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『ニーナの里帰り 』
ニーナ・サヴィン(ib0168)


「前はちゃんと手入れもしてあったんだけど……」
 ニーナ・サヴィン(ib0168)は踏み締めた足下に目を落としつぶやいた。ひょう、と答えるように風が鳴る。
 ここはジルベリアの田舎。
 自分の、長らく足を向けてなかった故郷だ。戻ってくるのは本当に何年ぶりだろう。
 以前はここまで廃れてなかった。
 例えば。
「雑草って、放っておくとこんなに伸び放題になるのね」
 口にして顔を上げる。
「そうだね」
 横にはクジュト・ラブア(iz0230)がいた。
 しんみりするニーナと同じく神妙な面持ちで返している。
 クジュトが言葉少ない原因は自分にあることをニーナは知らない。いや、ある意味分かっている。が、自分がまるで夕日の海岸を思わせるような表情をしていたことに自覚はない。波打つ長い金髪と太陽――今は夕日のようなたたずまいか――のような橙色の瞳が何かを求め訴えている。いつものクジュトなら、あるいはそう言って愛を囁いていたかもしれないが。
 とにかくつられてニーナも言葉を失った。
「だけど、人が歩けば道が残る。ボクの故郷だと風に流されて道すら残らないときもあるからね」
 そんな様子にクジュトが慰めるように言う。間を開けたのは、ニーナの反応を待ったからか。
 でも言葉は出ない。
 普段なら「クゥの故郷? 砂漠の中のオアシスなら道は消えてもいろんな人が来るんじゃないの? 」と口にしていたかもしれない。もしそうなら「余所者が頻繁に出入りして賑やかすぎるのも問題だけどね」と返ってくるに違いないが。
 ニーナ、こたえなかった。小さな首を引いて控えめな微笑を返すのみ。ただ、クジュトの言葉は受け止めた。何となく、道を造るようにさくさくと雑草の少ない轍を踏み締めて歩く。背後でクジュトがあわててついて来る様子が感じられた。前を行く自分は、道を造るように雑草を踏み締め歩く。
「あ」
 しばらくして再び顔を上げた。
「見て、クゥ」
 恋人に振り向いて前を指差す。
 そして気付いた。
 先ほどまで神妙な面持ちだったクジュトの表情が明るくなったことに。
「ん? どうしたの?」
「ううん、何でもない」
 クジュト、目尻を下げるだけ。



「それよりほら、あそこ」
 ニーナ、改めて前を示す。
「ああ……」
 クジュトは慎重に反応した。
 なぜなら、ニーナの指差したのは廃墟だったから。
「あれ、教会だったのよ」
「何となく分かるよ」
 十字架の飾ってあった尖塔はすっかり崩れていたが、やはり分かるのだとうれしくなる。がらがらと馬車の行く音、顔を合わせる人に挨拶している住民の声、突然横切る子どもたちの遊ぶ姿――。
 それらが一瞬、脳裏に浮かんだ。ざわめきすら耳に聞こえたようだった。
「あの石段辺りは座り心地が良さそうだね」
 クジュトの声で我に返った。
 見るとクジュト、崩れた倉庫の前にある石階段を指差していた。
「そうそう。広間ほどじゃないけどよく誰かが座って休んでいたわ。ちょうど日陰になるのよね」
 在りし日の光景がよみがえる。確かに吟遊詩人が座っていたこともある。
「じゃ、広間は教会の方かな? 神教徒が多かったの?」
「ええ、多かったわ。ここのみんなで教会に集まることもしばしばね」
 知らず、言葉が弾んだ。
 クリスマス、ハロウィンと楽しかったあの頃。
 思わずクジュトの手を取って駆け出した。
「あとは……ああ、もう。小さい村だったけど何も無くなっちゃうと、どこに何があったのか分からなくなるわね」
 クジュトに自分のふるさとを知ってほしかった。
 クジュトなら、今自分が見た幻を見てくれるかもしれないと思った。
 一緒に、あの日あの時を分かち合いたい――。
 小さな頃の喜び、少女だった頃のきらめき。
 それなのに。
「あ……」
 気付いてしまった。
 足取りが、勢いが緩やかになる。
 ふと横を見た時、崩れた民家の隣の墓標が目に入ったからだ。
 やがて、村の中心。
 とぼ、と数歩行くと視界に墓石の数が増えた。
「ニーナ?」
「皆が幼馴染みで、皆が家族のようだったの」
 心配するクジュトの気配が感じられる。でもダメ。何かが心の底から這い上がってきた。
「アヤカシに襲われて、私たちはちょうど村にはいなくて……」
「ニーナ、大丈夫!?」
 クジュトの手を腕に感じたが、気付けば軽く振り払っていた。向き直ると、クジュトの心配そうな顔。
「生き残った人は僅かで、今は散り散りになってしまった……」
 それだけ呟いて視線を外し、広間の真ん中に行く。自分の意思ではないような、それでいて何となく自分の意思でそうしている不思議な感覚。
 風が、今は枯れた水縁の石段にある埃を払うように逆巻き流れた。
 導かれるまま座る。
 そしてハープを構え、弦を一つ一つ、丁寧に弾いていく。
 緩やかに、穏やかに……。



