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『己が道を 』
羅喉丸(ia0347)

 これは、爽やかな鳥の声と、降り注ぐ光が穏やかな日の出来事である。
「……ここが」
 呟き、とある道場の前で足を止める少女がいた。
 長い髪を頭上で束ね、弓を背負う少女の名は雪日向・紅鷹(ゆきひなた・こうよう)。神楽の都に居を構える貴族、雪日向家の嫡子だ。
 彼女は手にしている父が認めた地図に目を落とすと、緊張を解すように息を吸い込んだ。そうして一歩を踏み出した所で声が掛かる。
「其処に居るのは紅鷹さんか?」
 聞こえた声に目を向けると、不思議そうな表情を浮かべながら歩み寄る人物が在った。
「俺の道場に来るなんて珍しいな。花鳥さんに何かあったのか?」
 そう言いながら目の前で足を止めたこの人物は、道場の主の羅喉丸(ia0347)だ。
 彼は紅鷹が背負う弓に目を向けると、少しだけ表情を険しくして返事を待つ。
 その様子を見て、彼女の中に在った緊張が少しだけほぐれた。
 これまでに何度か実家で顔を合わせているが彼の印象は昔から変わっていない。誠実実直、開拓者としての腕は確かだし信頼も出来る。
 けれどこうして素を晒した時、その実直さが少々抜けて見えてしまうだ。その感想を、紅鷹は幼い頃に抱き、今も同じ感想を抱いている。
「羅喉丸おじ様、もし本当に母様が大変ならもっと慌ててるわ……今日はそうではなくて……」
 零して、途中で言葉を切った彼女に羅喉丸の首が傾げられる。そうして何かを問おうとした所で紅鷹の口が動いた。
「……前に、道場やってるって聞いたから、見に来たのよ」
「ああ、そういうことか。それなら大歓迎だ。今日の稽古は午後からだから弟子たちはまだいないが、良ければ稽古していくか?」
 彼女からすれば願ってもない申し出だった。
 そもそも此処に来たのは彼の道場に――否、彼の腕に興味を持ったからだ。
 数日前に行われた天儀一武道大会・武の部。其処で羅喉丸に完敗した紅鷹は、自分よりも遥かに強い人物がいるのだと実感した。
 それまでは賞金首、楠通弐の再来と言われてもてはやされ、自分よりも強い相手はいない。そうとまで思い始めていた。
 けれど現実は違った。
(新米は新米……私の腕は未熟。それをこの人の技が気付かせてくれた……)
 負けた時の悔しさは今でも覚えている。
 もしあの敗北がなければ、慢心したまま開拓者を続けていただろう。それに今以上に強くなりたいとも思わなかった筈だ。
「是非、頼みた……ううん、お願いします」
 紅鷹は中へ勧める羅喉丸に頭を下げると、武人らしい引き締まった表情を見せた。

   ***

「っ……、……もう1本……!」
 床に叩き付けられて奪われた息を取り戻した紅鷹は、ゆっくり立ち上がると目の前に立ちはだかる大きな背を見上げた。
(やっぱり動きが違う……踏込みも早いし、何よりその後の動作に隙がない……)
 道場に足を踏み入れて何度目になるだろう。
 手合せをしてくれると言った彼に甘え、拳を交えること数回。一度たりとも攻撃が掠らない事実に悔しさが募る。
 けれどそれと同時に当初より想い描いていた事を実行したいと願う気持ちが強くなってきている。
「少し休んだ方が良いと思うが」
「いえ。もう1本、お願いします」
 真剣な表情で言い放った彼女に、羅喉丸は僅かに思案し、彼女の言葉を汲む様に拳を構えた。
 その姿に頭を下げ、紅鷹もまた拳を構える。
 元々弓術師なのだから、接近戦に長けていなくても良いと周囲は言った。だが紅鷹の考えは違った。
(接近戦こそ身を守る最大の方法だもの……遠距離の攻撃に長けても、近付かれたらお終い……だから私は両方を極めるっ)
 踏み出した足が一気に羅喉丸との距離を詰める。だが安易に彼の間合いに飛び込んだりはしない。
 何度も拳を交えて力の差を痛感したからこその防衛。そして身軽な体だからこそ繰り出せる技もある。そう、彼の動きから学んだ。
「動きをよく見て……今っ!」
 紅鷹が体を引くのに合わせて羅喉丸が踏み込んで来た。これを目にした彼女が前に動く。
 ダンッと床を大きく踏んで飛躍し、上段から体を捻りながら足を振り降ろす。
 そうして必殺の一撃を決めようとしたのだが――
「甘い!」
 足を掬うように伸びた腕が、勢いを一気にそぎ落とす。そうして剥き出しになった脇に容赦ない突きを落とすと、紅鷹は成す術もなく崩れ落ちた。

