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『家族の肖像 』
ニクス・ソル(ib0444)

 広がる青空に浮か白い雲。春から初夏へと移る時期、陽射しもだいぶ強くなってきた。だがシロツメクサの咲く野原を渡る風はからっと爽やかで心地よい。
 少し先にある湖は陽光を反射し煌き、その向こうに夏へ向け緑を一層濃く茂らせる山々が連なっている。
 ピクニックにうってつけの場所だ。周囲を山に囲まれているために交通手段が限られているという点を除けば。

 ゴオウゥッ!!

 緑に囲まれた静かでのどかな風景に突如場違いな爆音が響いた。更にもう一回。爆風が吹き荒れ、木々を揺らす。
「爆発で自分の視界を遮ってはだめよ?」
 頭上から声が降ってきたかと思うと、風が唸りを上げアルバに迫る。咄嗟に腰を落とし風に向かって構えた槍に叩き込まれる強烈な一撃。支えた両手がじんじんと痺れを訴える。
 舞う緋色の背後に聳える土の壁。あれを足場に、アルバの放った火球を飛び越し頭上から攻撃をしかけてきたのだろう。流石我が母というべきだろうか。
 一撃を受けたアルバの踵が土を削って後ろに下がる。勢いを殺し切れない。
 アルバは視線を上げた。交差しあう槍越しに母、ユリアと視線がぶつかる。楽しそうに細められた明るい新緑の双眸に苦笑を禁じえない。母はまだまだ本気ではない。
 確かに相手の姿を見失ったのは失敗だった。だが今は反省会をしている場合ではない。次の攻撃に備え飛び退き距離を取る。
「押しこまれるままに引くなんて、追撃して下さいって言っているようなものだわ」
 引く足元に繰り出された突きを飛んでかわす。当然着地を狙ってきたユリアに向けアルバは光の矢を撃つ。避ける余裕がないほどの近距離からの攻撃。だが光の矢はユリアの槍の切っ先で裂かれて左右に飛び散った。
 それでも幾許かの余裕はできた。アルバは再び槍を構えユリアに対峙する。
 互いに獲物は槍。今度はアルバから仕掛けた。突きの連撃。空を切る鋭い音を伴い穂先の残像がいくつも生まれる。
 ユリアはそれを冷静に裁いていく。互いの刃と刃がぶつかり合い、火花を散らした。
「いまだっ」
 一撃の勢いが勝った瞬間を狙い、アルバは身を屈め懐に槍ごと飛び込んだ。
 僕の勝ちだ、と勝利宣言とともに腹に槍を突きつけようとした刹那、ユリアが横に転がった。
「まだ、まだ」
 ユリアを追いかけ踵を軸に反転。だが受身の要領ですぐさま片膝をつき立ち上がったユリアが手の中で槍の柄を滑らせ端を持つと、ぶんと無造作に振るう。
 槍は美しい弧を描き、体をひねった状態のアルバの腰を打ち抜いた。威力はそれほどではないが、バランスを崩すには十分だ。
 アルバがつんのめる。

