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『振り返れば追憶の 』
猫宮 京香(ib0927)&猫宮・千佳(ib0045)


「コクリちゃん、待つにゃ〜っ!」
 神楽の都の外れでそんな声が響く。
「そんなこと言ったって……」
 声から逃げているのは、白いミニのセーラー服を着ているコクリ・コクル(iz0150)だ。
 慌てて走りつつ振り返るその視線の先には……。
「負けたらなんでも言うこと聞くって約束だったにゃ〜っ!」
 猫耳頭巾を被ったエプロンドレスの少女、猫宮・千佳(ib0045)が猛然と追いかけている。
「だけどここじゃだめだよぅ」
 泣き言交じりのコクリ、右に左にと通行人を避けながらの走る。
「お、何だ?」
「あぶねぇな!」
「まあ、元気のいいお嬢ちゃんだこと」
 過ぎ行く人たちはびっくりしたり道を空けつつ不満顔だったり、にこにこ見送っていたり。
 そんな中に、金髪をポニーテールにまとめクロスボウを背負った女性もいた。
 猫宮 京香(ib0927)である。
「あらあら〜」
 京香、コクリのために道を空けて振り返る。
 駆け抜けていったコクリの元気の良さに目を丸めていたり。
 そしてさらに千佳が過ぎていった。
「何もここでとは言わないにゃ〜〜っ!」
「本当? 本当だねっ?!」
 この声にコクリも少し速度を落としたようだ。
「あたしの言うことはいつも本当にゃ〜〜〜っ!」
 コクリが止まったところへ千佳、元気良くぴょーんとダイブ。
「うわっ! 千佳さん危ないよっ」
 手を広げ飛び込んできた千佳を抱き止めたコクリ、勢いに負けてどしんと尻餅を付く。千佳の方はがっしりと抱き着いてすりすりと頬ずりをしていたり。
「まあ、元気いっぱいですね〜」
 京香はこの様子を見てにっこりとほほ笑んでいる。
「私もあんなことがなければ……」
 ほぅ、と息を吐いて遠い目をする。
 目の前でじゃれついている千佳は、自分のかぶっていた猫耳頭巾を脱いでコクリの頭を包んでいた。
「まずはコクリちゃんが私の格好するにゃ」
「ここで万歳はダメだよぅ」
 コクリ、恥ずかしそうに両手で自分の体を抱くように縮こまっている。そんな無抵抗状態が心地いいらしく、千佳はルンルン気分で頭巾をしっかり止めてやる。千佳の長い金髪が風になびいて陽光を跳ねていた。彼女にしては珍しい光景である。
「分かってるのにゃ〜♪」
 どうやら衣装を取り替えっこして一日過ごすようである。
「いつの間にか、一人……」
 この様子を見詰める京香も、後ろに手を回し珍しく長い金髪を解き放った。
 風に流され広がる金髪は、やはり陽光をキラキラと跳ねていた。
「探して……いるんですけどね〜」
 空を見上げた京香の胸中に、在りし日の光景がまざまざと蘇る。



「あのアヤカシは大きすぎる。村の男手総動員でも……いや、必ず後から追うから千佳と一緒に先に逃げてくれ!」
 まだ若い京香――といっても、外見はほぼ現在と変わっていないのだが――に、彼女の夫が背中越しに叫んだ。顔がほぼ見えないのは、それだけこの小さな村を急襲したアヤカシが巨大で手強く、予断を許さない状況だったから。
「あ」
 京香が励ましの言葉を投げようと手を伸ばした時には、すでに走り去った後。
「必ず、後から……ですね〜」
 口調はおっとりだが行動は猫のように素早い。せめて夫の青い瞳をもう一度見詰めて、とも思ったが状況は分かっている。
 すぐにまだ幼い一人娘を抱いて通り掛かった乗り合いの馬車に飛び乗る。
「隣町まで行けばきっと大丈夫。その頃には村のアヤカシもみんなが撃退してるわ」
 馬車ではそんな励ましの声が掛けられていた。
 が、アヤカシは目立つ大型一体だけではなかった。
「アヤカシだ! 小鬼が集団でこっちに来てる!」
 御者の悲鳴が響いた。馬を鞭打つが速度は上がらない。過積載が原因だ。
「せめて……子供たちだけは」
 誰かが、立った。自らの子供を馬車に残して。
 それを合図に戦うことのできる女性が立ち上がる。
 京香ももちろん、後に開拓者になるほどの強さがある。一人旅が好きで、結婚前はよくフラフラしたものだ。危険があっても一人で何とかする力もあった。
 だが、この中では抱えた子供が一番幼かった。
 それを皆が知っているから、京香の強さを知りつつ誰も立つことを促さなかった。顔を合せなかった。
「いいですか〜」
 彼女らがハッとしたのは、背を向けた京香の方からそんな声が聞こえたから。
「必ず、後から追い付きますからね〜」
 振り返ると、京香がにっこりと微笑して一人娘の頭を撫でてやっていた。
「約束、ですよ〜。覚えててくださいね〜」
 京香、立つ。手にはクロスボウ。
 そして――。



