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『夏の思い出、ひと欠片 』
郁磨(ia9365)

 桜の季節も終わり、新緑の美しい季節も駆け抜けた頃。焼けるような日差しと、熱の籠った空気から逃れるように、郁磨(ia9365)はとある神社に足を寄せていた。
「いつも以上に暑いなぁ」
 はあ。と零した息。見上げた先には煌々と照り付ける太陽が在る。このままあと数時間は、奴の天下である事は間違いない。
 郁磨は今一度溜息を零すと、首筋を伝う汗を拭って辺りを見回した。
 時折吹く風が涼やかな葉の音色を運ぶこの場所は、神楽の都の住人にとっても大切な涼場だ。
 其処彼処に涼しさを求めて涼を取る市民の姿が見える。
 楽しそうに言葉を交わし、何処かで買ったらしい冷やし水を口に運ぶ。誰もが幸せを当たり前の様に受け取る光景。
 ほんの数年前までは、アヤカシと言う大きな存在に脅かされ、心から笑う人など居なかったであろう都に笑顔が溢れている。
「……全部が全部とは言わないけど、これもみんなの努力の賜物なんだろうねぇ」
 不意に零れた自身の言葉に笑みが零れる。と、瞳が境内へ流れた。
 小石の敷き詰められた境内に響く、規則正しい歩行の音。その音を辿るように目をやると、郁磨の足は自然と動き出していた。
「恭さん」
 砂利を踏んで近付く羽織は浪志組の物だ。
 7年前は自身も身に着けていた羽織。その背を見詰めながら声を掛けると、先を行く人の足が止まった。
「お勤めご苦労様です〜?」
「ああ、君か。何、散歩でもしているの?」
 振り返った顔を見て笑みが零れる。
 それを見て取った相手――天元 恭一郎(iz0229)の顔にも笑みが浮かぶと、数年前と何ら変わらない笑顔を乗せて郁磨の肩が竦められた。
「そんなところです。恭さんは見廻りですか?」
 見回せば、神社の至る所で出店の準備が始められている。この様子を見る限り、今夜はこの場所で祭りでも開かれるのだろう。
 其処まで考えてハッとした。
「もしかして、あの時と同じ祭りですか?」
「あの時?」
 聞き返した直後に思い至ったのだろう。「ああ」と声を零して彼の口元に嫌な笑みが浮かぶ。
 この表情を見て大体の返事が想像できてしまう辺り、付き合いも長くなったものだ。
 そして案の定、捻くれた言葉が返ってくる。
「君達がお節介を焼いたアレか。確かに間違いないよ。これはあの時の祭りと同じ物だね」
 鼻で笑って前を向く彼の手には、初めて会った時から愛用している槍が握られている。
 朱色の古い槍は、局長である真田から譲り受けた物と聞く。其処には折れた跡と修復の跡があり、修復は恭一郎の言う所の「お節介」が元で行われた物だ。
「一緒に見廻りしても良いですか?」
 準備中の境内を見る限り、祭りは夜からだろう。けれど彼がこうして此処に居るという事は、下準備の監視を含めた見回りを行っているに違いない。
 そしてこの仕事は誰に言われたでもなく、自ら進んで行っている事も郁磨は充分に承知していた。
「……駄目と言っても付いて来るんでしょ? 好きにすれば良いよ」
 素っ気なく言って歩き出す姿に、クスリと笑って歩き出す。そうして彼の隣に立つと、再び手にしている槍に目を向けた。
 修復して新たな命が吹き込まれた槍。持ち手巻かれた拳布は彼の奥さんが施した物。そして石突きの部分に付けられた赤と白の紐飾りは郁磨が施した物だ。
「……後悔なんてしてないけど、ヤッパリ懐かしいなぁ」
 浪志組に関わって、恭一郎が隊長を務める三番隊の隊員になった頃の事が酷く懐かしい。
 仲間と軽口を叩いて笑ったり、恭一郎の暴走を窘めたり、中には生死の境を掻い潜るような任務も在った。
 それでも懐かしく思うのは、その時の出来事が今の自分を作るのに必要な物だったからだろう。そしてその一端に、彼と言う存在も――
「ねぇ、恭さん」
 槍から視線を戻し、前を向いたまま声を掛ける。すると、意識だけを此方に寄越す気配がした。
 その様子に内心で少し笑って続ける。
「俺が恭さんの槍に飾り紐を付けた理由、分かる……?」
 小さな笑顔を守る為に選んだ道は、浪志組の上司と部下と言う関係の別離を意味する。