 いつ見ても彼女の戦う姿は美しいとニクスはクローバーを探す手を止め妻と息子の稽古の様子を見つめた。
 此処はニクスとユリアが各地を飛び回っていたときに偶然みつけたとっておきだ。竜や飛空艇など限られた手段でしか来ることができず、めったに人がいないので家族四人水入らずでのんびり過ごすのに重宝している。
 遠くの大きな木陰では家族を運んでくれた二頭の竜が昼寝の最中。
 最初は家族で湖に行ってみようかなんて話していたはずなのに、いつの間にこんなことになったのか。鳥の囀りに混じって聞こえる剣戟の音にニクスが笑みを漏らす。
 ふとしたことから戦い方の話になり、「稽古をつけてほしい」とアルバが槍を手に取り立ち上がったのは半刻ほど前。折角のピクニック、家族でのんびりしないか、と一声くらい止めようかとも思ったのだが。まあ母息子水入らずを邪魔するのも野暮だろうとニクスは二人を見送った。自分も父娘水入らずを過ごせるわけだし……。
 というわけで自分は娘のエステルとともに二人を見守りつつ四葉のクローバー探しである。娘に「皆のお守りにできたら嬉しいです」と言われれば手伝わないわけにはいかない。
 それに止めなくて良かったと嬉々とした様子で槍を振るう妻に思う。
 陽射しを浴びて煌く青銀が舞い、朱金に輝く光が彼女を包む。淀みない華やかな動きはまるで舞のようだ。何度もその目にしているはずなのに、見るたびに目を奪われる。一方彼女の攻撃は苛烈で容赦なく相手を追い詰めていくということもニクスは経験で知っていた。見惚れたら痛い目をみる。
 アルバも筋は悪くない。一撃、一撃を疎かにしない、とてもまっすぐで良い槍捌きだ。だがその素直でまっすぐなところを突かれ何度かピンチに陥っている。経験を積んでいるユリアのほうが一枚も二枚も上手といったところか。
 尤ももう少し、アルバも経験を積めばきっとユリアと互角に打ち合えるほどになるだろう。
「お兄様ー、がんばって下さいませ!」
 隣ではエステルがシロツメクサをぎゅっと握って兄に声援を送っている。お兄ちゃん子のエステルは兄の応援に熱心だ。
「お母さんのことは応援しないのか?」
「だってお母様の応援はお父様がなさるでしょう。だからわたくしはお兄様の応援です」
 ほら、お父様もお母様に声援をとせがまれニクスが「ユリア」と声を掛けた。
 ユリアが緋色を舞わせて応える。
「お兄様、そこですわ」
 シロツメクサを手にしたまま祈るように手を合わせるエステルはニクスに心配そうな顔を向けた。
「お兄様とお母様は大丈夫でしょうか?」
 稽古とは言っているが二人が振るうのは稽古用の刃を潰したものではなく本物の槍であり、魔法も使用する。ほぼ実戦といってさしつかえない。だからエステルは兄と母、どちらかが怪我をしないか心配しているのだ。
「大丈夫だ、二人ともそのあたりは弁えているさ」
 小さい傷は二人とも既にあちこちに負っているだろうが。それにユリアもアルバも治癒の術の使い手だから、何かあっても大丈夫だという言葉は娘を心配させないためにニクスは飲み込んだ。代わりに「心配ない」と娘の頭に手を置く。
「あぁ……、お兄様!」
 腰を槍の柄で打ち抜かれバランスを崩した兄にエステルが声を上げる。
 ユリアの勝利で決まったか、と思ったが中々アルバもしぶとい。ユリアの追撃を草の上を転がり避けている。
 実際の戦いを勝ち抜くためには諦めが悪いということも一つの才能だ。時間を稼げればそれだけ相手が隙をつくる機会も多くなる。
 尤も戦い慣れしている者が早々隙をつくるはずはないのだが。
「四葉をみつけたよ」
 ニクスは足元に揺れる四葉のクローバーを見つけ摘む。
「お父様、ありがとうございます」
 微笑む娘に無意識にニクスの相好が崩れた。

