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『面を捨てて 』
溟霆(ib0504)

 武天が領地、繚咲の花街で花魁が身請けされた。
 花魁は元の名を名乗る事をしなかった。
 自身の手で助けたかった両親が付けてくれた名を呼ばれる事で自身の不甲斐なさに心を悩ませる事をわかっていたから。
 愛しい旦那様にそんな顔は見せたくない。
 旦那様は両親を救ってくれた開拓者のひとりだから。
 彼と一生を共にするのであれば、彼に名を付けてもらいたいからと思った。
 旦那様は彼女の我侭を二つ返事で笑顔で応えてくれた。
 頂いた名は「紅霞」。
 闇霧の称号を持つ旦那様の対になるような気がして当人はとても気に入り、大事にしていた。
 神楽の都に引っ越して荷物が落ち着いた頃、旦那様である溟霆(ib0504)が紅霞にお誘いをした。
「紅霞、旅行にいかないか?」
 誘われた当人は二つ返事で頷いた。

 向かったのは泰国は南部で紅霞の希望であった。
「どうして泰国?」
「蟹が食べてみたかったのです」
「蟹?」
 溟霆が返すと、紅霞は開拓者ギルドにて聞いた話を溟霆に話す。
 泰国には蟹が名物料理として存在しており、茹でると黒っぽい色の甲羅が色鮮やかな赤みを帯びると聞いたそうだ。
「黒っぽい蟹がどう変化をするのかとても見たくなったのです」
 蟹を食べたことがないとも答えてくれた紅霞に溟霆は頷いた。
「成る程」
「海というものも聞いた話でしかないものですので」
 幸い、今回旅路に選んだのは湾岸沿い。
「ならば好機だね。是非とも海を見に行こう」
 手を差し伸べる溟霆に紅霞は微笑んで手を乗せた。

 まず向かったのは海だ。
「砂に足を取られないように」
 溟霆が紅霞と手を握り、歩く。
「これが海……」
 ぽつりと紅霞が呟いた。
 彼女の眼前に広がるのは太陽の光を弾く海の姿。
「この向こうに僕らが住んでいる国がある」
 溟霆が言えば、紅霞の足に波が上がってきた。
「水に勢いがあるのですね」
 紅霞がまじまじと波の動きを観察し、靴に水がかからないように動く。
「これが全部、海なんですね」
 振り向いた紅霞の笑顔はとても可愛らしい。
 実年齢よりも幼く見えて、溟霆は口元を緩めた。
 溟霆の笑みに気づいた紅霞ははっとなって慌てて取り繕うも、溟霆に肩を抱かれて顎を優しく持ち上げられた。
「め、溟霆様……」
 羞恥に紅霞の頬が赤く染まってしまう。
「……僕の前では素直でいてほしいよ。子供っぽくてもいいんだ。紅霞がもう、我慢や取り繕いをしてほしくないから」
 遊郭では男も女も面子が大事だ。
 仮面を被り、本心を隠していかなくてはならない。
 彼は紅霞が遊郭に幽閉され、外に出る為に花魁へ昇りつめたか知っている。
「海に感動する紅霞がとても可愛かったんだ。素直な笑顔を見れて嬉しかったんだよ」
「溟霆様……ありがとうございます」
 少し戸惑った紅霞が例を伝えると、すぐに「この体勢は恥ずかしい」と続けた。
「人前だからね」
 ふふっと、笑う溟霆に紅霞は顔を赤くした。
「……か、蟹を食べに行きましょう」
「そうだね」
 茹でた蟹のように赤い顔だと溟霆は思ったが、意地悪がすぎると思ってあえて言わなかった。

