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『Ambush 』
クレイグ・ジョンソン8746)&フェイト・−(8636)&バルトロメオ・バルセロナ(8752)

 一台の車が高速道路を走っていた。
 ハンドルを握るのはクレイグである。そして、助手席に座っているのはフェイトだ。
 二人とも私服姿だったが、急いでいる様子だ。フェイトは手に資料を持っている。
 要するには、任務らしい。
「……なぁ、俺たち今、休暇中だよな?」
 クレイグがそう言いながら眉根を寄せた。彼の表情は不満でいっぱいである。
「文句言いたくなる気持ちも解るけど……仕方ないよ、現場に近いの俺たちだけだったんだし」
「お前って結構、仕事熱心だよなぁ」
 咥えていた煙草を手に取り、ドリンクホルダーの中に入れてある筒状の灰皿に押し付けてその中に入れた後、クレイグはため息を吐きこぼした。
 フェイトはどちらかと言えば、任務に忠実である。
 対するクレイグは、想定外に舞い込んでくる仕事などには否定的であった。今のように休暇を潰されることに関しては、尚更である。
「クレイ、次の出口で一般道だって」
「へいへい」
 フェイトは淡々と手にした資料の中にあった地図を見つつ、クレイグに行き先の指示を出した。
 その資料は何処からと言えば、上司から送られてきた通信データをコピー屋で受信してプリントアウト、それがフェイトの手に収まっているという流れである。
 車はゆっくりと出口の方角へと向かった。ゆるいカーブを曲がり切り、一般道を示す矢印の先へと移動する。
「ところで、今回は何だって?」
「うーん……獣系の殺人事件らしいけど、現場でもうちょっと情報集めしなくちゃいけないみたいだ」
「またクリプティッドかよ」
 クレイグの口から、何度目家のため息が吐かれた。
 クリプティッドとは未確認生物――つまりはUMAの事である。こちらではそう言い填めるのが正しいらしく、UMAとは呼ばれてはいないのだ。
「取り敢えずは、現場着いてからだな」
「そうだね」
 左折を示すターンランプが点滅している。
 赤信号で停止していた車は、信号の色がきちんと変わってからゆっくりと左折をして角を曲がり、拠点とするホテルへと目指し進んでいった。

「ねぇクレイ、これ似合うかな?」
 ひらり、と目の前で舞ったものがあった。
 本来ならこの場にはあり得ない『布』が存在しているのだ。
 それは洋服であったが、女物である。
「…………」
 一人用のソファに深く腰掛けつつ足を組んでいたクレイグは、くるくると舞うスカートの裾に眉根を寄せていた。
「可愛くない?」
「……ユウタ、お前ね」
 はぁ、と大きなため息が漏れる。
 可愛くないはずはないのだ。小花を散らした丈の短いワンピースに、レースのカーディガン。肩を過ぎるくらいの栗色のウィッグはゆるふわで愛らしい。
 だが、問題があり過ぎる。
「俺はまだイエスとは言ってねぇぞ」
「だって、やっぱり囮作戦で行くしか無いと思うよ? クレイが女装するわけにもいかないんだし」
「だからって、なんでお前が女装するんだよ?」
 トントン、と肘掛けに置かれた右手の人差し指がソファカバーに叩きつけられる音が小さく響いた。クレイグは納得がいっていないらしい。
 ホテルに着いた彼らは軽い情報集めをした後、部屋に戻って作戦を練った。
 若い女性ばかりが夜遅くに襲われる事件。被害者の写真を見せてもらったが、どれも喉元を噛み千切られていた。無残な殺され方であった。どう見ても人の手では行えない犯行である。
 地元の警察も怯えて、これはチュパカブラの仕業だと言い出す者もいた。山羊の血を吸う化け物とされ、広く知られているクリプティッドである。
 資料を見てある事に気づいたのはクレイグだった。
 どの事件も満月の夜にしか起こってはいない。そこから思案すると、思い当たる事があったのだ。
 確信を得ているわけではないので、フェイトにはまだ伝えてはいない。
 そうこうしているうちに、囮で犯人をおびき出そうという話になった。クレイグがそれに同意しかねる言葉を幾度か掛けたが、フェイトは半ば強引に決定してしまった。
 そして、現在の女装に至っているのである。
「……クレイ、さっきからずっと面白く無さそうな顔。しわ寄っちゃうよ?」