 自身が一本の槍になったかのようにまっすぐに突き進むアルバ。彼の掌に生まれる火球、今度は零距離で放つつもりだろうか。だがどんなにスピードがあっても突っ込むだけならば避けるも受けるもいかようにでもできる。
 アルバに狙いを定めユリアは穂先を僅かに上げる。その時だ、アルバの姿が視界から消えた。
 火球だけがまっすぐにユリアに向かう。アルバは……。右手から風を切る音。
 ユリアの槍が吼え、火球を薙ぎ払う。散らしきれなかった爆風が彼女の髪を頬を嬲った。爆風の向こう、浮かぶ影に狙いを定めユリアは雷を放つ。
 爆風から飛び出したアルバに寸分違わず雷が吸い込まれる。だが寸前で雷を切り裂くと、アルバは勢いそのままに突っ込んできた。
「お見事」
 ユリアは息子に向けて笑みを向ける。
 先ほどユリアがやってみせたことをアルバが真似をしたのだ。自分にないものを取り入れる柔軟性、そしてそれを実戦でいきなり使用するセンスに賛辞を送る。だが母に褒められたからといって息子も気を緩めるつもりはないようだ。
 ユリアの胸を目掛け槍を突き出す。
 それを篭手で払う。篭手に傷がついたがそんなことは小さな事。
「次はかわせるかしら?」
 挑発的に上げる唇。一度槍を引き、すぐさま二撃目を繰り出そうとするアルバの周囲の空気が白く凍てつく。身を切るほどに冷たい氷を礫を孕んだ風がアルバを襲った。
 しかしかわすほどでもないと判断したのかアルバが躊躇わずに足を一歩前に出した。良い判断だ。
「でも……」
 いきなり足を滑らせアルバは背中から倒れる。
「魔術の使い方は何も一つじゃないのよ」
 倒れた息子をユリアは上から見下ろした。
 何事かと顔を上げるアルバの目に入ったのは白く凍りついた足元の草。これに足を取られて転んだのだ。
「あ〜……」
 残念そうに声を上げるアルバの鼻の頭にユリアが指を突きつける。
「確かに攻撃魔法を相手に当てることは大事だわ。でもそればかりに気をとられてはダメよ」
 アルバに手を差し伸べる。
「まずは性質を見極めなさい。その魔術本来が持つ力を」
 いいわね、とユリアは息子の手を引っ張り起こした。
 そこに「そろそろ昼にしないか」とニクスがやってくる。
「二人が怪我をしないかとエステルが心配している」
 バスケットを広げ、昼食の準備をしている娘をニクスが振り返った。三人の視線に気付いたエステルが手を振る。
「まだまだ敵わないな……」
 肩を落とす息子の健闘を称えるようにニクスはぽんとその背を叩いた。
「……父さん……?」
「エステルが呼んでる」
 行くぞと歩き出すニクスの背をアルバが追いかけた。

 エステルは楽しそうにバスケットの中身を広げる。兄と父に頼んで持ってきたのは大きな二つのバスケット。ひとつはサンドイッチやから揚げなどお弁当を。もう一つは割れないように布で包んだ食器が入っている。
 こんな素敵な場所で家族で食べるのだから器にも拘りたい、と緑の草原に似合いそうな食器を選んできたのだ。
 大きな白い皿に赤で縁取った紙ナプキンを広げる。その上に乗せるのは焼きたてのパンのサンドイッチ。厚めに切ったハムに、ふわふわの卵、きゅうりはパリっとバターには粒マスタードを利かせて。
 ニクスと一緒に朝早くから起きて作ったものだ。お弁当はサンドイッチにしましょう、とのエステルの提案にニクスが「ならば俺が手伝おう」と力強く立候補した結果である。調理の最中「ユリアスペシャルか……」と呟いた父のどこか懐かしむような柔らかい視線が印象的だった。
 深めの皿には春キャベツで作ったコールスロー、色とりどりの果物もどさりと並べる。そうそう父の作ったシュークリームも忘れてはいけない。カスタードクリームたっぷりでとても美味しそうなのだ。
 四人分のカップにお茶を淹れ、父と母のためにグラスに果実酒を注ぐ。
「お兄様の分はどうしましょう?」
 アルコール度の低い果実酒は適度な甘さで稽古で疲れた体にほどよく染み渡るだろう。
 少し考えてからエステルは兄の分もグラスを用意した。
 そして父、母、兄が話し終えるのを行儀良く座って待つ。
「魔術師としてやっていくつもりならばその魔術の成り立ちも学びなさい」
 ユリアの言葉にアルバがこくりと頷く。
 魔術は機能ではなく性質が大事。魔術はその根本を理解しなくてはいけない、魔術に使われるのではなく魔術を使いこなせ、それはユリアの口癖のようなものだ。エステルも何度となく言われている。
 母は非常に腕の立つ戦士でありながら魔術にも造詣が深い。尊敬すべき母だ。だが魔術の話をするときは少し怖い。
 もちろんいつも自分たちを見守り、そして導いてくれる大好きな母であることは確かなのだが。
 母は理由なく厳しく当たる人ではないことをエステルも理解はしている。だが時折見える厳しさが少しだけエステルからユリアを遠ざけていた。
 なのであれだけユリアに言われながらも、疑問に思ったこと、あの時の母の行動の意味などを正面から聞く兄はすごいとエステルは思う。
 そんな風に二人をみていたらニクスと視線があった。ニクスが綺麗に盛り付けられた昼食に気付く。
「二人とも反省会はそこまでにして昼食にしないか?」
 こういう細かいところに気が付いてくれるのはいつも父だ。

