へと追いやられてしまう。忍者屋敷を思わせる仕組みに、思考が追いつかない。
 クレイグが慌てて腕を伸ばしたが、わずかに距離もあったがために、その場に取り残されてしまった。
 回転した壁を両手で思い切り押すが、ビクともしない。一度回転してしまうと動かないようだ。
「おい、無事か!?」
 ドン、と壁を叩きつつ、語気を強めて問いかける。
「……だ、大丈夫。少しバランス崩して転がっただけ。……そっちには、戻れないみたいだ」
「じゃあ俺は別ルートからそこに行く、動くなよ」
 そう言いながら、クレイグは先程の真横に設置された出入口を跨いで潜り抜けて、先を進んだ。
 壁を一つ一つ探り、気配を探る。
 登って下がって戻ってくるだけの階段や、床に天窓があったりと、常識とかけ離れすぎている現状にさすがのクレイグも表情を歪めた。
「自分に悪霊を近づけさせないため……だったか。狂ってやがる」
『――でも、貴方は辿りつけたわ』
「!?」
 白黒のギンガムチェックのみの廊下を走りぬけ、ドアノブのない扉を目にしつつ独り言を漏らした直後、冷たい空気が周囲に巡りクレイグの耳元に声を降らせた。
 しっとりとした声音――紛れも無く女のそれである。
『若くていい男……ねぇ貴方……私と一緒に居てくれる?』
「悪いが、それは出来ねぇ相談だな」
『じゃあ、私が閉じ込めてあげる……』
「!」
 肩越しに振り向きつつ右手をスーツの内側に滑らせたところで、クレイグの動きが止まった。
 動けないのだ。
 視界に映るのは黒衣の女性。金の巻き毛に帽子から垂れる黒のベールが顔を隠してはいるが、美しい容貌ではあると確認出来た。だが、半身がない。
 つまりは彼女は『亡霊』だ。
 そこまで思考を巡らせて、この屋敷の主人であるのだろうと悟った。
 がくん、と膝が折れる。ろくな受け身も取れないまま、クレイグは後ろに倒れこんだ。
 黒衣の亡霊がクスクスと笑いながら、寄り添ってくる。
 レースで出来た黒手袋に包まれた指が、クレイグの身体をそっと撫でる。
『素敵な夢を見せてあげる……』
「……あいにく、今の俺には必要無くてな」
『あら、少しの刺激は必要なものよ? いつの時代もね……』
 目眩がする。
 女の笑い声が脳内で響き渡り、そこからじわじわと意識が奪われていくような気がした。
 クレイグは、はぁ、とため息を吐きこぼして、それでも余裕な表情を崩さずにいた。

 カツ、と靴に何かが当たった。
 フェイトはペンライトを取り出して、その場を照らした。
 窓も扉もない、密室だ。
「うわ……これ、人骨……?」
 自分の靴に当たったものを光で目にして、フェイトは眉根を寄せつつそんな言葉を漏らした。
 すると。
「――誰か、い、居るのか?」
「!!」
 奥からか細い声が飛んできた。
 フェイトはそちらに顔を向けて、ライトを向ける。
 照らし出されたものは、人であった。3人ほどであろうか、身を寄せ合っている。
「大丈夫ですか!?」
 慌てて駆け寄り、状態を調べる。ヘルメットが足元にあり、作業服を着た男たちだった。姿を消した解体業者の関係だろうか。
「……あ、あんたも、こっちに送られたのか……一瞬、助けかと思ったが……。女を見たか?」
「女? ここの主人の事ですか?」
「そ、そうだ……ずっと黒衣で、ばぁさんって聞いてたのに物凄い美人でな……気に入ったヤツだけ、連れて行っちまうんだ……」
 震えながらそう言う男は、体力がかなり落ちているようで危険な状態であった。
 他の二人も似たような状態だ。
 話の内容を纏めつつ、フェイトはこの室内から早く脱出しなくてはならないと悟る。
 ――しかし、美人の女。
 気に入った存在とは、美男子なのだろう。例えばクレイグのような。
 そう思考を繋げたところで、フェイトの表情が歪んだ。
