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『鴉と狼の邂逅録 』
ゼロ=シュバイツァーjb7501

 あったかくて甘い食べ物なぁんだ。
 友人の問いかけに、ゼロ=シュバイツァーはふと首を捻った。
(なんやろ。こんな感じのやりとりどっかで……)
 今よりずっと昔。そう、確かまだ自分が『地上』にいなかった頃にそんな会話を誰かとした気がする。
 ふと目を瞑って想起すれば、過るのは深緑の―――。

『何だ。知らないのか御曹司殿。人界はな、冥界ではお目にかかる事のないもので溢れ返っているぞ』



「っだー……しつこい奴らやなほんま……」
 後方から追い縋る様に迫る影たちに苦笑いひとつ。漆黒の翼を広げつつ、ゼロは暗闇にとけ込みつつ空を駆けていた。
 実家を一方的に、所謂『脱走』してからというもの連日休む間もなく追手がかかる。
 正直、辟易していた。
「いっそ地上に降りたろか……」
 追手が来ないとは限らないが、今よりは減るかもしれない。一種博打の様なものだが、やってみる価値はあるだろう。
 そうと決まれば動き出すのは早い方がいい。更に加速すると、地上に降り立つべく一気にゲートを潜ろうとして―――。

 何が起こったのか一瞬分からなかった。それだけ勢いよく飛んでいたのだ。
 何かと衝突したのだと気づいたのは直後。
 ぶつかった何かと同時に落下して地面に激突する寸前。何か仄暖かいモノに包まれた。
「ってぇ……」
「静かにしていろ」
 低く響くその声に、彼は聞き覚えがあった。
(いや。俺、男に抱きしめられる趣味ないねんけど)
 思いつつも黙っているのは、上空を飛び去っていく追手達に気付いていたから。
 翼の羽ばたく音が消え、気配も消え。それから更に用心する様に時間を置いて。
「そろそろええやろ」
「……あぁ、そうだな」
 のそりと動いた男に続いて起き上がる。服についた埃を払い落とし、眼前に立つ男を見やる。
 ゼロの漆黒とは違う、何処か深い森を思わせる黒髪に光の角度で深緑の様に映る瞳。そして、頭頂からやや降りた辺りに違和感なく生える獣の耳。
「久しぶりやなぁ」
 彼と衝突しまるで匿うかの様にその姿を隠した男は、顔見知りの『狼男』であった。
「……名門貴族の御曹司殿が家出か」
「ガキちゃうねんから『家出』はないやろ」
 即座に突っ込む様に告げれば、狼男は小さく口角を引き上げる。
「それで。何処に行こうとしていたんだ」
「ん? あぁ、ちょいと下まで」
 まるで近所の家にでも遊びに行くかの様な雰囲気のゼロに、狼男は益々笑みを深めた。
 見た目は自分とは変わらない程度だ。しかしこの狼男はゼロの父親とも顔見知りであった。
 悪魔は外見年齢と実年齢がそぐう生き物ではない。自身より明らかに年下であっても恐ろしいほど年上であったり。どう見ても老人でしかないのにまだ生まれて間もなかったり。
 恐らくはこの狼男も、ゼロより遥かに年上なのだろう。
「そうか。下に降りるなら、直ぐに生活出来る場所の一つでも提供してやろうか、御曹司殿」
「は?」
 あっさりと逃亡を受け入れられ、更に軽い様子で投げられた言葉に、ゼロは思わず目を見開いた。
「ちょい待ち。アンタ今何っつった?」
 まるでその口調では、この狼男は―――。
「アンタ……『下』にそんなしょっちゅう降りとんのか?」
 確かにタブーではない。地上で活動する悪魔だっているのだから、降りる事自体は問題ないだろう。
 だがしかし、今狼男は何と言っただろう。
 『直ぐに生活出来る場所』それはつまり、今の今まで誰かが住んでいた。或いは住める様に整えられている。そういう事ではないだろうか。
「……下には、興味深いものが多くてな」
「ふーん。例えばどんなもんや?」
 下に住もうとするレベルで興味を惹かれるもの。それが一体どんなものなのか。興味半分ネタ半分。そんな軽い気持ちで問いかけるゼロに、狼は何処か煮え切らない様子で目を逸らした。
「それより、逃げるんじゃないのか御曹司殿」
「その『子息殿』って嫌味やめぇ。しかも話逸らすの露骨すぎやろ」
「ぐっ……」
 ツッコミに低く唸った狼は、そのまま絞り出す様に小さな声で呟くのだった。
「……甘いものだ」