 焼いて甘辛いタレを絡めた肉団子をユリアは頬張る。
「んん、美味しいわ……」
 満面の笑みで頬を押さえるユリア。
 噛むとジュワっと溢れる肉汁がこれまた堪らない。タレも焼き加減も絶妙だ。ニクスの指導の下、最初から最後まで娘のエステルが作ったというのだから、美味しさも一入である。冗談ではなくこれならいくつでも食べれると言えるくらいだ。
「ねぇ、エステル、また作ってくれる?」
 声をかけるとエステルがはっと顔を上げた。
「はい。お母様が喜んでくださるなら……」
 胸の前で両手を合わせはにかむようにエステルが笑う。エステルがどことなく自分に遠慮をしているような、距離を感じているようなことをユリアは気付いていた。
 その原因も分かっている。自分を常に律することができるように、制御できるようにと幼い頃から少し厳しく接してきたためだ。
 子供だから我侭を言いたいこともあるだろう。でもエステルはそれではだめなのだ。
 ユリアの脳裏に浮かぶのは幼いエステルが魔力を暴走させた時のこと。エステルは幼い頃から魔術の才能を発揮していた。長じれば優秀な魔術師になるのは間違いない。
 だがその魔力は幼い彼女の手に余るほどだったのだ。
 あの時は兄アルバによって落ち着かせることができた。だが次はどうだろうか、またその次は……。
 一歩間違えれば大怪我をしていたかもしれない、それどころか娘を失っていたかも……ユリアは戦いにおいてついぞ感じたことの無い底知れない恐怖を覚えた。魔力の暴走は大きな感情の爆発によって起こることも多い。故にユリアは幼い頃からエステルが自身を律することができるよう多少厳しく接してきた。
「もちろんよ。楽しみしてるわ」
 照れて頬を染める娘をエステルが軽く抱きしめる。そう厳しく接してきた自覚があるから愛情を示すときは出し惜しみをしない。
「ひょっとしたらニクスより美味しいかもしれないわね」
 片目を瞑るとエステルが「お父様にはまだまだ敵いません」と慌てて首を振る。そんな仕草も我が娘ながら可愛らしくてたまらない。
「まだエステルに負けるわけにはいかないな」
 冗談にのってきたニクスに「あら、じゃあ食べてみる?」と挑発的にユリアが微笑む。
「はい、アナタ」
 あーん、と箸で掴んだ肉団子をニクスの口元へ運ぶ。
「ああ、本当だ。エステルの作った肉団子はとても美味しいな」
 でしょ、と何故かユリアが得意気に頷いた。
「ニクス、次は何を食べたい?」
「じゃあ卵焼きをお願いしようかな」
 再びあーん、とユリアが卵焼きを運ぶ。