 とん、と人差し指を額に押し付けてきたのは、何処からどう見ても女性にしか見えないフェイトであった。
 改めてその姿を視界に入れてから、クレイグは両手を差し出し立ち上がり、フェイトを軽々と抱き上げる。
「え、何……?」
 予想もしてなかったのか、フェイトが瞠目しながらそう言った。
 彼の身体は宙に浮いたまま隣に移動し、次の瞬間には大きなベッドに沈まされた。
「お前さぁ、どこまで自覚できてんだよ?」
「な、何の……?」
 クレイグは当たり前のように、寝かせたフェイトの身体の上に乗ってくる。
 腕を顔の横に沈ませて、上体を屈めた。
「……良く似合ってるよ」
「今更、そんなこと……ちょっ、クレイ!」
 膝上に手を置かれた。
 感触に驚き足を曲げると、スカートの裾が腰へと落ちそうになり、フェイトは慌てて手をやる。
「ほらな? 簡単にこうなっちまう。……短すぎだし、可愛すぎ。犯人誘き出す前に別のやつが引っかかるっての」
「そんなこと、あるわけ……っ」
「そう思ってんのはお前だけだ」
 空いている手がフェイトの頬に滑りこむ。
 作り物の長い髪を親指で払ってやりながら、クレイグは彼を黙らせた。己の唇でフェイトの口を塞ぐ――文字通りの口封じである。
 突然の行動に、フェイトは拳で彼の胸辺りを叩いた。
 だが、クレイグには何の効果も見られない。
「……クレ、……ちょっ、と……っ」
 頬にあった手のひらがいつの間にか肩口におりていて、指先がガーディガンの襟口を滑らせる。
 さすがに焦りを感じたフェイトは、腕に力を込めて彼を思い切り押した。
 唇が離れて、吐息がぶつかり合う。
 また繰り返されるかと思ったが、クレイグはあっさりと身体を離して起き上がった。
「まぁ、こんな展開が起こってもおかしくねぇって話だ。もうちょい、その辺の自覚してくれ」
 クレイグはそう言って、ベッドを降りた。そしてフェイトに背を向けたまま彼は煙草を手にしてバルコニーに出る。風に当たりながら一本を取り出して咥え、徐ろに火を灯す。そして深く息を吸った後、重い溜息とともに紫煙を吐き出し、かっくりと頭を垂れた。
 窓越しに見えるそんな彼の背中を、フェイトはゆっくりと身を起こしつつ見て、小さく苦笑しながら自身もベッドを降りた。
 そして、クレイグのいるバルコニーへと足を運ぶ。
「……クレイ?」
「もうちょいそこで待ってろ」
 呼びかけると、クレイグは背を向けたままでそう返してきた。
 そんな背中に、フェイトはゆっくりと手を伸ばす。
「怒ってる?」
「そうじゃねぇ。……むしろ今怒るべきなのは、お前のほうだろ」
「珍しいね。そんなに心配だった?」
 拒絶されなかったので、フェイトはそのままクレイグの背中から腕を回して彼に抱きついた。
 クレイグはその温もりを感じながら風向きを読んで、少し上向きで煙を吐き出している。
 彼は、己の理性に負けてフェイトにしてしまいかけた行動を悔いているようだ。そのために距離を取ったのだが、温かい背中の存在に、またあっさりと気持ちも揺らぐ。
「お前はほんとに、俺をダメにさせるのが上手いよな……」
 そう言いながらクレイグはゆっくりと振り向いた。煙草は右手に収まっていて、手すりの上にある。
 フェイトの腕は彼に巻かれたままだ。
 空いている左手が、自然と頬に滑り込む。自分を見上げる緑の目。女性の格好のままなので、男女のカップルが普通に身を寄せているだけの光景に見える。
「どう? 可愛い?」
 フェイトが小首を傾げつつ、再びの問いかけをしてきた。
 小悪魔だ、とクレイグは思う。元からあざとさは感じ取ってはいたが、ここまでとは思ってはいなかった。
「最高に可愛いよ」
 顎を引いて、答えてやる。
 近づいてくる唇を、フェイトは拒まない。
 ベランダで重なる自然に見える影は、暫くそのままであった。



 少し歴史を感じるような道を、男は歩いていた。
 街並みの空気を肌で感じ、とびきりのお洒落をして歩く女性などをゆらりと見やり、「美しい!」と称賛しながら歩を進めていると、角の向こうからの気配を感じて足を止めた。
「……来る」
 綺麗な金髪をさらっと指で払いつつ、そう言う。
 青い目が真剣さを物語っていたが、一体何を捕らえたのだろうか。
「ボクには解る……あと七歩……三歩……さぁ、登場だ!」
