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『瞬き消えぬ想い 』
千見寺 葎(ia5851)

「軍事さん、何処に行くんですか……?」
 そう声を上げた千見寺 葎(ia5851)は、行く手を遮る木々を押し退け、前を歩く大きな背を追い駆けた。
 此処は神楽の都から少し離れた山間の沢。穏やかな流れの川と瘴気のない澄んだ空気が特徴の場所だ。
「もう少し先だ。視界が悪いからな、足元には気を付けろよ?」
 そう語る志摩 軍事(iz0129)は、辺りを伺うように視線を動かす。この近辺は神楽の都の人々でも足を運ぶような足場の良い場所だ。
 そんな場所で気を付けろ――と言うには意味がある。
(もうすっかり日も落ちているのに出掛けると言い出したので何事かと思いましたが……まさかアヤカシでも出たのでしょうか……)
 そう、今は夜の帳が落ちた後。普段なら視界の良いこの場所も、夜の闇に染まれば一気に視界が悪くなる。
 葎は周囲を伺った志摩に習い、超越聴覚を起動させると真っ暗な森へ視線を這わせた。
(……小川の音色……木々の音……これは、梟……?)
 風音に混じり届く自然の音色に笑みが浮かぶ。
「軍事さん、この辺りにアヤカシの気配はなさそう――……軍事さん?」
「あ? ああ、いや、なんでもない。それよりもこの先はちっとばかし難所だ。足は大丈夫か?」
「え、ええ」
 軽快に進んでいた足が止まり、何かを見ていたらしい彼に首が傾げられる。けれどそんな葎に構わず、志摩は苦笑にも似た笑みを浮かべると前の道を示した。
 確かに彼の言うように、この先は難所の様だ。
(道と言うよりは岩場に近いでしょうか……それに沢の水はこの上から流れているようですね……水が糸の様に連なって落ちてきている)
 岩肌を滑るように落ちる幾筋もの水。それが月の淡い光によって照らされる姿に目を奪われる。
「綺麗……」
 思わずそう零した時、頭上から「葎」と呼ぶ声がした。
 目を上げれば志摩が手を差し伸べている。
 岩場に片手を掛け、足も既に岩の上。このまま上を目指すということなのだろうが、それ以上に気になるものが彼の手の中に在った。
「葎?」
「軍事さん、これは……」
 差し出されて目に留めなければ気付かない程度の傷がいくつも付いている。暗いので確かな事は言えないが、きっと新しい傷に違いない。
「もうアヤカシが出たのですか? それならそうと言って下されば僕が動きましたのに」
「アヤカシ? あー、これか……これは、その……枝を払い損ねてな」
「枝を払い……、っ」
 思い至って頬が熱くなる。
「……まさか……僕が歩き易いように枝を避けて下さってたのですか?」
 上目遣いに見上げると、彼の顔も赤く染まっているように見える。その顔を見て確信した。
(変わらない……何年経とうとこの人は変わらない……優しく、大きく、逞しい人だ……)
 時を経て久しぶりに再会した時、高鳴る胸の鼓動に偽りきれない気持ちを確信した。
 その前は憧れにも似た幻想を抱き、それが故に得た想いかもと思っていた。そうでも思わなければ彼への気持ちを抑えきれなかったと言う部分もある。
 けれど実際に会って直面した想いはそんな簡単なものではなかった。
(この人を守れるのなら、僕はどんな困難にも身を投じる覚悟がある。この人の隣に立ち、背に立てる男だったなら……そう思う……)
 けれど、もし男だったらこうして手を差し伸べてくれる事もないだろうか。
 そう心の何処かで問い返されてハッとした。
「軍事さん……僕を女性扱い、してくれるのですか……?」
「ぶっ……お前なぁ。良いから手を寄越せ!」
 溜息交じりに引かれた腕にかぁっと頬が赤らむ。
(男なら、得れない想い……)
 心の奥に灯された暖かな光に感嘆の溜息が零れる。
 もし自分が男なら、こうした感情を抱く事も無かったかも知れない。彼の一挙一動に戸惑う事も無かったかも知れない。
「……ありがとうございます」
 素直に口から零れた感謝の言葉に、岩場を登る志摩の目が向かう。そうして視線を重ねて微笑み合うと、彼は「もうひと踏ん張り」と岩場の先を目指した。