 あーん、が何度か繰り返された後、「私にはしてくれないのかしら?」とニクスを見上げ目を細めるユリア。ニクスが果物を差し出してやる。だがユリアは口を開かない。
「あーん」
 と言ってと、悪戯を思いついた子のようにキラキラした瞳が笑っている。
 促されたニクスが「あーん」と声に出すと、満足したようにユリアが果物をぱくりと食べた。
 アルバの記憶にある限り両親はいつも仲が良い。時折見ているほうが恥ずかしくなることもあるが、いつまでも仲睦まじい様子は素敵だし、そんな二人が両親であることが嬉しくもある。
 相変らず仲良しだな、と二人を見やるアルバの袖が控えめに引かれた。
「お兄様……」
 自分が作ったという肉団子を構えたエステルがアルバをじっと見つめる。
「あーん」
 請われるままに口を開けるアルバ。両親の影響からか「あーん」に抵抗はなかった。寧ろ……。
「いかがでしょうか?」
「とても美味しいよ。もう一つ貰えるかな?」
「はい」
 蕩けるような橙の瞳で頬を紅潮させ笑う妹のためなら喜んで、というところだ。

 小皿に取り分けたおかずの中に苦手なものをみつけたエステルが動きを止めた。
 どうするのかな、とニクスが見守る中、エステルは周囲を見渡しそっと脇にどける。
「エステル……」
 名を呼ばれビクリと揺れるエステルの小さな肩。
「好き嫌いはいけないよ、と言っただろう?」
「でも……」
「一口でもいいから食べてご覧」
「……っ」
 困ったように眉を寄せてからエステルは脇にどけたそれと真面目な顔をしてにらめっこをした。
 どんどん深くなる眉間の皺にニクスは一つ娘に提案する。
「よし、こうしよう。エステルがそれを食べたら俺の分のシュークリームをあげ……」
「ニクス?」
 割り込んできた声に今度はニクスが肩を揺らす番だった。
「まったく、ニクスはすぐにエステルを甘やかすんだから。 一口だけなんだから一気に食べてしまいなさい」
 ユリアに言われ、エステルが眉を下げながら一気に飲み込んだ。
「よくできました」
 エステルは母に褒められ嬉しそうだが口の中に残る苦手なものの味にとても複雑な表情だ。そんな娘をニクスはそっと呼ぶ。
「後で内緒でシュークリームをあげるよ」
「本当ですか?」
 こそりと耳打ちすれば途端に笑顔だ。娘に甘いと言われようが可愛いのだから仕方ない。

 昼食後、アルバは先ほどの稽古の復習を始め、エステルは四葉のクローバー探しを再開した。
 そんな子供たちを夫婦で並んで見守る。
「あっという間だったわね」
 アルバが生まれ、エステルが生まれ……。ついこの間まで二人ともまだまだ子供だったように思えるのに。ユリアが目を細める。
「こうしてあの子達も私達のもとから巣立っていくのよね……」
 常日頃からユリアは自分たちの生き方をみつけなさい、と言っている。子供が親から巣立つのは喜ばしいことだ。そしてそれをできるだけ応援してやるのが親の役目だとも思っていた。
 でも……少しだけ。ほんの少しだけ胸の奥が寂しく感じるのだ。きゅっと胸の上に手を当てた。
「俺たちがあの子らの親であることには変わりない」
「判っているわ」
 子供を見つめたままユリアが口元を笑ませる。それは泣きたくなるような寂しさではなく、晴々と清々しい寂しさなのだ。
「それに……」
 ユリアの肩を抱き寄せるニクス。
「俺がずっと傍にいる……」
「えぇ、それも判っているわ、旦那様」
 私もずっと一緒よ、とユリアがニクスの肩に頭を乗せた。