 町中に戻り、二人は市場を見て回る。
「神楽の都にもこの国の出身と思われる開拓者の方々を見ますが、本場だとより違いますね」
「開拓者だと服を加工しているものも多いと思うよ」
 紅霞が気になったのは服のようであった。
 色鮮やかな光沢のある絹で作られた女性用の服を手に取る。
「金糸の刺繍も綺麗ですね」
「今はこちらが似合うと思うよ」
 紅霞に当てたのは反物で、黒地に薄紅の糸で刺繍された小花が霞のようにけむるような柄だった。
「溟霆様と紅霞みたいですね」
「僕の妻だからね、とても似合うよ」
 溟霆が誉めると、紅霞はこれがほしいですとおねだりを言い出した。
「開拓者家業をするときの仕事着に仕立ててもらいたいのです」
「え?」
 紅霞の言葉に溟霆はきょとんと目を見張る。
「開拓者の仕事は多岐に渡ります。時に戦うこともありますので、己を鼓舞する為、気に入りの服を着る者もいると聞きました。紅霞も溟霆様がお側にいてくれるような気がするこの反物で設えたいのです」
 どこから聞いたんだ……と、思えども、心当たりが多々あるので、溟霆は何も突っ込まなかった。
「でも、僕はいつでも紅霞と共にありたいと思うから、服に負けないように精進しないとね」
「まぁ、溟霆様は紅霞の一番ですよ」
 くすくす笑う紅霞に溟霆はおねだりされたら買うしかないねと、その反物を購入した。

 反物を購入して紅霞は大事なものとばかりに反物を抱える。
 ぎゅっと抱きしめられる反物を溟霆はさっと奪って紅霞の手を握る。
「溟霆様?」
「そんなに大事にされては嫉妬してしまうよ。次は蟹だよ」
「はいっ」
 頷く紅霞の纏められた髪には珊瑚の簪が揺れていた。
 溟霆が見立てて反物と一緒に贈ってくれた物である。
 目的の蟹を扱っている料理店は路地を一本越えたところにある。
 古い建物だが、中は清潔であり、客もそこそこ入っていた。溟霆が料理と酒を注文して、まず出てきたのは生の蟹だ。
 緑が黒のように濃い甲羅であり、肉厚そうである。
「これでいいかい?」
「頼むよ」
 店員が確認に来てくれると、溟霆は了承をした。
「見ててごらん?」
 溟霆達が座ってる席は厨房に近い所で、何を調理しているのか、大体わかるくらいだった。
 言われるまま紅霞が厨房の方を見ると、店員が厨房で先ほど見せた蟹を大きな中華鍋の中に入れる。
 じゃぶじゃぶと蟹にお湯がしっかりかぶるようにお玉を動かしていると、お玉の中に茹で上がった蟹がいた。
 その甲羅はとても明るい赤色をしていた。
「本当に赤いのですね」
 珍しい物を見たかのように紅霞は小さく感嘆の声を上げる。
「疲れただろう。一杯やっておくれ」
 女将だろう中年の女性が二人に酒を持ってきた。
「さて、紅霞、乾杯しよう」
「はい」
 小さな杯二つに酒を入れて二人はこの瞬間の幸せに乾杯する。



 紅霞は初めて食べる蟹に少々苦戦したが、とても美味しいと喜んでくれて、溟霆は珍しく酒も食も進んだ。
 酒を飲んでふわふわする気持になれたのは祝言の時だろうか。
 きっと、愛しい妻がいれば、酒を飲まなくともふわふわとしてしまうのは否めないと溟霆は思う。
 溟霆は紅霞を昼間見た海へ行こうと誘った。
 夜の海の光源は月くらいしかなく、月光が水面に浮かんでいる。
「この時間はまた、不思議なものですね」
 紅霞の声音は夜の海に吸い込まれそうと思え、溟霆は妻の肩を抱いた。
「溟霆様……?」
「こうすれば、不安じゃなくなるだろう?」
 溟霆が紅霞の耳元で呟けば彼女は頷いた。
「暗くても紅霞がいればいい。ずっと傍にいるよ」
「溟霆様、紅霞はこちらの方にいたいです」
 もぞもぞと妻は溟霆の左手に移動した。
 妻の言葉に溟霆は笑みを浮かべ、そのまま唇を重ねる。
 二人で夫婦なのだから、夫を支えたい妻の気持を溟霆は喜んで受け止めた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib0504/溟霆/男/24/シノビ(人間)

ゲストNPC
紅霞

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。
鷹羽柊架です。
この度はご発注頂き、嬉しく思います。
紅霞もこの旅をとても喜んでおります。
溟霆様にとってもよき旅でありますように。
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舵天照 -DTS-
2015年06月03日

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