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『朝日の中、その腕に新しい生命を 』
志鷹 都(ib6971)&馨(ib8931)


 石鏡のとある街に都の自宅はある。古い民家であるが以前暮らしていた者が手入れを欠かさなかったのだろう。年季は見えるがさほど傷んでなく、寧ろ長年煙で燻された柱や梁の香りに落ち着くような家だ。小さいながらも庭もある。
 都は今その家に夫、馨と暮らしていた。
 脇息に体を預け都は深く息を吐く。
 「夕方の風は体に悪い」と馨が閉めてくれた障子越しに部屋に入る夕日の赤。家路を急ぐ鳥の声に混じって聞こえてくるのは小気味良い包丁の音。料理上手の馨が都のために腕を振るってくれているのだ。
 都はそっと左手に触れた。そこには優しい光を湛えた淡い桜色の真珠の指輪がある。求婚の言葉とともに馨から贈られたものだ。
 彼が考えに考え抜いた末に選んでくれたこの指輪は大切なお守りであり、一生の宝物でもある。
 馨の想いがこもった指輪は、触れているだけでその気持ちが流れ込み心が温かくなる。
 都はその温もりを分けるかのように大きくなった腹に左手を置く。お腹に生命を宿しまもなく十月十日。じっとしているのが飽きたのか最近ではしきりに赤子が胎の中で動いている。
 都に医学を教えてくれた恩師が言うにはもういつ生まれてもおかしくないらしい。
(思えばあっという間だったな……)
 腹の丸みに手を沿わせた。

 微熱に吐き気、続く体調不良。当初は風邪かと思ったが一向に快方に向かわない。医者の不養生、そんな言葉が頭に浮かび恩師に相談した。
 だが診察を終えた恩師は、不安気に待つ都を前に「全くあなたときたら」と笑い出したのだ。
 戸惑う都を笑みを湛えたまま恩師がまっすぐにみつめる。
「おめでとう」
 何が起きたのか状況を把握できない都の手をとって優しく包む。
「貴女に新しい命が宿ったのよ」
 記憶より皺の増えた手が慈しむように都の手を撫でた。
「……?   あたら、し  い……」
「そう、あなた達二人の子供」
 言葉が都の頭へと伝わる。途端、涙が瞳に溢れた。
 次から次へと頬を伝う涙の温かさはきっと一生忘れないだろう。

 あの時の喜びにまた涙が滲む。自分の中に息づいた命。それはとても愛しい、愛しい……。
「もうすぐ会えるね……」
 掌に伝わる胎動はお腹の中の子からの返事だろうか。


 夫婦水入らずの夕食の後、食器を洗い終えた馨は食後の茶を準備する。
 都の妊娠がわかると、馨はすべての仕事を休業し都とともに過ごす事を選んだ。多少強引だったので後々問題が出てくるかもしれないが関係ない。
 それよりも少しでも多くの時間を都の隣で過ごしたかった。
 厨房の柱に下げられた帳面。
 それには妊婦に良いとされている食材、食べてはいけないもの、日々の生活で気をつけることなど都の恩師から聞いたことや書籍で得た知識を事細かに記している。もう何度読み直したことだろうか。指が触れる部分は黒ずみ、草臥れてしまっていた。
 自分ですら未知のことに心配も不安も多い。まして子を産み母となる都の不安はどれほどのものであろうか。
 だからできる限り彼女を支えてやりたいのだ。
 コポコポと湯の沸く音が聞こえる。急須に湯を注ぎ茶葉を蒸らす。
 この一瞬、一瞬がとても愛おしい。そう思うせいか時間の流れがとてもゆっくりに感じられた。それは故郷を旅立って以来、記憶にないとても穏やかな時間だ。
 淹れた茶を盆に乗せ馨は都の部屋へ向かった。
 布団から起き上がる都の肩に馨は自分の羽織を掛ける。
「過保護だよ」
「冷えは大敵だろう」
 もう子供じゃないんだから、と笑う都に馨はしごく真面目に都の恩師から何度も言われた言葉を口にする。
 少し熱いぞと手渡すお茶も、恩師に教えてもらった体を内側から温める薬草茶だ。
 二人は茶を飲みながら今日一日あったことを互いに話すのが日課となっていた。
「そういえば最近だいぶやんちゃなの。早く出たいって言っているのかな?」
 都がお腹を摩る。むずがっているのか退屈なのか、赤子は内からよく蹴ってくるようになったらしい。
「ほら、今も蹴った」
 ね、と馨の手を腹の上へと導く。双眸はとても嬉しそうに細められていた。
「……結構強いな」
 赤子の蹴りの強さに馨は目を丸くする。
「ひょっとしたら男の子かも……」
 近所に住む三人の子を持つお母さんが言っていたのだ。男の子はお腹の中にいるときから暴れん坊だと。
「男の子でも女の子でも、元気な子だといいね」
 幾許かの間。不意に都が馨の手に自分の手を重ねた。
「……」
「どうかしたのか?」
 見上げる馨に都は「なんでもない」と首を横に振る。だがわずかに震える重ねた手。
 馨は手はそのままに背後へと回り、背中から都を優しく抱きしめた。