 型をみてあげるわ、ユリアがとアルバへと向かう。
 最初のうちこそ、普通に型をみていたのだがユリアが己の槍を手に取ったあたりから様子が変わってきた。
 キィン、刃同士がぶつかる音が響く。
 次第に白熱してくるアルバとユリアに実戦形式に入るのも時間の問題だということは預言者じゃなくとも簡単に予想可能だった。
「お父様……」
 ニクスの隣にエステルが静かに膝をつく。頭に乗せられるシロツメクサの花冠。
「似合っているかな?」
 冠を指差せば「はい、とても」とエステルが髪をふわりと揺らし微笑んだ。
「小さい頃に教わったものですが意外と作り方を覚えているものですね」
 そういえば、とニクスは思い出す。ユリアに求婚された地に家族で遊びにいった際、金色の髪をもつ人妖に花冠を教わっていたことを。まだまだ二人が幼い頃の話だ。
 暫く幼い頃の思い出話に花が咲く。不意にエステルが黙り込んだ。
「あの……」
 言いよどむ娘にニクスは「なんだい?」と先を促す。
「お母様もよろこんでくれるでしょうか?」
 視線が向かうのは膝に乗せたもう一つの花冠。
「喜ぶよ。エステルがびっくりするくらいにね」
 そう言うとニクスは立ち上がりアルバに声をかけた。
「龍たちに水を飲ませるのを手伝ってくれないか」
 察しの良い息子はすぐさま頷き槍を置く。

 少し離れた湖に父と兄と大きな二匹の龍の姿。龍がその翼を羽ばたかせた瞬間、水飛沫が上がりワァッとはしゃぐ声が風に乗って聞こえてきた。
「汗を流すのはやはり気持ちがいいわね」
 ユリアがエステルから受け取ったタオルで汗を拭う。
「お母様」
「何かしら? エステルも一緒に稽古を……」
 精一杯背伸びしてエステルはシロツメクサの花冠をユリアの頭に乗せた。
「お父様とお揃いです……。あのわたくしが編んだの……っ」
「エステルっ!!」
「わわ、お母様……」
 母の青みがかった銀色の髪の上、咲く小さな白い花。緋色をまとう華やかな母には少し地味かもしれない、なんてうつむこうとしたエステルはいきなり母に抱きしめられる。
「ありがとう」
 嬉しいわ、と抱きすくめられエステルの足が宙に浮いた。

 ニクスとアルバは喉を潤す龍の体を固く絞った布で拭いてやる。
「帰りは俺とアルバが一緒に乗るようかな」
 ユリアとエステルの様子にニクスが笑う。ユリアがエステルを抱きしめくるくると回っていた。きっとエステルは驚いていることだろう。
「目を回さないといいけど」
 つられて笑うアルバが肩を竦める。
「慣れさ」
「……? 回るのが?」
 ニクスの言葉に首を傾げるアルバ。
「なんでもだ。 魔術にしても、ね」
 龍を拭き終えると再びその手綱を握る。
 父の言葉に先程の母との稽古をアルバは思い出す。まだまだ母のほうが一枚も二枚も上手だ。母の一撃を受け止めた感触の残る手をぎゅっと握る。
「俺は、二人のように強くなれるだろうか?」
 独り言のように漏らされたアルバの言葉にニクスが視線だけ向けた。
「さてと戻ろう」
 だが結局何も言わないままニクスは龍の手綱を引き歩き始める。
「今度は俺と稽古をしようか」
 アルバの横を通り抜け際、その肩に手を置いた。
「ユリアには秘密でね」
 少しばかりおどけた仕草で唇の前に立てる人差し指。
 ぼんやりと父を見送るアルバに「おいて行くぞ」と一言。
「よしっ」
 アルバがぐっと手を空に向かって突き上げた。
 龍の手綱を先に行く父に任せアルバは走り出す。
 みるみる小さくなっていくアルバの背中。その向こうで手を振るユリアとエステル。
 家族の姿を胸に焼き付けるようニクスはゆっくりと草原を歩いた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名    】
【ib0444  / ニクス・ソル  / 父  】
【ia9996  / ユリア・ソル  / 母  】
【ka4189  / アルバ・ソル  / 息子 】
【ka3983  / エステル・ソル / 娘  】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございました。桐崎です。

家族水入らずのピクニックいかがだったでしょうか?
アドリブを沢山いれてしまいましたが大丈夫でしょうか、と心配です。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
■イベントシチュエーションノベル■ -
桐崎ふみお クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年06月03日

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