 しばらくのち、ニーナが我に返ったのは自分の紡ぐ音とは違うメロディーに気付いたから。
 ちりん、ちりんと静かな、控えめな音。自分のなぞるメロディーラインにそっと寄り添っているのが分かる。
 ――ぽろん……。
 最後の音を爪弾いて横を見ると、そばにクジュトが座ってハンドベルを揺らしていたのだと知る。いや、もちろんニーナは感覚で気付いていたが。
「ハンドベルを持ってきてたのね」
「乾いたギターの音より、ニーナのふるさとにはふさわしいかなと思って」
 ニーナ、立ち上がったクジュトの腕に自分の腕を絡めた。嬉しい、の一言がでなかったのだが、体は自然に動いた。何より、合わせて演奏してくれたことが嬉しい。どういう言葉で感謝するのがいいか分からなかったのもある。あるいは、演奏で寄り添ってくれたように、寄り添いたかったのかもしれない。
 そして新たな思いに突き動かされる。
「ね。会ってもらいたい人がいるの」
 クジュトの腕を引く。
 そこからはもう、よく覚えていない。

「この人はねぇ、金物屋のおばさん。こっちはその息子。……子供の頃、告白されたこともあったっけ?」
 くす、と当時を思い出しつつ墓の前でクジュトに紹介する。
「へえっ。積極的な男の子だったの?」
 口を挟んできたので現実に引き戻される。
「ううん。それがね、あまりしゃべらない子でね……。あの時は困ったわ−、普段無口なのに一生懸命しゃべってて。こっちにはその気はなくても一途な思いは伝わって……」
「あー、なるほど。確かに」
「次はこっち!」
 紹介したい人はまだいる。
「このおじさんは私を気に入ってくれてて、息子を私にくっつけようと……」
「ちょっとニーナ?」
「何?」
「恋の話ばっかりだね」
「あら、焼きもち? 次はねぇ」
 くすくす笑う。気持ちいい。足取りも弾む。次に紹介したい人も次々思い浮かぶ。

 そしてしばらく後。
「……ニーナ?」
 ある墓標の前で立ち止まるとクジュトが聞いてきた。つい深呼吸したのがばれたようだ。
「この人ねぇ……」
 口にした言葉は、いままでとは違いクジュトに掛けたものではない。クジュトも気付いて顔を覗いてきたのが分かる。
「私の婚約者。ダメな人だけど……でも好きなの」
 一気に言って、クジュトの腕に身を絡ませた。
「この人は?」
「村長さん」
 ニーナ、はにかむ。クジュトがその表情をうかがうように唇を寄せてきた。ちゅ、と下から顎を上げるようにしてキスした。幸せを感じる。
「……旅の空の下だった私を、皆怒ってないかなぁ?」
 キスした唇を話すと、今度は不安が出た。
「村に入る時から歓迎してくれてたようだよ。道も、風も、雰囲気も」
 そういえば、と思い出す。
 村に入ってからは自然に足が動いた。曲を奏でた。みんなの墓を――顔を見て回ることができた。
「今日は付き合ってくれてありがと、クゥ」
 思わず背伸びして、もう一度キスをした。
 ニーナが恋人をどう呼んでいるかも、これで知ってもらえたかもしれない。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib0168/ニーナ・サヴィン/女/19/吟遊詩人
iz0230/クジュト・ラブア/男/24/吟遊詩人(エルフ)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ニーナ・サヴィン 様

 いつもお世話様になっております。
 ニーナさんの里帰りのお話。大切なエピソードを託していただき、本当にありがとうございます。
 故郷の人々の顔が浮かんでくるよう心掛けながら……は字数の問題があり無理でしたが、かつての村の息吹を感じていただけましたら幸いです。

 この度は素敵なご発注、ありがとうございました♪
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舵天照 -DTS-
2015年05月11日

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