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『生体兵器と愛玩動物 』
伊武木・リョウ8411)&奈義・紘一郎(8409)&青霧・ノゾミ(8553)


「飲み過ぎだよ、リョウ先生。まだ夕方なのに」
 青霧ノゾミが、そんな事を言ってくる。
「酒は百薬の長なんてのは、お酒飲む人の言い訳でしかないんだからね」
「立派な事言うじゃないか、ノゾミ」
 言いつつ伊武木リョウはグラスを傾け、中身を体内に流し込んだ。
 燃えるような熱さが、胃に心地良い。
 最初はビールだったが、今はウイスキーだ。いつ切り替えたのかは記憶にない。
「正直に言ってごらん。誰かの受け売りだろう? それ」
「リョウ先生が言ってたんだよ。もちろん素面の時に」
「そう……だった、っけ?」
 伊武木は、ビーフジャーキーをかじり取った。
「いつ言ったかなあ、俺そんな事」
「昨日だよ!」
「昨日の俺には付き合えないなあ。ま、酔い潰れて倒れちゃったらノゾミに介抱してもらうさ」
「介抱ついでに襲っちゃうよ!? いい加減にしないと!」
「お、おいおい……それは何とか倫に反していないか」
「先生今、変な想像してるでしょ」
 ノゾミの両眼が、青く燃え上がる。可愛らしい口元が、牙を剥いている。
 カチッ……とスイッチを入れたような音が、彼の頭の辺りから聞こえた、ような気がした。
「そんな想像、以上の事……ボク、やっちゃうからねっ」
「それは見ものだな」
 伊武木の酒盛り相手が、ちびちびとウイスキーをすすりながら微笑する。
「少し辛味の効いたつまみが欲しかったところだ。俺の事など気にせず、やって見せろ小僧」
「さっきから気になってたんだけど……奈義先生。何であなたが、ここにいるの」
 ノゾミの青い瞳が、燃え上がりながら冷たい敵意を帯びる。
 某県山中、とある製薬会社の研究施設。
 ほとんど伊武木リョウの自宅と化している研究室内で、ちょっとした宴会が行われているところである。
 参加しているのは中年男性2名と、未成年1名。もちろんノゾミが飲んでいるのはウーロン茶だ。
「それで伊武木よ、研究の方はどうなっている。少しは進んでいるのか」
 手酌でウイスキーを注ぎながら、奈義紘一郎が訊いてくる。
「それとも、とうの昔に完成しているものを出し惜しんでいるところか?」
「そんな事はしないよ。研究成果は共有するのが、ここのルールだからね」
 だから、あの少年も伊武木から離れ、奈義のもとへ行ってしまった。
(いや……そんなルールは関係なく、俺がただ単に嫌われてただけかな)
 伊武木は苦笑した。
 ノゾミは、怒っている。
「奈義先生、ボクの質問に答えて欲しい。どうしてあなたがここにいて、リョウ先生と馴れ馴れしく口をきいているのかな」
「知りたいか、ならば教えてやる。伊武木はな、俺の」
 飲み仲間だ。奈義にとって自分など、良くてその程度のものでしかない。
 だがそう言わずに奈義は言葉を切り、グラスの中身を一気に呷った。ウイスキーの、オンザロック。
 氷だけが中に残ったグラスを、奈義がノゾミに向かって偉そうに差し出した。
「……続きが聞きたければ酌をしろ、小僧」
 ノゾミの両眼で、青い光が燃え上がった。
 グラスの中で、氷が激しく膨張した。
 奈義が、とっさに手を放す。いくらかは慌てた、のであろうか。
 手放されたグラスが、床に落ちる前に砕け散った。
 膨張し、あちこち尖って巨大なウニのようになった氷塊が、床に転がった。
「リョウ先生が言ってた……奈義先生は、研究者として尊敬出来る人だって」
 ゆらりと立ち上がりながら、ノゾミは呻いた。
「だからボクも、あなたを……百歩譲って、まあ尊敬くらいはしてあげてもいい。だけど好きにはなれない」
 少年の左右の瞳が、青く冷たく輝いている。
 冷たい炎というものが、あるとしたらこれであろう。伊武木は、そんな事を思った。
「好きになれなければ、嫌いになるしかないんだよ……」
「俺はこの場で、貴様に殺されてしまうのかな」
 奈義が、笑っている。
「人間を、虫けらのように殺戮する。それでこそのホムンクルスだ。いいぞ、殺し尽くしてしまえ人間など」