「――え……っ!?」
 大袈裟に前に振られた腕。その指先に居たのは、角を曲がったばかりだった少女――否、フェイトだった。
 何故か眼前がキラキラと輝いている。太陽の反射だろうかと思いつつも実際そんな現状あるわけ無いだろ、と冷静なツッコミを心で入れるのはフェイト自身だ。
 少し長めの金髪、スラリと高い背に、フリルを惜しむこと無く施されたシャツは無駄に前を開けすぎだとも思う。
 とにかくフェイトには、何が起こっているのか解らなかった。
 傍にクレイグが居ない所を見ると、手分けしての調査途中なのだろう。ただし、女装の姿のままであったが。
「突然申し訳ない、美しいお嬢さん。ボクには解ってしまったのだよ、キミの可憐な足音が」
「は、はぁ……」
 目の前の男に手を取られて、そんなことを言われた。
 圧倒的な存在感に押されて、フェイトはろくな返事も出来ずにいる。
「……おっと、これは……。なるほどなるほど。いや、名乗りもせずに失礼。ボクはバルトロメオ・バルセロナ。キミと出会うために生まれた男さ。さぁ、この情熱の薔薇をどうぞ」
「えーと……」
「いいんだよ、言わずとも解る。その不安に揺れる緑の目。まさに宝石だ。……そう、キミは今、戸惑いの最中にいる。突然ボクが現れたんだ、無理もない。だけどこれは運命……そう、まさに運命の分岐点に立ってしまったのだよ!」
 どこから取り出したのかは解らなかったが、バルトロメオと名乗った男は一輪の薔薇の花をフェイトに差し出しながら言葉を続けた。ちなみに右手は彼の左手に握られたままである。
 フェイトが返答に困りつつも言葉を作ろうとすると、彼はさらにそれを制して良く分からない言葉を並べ立てる。うっかり受け取ってしまった薔薇を左手に、フェイトは完全に呆けてしまっていた。
「――じゃあ、お前さんの道はそっちな」
「!」
 背後から聞こえてきた声に、はっと我に返る。
 フェイトの背中越しに腕が伸びて、握られたままだった手を解く。そして持たされたままでもあった薔薇も目の前の男に差し返して、身体が後ろに持って行かれた。
「無粋だな、キミは」
「悪ぃな、こいつの連れだ。既に俺のモンだし、そっちに分かれるルートも存在しねぇから、他所をあたってくれ」
「……クレイ」
 フェイトを後ろ抱きにしながらそう言うのは、クレイグだ。
 嫌な予感が巡り早めに合流しにきて、行き当たったらしい。
 ピッタリと密着する二人を目の当たりにしつつ、バルトロメオは額に手を当ててフッと笑った。
「こんなに可愛らしいお嬢さんにキミという組み合わせは、実に釣り合わない」
「突然出てきて、昼間から女を口説くお前のほうがよっぽど不審者だぞ」
「美を賞賛するのは至極当たり前の行いだ。目の前に美しい人がいるのに声を掛けないということ自体、ボクには考えられない」
「……イタリア人か」
 クレイグは、はぁ、とため息を零しつつそう言った。
 過度に対象を褒める言葉遣いからのものだったが、どうやら当たりらしい。
「その通り、ボクはただのイタリアからの旅行者だ。キミのような無骨者に名乗る名など無いがね」
「まぁ俺も知りてぇとは思ってねぇしな。……ただの旅行者、ねぇ」
 変わらず腕の中にフェイトを収めたまま、クレイグはそう答える。最後の言葉には何かの含みもあり、耳元で聞いたフェイトが顔を上げた。
「クレイ?」
「ん、お前は黙っとけ」
 フェイトの左手を取り腕を上げさせ、指に唇を寄せつつ彼はそう言った。それだけではなく、吸い付く音まで聞こえる。
 明らかに性的なその行動に、フェイトの頬が染まった。
「こいつにこう言う顔させられんのは俺だけだし、身体の癖を知ってんのも俺だけだ。この先もずっとな」
「ちょ、ちょっと……」
 抱き込まれたままなので、クレイグの声が背中からも伝わって、フェイトは変に意識してしまった。
 腕を回されクレイグの手のひらが腰のあたりにあるのだが、それを避けようともピクリともしない。
 端から見れば、昼間の街中で愛を確かめ合うカップルのようだった。
「やれやれ、惚気なら他所でやってもらいたいものだ」
 バルトロメオがため息混じりにそう言う。
 そして彼は肩を竦めつつ諦めたかのように歩みだした。数歩進んで、二人を交わしてすれ違う瞬間。
「――また会えるだろう。キミが望まずともね」