   ***

 顔と脇、腕や足など、ありとあらゆる場所を冷やしながら、紅鷹は羅喉丸の淹れたお茶に目を落としていた。
「それで。今日来た本当の理由は?」
 自身の淹れたお茶を口に運びながら問い掛ける彼は無傷だ。結局、全ての稽古が終わるまで、紅鷹は羅喉丸に1度も攻撃を当てる事が出来なかった。
 その事実を再確認するように視線を飛ばす。と、その視線に気付いた彼の首が動いた。
 彼はもう何名も弟子を抱え、自分と同じように悩みを抱える者達の導になって来たのだろう。そして導になるべく器も備えている。
 何故なら、伺うように紅鷹の言葉を待つ姿は、単に強いだけの者が持つ余裕ではないからだ。
「先程の様子から察するに、単に稽古を見に来たと言う訳でもなさそうだが」
「……私は弓術師で、ここは泰拳士の道場。その認識で、あっていますよね?」
「ああ。うちは泰拳士の道場だ。それ以外の事は教えられない」
 それ以外の事は教えられない。その言葉を反芻するように口の中で繰り返し、彼女は羅喉丸に向きあうように座り直した。
 そして両手を床に付きながら乞う。
「私をこの道場に置いて下さい。お願いします!」
 床に付きそうなほど深く下げられた頭に羅喉丸の目が瞬かれる。そうして彼女がチラリと伺う視線を寄越した時、彼の顔に笑みが乗った。
「両親には心配をかけていないか?」
「は、はい! 母様と父様の了解は得ています!」
「ならいい。さっきも言ったがうちは泰拳士の道場だ。それ以外の事は教えられない。もしそれ以外の事を学びたくば、俺の動きから盗む事だな」
 そう言って茶を口にした彼に、紅鷹は此処に来て初めて嬉しそうな笑みを覗かせた。

   ***

「一先ず今日は帰ってご両親に報告して来るんだ。結果を心配されているだろうからな」
 紅鷹の母は目が見えない。
 だから娘の様子を直接見に来る事は出来ないし、彼女の口から報告を受けるまで何が如何なったか知る由もない。
 その事は、昔からの知り合いである羅喉丸が良く理解している。そして娘の紅鷹も同様の筈だ。
「羅喉丸おじ様……いえ、羅喉丸師匠。私、絶対に師匠に勝ちますから」
「ああ。早く強くなる事だ、老いた俺に勝ったところでうれしくないだろう」
「はい!」
 紅鷹はそう返事を返すと、頭を下げて家路に着いた。そしてその姿を見送った後、羅喉丸は道場の看板を振り返る。
「彼女が俺の道場に来るとはな」
 楠通弐の再来等と呼ばれている事は知っている。だが羅喉丸からすればそんなのはただの噂だ。
 紅鷹は紅鷹として、自分の望む道を進めば良い。そしてその事を、これから少しずつ道場に通う中で見つけ、いずれは師である自身を越え、自分の道を貫き通してくれれば良いと思う。
「『己の道を見出し、貫け』、『弟子は師をこえるもの』……楽しみだな」
 先達の想いと共に伝えられてきたものを次代に継承し、何か遺したいという想いで開いた道場。そこに紅鷹が来てくれた事は素直に嬉しい。
 羅喉丸はその嬉しさを噛み締めるように彼女が消えた道を見、自らの道場に戻って行った。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia0347 / 羅喉丸 / 男 / 22 / 人間 / 泰拳士 】

ゲストNPC
○雪日向・紅鷹


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
まさか紅鷹関連で発注があるとは思わず、どうするか迷った挙句にこんな感じに納まりました。
彼女が羅喉丸さんを越えられるかはわかりませんが、越えたら通弐以上に強そうだな、と思ったり。
かなり好き勝手に書かせて頂きましたので、もし不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
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舵天照 -DTS-
2015年05月22日

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