 そうして僅かの後。その光景は唐突に訪れた。
「これはっ」
 思わず零れた声に、志摩は笑みながら彼女の腕を引いて岩場の頂上に出た。
 先程まで頭上を覆っていた木々は岩の下。今あるのは何処までも続く闇と、それを彩る幾億もの星たち。
「こっちに戻って来る時偶然見つけてな。いつかはお前さんに見せてやりたいって思ってたんだ」
 如何だ? そう問い返されるが目が空に釘付けになって頷きしか返せない。
 そもそも彼は今なんと言っただろう。
――お前さんにも見せてやりたいって思ったんだ。
 そう、言っただろうか。
「僕は、貴方に何も言わずに里に帰ったのに……貴方は僕が戻ると……?」
 戻ると約束はしていない。にも拘わらず、志摩はそう信じて待っていてくれたという事だろうか。
 星から、それを背に立つ愛しい人に目を移す。
 彼は穏やかな眼差しを此方に向けていた。
 何処までも静かで、何処までも温かな視線。胸の奥をざわつかせる彼の眼差しは、昔以上に恋しく、愛おしく思う。
 そんな彼の瞳を見詰めながら問い掛けると、彼の大きな手が視線を遮るように瞼を覆った。
「軍事さん?」
「あんまじっと見るな……色々困るだろ」
「困る? それは如何いう――」
 チュッと頬に触れた柔らかな感触に、顔に赤みが差す。そして何も言えずに手の下で瞬くと、彼は照れくさそうに言った。
「生きてればいつか会える日も来る。お前さんは元々義理堅い人間だからな。そう遠くない未来、会いに来ると信じてたんだ」
(生きて……ああ、そうか……)
「僕は死にませんよ」
 手の向こうにある彼の瞳を見詰めるよう目を細める。そうして感じた息を呑む気配に、唇に笑みが刻まれる。
「一時は貴方の傍を離れましたが、これからは決して貴方の傍を離れません。僕は貴方の死に水をとる覚悟で此処にいるのですから」
「死に水って……有り難いんだか悪いんだか微妙だな」
 クッと笑う気配と同時に手が離れた。
 視界が掃けた其処に在ったのは、星と共に照れ笑いをする彼の姿。その姿を見てふと思う。
「……無理は、していませんか?」
 自分はこうして言葉で彼へ想いを綴っている。けれど志摩は、傍にいて良いとは言ってくれたが想いを口にしてくれた事は無い。
「僕は貴方の傍にいても」
 傍にいても良いのでしょうか。そう問おうとしたのだが、此処まで口にして後ろ向きな思考が顔を上げた。
(もし此処で駄目と言われたら……実は同情と言われたら……僕は――)
「――や、やっぱり良いです。僕、熊を探して」
「熊!? いやいやいや、待て!」
 踵を返しかけた肩が掴まれる。
 そして盛大に溜息が耳を掠めると、背後から包まれる様に抱きしめられた。
「何を1人でぐるぐるしてるのかわからねぇが、大概の原因は俺だろうな」
 耳を擽る囁きに全身が熱を持つ。その感覚に顔を動かすと、志摩は葎の顔を覗き込むようにして言った。
「一生俺の傍にいてくれ。お前でなけりゃ駄目なんだ……愛している」
「っ!」
 掠めるように奪われた唇に息さえも奪われたかのように呼吸が止まる。そうして温かな腕が緩まると、葎は彼の顔を見上げ、共に輝く星空を見詰めた。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia5851 / 千見寺 葎 / 女 / 20 / 人間 / シノビ 】
【 iz0129 / 志摩 軍事 / 男 / 38 / 人間 / サムライ 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
お言葉に甘えてだいぶ自由に書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか。
この作品が葎さんにとって、そして背後さんにとって思い出のひと品になる事を願っております。
この度は、ご発注ありがとうございました!
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舵天照 -DTS-
2015年05月18日

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