「おいおい、もう酔っ払っているのか奈義さんは」
 伊武木も笑った。場を和ませようとした、つもりである。
「もっとも、あんたは素面でも平気で言うからな。そういう事」
「我々は怪物を作っている。我々を、たやすく皆殺しに出来る怪物どもをだ。それを忘れてはいかん、という事よ」
「…………」
 ノゾミは、和んでくれない。冷たい炎を宿す両眼で、じっと奈義を睨んでいる。
 その時。耳障りな警報が、この研究室を含む施設全域に鳴り響いた。
「敵襲……のようだな」
 奈義が言った。
 どの敵かは不明だが、良いタイミングで来てくれた。伊武木は心の中で、密かに拍手をした。
 奈義が、ちらりとノゾミに視線を投げる。
「またしてもドゥームズ・カルトか、あるいはIO2か……何にしても小僧、貴様の出番ではないのか」
「あなたの命令は受けない。ボクは、リョウ先生を守るだけだ」
 研究室を出て行きながら、ノゾミは言葉を残した。
「そのついでに、あなたの事も守ってあげる……誰だかは知らないけれど、攻めて来た敵に感謝するんだね奈義先生」
 同じような事を、あの少年にも言われた。伊武木は何となく、それを思い出していた。


 皮膚を剥ぎ取った人体。一言で表現すれば、そうなる。
 剥き出しの筋肉はしかし、外皮同様の強靭さを持っているようだ。
 そんな姿の怪物たちが、襲いかかって来る。実は凶暴で肉食もするという、チンパンジーのような速度と勢いで。
 白兵戦だけで対応するには、いささか数が多過ぎる。
 ここだけではない。研究施設のあちこちで、ホムンクルスたちが防戦を行っているようだ。闘争の気配が、漂って来る。
「あなたたちが何者で、何が目的で、誰に命令されてどこから来たのか……そんな事は、どうでもいい」
 襲い来る怪物たちを、青く燃える瞳で見据えながら、ノゾミは呟いた。
 霧が、発生していた。怪物たちを、包み込むように。
「尋問するつもりはないけれど、何か喋りたければ喋ってもいいよ」
 霧の粒子が集まって凍結し、無数の氷柱と化し、怪物たちを全方向から刺し貫く。
「喋っても、許してあげるわけじゃないけどね……きらきら綺麗なダイヤモンドダストに変わる。その運命から、あなたたちは逃げられない」
 無数の、氷の矢あるいは針。それらを撃ち込まれた怪物たちが、体内から凍りついてゆく。そして砕け散る。
 白く凍った肉片が、キラキラと舞った。
 あの奈義紘一郎という男を、こんなふうに砕いてやれたら。
 そう思った事は、1度や2度ではない。
 ノゾミがそれを実行しない理由は、ただ1つ。
「リョウ先生が……あなたと一緒にいる時、とても楽しそうにしているから」
 白い冷気の霧が、ノゾミの両手に凝集する。
 そして冷たく、鋭利に、固体化してゆく。
「だから今日は……今日のところはね。奈義先生の代わりに、あなたたちに死んでもらうよ」
 砕け散った仲間たちの破片を蹴散らすように、怪物たちが襲いかかって来る。
 左右それぞれの手で、氷のナイフを握り構えたまま、ノゾミは彼らに向かって踏み込んで行った。


 グラスの中の氷を微かに鳴らしながら、伊武木は問いかけた。
「で奈義さん。結局、何なんだい?」
「何がだ」
「さっきノゾミに言いかけた事さ。俺って結局、あんたの何なのかな」
「敵だ」
 新しいグラスにウイスキーを手酌しながら、奈義が即答する。
「友達、とでも言って欲しかったのか」
「せめて、良きライバルとかさぁ」
「ライバルは、踏みつけ踏み越えて行くものだ。言ってみれば、踏み台だな」
 奈義が、グラスの中身を一気に干した。
「伊武木リョウ。貴様は俺の、踏み台だ」
「踏まれて悦ぶ趣味はないんだけどなあ」
 奈義はそれ以上、馬鹿話に付き合ってくれなかった。いきなり話題を変えてくる。
「あのノゾミという小僧……貴様に対して、いよいよ本気になってきたではないか」
「……どういう、意味かな」
「お前のためならば、自分の命を捨てる。他人の命とて、いくらでも奪う。頼もしい怪物に育ってきた、と言っているのだ」
「怪物とか化け物っていうのは……褒め言葉、なんだよな。あんたの場合」
 伊武木は俯き、意味もなくグラスを揺らした。氷が、またしても鳴った。