「あ、あんた……大丈夫か?」
 男が恐る恐る問いかけてくる。
 フェイトはその場ですっと立ち上がり、右手を目の前にかざした。
「右手の法則? 出口なんて、作ればいいんだよ!」
 彼はそう言って、己の能力を発動させた。
 サイコキネシスをフル活動させ、一気に壁を壊してしまう。
 ガラガラ、と音を立てて崩れ落ちるそこから光りが差し、奥の男たちは歓喜の声を上げた。
 舞い上がる埃を掻き分け、フェイトはその先に足を進めた。
『な、何よ貴方!?』
「!」
 聞いたことのない声が飛びかかってくる。
 それが女性のものだと判別した彼は、眉根を寄せた。
「――よぉ、ユウタ」
「クレイ……なんで乗っかられてるの」
「いや、動けねぇんだよ。このマダムの力が思いのほか凄くてな」
 床で倒れこんだままのクレイグの姿を見て、フェイトの緑の瞳がゆらりと光った。
 彼の身体の上に女が乗りかかっていたからだ。
 自分でも凄いと思いつつ、真っ黒なオーラが漂っているのが解る。
 そして銃を取り出したフェイトは、躊躇いもなく銃口を女へと向けた。
「あのね? 早く旦那さんのところへ行ったほうがいいよ?」
『そんなモノで私をどうにか出来るとでも、……っ!?』
 ドン、と音が響いた。
 撃たれた物は対霊弾だ。亡霊である女には何よりの効力を発揮する。
 そしてそれは、女に断末魔の叫びすら与える間もなく、ヒットした。
 数秒後、亡霊は形を崩して天へと登っていった。
 それと同時にクレイグの身体の拘束が解けて、彼は苦笑しつつも素早く身を起こして顔を上げた。
「ユウタ、お前。すげぇ怒ってんな?」
「別に、……っ……」
 クレイグが一歩を踏み込んだ直後、目の前のフェイトが体制を崩した。
 予めそれを読んでいたクレイグは、腕を伸ばして抱きとめてやる。抵抗もなく、かくりと首を落とした所を見ると、相当力を使ってしまったのだろう。
 そこには、もう怒りの感情は感じられなかった。
「なぁ、嫉妬したんだろ?」
「……し、してないよ! 別に、クレイが女性とくっついてたって……」
「嫌だろ」
「う……解ってるなら、いちいち確認しないでよ」
 フェイトは目線を合わせてはくれなかった。
 だが、頬は真っ赤に染まっている。
 それを確認したクレイグは、嬉しそうに笑みを湛えて身を屈めた。
「お前だけだって」
 彼はそれを言い切った直後に、フェイトにキスをした。
 触れるだけだったが、フェイトは瞠目して言葉を作れずにいる。
「……っ、も、もう……クレイはいつもそうやって、俺を……」
「そうだな。これからもずっと、溺れてくれてていいんだぜ?」
 相変わらず、凄いセリフを何の躊躇いもなくあっさりと、音にしてしまう。
 フェイトはそれを見上げて、さらに顔を赤に染めた。
 振り回されてるとも思うが、それ以上に自分は、この男に溺れている。
 そんな事を思って、フェイトは顔を逸らして悪態をついた。
「クレイのバカ」
「……なんだよ、俺はいつでもお前しか見てないだろ」
 クレイグは困ったように笑いながら、そう返してくる。
 こういう時は、その実は大して困っては居ないのだと思いつつも、何も告げられない。
「取り敢えず今は、少しでも休んどけ。応援呼んであるし、さっきのアレの光辿って来てくれるだろ。その後の始末も、俺がやっておくからさ」
「……うん」
 感情とともに、体の疲れが交差する。
 それを自覚すると強制的に重くなる瞼に抵抗すること無く、フェイトは頬をクレイグのシャツに擦りつけつつ、身を預けたのだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年04月30日

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