 行灯の灯が重なる二人の影をゆらりゆらりと壁に映す。
「あのね……」
 背中に馨の体温を感じながら都が口を開いた。少しだけ不安なの、と囁くように告げる声。しかし言葉にしてはいけない事を言ったような気がして慌てて口を噤む
 黙り込んだ都の手をゆっくりと馨が撫でてくれる。そのうち少し心が落ち着いてきた。
「聞かせて欲しい。何が不安なのか」
 促す声にコクリと都が頷く。
「ちゃんとこの子に世界をみせてあげれるかな、って」
 都がぎゅっと拳を握った。
「元気に産んであげれるかなって……」
 何も出産に伴う痛みや苦しみが不安なのではない。それも少しは気になるが。母となる人は皆経験してきているのだ。都の母も、そして母の母も……。授かった愛する人との子。その子のためならば痛みも耐えようという気持ちになる。
 それよりも不安なのはお腹の中の子に何か起きないだろうか、ということだ。都も医師だ、不安に思い悩むことが体に悪いことは知っている。何度も大丈夫、と自分に言い聞かせてきたがお腹の中で赤子が元気に動くたびにちらりちらりと脳裏を過ぎるのだ。
 例えばよく動くのは実は苦しいのではないか、逆に動かないのは体調が悪いからではないか、など。考えれば考えるほどに不安は広がる。
 都、静かな声で名を呼ばれた。
「俺が傍にいる。ずっと離れないから……」
 背中越しに体に伝わった声が波紋のようにゆっくりと広がっていく。温かい波に身を任せているようだ。体から力が抜ける。
「手を離さないでね」
「もちろん」
 返された言葉とともに握る手に力が込められた。

 都が寝たのを確認すると馨は、その左手薬指の指輪に指先で触れる。
 女性の装身具に決して詳しいわけではない。何を贈ればいいのか色々と悩み、最終的にこの真珠の指輪に決めた。
 真珠は守護の力を持ち持ち主を守ってくれるという。自分と共に歩むことを選んでくれた彼女への感謝、彼女のこれから先を守っていこうという決意、例え自分が彼女の隣にいることができなくなっても心は魂は彼女に寄り添い守り続けるという覚悟……沢山の想いを込めて選んだのだ。
 中でも桜色の真珠は母性を表し、妊娠や出産のお守りとしても昔から重用されているらしい。
 その守り石に妻と子の無事を願い、静かに口付けを落とした。