 其処から暫く、地上へと降りながらもゼロは笑い転げていた。実際は飛んでいたので笑い転げ飛んでいた、が正解なのだが。
「そっ、その図体で! 甘いもんが好きとか!」
「叩き落すぞ御曹司殿」
 唸り声を上げて飛び掛かってきそうな狼男の耳が何処か萎れている様に見えて、笑いを増長する。
 所謂『ギャップ萌え』というやつなのだろうが、生憎ゼロは男相手に萌える趣味はない。ましてや目の前の男は甘味好きとはいえ、貴族であったゼロの実家と交流のあった相手なのだ。
 別に家柄がどうこうというつもりはないが、やはりそれなりの身分の相手としか交流はないのだから、この狼男もそうなのだろう。
 だというのにこの男は、人間の世界にある『何か』に拘り、その身分からは到底考えられない様な危ない橋を渡り続けている。
 別に貴族だから、身分が高いから下へ降りられない、というわけではない。ないが、しかし身分が高ければ高いほど、意外とその行動には制約と監視が伴う。
 それすら掻い潜って何を。
「御曹司殿。温かく甘い食べ物を知っているか?」
「なんやねん突然」
 突然の問いかけに、思わずゼロは首を捻る。
 ちらりとゼロへ視線を向けた後、狼男はゆるゆると笑みを浮かべ。
「いやなに。せっかく下に降りるのだから、御曹司殿がご存じでない物でもご賞味頂こうかと思ってな」
 慇懃無礼な狼男を先導に、二人は空を駆ける。



 ほんのりと温かいそれを手に、ゼロはその紅玉の瞳を細めた。
「なんやコレ。魚か?」
 それにしては生臭くない。そして、何処となく甘ったるい香りがする。
 形は魚のそれに似ている。けれども明らかに『生物』ではない。
「身分の高い御曹司殿はご存じないだろうな。それは『タイヤキ』という食べ物だ」
 早速自分の分を口に運んでいる狼男は、耳をぴくりと動かしつつ何処か幸せそうだ。
 その手元と口元をちらりと見れば、どうやら中に何かが入っている様で。
 元々好奇心旺盛なタイプのゼロだけに、特に気負う事もなくゆったりと口をつけ始める。
「……? 餡子か?」
「正解だ御曹司殿」
「生暖かい餡子……」
「意外か」
「まぁ、食った事ない組み合わせやな」
 味が悪いわけではない。ただ少し自分にとっては甘味が強い、かもしれない。
 だというのに隣の男は気が付けば、何処に持っていたのか新しいタイヤキとやらを食べ始めている。その姿はまるで子供の様だ。
「なんやろな。俺、アンタはもっとこう、お堅くて真面目一辺倒やと思ってたわ」
 込み上げてくる笑いを堪える事が出来ずに、ゼロは地上に降りてきた時と同じ様に声を上げて笑った。



「……アイツ、元気にしとんやろうか……」
 小さく呟けば、問いかけた友人が訝しげに自分を見ていた。
「いやな。前に似た様な事聞いてきたヤツがおってな」
 苦笑ひとつ。思い返せばあの後は実にあっさりした別れだった。
 隠れるための家を一か所借りて、それでさようなら。
 ゼロがその後狼男に会う事はなかったし、男の話を聞く事すらなかった。
 しかしゼロは、あの人界の甘味に魅了された男を思い出すと、ガラにもなくこう思ってしまうのだ。
「ひょっとしたらアイツも、こっちに居ったりして」
 もしかしたら何処かで、今日も甘いものを食べているのではないか。
 もしかしたら自分と一緒で、この世界を気に入って居ついているのではないか。
 自分よりも年上だという事だったから、ひょっとして所帯でも持っていたら―――。
「……ま、えぇか」
 縁が確かならば、また何処かで会えるだろう。

 ―――それはまだ彼が『撃退士 ゼロ=シュバイツァー』ではなかった頃の記憶の欠片のお話。



END

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 jb7501 / ゼロ=シュバイツァー / 男 / 30歳 / 自由求め飛ぶ鴉

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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過去と現在入り乱れ、頂いた設定を元に自由に書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか?
貴族としてパーフェクトなPC様も、もしかしたら人間界の庶民の味、はご存じなかったかな?と想像しつつ。
この度はご依頼誠に有難う御座いました。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
智疾 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年05月25日

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