「え……」
 そんなことをフェイトに言い残して、彼は建物の角を曲がり、姿を消した。
 クレイグが体を離し踵を返したが、角の向こうにはバルトロメオの影すら無い。
 予めそれを想像しつつの行動だったが、思わずの舌打ちが漏れる。
「クレイ、あの人に何か?」
「……まぁ、な。っていうかお前、やっぱり俺が離れた途端にナンパされたじゃねぇか」
 フェイトの問いかけに、クレイグはそう答えると同時にそれ以上を敢えて続けずに話題を変えた。
 するとフェイトはうまい具合に乗せられ、頬を膨らませる。
「べ、別に、あんなの……単なる偶然だよ」
「こんな可愛いユウタをスルーする奴なんていねぇよ。取り敢えず一旦ホテルに戻るぞ。どうせ夜までその格好なんだろ?」
「もちろんだよ、囮作戦なんだからね。……って、さらっと何言ってるのさ」
 クレイグの手がフェイトの手を包み込む。
 彼は背を向けたままでその手を引き、歩き出す。
 自然と繋がれる手と手。
 いつもであれば、昼間でこんな往来で、と考えてしまうが今はそういう気持ちが湧いてこない。
 自分の姿が違うからなのだろうかと考えつつ、フェイトはクレイグの後について歩みを進めた。



 夜の空気はまだ少しだけ冷たかった。
 紺色の空にはまん丸の月がくっきりと形を成して姿を見せている。
 昼間に歩いていた通りとは別区画の、被害が最も多かった路地でフェイトが一人きりで佇み天を仰いでいた。
 囮作戦の決行中である。もちろん、昼間と同じ女性の格好のままだ。
<――用心しろよ、フェイト>
 耳元に聞こえてくるクレイグの声は、電子を通したものだった。彼は距離を取り身を隠しているらしい。
「解ってる」
 フェイトは小さく答えながら、一歩を進んだ。
 連続で事件が起きているためか、人気が極端に少ない。
 夜遅くまでやっているカフェなどもあったはずだが、今日は明かりも灯らずにひっそりとしている。
 ヒール低めの編み上げサンダルを履き、フェイトはひたすら前を歩いていた。
「アオォォォーン……」
「!」
 遠吠えが、広く長く響く。
 どこかの犬が無駄吠えをしているのだろうとは思うが、フェイトの肩はその声に反応して震えていた。
 その、直後。
 間近で引き金を引く音がした。
 瞠目しつつ振り返ると、その先にいた者は。
「キミは一体、何者なんだい?」
「……え……」
 一度聴けば、忘れもしない声音と言葉遣い。
 見た目のゴージャス感もあり、強烈な印象があり過ぎるその声の主が、フェイトに向かって銃を突きつけつつにこやかに微笑んでいる。
 バルトロメオであった。
「……悩ましいほど可憐に、そんな格好までして、キミの目的は何なのだろう? ボクは今それがとても気になっている。答えてもらえるかな?」
「え、じゃあ、俺が男だって……」
「解っていたさ、最初に出会った時からね」
 バルトロメオは笑みを崩さずにそう続ける。対するフェイトは、明らかに狼狽えていた。全くの予想外であったからだ。
「俺から見りゃ、お前も十分怪しいぜ? バルトロメオ・バルセロナ」
「おっと」
 そんな声と共に、バルトロメオの後頭部に突き付けられた物があった。
 クレイグの銃である。
 まるでこのタイミングを待っていたかのような行動だ。
 そしてバルトロメオもそれを予測していたのか、余裕の笑みをやはり崩さない。
「最初から嫌な感じはしてた。お前、普通の人間じゃねぇだろ」
「やれやれ、キミにそこまで見破られているとは、誤算だったな。そう言うキミ達だって、只者ではないんだろう? コンビを組んで犯罪かな?」
 バルトロメオの銃が、フェイトからクレイグへと向きを変えた。
 フェイトが顔色を変えるが、クレイグは大丈夫だと視線だけで告げて、後ろへ下がれと合図する。
 静まり返った満月の元、クレイグとバルトロメオの銃が向き合う。
 二人は互いを知らない。だから、突き止めなくてはならない。目の前の男の正体を。
 張り詰めた空気の中、どちらも譲らない青い瞳がぶつかり合い、静かな火花を散らしていた。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年05月14日

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