 あの時、郁磨は浪志組を辞める事をほぼ決めていた。けれど如何しても最後の一歩が決められず、恭一郎に聞いたのだ。
『もし俺が浪志組を辞めるって言ったら、恭さんは如何思いますか……?』と。
 これに対して恭一郎は「別に如何も思わないかな」と返し、郁磨の一歩を斬り捨てた。
 きっと天元恭一郎と言う人物は、何処までも素直で真っ直ぐな性格の持ち主なのだろう。
「基本、言いたい事を言って敵を作るんだよねぇ」
 思い至って笑みと零すと、此方を向く気配がした。
 目を向けると案の定、恭一郎と視線がぶつかる。そうして「何か?」と首を傾げるのを見止めて笑みが深まった。
「いえ別に。ただ……あの時は、真田さんがそうした様に、俺もあの朱槍に残したかったんだな、と」
 例え道を違おうとも、変わらぬ友であるという証を残したかった。
 きっと心の何処かで、何か繋がりがなければ彼との関係が途絶えてしまう、そう思っていたのだろう。
 そう思うくらい、彼の性格はサッパリしていたのだ。けれど実際には違った。
 彼は後悔したら何時でも斬ると言ってくれた。それはつまり、後悔を抱く瞬間まで自分の行動を見てくれると宣言してくれたのだ。
 それは確かな言葉ではなかったが、彼なりの友情宣言だったに違いない。
「……前言撤回かなぁ」
 くすり。そう笑いが零れた所で、朱色の槍が飛び込んで来た。
 咄嗟に飛び退いて回避したものの、軌道は完全に郁磨の立ち位置だった。
「言いたい事があるならハッキリ言わないとダメだよ? ほら、気が短いから」
 ね? ニッコリ笑顔で槍を引き寄せる彼に、乾いた笑いが漏れる。そうして小首を傾げると、やれやれと息を零して元の位置に戻る。
「恭さんは何時まで経っても恭さんだなぁ、と……その性格だと、お嫁さん苦労してません?」
「大丈夫だよ。折角手に入れた初恋の相手を手放すような事、俺がすると思う?」
 応酬で返って来た言葉に「え」と目を瞬く。
「恭さん、初恋――」
「郁磨君。君がいなくても浪志組は動いてるよ。そしてこの先も動き続ける」
 けれど。そう言葉を切って恭一郎の目が郁磨の目を捉えた。その眼差しはあの時と同じ穏やかなものだ。
「君がいなければ今の浪志組はなかった。俺はこの性格だからね。君がいなければ数多の敵を作っていたかも知れないし、浪志組に今残っていなかったかも知れない。君がいたから、俺は今も浪志組の三番隊隊長でいられるんだよ」
 初めて声に出して伝えられた言葉に、いつか感じたのと同じ感情が込み上げてくる。それを噛み締めるように頷くと、恭一郎の目が満足げに離れた。
「俺はもう一巡りするけど、君は如何する?」
 帰る? そう問い掛ける声に顏が上がる。
「そうですね……一度戻ってあの子たちを連れてきます」
「そう。それじゃ夜にでも」
「あ、恭さん」
 名残も何もなく歩き出そうとした彼を呼び止める。その声に振り返る顔を見てフッと笑んだ。
「……お嫁さんとの進展あったら教えてね〜」
 へらり。そんな笑みを残して、郁磨の足が帰路へ向く。そうして恭一郎の足もまた、彼への返事を寄越さずに歩き出した。
 進む道は違えど想いは共に。
 そう改めて実感した夏の日の出来事だった。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ia9365 / 郁磨 / 男 / 24 / 人間 / 魔術師 】
【 iz0229 /天元 恭一郎 / 男 / 28 / 人間 /志士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
ギャグにするべきかシリアスにするべきか迷い、こう言った形で落ち着きましたが如何でしたでしょうか?
この作品が郁磨さんにとって、そして背後さんにとって思い出のひと品になる事を願っております。
この度は、ご発注ありがとうございました!
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舵天照 -DTS-
2015年06月02日

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