 真夜中、都は苦しみと痛みで目が覚めた。陣痛が始まったのだ。異変に気付いた馨がすぐに恩師を呼びに走る。
 予め出産のために整えた居間に移される。清潔な布、沸かしたてのお湯、真っ白い割烹着に髪をまとめた恩師はいつでも赤子を迎えることができるよう準備万端であった。
「何か俺にできることは?」
 落ち着かない様子で右往左往している馨が恩師に「傍についていておやり」と背中を押されている。頼りになる優しい夫の普段見せない姿に少し痛みが落ち着いた都は小さく笑みを零した。
 その笑みに気づいた馨が「大丈夫か」と汗で額に張り付いた前髪を退けてくれる。
 都を襲う痛みの感覚は次第に短くそして鋭くなっていく。
 目が眩みそうな痛み、いっそ意識を手放してしまったら楽になるのかもしれない。なのに痛みが酷すぎて意識を手放すことすら許してくれない。
 恩師に教えてもらった呼吸法も頭から飛んでしまい、繰り返すのは浅い呼吸ばかり。
 滲んだ視界に今にも泣きそうな顔をした夫の顔が映った。
「都……」
 約束通り、ずっと手を繋いでくれている。汗を拭くときも丸めた背を撫でてくれるときも片手は繋がったままだ。
「だぃ……じょぅ   ぶ」
 苦しげな呼吸合間を縫って微笑む……それは果たして笑みになっていたか都本人にはわからないのだが。
「恭から  もらった   お守り、があるから……」
 桜色の真珠の指輪をはめた左手を胸の上に置く。頬に触れる大きな掌。すり、と頬を摺り寄せて、深く息を吐いてからもう一度「だいじょうぶ」と繰り返した。
 その後は痛みでほとんど覚えていない。何か酷く叫んだような気もするが記憶は朧げだ。ただ夫の握り続けてくれた手の強さと、名を呼ぶ声だけは覚えている。
 今日だけで何回、私の事呼んでいるの……なんておかしく思ったのも束の間、すぐに痛みの波にさらわれてしまう。
 明け方近く、一際強い痛みが都を襲った。
 跡が残るほどに馨の手を握り締める。

 苦しそうな都の呻き声。額の汗は拭っても拭っても次から次へと流れてくる。ただ見守るしかできない自分がもどかしい。
 できることなら代わってやりたい、せめて半分だけでも痛みが自分に移ればいいのに、と馨は都が息を詰め身を捩るたびに思った。
 都の爪が馨の手に食い込む。肌を傷つけないようにと短めに整えた爪が食い込むほどの力だ。どれほどの痛みが彼女を襲っているのだろうか。
「恭……っ  」
「俺は此処にいる」
 呻き声と荒い呼吸音が室内に響く。
「都、都……」
 両手で手を握り繰り返し名を呼ぶ。馨にできることはそれだけだった。

 ぉぎゃぁ……。
  ぉぎゃぁ……。

 家中に響く産声の二重奏。生まれた赤ん坊は男の子と女の子の双子。
 寝台の上で半ば意識を手放している都に「無事生まれたよ」と声をかければふわりと笑みが返ってくる。
「とても元気な子だよ」
 産湯に浸かり、都お手製のおくるみに包まれた双子を恩師が都に手渡す。
 うっすらと生えている髪は馨と同じ色だった。
「恭とお揃いだよ」
 背後から赤ん坊の顔を覗き込んでいた馨は口元を綻ばせた。
「抱いてあげて……」
 差し出された赤ん坊に馨は戸惑う。果たして自分が触れていいのだろうか、この手で。目が合うと都が「大丈夫」とでも言うように笑みを浮かべる。
 馨の腕にしかと感じる温もりと重み。心の内から溢れ出てくる小さな、でも力強い生命への愛しさ。
 ぽつ、ぽつとおくるみに染みが生まれる。馨の双眸から愛しさの代わりに涙が溢れていた。ふと都を見ると彼女も涙を流している。
「ありがとう……都……」
 俺たちの子を産んでくれて、言葉にしきれない想いを込めて都の肩を抱き互いの頭を寄せた。
 きょとんとした様子で泣く父と母を見上げる双子の瞳は都と同じ色だ。
「小さいね……」
 都が双子の頭を撫でる。少し力を込めれば壊れてしまいそうなほどに赤子は小さい。だが精一杯伸ばした手で馨の指を掴む力の強いこと。
「これから賑やかになるな」
 頷いた都が肩を馨に預ける。
 開かれた障子から流れ込むのは清々しい澄んだ空気と、眩しい朝日。
 いつの間にか夜が明けていたらしい。
 煌く陽光がまるで子らの誕生を祝福しているように親子を包み込んだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 外見年齢 / 職業】
【ib6971  / 志鷹 都 / 女  / 23歳  / 巫女】
【ib8931  / 馨    / 男  / 28歳  / 陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。桐崎です。

とても大切なお話をお任せいただき本当にありがとうございます。
そしておめでとうございます。都さんのご家族の今後の幸せを祈っております。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2015年05月21日

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