 ノゾミの事を怪物などと呼ばれたら、以前ならば激昂していたところだ。
 だが自分はどうなのか。あの少年を、人間として扱っているのか。
 自分はホムンクルスを、愛玩動物あるいは人形としか見ていないのではないか。
 奈義紘一郎はホムンクルスに、怪物としての力のみを求めている。生体兵器としての実用性のみを追求している。
 人形と怪物。果たして、どちらがマシであるのか。
「確かに……ノゾミは強くなったよ。頼もしいってのは、奈義さんの言う通りさ」
 戦闘の出来るホムンクルスが大勢、必要なのは確かである。
「この研究所も、安全とは言えないからな。IO2にも、いろいろ知られちゃったし」
「ここ以上に安全な場所はない。防衛用の戦力を、無限に作り出す事が出来るのだぞ」
 邪悪な笑みでもあり、子供のように無邪気な笑顔でもあった。
「怪物どもを、いくらでも作り出す。そのために必要な成長促進剤、すでに完成しているのだろう?」
「もう2、3、実験しときたいとこなんだけど……実験に協力してくれるはずだったお掃除お姉さんに、土壇場で断られちゃってね。他に協力してくれそうな人、探すのも面倒臭いし」
 伊武木は軽くグラスを掲げ、乾杯の仕草をして見せた。
「もう奈義さんに引き継いでもらっちゃおうかなあ」
「ほう、気前がいいな」
「俺の研究、本当に大事にしてくれそうな人……あんたくらいしか、いないからね」
 大事にしてくれる。有効に活かしてくれる、という意味で伊武木は口にしたつもりだ。
「あんたが俺の研究、いろいろ気にしてる理由ってさ」
「保険はあった方がいい。ただ、それだけだ」
 奈義は言いつつ、天井を見上げた。屋外であれば、空を見上げているところであろう。
「成長促進剤の、奪い合いが起こりそうだな……貴様の身柄を狙う者も、現れるかも知れんぞ」
「まだ大量生産出来る段階じゃないからねえ」
 研究成果は共有しなければならない、というルールが一応あるにはある。
 それを破れば、伊武木を快く思っていない者たちに、絶好の攻撃材料を与える事になってしまう。
(ただ、ね……研究者に、自分の研究成果を独り占めするなって言うのは無理なわけで)
 この奈義紘一郎にしたところで、秘蔵の研究データをいくらでも隠し持っているのは間違いない。他の研究者と共有する気など毛頭ないだろう。
「ま、奪い合いが起きたら起きたで……いい刺激に、なるんじゃないかな。そういう事にしとこうよ」
「とりあえず、酒はもうやめておけ」
 奈義が突然、聖人君子になった。
「自分では気づいていないだろうが伊武木よ、貴様は酒が強くない。せっかくの頭脳をアルコールで麻痺させるな。その頭脳以外に貴様、他人に誇れるものなど持っていないのだからな」
「確かに俺、頭の出来はいい方だと思うけど。それを他人に誇ろうって気はないよ」
 伊武木はウイスキーを呷り、グラスを空けた。
「ま、でも確かに今日は少し飲み過ぎたかな。このウイスキー1本、飲みきって終わりにしよう。奈義さん、あと少し付き合ってくれるかい」
「残りは、もらってゆくぞ」
 伊武木が手に取ろうとしたウイスキー瓶を、奈義が奪いさらって行く。
「おいおい、つれないなぁ」
「俺は元々、1人で飲むのが好きなのでな」
 研究室を出て行く間際、奈義は1度だけ振り向いた。
「貴様の馬鹿面を見ながら飲もうという気にも、たまにはなる。まあ、気まぐれだ」
 扉が、閉まった。
 遠ざかって行く奈義の足音を聞きながら、伊武木はソファーに横たわった。
「ノゾミ……早く20歳に、ならないかなぁ……」
 成長促進剤が本当に完成すれば、あの少年に17歳、18歳、19歳そして20歳の誕生日を迎えさせてやれる。
 一緒に、酒を飲む事も出来る。
「それまで、お前が……ここに、いれば……な」
 呟きながら伊武木は目を閉じ、意識を失った。
 いささか飲み過ぎたのは、間違いないようであった。
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2015年05月26日

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