「そういえば千佳さん、いつも猫耳頭巾をつけてるんだね」
 はっ、と京香が我に返ったのは、コクリの言葉が心に響いたから。
「そうにゃ♪ 育ててくれた両親が『可愛い』って言ってくれたにゃ♪」
「あ……」
 コクリ、言葉を失っていた。千佳が生みの親とは違う両親に育てられたからだと理解したからだ。
「うに。どうしたにゃ、コクリちゃん?」
「ううん、何でもない。いつも一緒にいてくれて、ありがとう」
 千佳がハッとしたのは、コクリが抱き着いて来たから。頬を擦り付けて来て、愛おしそうに抱いている。コクリ自身も生みの親には育てられていない。
「そうにゃ。いつも一緒にゃ」
 普通に答える千佳。コクリはそれが嬉しそうで、千佳の顔を見詰めて何度もうなずいていた。
「あたしの衣装は、みーんなその両親の趣味にゃ♪ ……このマジカルワンドだけはそうじゃないけど、とても合うと思うし、お気に入りにゃ♪」
「うん、似合ってる。可愛いよ☆」
 コクリ、今度は自分の両手に装着したセーラーカラーのリストバンドを外して千佳の両手に装着している。
「小さな里が大きなアヤカシとたくさんの小さなアヤカシに襲われて逃げて、一人で泣いてたらしいにゃ。子供のいない両親だったからとても大切にされたのにゃ〜♪」
「あ、それボクも似たような感じかな?」
「衣装も両親の趣味にゃよ?」
「ボクは……『活発なのもいいけど、少しは女の子らしくしなさい』って短いスカートはかされたかなぁ。おじいさんだけだったから、千佳さんみたいな可愛い衣装にはならなかったのかな?」
「ありうるにゃ〜♪」
「でも、里では一番珍しい服装をしてたんだよ?」
 もう、目立って目立ってしょうがなかったんだから、とコクリ。
「あたしも……周りにこんな衣装を普段から来てる子はいなかったにゃ」
「あ、やっぱり? ボクたちって、似た者同士なんだね。もしかしたら、ボクも千佳さんみたいな服をしてたかもよ?」
「そう思うとなんだか嬉しいにゃ〜」
 あははと笑い合う二人を眺めにこにこしていた京香だったが、、実はぎくりともしていた。
「……私も、あの子に対してもう両親じゃなくなってるんですね〜」
 寂しそうに言ったのは、大きな敵に立ち向かっていった夫とはそれきりだったから。生死すら不明である。
 里は、壊滅。
 住民も散り散りとなり、再会できた家族も少なかったと聞いている。
 ここで、さらにはっとした。
「それにしても千佳さんの髪の毛、あまり陽の光の下で見ることは少ないけど、キラキラだよね〜。瞳もびっくりするほど綺麗な青色だし」
「ありがとにゃ。コクリちゃんの髪の毛もさらさらで、瞳も輝いてて好きにゃよ♪」
 京香、思わず自らの髪の毛を撫でた。
 千佳と似たような金髪である。
 ただ、瞳は茶色。
 京香の生死不明の夫は、青い瞳だった。
「探して、いたんですけどね〜」
 思わずつぶやく。
 あれから開拓者となり、娘を探すために色んな街を旅してまわっていた。
 もちろん、夫も探した。
 ただ、見つかったのは……。
「うに? コクリちゃん転んだ時に汚れたにゃ? お尻、拭いてあげるにゃね♪」
 この時千佳、ハンカチを出してコクリのお尻の土を払ってやる。
 ハンカチは猫柄だった。
 京香、覚えている。
 あの時。約束した時、娘のポッケにハンカチを入れていたことを。
「猫宮・千佳」
 と名前を書いた、猫柄の。
「わ。ハンカチまで猫柄なんだね」
「育ての親に拾われた時、これとは別の猫柄ハンカチがあったらしいにゃ。名前入りだったから、名前は変わってないにゃよ?」
「そういえばボク、生みの親にどう名付けられたか知らないや……」
 しょげるコクリに、うににと慌てる千佳。
「あそこが旅館だからお願いして着替えさせてもらうにゃ! 衣装を交換して気分を変えるにゃ♪」
「う、うん。そうだねっ」
 こうして、二人手を取り走っていく。



「千佳……」
 京香は、二人の走り去る姿をいつまでも見送っていた。
「幸せそう……ですね〜」
 思わず複雑な笑みがこぼれる。
「探して……いたんですけど……」
 またも繰り返す言葉。
 胸に去来する約束。
「必ず、後から……」
 再会するはずだった。
 家族三人が手を取り合い、故郷で日常生活を取り戻すつもりだった。
 もう、それはかなわないと感じている。
 おそらく夫はもう、という思いがある。
 あるいは、京香は常に探し物をしていたのかもしれない。
 一人で旅をして。若い時から。
 ――ばん。
「コクリちゃん。あたし、幸せにゃ〜っ!」
「う……恥ずかしいけど、今はボクが千佳さんだから」
 着替えに入った旅館から千佳とコクリが出てきた。衣装を交換し、コクリが千佳の腕に抱き着いてもじもじしている。
「さあ、このまま新しい冒険に出発にゃ〜〜っ!」
「ああん、この装備じゃボクも千佳さんも弱いままだよぅ」
 楽しそうに、二人は寄り添ったまま新たな――ドキドキする小さな冒険に出発した。
「約束は……ずっと大切にしまっておきましょうかね〜」
 幸せそうな二人を見て、胸にそっと手を当てる。その二人の幸せを守らねば、と感じたのかもしれない。
 それがあの時の本当の約束だったのかも、とも。
 そして。
「私にも、大切なものができましたし〜」
 京香、それだけ言い残し再び髪を後ろ手で束ねると踵を返した。
 自らもまた再度手に入れた、幸せな家庭へと――。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib0927/猫宮・京香/女/25/弓術師
ib0045/猫宮・千佳/女/15/魔術師
iz0150/コクリ・コクル/女/11/志士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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猫宮・京香 様

 いつもお世話様になっております。
 大切な大切なエピソードをご発注いただき、たいへん感謝しています。
 今まで気になっていた部分でしたが、そういうことだったんですね。
 京香さんと千佳さんの魅力が描き切れていれば幸いです。

 果たされなかったがゆえに、これからも優しく心に残る約束のように、このお話も心に残りますように。
 この度はありがとうございました。
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2015年05月26日

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